|
|
福島第一原発は15年前の2011年3月11日、巨大地震による津波に襲われ、1号機から4号機でほぼすべての電源を失い、運転中だった1号機から3号機では原子炉を冷却できなくなり、核燃料が溶け落ちる「メルトダウン」が起きました。
さらに1号機と3号機、それに3号機の配管から水素が流れ込んだ4号機では原子炉建屋で水素爆発も起こり、大量の放射性物質が放出される世界最悪レベルの事故となりました。
メルトダウンが起きた1号機から3号機では、溶け落ちた核燃料と構造物が混ざり合った「核燃料デブリ」があわせて880トンあると推計され、その取り出しが廃炉作業の最大の課題となっています。
政府と東京電力が2011年に公表した廃炉の工程表では、2021年までに核燃料デブリの取り出しを始め、2036年までに終える計画を示していました。
東京電力は2024年から2回にわたり、2号機で核燃料デブリを試験的に取り出しましたが、あわせておよそ0.9グラムで、全体の10億分の1ほどの量にとどまっています。
東京電力は、核燃料デブリの本格的な取り出しを3号機から始める予定ですが、開始時期は2037年度以降にずれ込み、当初の計画で核燃料デブリの取り出しを終えるとしていた2036年より遅くなる見通しです。
現在は核燃料デブリの取り出しを終える具体的な時期は示されておらず、政府と東京電力が掲げる2051年までの廃炉の完了を実現できる見通しは立たない状況となっています。
廃炉推進カンパニー「デブリ取り出しに注力する段階に」
福島第一原子力発電所の事故の発生から15年となる中、廃炉作業の現状について、東京電力福島第一廃炉推進カンパニーの小野明代表は「核燃料デブリの取り出しに注力する段階に入ってきた。核燃料デブリが原子炉や格納容器の中でどのように広がっているか、詳しい状況はまだわかっていないが、今後は内部の調査を進め、着実に作業を進めていきたい」と話しました。
廃炉作業にあたる人材の確保や育成については「国内だけでは高度な技術を持った人を集められない可能性もあり、海外での人材発掘も含め、人材を集めるための仕組みを急いで作りたい」と話しました。
更田豊志廃炉総括監「どのようなリスクあるか調査委重要」
東京電力福島第一原子力発電所の廃炉作業の現状について、原子力規制委員会の元委員長で、国の専門機関「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」の更田豊志廃炉総括監は「原発事故からの15年間で、1号機から3号機の原子炉や格納容器にある核燃料デブリはほとんど取り出せていない。これから本格的な取り出しに向けた準備を進めることになるが、3号機の原子炉建屋の除染など、具体的な方法が決まっていない作業もあり、こうした準備にどれぐらい時間がかかるか議論するのが難しい状況だ」と話しました。
そして、「廃炉作業を進める上で、どこにどのようなリスクがあるか、より詳しく把握するために調査を進めることが重要だ。そこで得られた情報をもとに作業の優先順位をつけるとともに、作業員の安全を守るための技術的な検討を行い、工程を見直していくべきだ」と指摘しました。
福島第一原発事故とは
15年前の2011年3月11日、東京電力福島第一原子力発電所は地震による津波に襲われ、1号機から3号機で電源を失い原子炉の冷却ができなくなり、核燃料が溶け落ちて大量の放射性物質が放出される世界最悪レベルの事故が起きました。
東京電力福島第一原発は、福島県大熊町と双葉町にまたがり1号機から6号機まであわせて6つの原子炉があり、2011年3月11日は、1号機から3号機が運転中、4号機から6号機は定期検査で運転を停止していました。
この日の午後2時46分ごろ、福島県では最大震度6強の揺れを観測する地震が起きて、1号機から3号機の原子炉は緊急停止しました。
この地震の影響で施設などが損傷し、外部から電気をもらうことはできなくなりましたが、非常用のディーゼル発電機が自動的に立ち上がり、電気を供給し始めました。
しかし、午後3時半すぎ、津波が押し寄せて、原子炉建屋など主要な施設のある海抜10メートルの敷地まで遡上し、非常用の発電機や配電盤が水没して、1号機から4号機ではほとんどの電源が失われました。
こうした中、最初に1号機の事態が悪化しました。
