「このままだと日本にとって取り返しのつかないことになる」
去年秋、経済産業省のある官僚が私に言ったひと言だ。
「何が」と聞くと、金属の「銅」のことだという。
銅といえば、10円玉とメダルぐらいしか思い浮かばない私。
詳しく調べてみると、世界では銅をめぐる争奪戦が起きていた。
(経済部記者 北見晃太郎)
銅とは?
まずは、ネットで「銅」を検索。
一番はじめに出てきたのが「日本銅センター」という団体だった。
「日本銅センター」は、金属メーカーなどでつくる一般社団法人。
そのホームページによると、銅は紀元前8000年から人類に利用されてきた「最も歴史の長い金属」だという。
その特徴は「電気をよく通す」「熱をよく伝える」「抗菌作用がある」「加工しやすい」「劣化しにくい」など。
電気を通しやすく、加工しやすいとなれば、さまざまな製品に使えるのではないか。
「日本銅センター」の中山宏明事務局長に取材すると「銅はこれまで、自動車や電子機器、家電などの部品に使われてきましたが、最近では電気自動車やデータセンター向けとしても人気があるんですよ」と教えてくれた。
そして気になることも…。
「今後も銅の人気は高まり続け、必要な量はさらに増えてくるとみられています」
価格は4倍に高騰 背景に“脱炭素”
そこで銅の価格を調べてみた。
世界銀行のまとめによると、1980年代から2000年代前半までは1トンあたり2000ドル前後で推移していたが、2000年代後半から急上昇。
2021年以降は8000ドルから9000ドル台と高い水準が続いている。
経済産業省によると、銅の価格はこれまで中国のインフラ需要に左右される傾向があったが、2020年以降、世界的な脱炭素の動きを背景に、電気自動車や風力発電など再生可能エネルギー関連の需要も高まり、高騰が続いているという。
銅製品の工場に行ってみた
実際に銅はどんな形で利用されているのか。
私は今月、大阪・堺市にある大手金属メーカーの工場を訪ねた。
大手金属メーカー 黒須孝所長
「ここでは自動車に使われる半導体や端子などの部品をつくっています」
現地を案内してくれたのは工場の所長を務める黒須孝さん。
このメーカーでは自動車関連だけで年間およそ12万トンの銅の製品を生産。
この分野では国内トップシェアがあるという。
年々高まる需要に応えるため、取材したその日に稼働を開始した工場もあった。
大手金属メーカー 黒須孝所長
「電気自動車には銅を使った部品も多く使われていて、うちの工場の受注も増える見込みです。生産が追いつかなくなるため、300億円をかけて全国3か所で生産設備を増強しました。そのうちの1か所はちょうどきょうから稼働を始めたところです」
黒須さんは銅の需要は今後も高い状態が続くとみている。
大手金属メーカー 黒須孝所長
「これからも銅の利用分野というのは広がっていくと思いますので、われわれが安定的に供給できるかどうかは重要だと思います」
“新たな石油”
経済産業省の資料によれば、銅の需要は2035年には現在の2倍に増えると予測されている。
高まる需要に生産が追いつかず、経済産業省によると、世界ではもはや争奪戦の様相を呈しているという。
大手金融機関の「ゴールドマン・サックス」は2021年に発表したレポートで「Copper is the New Oil(銅は新たな石油である)」と表現している。
日本では1994年に秋田と青森にあった鉱山が閉山したのを最後に、現在は商業ベースで銅の採掘は行われていない。
リサイクルを除けば、他国からの輸入に頼っているのが現状だ。
経済産業省によると、日本の商社や金属メーカーなどが世界で権益を保有する銅鉱山は31か所。
チリやペルーなどの南米が中心だ。
ただ、多くが1990年代から2000年代に開発されたもので、今後、採掘量が減っていくことが見込まれているという。
権益の獲得競争が激しくなる一方で、手持ちの権益の採掘量が減る現状。
今回の銅の取材を始めるきっかけとなった経済産業省の官僚に日本が置かれている状況を改めて尋ねた。
「このままだと日本にとって取り返しのつかないことになると言ったのは、まさにそのこと。自動車や電機など日本の製造業を支える銅が今後十分に確保できない事態になりかねないことに危機感を抱いている。新たな資源を確保できるか、できないか。ことし・2025年はまさに勝負の分かれ目になる」
キーワードはアフリカ
限りある銅資源。
日本はどのように確保していけばいいのか。
世界各地で資源開発にあたるJOGMEC=エネルギー・金属鉱物資源機構の高原一郎理事長にきくと、いま、アフリカに注目しているという。
Q.どうしてアフリカに注目するのですか。
JOGMEC 高原一郎理事長
世界中で銅鉱山の開発難易度が高まる中、高品位、大型の銅鉱床が発見、開発され、これに続く大規模な銅鉱床が期待されるなど、探査余地が非常に大きいことが注目される最大の理由だ。
また国際協力などを通じてインフラが整いはじめ、アフリカからの輸出がしやすくなったことも重要なポイント。
その結果、コンゴ民主共和国は急速に銅の生産量を伸ばしていて、すでに世界2位の産出国になった。
その隣のザンビアでも年間80万トンの銅生産を300万トンまで増強することを国の目標に掲げているなど、銅の生産が活発に行われている。
カッパーベルト ザンビアにある銅鉱山
アフリカ中央部のコンゴ民主共和国とザンビアにまたがる地帯には「カッパーベルト」と呼ばれる巨大な銅の生産地域がある。
そこでは、多くの生産量が見込まれる上に品質も高いことから、権益の獲得を目指す国々の獲得競争は熱を帯びている。
日本がアフリカに持つ銅の権益はまだ1つもない。
その競争で今、あたま1つ抜け出ている国があるという。
JOGMEC 高原一郎理事長
いろんな国がアフリカの銅権益に興味を持っているが、その1つが中国だ。
やはりアフリカを歩いてみると、銅だけに限らないが、中国が権益に対して積極的であるという声は相手国からも聞く。
中国による権益取得は目を見張るものがあり、積極的なリスクテイクの姿勢などは学ぶべき部分もあると思う。
中国などライバルとの競争を勝ち抜き、日本が銅鉱山の権益を獲得するカギは、民間企業と国との連携にあると、高原氏は指摘する。
JOGMEC 高原一郎理事長
銅の開発は非常にお金がかかるという側面がある。したがって民間だけではお金を出し切れない。
さらに日本が資源開発に慣れた地域だけではなく、一定のリスクを取って、チャレンジしていかなければならない地域もあるから、そういう意味で国が支援することでリスクの大きさを減らすということがどうしても必要な条件になってくる。
日本政府も民間の権益確保の動きを後押ししようと動き出している。
経済産業省は今年度の補正予算で日本企業による銅の権益の確保を支援するための費用として1600億円を計上した。
こうした資金も活用し、中国など先行するライバルたちに競り勝つことができるのか。
日本にとっての正念場はこれからになる。
(3月17日「おはBiz」で放送予定)
経済部記者
北見晃太郎
2019年入局
仙台局を経て経済部
現在は経済産業省担当として半導体政策や経済安全保障などを取材