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日本学術会議のあり方について自己検証した中間報告書の提出後に井上信治科学技術担当相(右)と会談する学術会議の梶田隆章会長=東京都千代田区で2020年12月16日、玉城達郎撮影
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菅義偉首相が日本学術会議の会員候補6人の任命を拒否してから4カ月あまり。政府・自民党はこの問題の発覚を奇貨として、学術会議に組織改革を迫っている。私は一連の動きに、人文・社会科学を経済成長の「手段」としてしか見ない姿勢が表れていると感じている。一方的な改革が進めば、政治的な目的で学術をコントロールする体制の構築につながりかねない。
学術会議の会員定数は210人で、第1部(人文・社会科学)、第2部(生命科学)、第3部(理学・工学)に70人ずつ所属する。これに対し、自民党のプロジェクトチームは昨年12月にまとめた提言で「実際の科学者総数の割合に比し適切か議論の余地がある」と指摘。井上信治科学技術担当相も学術会議の梶田隆章会長に、各部の会員比率の見直しを検討するよう求めた。
オブラートに包んでいるが、端的に言えば「文系が会員の3分の1を占めるのは多過ぎる」ということだ。実際、閣僚経験のある自民党議員が学術会議について公然と「文学とか歴史とかは要らないよね」と口にするのも聞いた。
技術革新に不要、切り捨てる姿勢
しかし、政府は昨年、科学技術政策の根幹をなす科学技術基本法を改正。人文・社会科学を新たに振興の対象に加え、重視する方向にかじを切っていた。井上氏の求めに、学術会議第1部幹事の小林傳司(ただし)・大阪大特任教授(科学哲学)が「法改正で人文・社会科学は大事だとメッセージも出ている中、数の議論だけがいきなり進むのは理解しがたい」と困惑したのも当然だ。
私は背景に、経済成長の原動力となる技術などの革新「イノベーション」に一見して寄与しない学問を軽視する政府の姿勢があると考える。
実は法改正では「イノベーションの創出」が目的に明記されたことも大きなポイントだった。これに伴い、法律名も「科学技術・イノベーション基本法」に改められた。この源流をたどると、学術会議が2010年に政府に出した「勧告」に行き着く。勧告は、世界が直面する21世紀的な課題に対応するには文理の連携が必要だと指摘。人文・社会を科学技術基本法で振興するよう、法改正を求めていた。
そのため昨年の法改正に際し、当時学術会議の副会長だった三成美保・奈良女子大副学長は「改正は私たちが求めてきた方向性に沿っている」と評価した。ただ印象的だったのは、「人文・社会科学がイノベーションの『しもべ』とならないかという危惧もある」とも話していたことだ。
任命拒否された6人は全員が1部の会員候補だった。軍事研究や安全保障関連法に批判的な研究者を排除したい意図もあったのだろうが、科学技術政策に関わる政府関係者は、学術会議の1部が「イノベーションのためにも社会のためにもなっていない」と厳しく批判。井上氏は学術会議改革の論点として「『世界で最もイノベーションに適した国』を目指すためには、アカデミアは必要不可欠な存在だ」と強調してきた。
こうした背景を踏まえると、任命拒否と1部会員を減らそうとする動きは、人文・社会科学をイノベーションの手段と位置づけ、役立たないなら不要だとする姿勢が露呈したものと言わざるを得ない。三成氏が危惧した状況が今まさに起きようとしているのではないか。
しかし、イノベーションは技術革新にとどまらず価値観の転換も含めた広義の言葉で、どんな人文・社会系の研究が寄与するか判断するのは難しいはずだ。すぐに役立つ研究を重視する一方、国立大への運営費交付金を削減するなどして基礎研究を軽視し、結果的に研究力の低下を招いた痛い教訓を思い出してほしい。
未来志向の対話、6人の任命から
学術会議にも改善すべき点はある。政府への提言では、理念が先行し、政策としての実現性に乏しいものもある。実効性を持たせるため、政治と学術が互いの意見を共有する場があってもよい。工学系研究者でつくる日本工学アカデミーと国会議員の有志は昨年、意見交換の場を設ける取り組みを始めた。自民党内には「政治と学術の分断が一番良くない」との声もある。歩み寄りはできると思う。
ただ、政府方針に従わない者を排除することで改革議論を巻き起こす手法は民主主義的ではない。ましてや今回は、過去の法解釈を覆し、独立性の高い組織の人事に介入した。6人を任命してはじめて、菅首相の言う「未来志向」の対話が可能になる。私は首相の決断に期待したい。その上で、文理を問わず、多くの研究者が所属したいと思える学術会議を目指してほしい。