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春になり、暖かい日も増えてきました。夏に向かって、気温が上がってくると増えるのが、低血圧による体調不良です。暖かくなると、末梢(まっしょう)血管が広がるため、血圧が下がってくるのです。高血圧の方でも、状況によっては突然低血圧になることもあり、注意が必要です。連載のタイトルは「楽しく下げる高血圧」ですが、今回は低血圧の対処法についてお伝えしたいと思います。
低血圧には、高血圧のような明確な診断基準はないのですが、上の血圧が100mmHg以下を低血圧とすることが多いです。ただ血圧が低くても、日常生活で困ったことがなければ、あわてて対処する必要はありません。
低血圧でどんな症状が起こるのか、看護学校の学生を対象に調べたことがありました。低血圧の症状があると答えた方は49人でしたが、自覚症状は多い順に「体のだるさ(44.9%)」「めまい・ふらつき(32.7%)」「起立時のめまい(26.5%)」「頭がぼうっとする20.4%)」「眠気(18.4%)」「気力の低下(16.3%)」「手足の冷感(16.3%)」――と、実にさまざまでした。また、こうした症状が起きるのは午前5~6時台が多く、午後には症状が出ませんでした。
血圧の調整には自律神経が関わっています。自律神経には交感神経と副交感神経がありますが、朝起きて活動するときには交感神経が、夜寝るときには副交感神経が活発に働きます。交感神経が活発だと血圧は上がり、副交感神経が活発だと下がります。低血圧による体調不良が午前中に多いのは、交感神経がしっかりと機能するのに時間がかかっているためだと考えられます。
弾性ストッキングとチェダーチーズ
実は「血圧を上げる薬」には、あまり期待できるものがありません。以前は比較的よく効く薬があったのですが、発売中止になりました。日ごろから低血圧で体調が悪くなる人に、おすすめしたいことを四つご紹介します。
まず、朝起きたら、水をコップ1~2杯飲みましょう。寝ている間に大量に汗をかきます。脱水状態になっていると、血圧が下がってしまいます。水を飲むことで交感神経も緊張して、血圧の上昇が期待できます。また、交感神経の機能を高めるため、朝熱めのシャワーを浴びるのもおすすめです。
弾性ストッキングの着用も効果があります。着用前と着用後を比較すると、24時間血圧計で測定した上の血圧が着用後平均3mmHg上がりました。
チェダーチーズを食べるのもおすすめです。チェダーチーズには、血圧を上げるホルモンの材料になる物質のチラミンがたくさん含まれています。低血圧の方にチェダーチーズを毎日50g食べてもらったところ、24時間血圧計で測定した上の血圧が平均5mmHgも上がりました。また、血圧が低過ぎて、起き上がるのも大変という方に1日100g食べてもらったところ、普通に生活できるようになりました。
逆に高血圧の方は、チェダーチーズは、血圧が高くなるので食べ過ぎない方がよいと思います。
もしも血圧が低下して気持ちが悪くなってしまったら、その場でまず足踏みをしてみましょう。血圧が上がります。以前、低血圧で受診された患者さんが、血圧が下がり過ぎて、レントゲン室から動けなくなってしまったことがありました。そこで、その場で足踏みをしていただいたところ、上の血圧が93mmHgから101mmHgに回復し、診察室まで移動することができました。足踏みも難しいときには、しゃがんで体調が回復するのを待ちましょう。
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ご飯を食べると具合が悪くなる?
