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真なる女性の行くべき道
1991年11月3日
一九九一年十一月三日(日曜日)、ソウル市の国際研修院で、ご父母様臨席の下、「祝福家庭婦人及び女性祝福対象者集会」が行われました。韓国全土から集まった在韓女性食口達に対して数時間に亘って語られた内容を整理し、翻訳したもの。
摂理の目標は人類全体の救済
「真なる女性の行く道」、「真なる女性の使命」ということを中心テーマにしてお話ししてみましょう。
この世界には五十億の人類が住んでいますが、その半分以上が女性であり、女性が男性よりも多いのです。日本だけ見ても、長生きしているのは女性なのです。全世界的に比べてみても、男性よりも女性が多いのです。
女性の使命とは何でしょうか。妻とならなければならないし、家庭の主婦として子供を育てなければならないし、家庭の環境から逃れることができないのです。
しかし、今の時代にあっては、女性達が、男性と同じような立場で、対社会活動や、あらゆる面において負けないと言って、女性運動が世界のトップクラスにまで上ってきています。故に、日本とかアメリカを見てみますと、女性運動を中心とした社会的活動、あるいは、女性を中心とした団体の動きが、社会に大きな影響を与えることのできる時代に入っています。
神様の摂理という全体的な立場から見てみますと、この人類をどういうふうに収拾するかという問題が重要なのです。神様の救いの摂理は、個人を中心とした救いの摂理でもありますが、家庭、氏族、民族、国家、世界を越えて、人類をどういうふうに救うことができるかということが、神様の摂理の目標になっています。
神側に立つ男性指導者不在の歴史
ところで、この人類の中には男性と女性がいますが、今日までの人類歴史は、男性を始めとした歴史でもありました。もちろん、昔には母系時代もありましたけれども、父系時代を中心として、男性を中心とした人類歴史として発展してきました。人類歴史に数多くの国があり、団体があるけれども、どの国、どの団体であれ、中心的責任者は男性でした。
地上において男性が国の指導者、団体の指導者になっていますから、救いの摂理を促進させるためには、この指導者達をどういうふうに神の前に一つにするかということが大きな課題であったので、摂理も、不可避的に歴史的現実に従って動かざるをえなかったということを知らなければなりません。
聖書のヨハネ福音書三章十六節に、「神はその一人子を賜わったほどに、この世を愛してくださった。それは御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」と記してあります。誰であっても彼を信じれば滅びることがないというのです。それで、今日、キリスト教は、キリスト教からのみ救いがあると見ています。
もちろん、救いはキリスト教を通してなされますが、蘇生、長成、完成の段階的救いの摂理の道があるということを、彼等は知らないのです。蘇生的宗教、長成的宗教、完成的宗教があります。完成的宗教にも、母の宗教があり、父母の宗教があり、神様の宗教があります。母の宗教、父母の宗教のみではいけないのです。神様と共に、母、父と一つになったその宗教が、今日の統一教会であります。統一教会は、神様の宗教、真の父母の宗教です。統一教会は完成した男性の宗教であると同時に、完成した女性の宗教でもあります。完成した男性の宗教とは如何なるものかということが問題になります。もちろん、宗教においても問題になりますが、その問題になる宗教の基準、男性と女性の基準が、社会において、あるいは国家において問題となり、団体においても問題となり、家庭においても問題となります。ですから、家庭から収拾して、団体から収拾して、国から収拾して、世界的に収拾して、摂理的最終目的を達成しなければなりません。厖大な内容になります。
今まで主に世界を指導した階層は男性であったために、男性を中心とした摂理をしてきました。国を指導する者は王様達であったので、摂理も不可避的に王権と対立して戦ってこなければならなかったというのです。ですから、宗教世界は今まで迫害を受けてきましたが、それは、その時代、国家を代表した為政者、王権を中心とした代表者達によって、多くの血が流されてきたことを皆さんはよく知っていることと思います。
そうして、民主世界と共産世界にまで、男性を中心とした世界へと、ずうっと導いてきたのです。今までの男性指導者達は、サタン側の男性達が大多数でした。サタン圏内にありました。皆さんはこれを言葉だけでなく、本当にそのように感じなければなりません。全ての歴史の中で男性の指導者達は、神側にはいなかったというのです。神様は、今までこの地上に国を持つことができなかったのです。神様はこの地上に神の民をもって、神様が立つことのできる家庭を持つことができなかったのです。神様が本当に願う、真なる愛を中心として一つになった一人の男性と女性を持つことができなかったのです。そのような一人の男性と女性を持つことができなかったが故に、家庭を持つことができなくなり、もちろん、氏族も民族も国家も世界も神様は持つことができなかったという結論が出るのです。