1号機は非常用も含めすべての電源が失われ、原子炉などの状態を把握するためのほとんどの計器も確認できなくなりました。
1号機には配管の弁を開けておけば、電源がなくても原子炉を冷却できる「イソコン」と呼ばれる非常用の冷却装置が設置されていました。
地震のあと、1号機ではこの「イソコン」を使って原子炉を冷却していて、運転員はマニュアルに沿って原子炉が急速に冷却されるのを避けるため、弁を開けたり閉じたりする操作を繰り返していました。
こうした対応の中で、津波に襲われて電源を失う直前、運転員は弁を閉じる操作を行い、イソコンは停止し、1号機は長時間にわたり冷却されない状況が続いていたと見られています。
しかし、混乱の中、こうしたイソコンの動作状況に関する重要な情報が、運転員らがいる中央制御室や、およそ400メートル離れた免震重要棟に設置され、吉田昌郎所長ら幹部が事故対応にあたっていた緊急時対策所で十分に共有されませんでした。
この結果、吉田所長をはじめとする緊急時対策所の多くの幹部が1号機はイソコンが動いて冷却されていると誤認して、対応が遅れる事態を招きました。
この日の深夜に一時的にバッテリーを使って電源を復旧させ、1号機の格納容器の圧力が異常に高くなっていることがわかり、イソコンが動いていないことに気づきましたが、この時にはすでにメルトダウンが起きていたと見られています。
このあと、格納容器の圧力を下げる「ベント」と呼ばれる操作を行い圧力は下がりましたが、溶けた核燃料のカバーと水が反応するなどして大量の水素が発生し、翌3月12日午後3時36分、1号機の原子炉建屋で水素爆発が起きました。
この水素爆発で、1号機の近くで進められ、あと一歩のところまで来ていたとされる電源の復旧工事が頓挫しました。
この影響で1号機に続き、3号機も電源を失い、事態が悪化します。
3号機は1号機と異なり、バッテリーの一部が水没を免れたため、津波のあと、非常用の冷却装置が動いていました。
しかし、電源の節約のために通常と異なる運転方法を続け、これによって装置が故障することを懸念した運転員が3月13日未明に手動で停止することを決断しました。
このあと、別の注水方法を行うことを検討しましたが、バッテリーの容量が足りずに実現せず、結果的に長時間にわたり、注水できない状況になりました。
この結果、メルトダウンが起きて原子炉が損傷したとみられていて3月14日午前11時1分には3号機の原子炉建屋でも水素爆発が起きました。
このあと3月14日午後1時ごろに2号機でも津波のあとから稼働していた非常用の冷却装置が止まり、その後、メルトダウンが起きたと見られています。
こうした中、原子炉の減圧に手間取って消防車からの注水ができず、ベント作業もうまくできなかったため、原子炉と格納容器の圧力が上昇し、3月15日未明には格納容器が壊れるおそれがある値まで圧力が高まりました。
しかし、3月15日昼前には格納容器の圧力が急激に下がり、大量の放射性物質が外部に放出されたと考えられています。
また、4号機では定期検査のため、原子炉に核燃料が入っていませんでしたが、3月15日午前6時過ぎに原子炉建屋で水素爆発が起きました。
その後の調査で、3号機から配管を通じて水素が流れ込み、水素爆発が起きたことが明らかになりました。
さらに電源を失った4号機では、大量の使用済み核燃料が残されていた燃料プールの冷却装置が使えない状況になりました。
政府内では、プールの水が抜けたり蒸発したりして水がなくなると、核燃料が溶けて放射性物質が放出されるという懸念が広がり、最悪の場合として首都圏の住民の避難なども一時、検討されました。
その後、3月22日から自衛隊や消防などがアームをのばすことができるポンプ車を使ってプールに水を入れ、核燃料が溶け出す危機は回避されました。
その後、メルトダウンを起こした1号機から3号機では仮設の注水設備で、溶け落ちた核燃料と周囲の構造物が混じり合った「核燃料デブリ」の冷却を続け、政府は2011年12月、「原子炉が冷温停止状態に達し、安定状態に至った」と発表しました。
原子炉の冷却は今も続けられています。
全国の原発の状況
国内には33基の原発があり、2011年に起きた東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと、全国で15基が再稼働しています。