朝ご飯を食べると、だるくなる、具合が悪くなるという方がいらっしゃいます。実は「食後低血圧」といって、食後に低血圧になることがあるのです。食事をすると栄養を吸収しやすいように、消化管の血管を広げるアデノシンという物質が出るのですが、血管が広がってしまう結果、血圧も下がってしまいます。
こうした方へおすすめしたいのは、コーヒーです。コーヒーの中に含まれているカフェインがアデノシンの働きを抑えるためです。食後よりも、食前に飲むのがよりおすすめです。ただし、砂糖を入れるのは控えましょう。砂糖は食後低血圧を引き起こすため、カフェインの効果が弱くなるからです。牛乳は入れても構いません。コーヒーが苦手な方は、玉露などの濃いめのお茶を飲んでも良いと思います。
食後の低血圧対策におすすめのコーヒー=東京都千代田区で2023年11月28日、宮間俊樹撮影高血圧でも要注意、起立性低血圧
先日、スーパーでレジ待ち中に、冷や汗が出てきて、めまい・息切れがしたという20代の女性が受診されました。診察室で血圧を測定すると、上が124mmHg、下が84mmHgと問題はなかったのですが、立ち上がった状態で血圧を測ってみると上が90mmHg、下が64mmHgにまで下がりました。立ち上がった時に、上の血圧が20mmHg以上下がったので、「起立性低血圧」と診断しました。
通常は立ち上がる際、自律神経の働きで末梢血管が縮み、血圧が下がるのを防ぎます。この仕組みがうまく働かないと、末梢血管が開きっぱなしで血圧が下がります。また頭に十分な血液が送れないと、気持ちが悪くなってしまいます。
中身が半分ぐらいのペットボトルを想像してください。液体はキャップまでは届きませんが、ペットボトルをぎゅっと押しつぶすと水が上の方に到達しますよね。自律神経は、血管をぎゅっと押しつぶす働きを担っています。
ペットボトルを押しつぶさなくても、横にすると液体がキャップまで届きますよね。立ち上がった時に低血圧で具合が悪くなった方も、横になると頭までしっかり血が流れるようになります。
低血圧の方は、この自律神経の働きが弱いことが多いです。高血圧の方でも、動脈硬化が進んでいると、血圧を調節する自律神経の働きが悪くなり、立ち上がる際、低血圧で具合が悪くことがあります。横になれば回復しますが、倒れて頭を打ってしまっては大変ですから、立ち上がる際には動作をゆっくりにして、起立性低血圧を起こさないように気を付けましょう。
トイレで低血圧
以前、日本料理店の仲居さんが失神して、入院されたことがありました。さまざまな検査をしましたが、異常は見つかりませんでした。話をよく聞くと、排尿時に体調が悪くなり失神することがしばしばあるようでした。私は、もしかしてと思い、24時間血圧計を1週間つけてもらい、行動記録もしてもらいました。お仕事の時は和服を着ていらっしゃったので、帯に血圧計を隠して記録していただきました。
すると夜、我慢の末にトイレに行った時に、具合が悪くなったと言うので記録を見てみますと、排尿後、血圧が一気に下がっていました。
おしっこを我慢していると血圧が上がりますが、逆に排尿後は血圧が下がります。私も以前、電車の中でトイレに行きたいのを我慢してから、駅のトイレに駆け込んだ際、排尿の後に上の血圧が50mmHgも一気に下がったことがありました。
この方は夜間、接客の仕事で忙しく、トイレに行くのを我慢し続けた結果、排尿後に血圧が一気に下がり、具合が悪くなったり、失神したりしていました。このため、「我慢せずに、こまめにトイレに行くようにしてください」とお伝えしたところ、失神しなくなりました。
排尿時に血圧が急降下し失神することは「排尿失神」と呼ばれています。立った状態で排尿することが多い男性に多い傾向があります。頭を打ってしまったら大変です。男性でも座った状態で排尿するほうが安全なのです。
高血圧と低血圧が混在
これまで診てきた患者さんの中には、高血圧と低血圧が混在している方もいらっしゃいました。低血圧の症状があると、血圧を下げる薬を飲むのが怖くなりますよね。茨城県にお住まいの方だったのですが、地元のお医者さんは「怖くて薬は出せません」とさじを投げられて、私のところにやってきました。
24時間血圧計をつけ、行動を記録していただきました。血圧の記録を見ると、高い時には上が230mmHgを超えているのに、低い時には70mmHgを下回っていました。行動記録と血圧の記録を合わせてみると、高血圧でなおかつ起立性低血圧でもあるようでした。朝起きたときは血圧が低いのですが、午後3~4時ごろになると高くなる傾向があったため、そこで朝は血圧を上げる薬、午後は高血圧の薬を飲んでいただいたところ、血圧をうまくコントロールできるようになりました。
食事後に低血圧になるケースや、トイレで低血圧になるケースなどもご紹介しましたが、高血圧であっても、低血圧であっても、どんな時に、どういう状態で、症状がでるのかを、細かくお聞きすることが大事だと思っています。
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特記のない写真はゲッティ
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渡辺尚彦
日本歯科大内科教授/高血圧専門医
1952年千葉県生まれ。78年聖マリアンナ医科大学医学部卒業、84年同大学院博士課程修了。医学博士。米国・ミネソタ大学時間生物学研究所客員助教授、東京女子医大教授、早稲田大客員教授などを経て、現在、日本歯科大内科教授、聖光ケ丘病院顧問。高血圧専門医。循環器専門医。87年8月より携帯型自動血圧計を装着し、30分おきに血圧を測定し続けており「ミスター血圧」とも呼ばれている。「血圧が下がる人は「これ」だけやっている-高血圧治療の名医がすすめる正しい降圧法-」(アスコム)、「ズボラでもみるみる下がる 測るだけ血圧手帳」(同)、「科学的に血圧を下げる方法」(エクスナレッジ)、「自分で血圧を下げる!究極の降圧ワザ50-血圧の常識のウソ・ホント-」(洋泉社)など著書多数。