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ことし1月に発表された精神疾患の患者数は推計603万人。
国が長期入院から地域でのケアへの移行を推し進めるなか、主な受け皿となっているのが“家族”です。今回、取材班は当事者や家族への取材に加えて「家族会」にアンケートを実施。
患者を支えることで家族の「心身」や「経済状況」にどのような影響があるのか。
「差別・偏見」を受けた経験や「求める支援」などについて聞きました。
(アンケートに寄せられた声)
「私が目をはなした隙に死のうとするので、目がはなせない」
母親(77) 娘(35)が統合失調症
「本人といると、うつになり、時々死んでもいいのかなと思ってしまう」
母親(74) 娘(47)がうつ病・不安障害
取材から見えてきたのは、負担を抱え込み追いつめられる現実でした。
“閉じる家族”の実情とは。
(報道局 社会番組部ディレクター 宮川俊武)
家族が翻弄され続ける現実 “その場をずっと耐えしのぐだけ”
今回、実情を知ってほしいと取材を受けてくれた家族がいます。
前田直さん(45)です。精神疾患を患う妻(47)と中学生の娘(13)と暮らしています。
妻が患っているのは「双極症」です。
気分が落ち込むうつ状態と興奮する躁(そう)状態を繰り返します。
躁の症状が現れているときは本人の自覚が乏しいことも多く “病による症状” が “人格” と勘違いされることも少なくない病気です。
妻が発病したのは学生時代、前田さんと知り合った20代のころには症状は軽かったといいます。
前田直さん
「性格はとても穏やかで優しい人だし、芸術面の才能が豊かでした。書く文章も独特で企業のコピーライターみたいなこともやっていました。あとは、歌がすごく上手くて、とても魅力的だと思いました」
新婚旅行のときの写真
しかし、産後のストレスから、妻の「双極症」の症状は悪化。躁状態になると大きな声を出したり、被害妄想が現れたりします。
うつ状態の時には、気持ちが落ち込み何もやる気が出ず、ベッドから起き上がれないこともあります。
妻
「躁状態のときは自覚はなくて、いつの間にか始まって、いつの間にか下っているという感じ。
最近は、躁状態ではなくて、落ちている感じですね」
4年前、妻は激しい躁状態となり、2日間にわたって叫び続けました。
娘のために食事を作ろうとしたものの、興奮状態で手につかず、代わりに前田さんが作ろうとしていたときのことでした。
前田直さん
「いま(昼食の)たこやき焼いているから。(娘が)お昼食べてないでしょう」
躁状態の妻
「料理はできているんだよ。そんなものは食べさせちゃダメだよ」
「何が正解なのか、わかんねえよ」
妻は24時間一睡もせずに話し続けていました。このままでは“妻の心身がもたない”と感じた前田さんは、妻の様子を記録し、なんとか医師に自宅での状況を説明。
この日、妻の精神科病院への入院が決まりました。
退院後、この3年は自宅で妻をケアしてきた前田さん。
妻のうつ状態がひどくなると頻繁にメールが入ります。
多い時には1日100件以上にのぼることもありました。
妻のメール
「体も心も疲れた。娘が我慢してるのを見るのもつらい」
「生き方も死に方もわからない、苦しい」
前田直さん
「仕事もして、子育てもして、家事もして、妻のケアもしてとなると、とにかく時間がない。将来の不安を考える余裕もないというのが正直なところです。
その場、そのときをただ生きるだけ、その場をしのぐだけというのを、ずっと繰り返してきました」
前田さんの娘と妻
さらに、前田さんが心配してきたのが娘への影響です。
小学生の時に描いた絵に娘の不安な気持ちが現れていたといいます。
娘が小学生の時に描いた絵
前田直さん
「自由帳の最後のページに書きなぐっていた絵を妻が見つけました。グチャグチャグチャグチャという絵がありました」
母親の入退院を見てきた娘が当時の心情を語ってくれました。
娘
「いっぱい いっぱいになっていた。ママがいないっていうのもあって、そのときは結構つらかった覚えはあります。不安とかもあるし、さみしかった。やっぱり、ほかの家の子と比べちゃうとかもあった」
一方、妻自身も病状を思うようにコントロールできない中でも、できるだけ母親らしくいようと努めてきました。
絵を見つけたあと、娘を思って書いた手紙があります。
母が娘に書いた手紙
妻の手紙
「いつだってそばにいるとかんじてほしいです。
ママはじびょうがあるから、すぐにおきられないときもあるけど、さみしいきもちにさせてごめんね。いつでもだいすきだからね。
しんぱいしないで、またあそびにいこうね」
普段は穏やかで、優しい妻。前田さんが家族としてつらいと感じていることがあります。
それは妻の看護について周囲に相談すると「離婚したらどうか」とアドバイスされることだといいます。
