「近くの図書館がなくなる…」
NHKの情報提供窓口「ニュースポスト」に届いた1件の投稿。
私たちの身近にある図書館にいったい何が起きているのか。
取材を進めると、各地で静かにその姿を消し始めている実態が見えてきました。
サタデーウオッチ9
配信期限 :3/15(土) 午後10:00 まで
図書館の利用低迷 運営を見直す清瀬市
3月末で市内にある図書館3つを閉じる東京・清瀬市です。
閉館を決めた背景には、本の貸し出し者数の伸び悩みがありました。
2015年度には22万人余りだった貸し出し者数は、2023年度には15万人ほどまで減少するなど、利用が低迷。
一方で、インターネットで本を予約する数はおよそ1.5倍に増加。
こうした事情から、より多くの人に図書館サービスを提供しようと、市は市民が誰でも無料で利用できる本の宅配サービスを4月から始めることになりました。
利用者登録を済ませた市民が図書館が所蔵している本をインターネットや電話で予約すると、最短で翌日には家に本が届き、返却の際も宅配業者が家まで取りに来る仕組みです。
市は年間9万件の利用を想定。事業費はおよそ1億円を見込んでいます。
サービスの開始を前に、宅配で使う袋は本が破損しないようなものを宅配業者と相談して新たに作るなど、準備を進めています。
方針に疑問の市民も
こうした市の方針に疑問の声をあげる住民もいます。
市内に住む関根美保子さん(78)です。
関根さん
「突然無くなると聞いてびっくりしました。こうした文化的な施設が身近からなくなるのはどういうことなんだろうと思い、とにかく図書館を残そうと必死でした」
関根さんは、市の方針に反対して市民団体を作り、1月、閉館の是非を問う住民投票を求める請求を市に行いました。
住民投票を行うための条例案は2月の市議会で反対多数で否決されましたが、今も市の方針に疑問を抱いています。
関根さん
「宅配サービスを利用するのが難しい人もいますし、図書館には実際に本棚を見て新しい本や作家を知るといった宅配サービスと異なる魅力があると思います。身近な図書館が減ってしまうのは残念です」
市長「宅配サービスとすべての図書館の維持難しい」
一方、市は、規模が小さい3か所の市立図書館を閉館することで削減される年間およそ1億円の経費を宅配サービスの財源に充てることで、追加の費用はかけず、利便性も向上するとして、理解を求めています。
清瀬市 渋谷桂司 市長
「いま求められている図書館サービスは何なのかを検討する中で宅配サービスが必要だということ。財政状況が非常に厳しく、宅配サービスとこれまでの6つの図書館の維持というのはなかなか難しい。働いている世代は図書館に足が向きづらい方が一定数いる中で、サービスの開始により清瀬市の図書館にどんな本があるのか興味を持ってもらいたい」
まち中心部の図書館がなくなった愛知・常滑市では
実際に図書館がなくなった地域はどうしているのでしょうか。
愛知県常滑市は4年前、中心部にある図書館を閉館しました。
10年前に行った建物の老朽化の診断で激しい劣化が見つかり、その後行った耐震診断でも耐震性の不足が判明したからです。
蔵書は市内最大の16万冊。
およそ50年間、拠点図書館として多くの市民に親しまれてきた図書館を残そうと、市は耐震化や建て替えの工事ができないか検討しました。
しかし、同じ時期に別の公共施設の工事が重なっていたため、すぐに資金を捻出することができず工事を断念。
閉館することを決めました。
市が行った市民への説明会では、残す方法はないのかという意見が相次いだといいます。
取材に訪れた2月、図書館があった場所はさら地になっていました。
かつて図書館があった場所
閉館された図書館にあった本は市内の別の図書館に移されましたが、施設の規模が小さかったことなどから3万5000冊余りの本が処分されました。
図書館は本を借りるだけの場所ではない
いま行き場を失った利用者が集まる場所があります。
常滑市の閉館された図書館の近くに、市民団体が去年立ち上げた私設図書館「まちかど文庫」です。
使われなくなった工場を活用し、中をリフォームしました。
本はおよそ2500冊あり、その多くが市民からの寄付です。
この日も親子連れなど10人ほどが訪れていました。
ソファーでお茶を飲みながら本を読んだり、ストーブを囲んでおしゃべりをしたり。
女性:あとでおばちゃん本読んであげるから。どの本がいいか出しておいて
父親:本読んでくれるって!