原発事故のあと、原子力規制委員会は新たな規制基準を作り、これまでに18基が再稼働の前提となる審査に合格しています。
このうち、ことし1月には新潟県にある柏崎刈羽原発6号機が原発事故のあと、東京電力の原発として初めて再稼働しました。
このほかに、すでに再稼働したのは、
▽宮城県にある東北電力の女川原発2号機、
▽福井県にある関西電力の美浜原発3号機、大飯原発3号機と4号機、高浜原発1号機から4号機、
▽島根県にある中国電力の島根原発2号機、
▽愛媛県にある四国電力の伊方原発3号機、
▽佐賀県にある九州電力の玄海原発3号機と4号機、
▽鹿児島県にある九州電力の川内原発1号機と2号機です。
また、▽柏崎刈羽原発7号機、▽北海道にある北海道電力の泊原発3号機、▽茨城県にある日本原子力発電の東海第二原発の3基も規制委員会の審査に合格しています。
このうち、柏崎刈羽原発7号機は、法令で設置が義務づけられたテロ対策施設が期限までに完成せず、今後、3年半程度、運転できない見込みとなっています。
また、泊原発3号機については、去年(2025年)12月に地元の同意を得ていて、北海道電力は新たな防潮堤の建設などの準備を進めていて、来年の(2027年)できるだけ早い時期の再稼働を目指しています。
茨城県にある東海第二原発について、日本原電はことし12月までに防潮堤など安全対策の工事を完了させる計画を示していますが再稼働をめぐる地元同意の手続きは完了していません。
一方、▽泊原発1号機と2号機、▽青森県にある東北電力の東通原発1号機、▽静岡県にある中部電力の浜岡原発の3号機と4号機、▽石川県にある北陸電力の志賀原発2号機のあわせて6基は再稼働の前提となる規制委員会の審査を受けています。
規制委員会はこのうち浜岡原発について、中部電力が審査で地震の想定を意図的に過小評価していた疑いがあることから、去年(2025年)12月から審査を中断しています。
残りの9基は、電力各社から再稼働の前提となる審査が申請されていない状況です。
このほかに全国では▽青森県にある電源開発の大間原発と、東京電力の東通原発1号機、▽中国電力の島根原発3号機の3基が建設中で、このうち、大間原発と島根原発3号機について規制委員会に再稼働の前提となる審査が申請されています。
原子力政策の課題
政府は原子力発電を最大限活用する方針を示し、2040年度には国内の発電量全体に占める割合を2割程度まで増やすという目標を掲げていますが、実現できるかは不透明な状況です。
2011年に起きた東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと、政府は原子力発電への依存度を可能なかぎり低減するとしてきましたが、去年2月に閣議決定したエネルギー基本計画ではこの方針を転換し、エネルギーの安定供給や脱炭素社会の実現などを目的に原子力を最大限活用することが必要不可欠としました。
こうした方針のもと、政府は昨年度は9.4%だった国内の発電量全体に占める原子力発電の割合を2040年度には2割程度まで増やすとしています。
この目標の達成には、現在、全国に33基ある原発の規模を維持して運転する必要がありますが、原発事故のあと、これまでに再稼働した原発は15基となっています。
このほかに柏崎刈羽原発7号機を含む3基が原子力規制委員会の審査に合格していますが、残る15基については、規制委員会の審査中か、審査が申請されていない状況で今のところ、再稼働のめどは立っていない状況です。
さらに、こうした今ある原発の再稼働を進めたとしても老朽化が進み、2040年代には多くの原発の運転期間が60年を超え、原発の数は減少していく見込みです。
政府は原発の規模を維持するため、廃炉に伴う次世代炉への建て替えについて具体化を進める方針を示しましたが、資材費の高騰や人手不足などで電力会社の投資判断が難しくなっていることなどから、建て替えがどれだけ進むかは見通せない状況です。
また、福島第一原発の事故を受け、原発の安全性に対する不安の声も根強くあるほか、ことし1月には中部電力が浜岡原発の審査で地震の想定を意図的に過小評価していた疑いがある問題が明らかになり、信頼性が問われる事態になっていて、政府が掲げる原子力発電の割合を大幅に増やす目標を実現できるかは、不透明な状況となっています。