前田直さん
「私自身は、“おかえり”と言ってくれる人が家にいることは、とても幸せです。一緒にいたいからこそ支えていきたいと思っています。
そこで “別れた方がいい” と言われると、とてもつらいです」
独自アンケートから見えてきた “閉じる家族” の葛藤
患者とその家族が直面するさまざまな課題。
今回、取材班はその実情をより詳しく知るため、都内の家族会をまとめる「東京つくし会」に協力を依頼し、会員569人にアンケートを行いました。
(対象:東京つくし会 569名中373名が回答 平均年齢:72.2歳 協力:大阪大学・蔭山正子教授)
アンケートからは患者のケアを担う家族が孤立し、生活や心身が追いつめられている実態が浮き彫りになりました。
アンケート抜粋(家族への影響)
「生活状況」への影響について(複数回答)
□趣味など余暇の余裕がなくなった 52.8%
□本人への支出が増えた 49.1%
□友人等との付き合いが少なくなった 42.1%
「心身」への影響について(複数回答)
□日常的な不安感 62.7%
□精神的な不調(抑うつ・いらいら) 51.5%
□身体的な不調(不眠・食欲不振等) 48.8%
「仕事」への影響について(複数回答)
□勤務時間を減らした 18.0%
□離職・退職した 11.8%
□転職をした 7.2%
アンケートに寄せられた声
「毎日いばらのような生活。一喜一憂の連続です。おだやかな生活がほしい」
父親(77) 娘(40)が統合失調症・息子(46)が双極症
「いつ自傷、自殺をするかわからないため、いつも不安と緊張をかかえている」
母親(75) 娘(39)が統合失調症
「本人のサポートを考えるとフルタイムは難しい。十分な収入は得られない。
(自分自身も)眠剤や安定剤を処方してもらっていた。旅行などはもう15年以上していない」
母親(64) 娘(30)が統合失調症
“偏見”を恐れ 孤立を深める家族
取材を進めると、精神疾患の身内がいることを周囲に伝えることができず、悩んでいる家族が少なくないこともわかってきました。
精神疾患の患者の家族会「シュロの会」精神疾患の患者の家族会「シュロの会」
「本当に理解があるのかわからないので、
(配慮を求めるために)息子のことを職場の人たちに話ができない。それが一番つらかったです」
(父親 息子が統合失調症)
「自分1人で抱え込んで、病気の状態とかもわからなくて、誰にも言えない。まさに孤独と絶望です」
(母親 娘が双極症)
アンケート抜粋(周囲に伝えているか)
「本人を支えていることを周囲に伝えているか?」(医療・福祉関係者は除く)
□詳しく伝えている 9.7%
□ある程度伝えている 56.8%
□あまり伝えていない 23.9%
□全く伝えていない 3.8%
□隠している 4.0%
「伝えていない・隠している理由について」(複数回答)
□伝えても解決しない 68.6%
□理解されない 61.0%
□差別・偏見の恐れがある 47.5%
「周囲から差別・偏見を受けたことがあるか」
□ある 28.4%
□ない 57.9%
□知られていない 8.8%
「(あると答えた方)どんな差別・偏見を受けたのか」(複数回答)
□周囲の人が離れていった 30.2%
□陰口を言われた 29.2%
□腫れ物に触るように扱われた 28.3%
アンケートに書かれた文面アンケートに寄せられた声
「妹の交際相手の親族から縁を切ってほしいと言われた」
母親(69) 息子(43)が発達障害
「親戚・縁者からはいない存在として扱われている」
姉(62) 弟(59)が統合失調症
「集合住宅に住んでいて、周りが恐がるから(息子は)エレベーターを利用しないでといわれた」
母親(71) 息子(41)が統合失調症
「娘のことを“悪いくじを引いたと思って下さい”と言われた。今も忘れられない」
母親(69) 娘(39)が統合失調症
“周りを頼ってほしい” 家族をつなぐ外の支援
双極症を患う妻を支える前田直さん。
心身ともに負担を抱え込んでいましたが、あるきっかけから「良い兆し」が現れました。それは“外の支援”に頼ったことです。
いま前田さんは、週4日、精神科訪問看護や介護ヘルパーを利用しています。
妻のつらさを受け止めたり、部屋の掃除をしてくれたり、前田さんの負担を軽減してくれているといいます。
前田直さん 妻と娘
前田直さん
「日々来てくれるので生活リズムがちゃんと取れて、そこで(妻が)ちゃんと生きてられるぞっていう安心感が得られます」
妻
「家族だと当たり前だと思っちゃうけど「他人さま」だと新鮮ですね。明日は誰々さんが来るわと思うと何の話しようかなっていうのもあるし楽しみです」
両親の姿を見て、娘がプレゼントした絵があります。
娘が描いた絵
娘
