リジェネラティブな農業を、宇宙の技術で実現する。スイスのスタートアップが挑戦する、ボトムアップの農業変革
地球を持続可能にするためには、考え方の中心を、土の中のバイオマス(生物資源量)にする必要があるという。
Maya Nakata
2024年05月19日 11時1分 JST
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私たちの食事を支えてくれている農業だが、世界の温室効果ガスの約10分の1を排出していると同時に、気候変動の影響を大きく受けると言われている。
どうすれば持続可能な農業を実現できるか。注目されている一つの方法が「リジェネラティブ農業(環境再生型農業)」だ。
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リジェネラティブ農業とは、土を耕すのを最小限にし(不耕起)、土を植物などで覆い(草生栽培)、化学肥料を散布しない農業のこと。従来のように土を耕すと土の中の生物の多くが死んでしまうが、リジェネラティブ農業は土壌の生物多様性を保ったまま作物を生産できるという。
このリジェネラティブ農業を、宇宙の技術で大規模に実現しようとしているスタートアップ企業が、スイスにある。ピーター・フレーリッヒさんがCEOを務める、AgriCircle(アグリサークル)だ。
AgriCircleのピーター・フレーリッヒCEO
Maya Nakata/ハフポスト日本版
なぜ土が大切なのか
この地球上の多くの生命は、土の中の微生物によって作られ、植物が微生物と相互作用することで成長し、動物が植物を食べ、動物が動物を食べることで成り立っている、とフレーリッヒさんは説明する。
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だからこそ、地球をリジェナラティブにするためには、考え方の中心を、土の中のバイオマス(生物資源量)にする必要があるという。
「人類がこれまで森林伐採や悪しき農法によって、バイオマスの生産性を低下させてきたことはよく知られています。例えるなら誰かが毎日貯蓄の半分を使って稼ぎ、かつ収入の減少を促すような貯蓄の使い方をしているのです」
土の中のバイオマスを豊かにするためには、常に生きた根を張り巡らせること、そして植物で覆うことで土壌を保護する必要があるという。
「例えば夏になって土を耕すと、表面が真っ黒になります。土の温度が高くなりすぎると、中にいる生物が死んでしまうのです」
土壌被覆を最大にして温度上昇を抑え、耕さずに土の中の生物多様性を安定させる。そのために有効な農法がリジェネラティブ農業だというが、これまでの「耕す農業」の常識をガラッと変えるものでもある。
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どうすればこれまでの「常識」に縛られず、農業変革が起こせるか。フレーリッヒさんが注目したのが、宇宙の技術とローカルなデータとの掛け合わせだ。
土壌サンプリングと衛星データで「農家中心」の変革を
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自身も農家の出身だというフレーリッヒさんは、リジェネラティブ農業を「従来のトップダウンではなく、ボトムアップで広げていきたい」と話す。
「これまでは政治家のようなオフィスに座っている人物が農業の対策を定め、実施させ、検証してきました。しかし、私は農家中心のボトムアップで農業システムを変革することを目指しています」
そこで開発したのが、土壌のサンプリングと衛星のデータを使い、農業の「成果」の測定を可能にしたダッシュボードツール「DORA」だ。
DORAは宇宙に飛ぶ衛星からの画像データを使い、自動で農地を判別。さらに自身の農地と周辺の農地の植物のパフォーマンス(光合成活性)と土壌被覆率を知ることができるという。
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つまり、農地のどの場所が好調で、どの場所が不調なのかが一目瞭然になり、土壌のどこを改良すればいいのかが分かるようになるというのだ。
農業の「成果」の測定を可能にしたダッシュボードツール「DORA」
Maya Nakata/ハフポスト日本版
また、その地域の土壌サンプリングと衛生データを掛け合わせることで、リンやマグネシウムなど土壌の成分の状態が確認できる、「高解像度の土壌地図」も提供している。
「肥料を与える時にもこのデータは役立ちます。土壌の状態は農地の中でもばらつきがあるため、データを活用して肥料を撒くことで、通常の施肥量の半分に抑えることができるんです」
リンやマグネシウムなど土壌の成分の状態が確認できる、「高解像度の土壌地図」も提供
AgriCircle
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同時に、土壌中にどれだけの炭素が存在するのか、5〜6年後、炭素の貯留量をどう改善していけるのかを測定できるようになったとフレーリッヒさんは説明した。
「例えばこの127ヘクタールの畑の場合、検出可能な炭素の追加の貯留量を1トン当たり50ユーロのカーボンクレジットで取引するとしたら、425ユーロの付加価値がつくことになります。畑全体の付加価値は5万ユーロを超えます。農家が炭素の貯留量を測定し、販売できるようになるのです」
カーボンクレジットとは、温室効果ガスの削減・吸収量を「クレジット(排出権)」として発行すること。どうしても排出削減できない分をクレジットとして売買することで、温室効果ガスの排出を「実質ゼロ」にする取り組みが企業間などで行われている。
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DORAの最大のポイントは、農家自身がDORAを使って自身の農地のことを知ることができることだという。農家が知っていることをツールがデータでまとめることで、農家同士で話し合い、知識の交換や近隣の農家との比較ができるようになる。まさにボトムアップの変革ツールだ。
「農家は頭脳明晰で自分たちの農地をよく知っているからこそ、最新のテクノロジーを使えば使うほど優れた解決策を思いつきます。私たちは農家の隣でより良い方法を一緒に考えています」
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リジェネラティブな農業を採用するために寄り添い、DORAなどのテクノロジーを駆使したツールを提供する。そして、農業の効率化やカーボンクレジット販売などのインセンティブを活用することにより、気候変動の緩和や生物多様性を高める。AgriCircleはスイスの、そして世界の農業を変えていけるか、期待したい。
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ハフポスト日本版は、駐日スイス大使館より招待を受け、現地の取材ツアーに参加しました。執筆・編集は独自に行っています。