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大あくびや、大きなハンバーガーも原因に?--救急医が教えるあごが外れた時の対処法志賀隆・国際医療福祉大医学部救急医学主任教授(同大成田病院救急科部長)
2024年4月11日
「あーっ」とあくびで大きく口を開けたら……「ガコ」という感覚がしてその後は話せなくなってしまった――。こんな経験はないでしょうか? あごの関節が外れてしまうことはそんなに頻繁に起こることではありませんが、救急外来には一定数いらっしゃいます。海外では救急外来10万件のうち5.3件の事例があったという報告があります。あごが外れてしまうと、痛みもあるし、しゃべれない、食べれないという状態になるためとても不愉快な状態かと思います。ということで今回は「あごがはずれたら、どうしよう」について考えてみたいと思います。
痛い! 時間がたつと戻りにくい
あごが外れることを「顎(がく)関節脱臼」と言います。
私の勤務している病院にも、施設で暮らしていらっしゃる70代の男性が、職員の方に付き添われて救急搬送されて来たことがありました。「あごが外れた、痛くて話せない」という訴えでしたが、ご本人は話せないので、診察は一苦労です。X線検査・コンピューター断層撮影(CT)検査をすると、確かにあごの両側が脱臼していました。どうやら、食事の際に口を大きく開けすぎたのが原因のようです。
あごが外れてしまったら、どんな症状がでると思いますか?
まず脱臼なので痛いです。ほとんどの患者さんが、痛みで悲しい、苦しい表情をされています。
また次のような症状も見られます。
・口が閉じられない
・あごが傾いて見える
・上下の歯が正常な位置でかみ合わなくなる
――などです。
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あごが外れる場合、多くは片側ですが、この男性の場合のように、両側が外れるときもあります。
大事なのは、早めに受診することです。あごが外れてから、時間がたつほど、元に戻りにくくなります。また、周囲の筋肉や靱帯(じんたい)、神経などに悪影響が出る恐れもあります。受診するのは口腔(こうくう)外科や救急科、耳鼻科などがよいと思いますし、救急車を呼んでもよいと思います。
食べたり、笑ったり、大きく口を開けると…
あごが外れてしまうのはどんな時でしょうか。
口を大きく開けることがリスクになります。例えば、日常生活の中で大あくびをしたり、笑ったり、大きいハンバーガーをかじったりすることが、あごの脱臼につながる場合があります。また、誰かに殴られたり、何かにぶつかったりした場合など、外からの力で脱臼することがあります。
あごが脱臼しやすい体質の方もいらっしゃいます。関節がとても柔らかい方たちです。そういった方は特に、口を大きく開けると脱臼しやすくなります。例えば、エーラス・ダンロス症候群の方は、関節が柔らかくなる結合組織の特徴をお持ちです。
この他にも、
・長時間口を大きく開けておく必要がある医療や歯科治療が必要な方
・けいれん発作で、突然大きな力で口を開けてしまう方
このような方々は、あごがはずれやすい可能性があります。
筆談や身ぶり手ぶりを交えて診断
まず、どうしてあごがそのような状態になったのかを問診します。あごが外れた方は、しゃべれなくなってしまうので、問診は筆談や身ぶり手ぶりを交えてになります。
あごをけがされている場合には、骨折している可能性も考えます。症状が起こったとき、食事中だったか、笑ったのか、あるいは、歯科治療や医療処置中に口を大きく開けたのか――などと、原因を探ります。
過去に脱臼を経験したことのある方は脱臼する可能性が高く、脱臼を戻す際にも戻りやすいという特徴があります。
診察のあとにほとんどの場合は、X線検査やCT検査をします。関節から骨がずれていたら「あごの脱臼」という診断になります。
三つの治療法
治療法は主に三つ知られています。はずれていた時間や患者さんの体形によっては、筋肉が緊張してしまって脱臼を戻しにくいこともあります。その際には、点滴で眠くなる鎮静薬や痛み止めを使いながら、脱臼を戻していくということもよくあります。
・ヒポクラテス法
最も古典的的な方法です。医師が、手袋をはめた親指を患者の両側の下あごの臼歯(奥歯)の部分に置きます。口を少し開けながら、親指で下あごを下方から後方に圧迫していきます。これによりずれてしまった下あごの先端の突起「下顎頭(かがくとう)」を、もとの関節に戻します。
・Wrist Pivot法
片あごの脱臼の際に私もよく行う方法です。医師は両手の親指で下あごの骨を持ちます。その他の指は口の中で下あごの臼歯にあてます。親指で頭の側に、口の中の指の方は足側に力を加えます。手首を回転させるように動かして、脱臼した下顎頭を元の位置に戻します。
・Extra-Oral Reduction法
両側の脱臼の際にも効果的です。医師は親指を患者の脱臼した下あごの骨の筋突起、頰のあたりに当て、後方に持続的に圧迫します。他の指は下あごの角の後方に置き、しっかり握り、前方に力を加えて押していきます。
患者さんに注射器を横向きにかんでもらう、シリンジ法という方法も知られています。
前述した70代の男性の場合、あごの両側が脱臼していました。最初はWrist Pivot法を試したのですがうまくいかず、Extra-Oral Reduction法で対応して、無事もとに戻りました。入院はせず、その日のうちに施設に戻られました。
不必要に大きく口を開けない
大きなものを食べないようにする、大きなあくびをさけるなど、必要以上に大きく口を開けないことが予防になります。過去に経験のある方は、また脱臼する可能性が高いので特に気をつけましょう。また、なかなか難しいですが、けがもしないように気をつけましょう。
写真はゲッティ
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しが・たかし 1975年、埼玉県生まれ。2001年、千葉大学医学部卒業。学生時代より総合診療・救急を志し、米国メイヨー・クリニックでの救急研修を経てハーバード大学マサチューセッツ総合病院で指導医を務めた救急医療のスペシャリスト。東京ベイ・浦安市川医療センター救急科部長などを経て20年6月から国際医療福祉大学医学部救急医学教授、21年4月から主任教授(同大成田病院救急科部長)。安全な救急医療体制の構築、国際競争力を産み出す人材育成、ヘルスリテラシーの向上を重視し、日々活動している。「考えるER」(シービーアール、共著)、「実践 シミュレーション教育」(メディカルサイエンスインターナショナル、監修・共著)、「医師人生は初期研修で決まる!って知ってた?」(メディカルサイエンス)など、救急や医学教育関連の著書・論文多数。