「母親として面倒見てくれてるし、産んでくれたからありがとうって思いを込めました。(外の支援で)家族の負担が減って余裕が生まれている。旅行とか果物狩りとか、春休みに行きたいです」
“外の支援”を入れる難しさ
前田さんは“外の支援”を入れる難しさもあるといいます。
介護ヘルパーを利用し始めた当初、行政に認められた日数は週1日。
仕事をしている前田さんは「もっと日数を増やしてほしい」とお願いをしましたが、“ケアをする家族がいると認められにくい”という現実もあったといいます。
前田直さん
「このままでは生活が難しいと感じたので行政にヘルパーを増やしてほしいと伝えましたが、“同居家族がいる場合、これ以上増やすことは難しい”と伝えられました」
さらに、病気の症状によって“本人が支援を拒んでしまう”という難しさもあるといいます。
妻は介護ヘルパーを必要としていましたが、双極症の症状で不安感が高まると行政の担当者に“ヘルパーはもういらない”と伝えてしまうこともあったといいます。
本音とは裏腹に周囲とのつながりを拒んでしまう傾向があるというのです。
前田直さん
「いつも妻は“ヘルパーにもっと来てほしい”と言っていました。しかし、改めて“本当に必要か?”と聞かれると強い不安を覚えて拒んでしまうんです。
病によってそういう症状があることを理解してもらうのが難しい。病の特徴を理解し、寄り添った支援をしてほしいです」
前田さんが支援を増やすことを求めて3年。
妻の症状や家庭の状況を行政に何度も説明し、看護の必要性を粘り強く伝えていくことで、ようやくヘルパーの回数が増えました。
前田直さん
「精神疾患は目に見えるものではないし、家庭内の事情はあまり知られていません。
なかなか支援への理解を得られないのが現実なんです」
患者を支える家族は、高齢の親が子どもを支えているケースも少なくありません。
アンケートの回答からは、将来への不安を抱えている現状も浮かび上がってきました。
アンケート抜粋(未来への不安・求める支援)
「最も悩んでいることについて」(複数回答)
□本人の将来 79.4%
□家族の高齢化 71.3%
□本人の住まいの問題 29.0%
【寄せられた声】
「私たち夫婦の体力がいつまで続くのか不安。
親戚も近くにいないので、私たちが死んだら、本人は何を頼りに生きていけるのでしょうか?」
母親(72) 息子(44)が双極症
「家族の介護の発生、本人が年老いた時の居場所があるのかどうか、同時進行で考えることが山積みです」
母親(72) 息子(29)が統合失調症
「医療への受診拒否のため社会的支援が全くないので、親亡きあとの生活費への不安が第一」
母親(87) 息子(58)が統合失調症
「家族として充実してほしい支援について」(複数回答)
□専門知識持つ第三者の「伴走支援」 57.1%
□「ケア付き住居」(グループホーム等)の充実 52.3%
□カスタマイズされた「個別支援体制」 49.3%
【寄せられた声】
「(当事者が)いつでも気軽に参加できるたまり場のようなものがあれば良いなと切に思っています」
母親(67) 息子(36)が統合失調症
「本人が混乱している時に医療につなげる困難さは半端ではない。
“連れてこなければ診られない”ではなく、いつでも訪問して対応する医療機関を増やして欲しい」
母親(82) 息子(45)が統合失調症
「本人に向き合う支援者のチームを作って欲しいと思います。
緊急時に警察の方に頼むのはとてもつらい経験だと思います」
母親(75) 息子(41)が統合失調症
「心の病を持つ人への理解がある職場が多くなってほしいです。
当事者が誇りを持って働ける機会を広げていただきたいです」
母親(55) 娘(22)が統合失調症
専門家の読み解き
家族支援に詳しい大阪大学・蔭山正子教授は、家族だけで患者をケアする“限界”を指摘するとともに、症状が悪化したときには、家族以外の医療者や支援者が関わる体制を充実させることが大切だといいます。
大阪大学・蔭山正子教授
大阪大学・蔭山正子教授
今回のアンケートの回答者は高齢の親が多く、独立できない中年の子と同居しながら支援をしているとみられます。
なかなか医療や福祉サービスにつながれず時間だけが過ぎ、“親亡きあと”を心配しているケースも少なくありません。
“本人がひとりで生きていけるのか”と感じながら精神的・経済的負担を抱え込んでいると思われます。
医療や福祉のサービスとしては「訪問看護」や「ヘルパー」、「グループホーム」、「成年後見人」など、在宅生活を支えるための様々な既存のサービスがあります。
しかし、そうしたサービスは対人関係や事務手続きを苦手とする障がいのある方にとって、利用に至りにくい側面もあります。
ソーシャルワーカーなどの“長期に伴走して支援してくれる存在”がなければ、結果的に年齢を重ねた本人を家族が同居して支え続けることになるのです。