女性:おばちゃん得意だでー
“市民と行政でしっかり議論を”
しかし、まちかど文庫では、元の図書館のような運営はできません。
市から運営費の補助はなく、すべて団体のメンバーたちが負担。
運営に関わるメンバーは7人で、仕事をしながら参加をしている人もいるため開館するのは日曜日の午前中と月曜日の午後のみです。
市は今年度、新しい図書館を整備する方針を決めたものの、完成の時期や場所、規模などは未定で、図書館の再建を求める声は根強く残っています。
30代の父親
「本は買って読むことができますが、図書館のようにたくさんの中から自由に選ぶことはできません。子どもたちの成長を考えると、図書館がないことはマイナスだと思います」
70代女性
「図書館が遠くなっちゃったでしょ。年をとると、遠くにいくのはなかなか大変なんだよね。近くにふらっと立ち寄って、本を読むことができる場所があるのは大事だと思います」
60代男性
「図書館が遠くなってしまって、調べ物がしにくくなってしまいました。インターネットもありますが、図書館に行くと、関連付けて知りたくなることがたくさん出てくるんです。そういう魅力があります」
常滑の図書館のあり方を考える会 梶田まゆみ代表
「こうやってまちかど文庫で市民の人たちと接している中で、やっぱりみんな図書館を必要としているということがわかりました。日本全国どの自治体も財政が苦しいことは十分わかっています。市民と行政がしっかり接点を持って議論していってほしい」
「選択と集中、とう汰も避けられない」専門家が見た図書館の変化
私たちの生活の身近にある図書館。
これからどのようになっていくのでしょうか。
日本図書館協会のまとめでは、全国の公共図書館は去年の時点で3319あります。
2006年ごろまでは右肩上がりで増えてきましたが、3000を超えたあとは横ばい状態になり、総数が減る年も出てくるようになりました。
図書館の運営について詳しい専門家は。
IRI知的資源イニシアティブ 山崎博樹代表理事
「かつて、図書館はどんどん増えていたが、最近では人口減少や自治体の財政難もあって増加が止まってきている。水面下では小規模の図書館を廃止して中心部の図書館に統合するという動きがいろいろな地域で出ている。これは“選択と集中”という考え方によるもので、あらゆる行政サービスがそうであるなか、図書館だけが聖域ではない」
一方で図書館には、
▽本の貸し出しや地域の資料の収集・保存のほか、
▽本の中にある貴重な情報を司書などを介して広めたり、
▽子どもや高齢者が集う場になったり、
多様な役割があることも指摘します。
山崎代表理事
「図書館に求められる役割は多様化していて、ニーズに応えられなければ利用する人は減り、とう汰される。さまざまなサービスを複合的に持っているところが図書館の強みなので、地域の実情に応じた必要とされるサービスを展開すれば成功するチャンスはある」
利用者を増やした図書館 そのカギは?
図書館のあり方が課題となるなか「図書館を人と情報をつなぐ拠点として位置づける」ことで利用者を増やした図書館が岐阜市にあります。
岐阜市立中央図書館です。
ホールやギャラリー、それにカフェを備えた複合施設として10年前、市中心部に開館しました。
広さは以前の図書館の4.3倍。
天井からつるされた大きな傘のような「グローブ」で、さまざまなスペースを分けています。
図書館が大切にしているのが「子どもの声は未来の声」という理念。
新生児から高校生まで、子どもたちが利用しやすい場所を目指しています。
小さな子どもが声を出しても見守るよう理解を呼びかけていて、親子向けのスペースでは子どもたちが声をあげて走りまわったり、絵本を読んだりして、思い思いに過ごしています。
泣き出した子どもをだっこしながら取材に応じてくれたお母さんは。
1歳の娘と訪れた30代の母親
「ここは子どもが泣いても大丈夫なので、よく利用しています。本を読んで世界を広げてほしいと思います」
中高生専用の勉強ができるスペースも。
テスト期間中というこの日、多くの学生が教科書やタブレットを持ち込んで勉強に励んでいました。
多彩なイベントで交流の場を
さらに、この図書館の特徴は多彩なイベントです。
その数は年間で400を超えていて、交流の場にすることで図書館に足を運んでもらうねらいです。
「大人の夜学」と名付けられた、こちらのセミナー。
社会人も参加しやすい夜の時間帯に開かれていて、地元・岐阜の歴史や文化を深く知ることができるとあって、開館当初からの人気イベントに。
また、会場にはセミナーにあわせて関連する本も用意されます。
54回目となった先月20日の講座では、東海地方の発酵食品の歴史などについて専門家らが語りました。
イベント後、関連する書籍を手にする女性も。
参加した20代の女性
「住んでいても知らなかった食文化の話で興味深かったです。本を読んでさらに知識を深めたいと感じました」
図書館では、これまで開催した「大人の夜学」のうち、好評だった岐阜の街の成り立ちや食文化など16の講座について小冊子にし地域の記録としています。
地域の埋もれた情報の収集という、地元の図書館として欠かせない役割も果たす講座にしたいと考えています。
こうした取り組みによって昨年度の利用者はのべ53万1000人余りに。
リニューアル前に比べ、10倍以上になったということです。
岐阜市立図書館 長尾勝広館長
「すべての世代の人に自分の居場所として活用してもらうことが理想です。図書館は本の貸し借りだけではなく、人と情報、人と街をつなぐ拠点としての役割が求められていくと考えています」
変わりゆく読書文化 その行方は
NHKの情報提供窓口「ニュースポスト」への1本の投稿をきっかけに始まった今回の取材。
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図書館だけではなく、新刊本を売る書店や、個人の蔵書を市場に流通させてきた古書店の閉店も各地で相次いでいます。
あなたが住むまちでも、そんな現実がすぐそこまで、迫ってきているかもしれません。
変わりゆく読書文化について、これからも取材していきます。
(3月8日 サタデーウオッチ9で放送予定)
「本ってすばらしい」妻と二人三脚で歩んだ、ある古本屋の50年
街の本屋はどれくらい減ったのか 目黒・自由が丘の書店も102年の歴史に幕
首都圏局記者
北城奏子
2018年入局
徳島局を経て首都圏局に
多摩支局の担当として地域の課題や取り組みなどを取材
岐阜局記者
梶原佐里
2010年入局
経済部や国際部などを経て現所属
機動展開プロジェクト記者
直井良介
2010年入局
首都圏局、ネットワーク報道部などを経て現所属
機動展開プロジェクト記者
柳澤あゆみ
2008年入局
秋田局、石巻報道室、カイロ支局などを経て現所属
古書店、図書館など本シリーズを取材中