このアンケートから、本人や家族の支援で大切なのは、“伴走型”で“個別性”のある支援だということがわかります。
今回のアンケートの回答者は比較的病状が安定した独身の方の親が多かったと考えられますが、病状がまだ不安定な時期は、24時間体制で医療者やソーシャルワーカーなどが家庭訪問をする「クライシスインターベンション」(英国)のような仕組みが不可欠だと思います。
また、結婚して育児をしている人であれば育児のサポートも必要になってきます。
精神疾患については社会の偏見(スティグマ)が根強く、偏見を恐れて家族まるごと孤立してしまうことも少なくありません。
“閉じられた家族=家族まるごと孤立”にならないよう、社会とつながる橋渡しの役割を担う「家族」を、まずはしっかりと支援する仕組みを整えることが重要だと思います。
取材後記 “生きやすい”社会を
取材を通して感じたのは、育児や介護の社会化が進む現代で、精神疾患については、まだまだ“家族が支えるのが当たり前”という社会の空気です。
「家族はリソースとしか考えられていない」と話す人もいました。
訪問看護やヘルパー、グループホームなど、家族の負担を減らす支援は少しずつ増えてきています。
“第三者の風”を入れながら、本人と家族が良い距離感を保っていくことが、改めて大切だと思いました。
一方で、“患者を支えたい”という家族の思いもありますし、周囲に事情を打ち明けることが強制されてもいけません。
大切なのは、患者や家族が“助けてほしい”と感じたときに、すぐに支えられる社会であることです。
多くの家族や患者は、はじめはこう着した状況のなかで互いにいがみ合い、悪循環に陥っています。
そこに“外の支援”が入ることで、互いの関係を見つめ直すきっかけが生まれ、徐々に将来のことを考える余裕が生まれていくと感じました。
患者や家族が生きやすい社会を作ること。
それは疾患がない人も生きやすい社会を作ることです。
いま一度、社会で考えていくべき課題だと思います。
(2月12日 クローズアップ現代で放送)
アンケートに寄せられた声
アンケートに寄せられた声の一部を以下に掲載します。
【家族の生活状況について】
「エネルギーをすいとられて日々クタクタです。助けて下さい」
姉(60) 妹(55)が統合失調症
「わずかな年金で生活が苦しいです。預金もわずかで、いつか底をつくのでは」
母親(83) 娘(52)が統合失調症
「娘を残して家を空けられず、有休も切れて、退職するしかなかった。会社に荷物を取りに行くことも、あいさつに行くこともできませんでした」
母親(71) 娘(41)が統合失調症
「安定と荒れる時が繰り返されるたび、私の体調も落ちて、暗くなり、頑張れなくなる」
母親(77) 娘(47)が統合失調症
「本人に“産まれてこなきゃよかった”など言われると悲しくなり、返す言葉がない」
母親(75) 息子(47)が統合失調症
【将来への不安について】
「私が病気になったり、入院したりしたときに本人をサポートできなくなるのが不安」。
母親(64) 娘(30)が統合失調症
「病気もちの母が、この先、本人を支えて生活していけるか。
私の死後 生きていけるのか、いつも頭から離れず不安の日々を送っています」
母親(77) 娘(35)が統合失調症
「将来 心穏やかに暮らしていって欲しいです。
そのためにも本人が受けられる支援について家族としても知りたい」
母親(74) 息子(49)がうつ病
【差別・偏見について】
「兄弟が結婚する相手に弟の病気をなかなか打ち明けられなかった」
母親(82) 息子(45)が統合失調症
「親戚から無視され、後日(別の人から)陰口を言っていたと聞かされた」
母親(76) 息子(47)が統合失調症
「育て方のせいと言われる。甘やかしていると言われる」
母親(64) 息子(34)が発達障害
「弟が発症したあとにできた友達には一人っ子と言っている。本当に申し訳ない」
姉(65) 弟(63)が統合失調症
「精神障害があると一般の病院での入院が断られることが多い」
母親(75) 息子(41)が統合失調症
【求める支援について】
「本人が(医療や福祉に)つながることに拒否がある時の“親だけ”で相談できる場」
母親(49) 息子(17)が統合失調症
「回復している方のお話を聞ける機会があったりすると、とても励みになります」
母親(50) 息子(25)が統合失調症
「親と死別した際の手続き、その後の住まいの相談などができる機関がほしい」
母親(69) 息子(43)が統合失調症
「気の合うピアサポート。本人の話をうまくひき出してくれるケアスタッフ」
母親(64) 娘(30)が統合失調症
「息子が困った時にワンストップで相談できて伴走してくれる体制を整備してほしい」
父親(66) 息子(32)が統合失調症