厖大な時間を要した再創造の摂理
救いの摂理とはどういうものでしょうか。このような基準を捜し求めてきたために、代表的な男性を持ちたがる神様の心、それは人類を代表した男性の代表、国家を代表した男性の代表、団体、家庭、個人を中心とした神様の誇り得る男性の代表を立ててきたのです。その代表の中心人物達にならなければならないのが、歴史時代に残された宗教指導者達でした。
原理から見ると分かりますが、人間は堕落することによって無原理圏に落ちてしまいました。天使は神の僕ですが、人間がどれ程落ちたかと言いますと、王子・王女になるべきであった立場から、天使の世界、僕よりも低い立場にまで落ちてしまったのです。故に、再び上がって行かなければなりません。僕の僕から、僕の立場、養子、庶子、直系の子女、母、アダムへと帰らなければなりません。復帰なのです。これが救いの摂理であります。
復帰摂理はやたらにやるものではありません。既成教会では「唯信じれば救われる」と言いますが、そのようにはなっていません。パウロ信仰が霊界に行ってみると大きな問題になっています。信じることで救われるのではありません。神様は創造当時、信仰をもって創造されたのではありません。信仰をもって人を造ったのではありません。何をもって造ったかというと、愛をもって造ったのです。信仰という概念はそこにはありません。愛を中心とした実践概念はありましたが、信仰という概念はなかったのです。信じる人と実践する人では、どちらが先立つでしょうか。実践する人が先立つのです。故に救いの摂理は復帰摂理なのです。帰らなければならないというのです。堕落したので帰らなければならないでしょう? 復帰摂理はただで帰ることはできません。再創造の摂理であります。再創造摂理は言葉だけではできません。神様が再創造するのではありません。我々がやらなければなりません。ですから、救いの摂理は長い時代を経てきたのです。
女性の為に多く涙し、苦労された神様
男性を主としたあらゆる世界を救おうとすることで、ヤコブが長子権を復帰するために母の協助がありました。このように、母子協助が必要なのです。ヤコブ自体が母子協助を受けてカナンに行って帰る時、ヤボク川で天使と闘って勝利して、「イスラエル」という名前をもらいました。イスラエルという名前をもらったのは男性ですか、女性ですか。男性でした。では、イスラエルという名前をもらった男性が勝ったのでしょうか、女性が勝ったのでしょうか。男性が勝ったと言えば、そこにどういうふうにして女性が参加することができるでしょうか。これが問題なのです。
ここで女性は絶対に神様の勝利圏に従わなければなりません。そういうふうにして、今まで歴史時代に宗教関係の代表者も男性であって、宗教の創始者は殆どが男性でした。四大聖人といえば、皆男性なのです。女性は男性を中心として絶対一つにならなければなりません。何故でしょうか。堕落する時、エバが自由に行動して天宙を滅ぼしたために、帰って行く時には絶対服従しなければなりません。このようにして、歴史時代に男性達の前に利用されて、絶対服従する社会環境へと引っ張って行ったので、悪魔の世界においては女性達を蹂躙したのです。
神様の本来の御旨は苦労させたり、蹂躙したりする立場に立たせることではありません。完全な男性と共に、完全な解放の一日を待ち焦がれながら、今まで復帰摂理を進めてきたのです。神側から見た場合に、男性に対して流した涙よりも、女性のために流した涙が多かったということを知らなければなりません。同じ息子・娘であるのに、娘がそのように苦労し、受難の道を行くことを解決できない父の心はどんなに悲しみにあふれていたことでしょうか。
皆さんは、母になってみたでしょう? 女性のために極めて苦労して、多くの涙を流した方がいるとすれば、それは皆さんの父母ではなく、神様であるということを知らなければなりません。皆さんが一生を送るのは百年余りですが、神様は歴史以来今日まで、永遠に存在する方として、昼も夜も季節を超越して、休む暇なく働いておられる方です。何のために働いたかといえば、人類を救うために働いてこられたのです。
その救いはどういうふうにしてなされるのでしょうか。再創造の過程であったために時間がかかったのです。能力のある神様ですから一度にやることもできます。何故全知全能であられる神様が、今まで摂理歴史を延長してこなければならなかったのでしょうか。再創造摂理のプランがあるからです。創造したその過程に再び一致することができるようにしなければなりません。
救いの摂理の中心は神様ではありません。創造の時は神様が中心でしたが、堕落は人間がなしたために、人間に責任が伴うようになるのです。罪を犯したならば、刑務所に行くのは、その父母ではなく、兄弟でもなく、罪を犯した本人なのです。それと同じく、堕落は人間がなしたために、人間を中心として再創造過程を経て、堕落しなかった、それ以上の峠を越えてのみ人類の解放と平和の世界が訪れることを、誰よりもよく知っておられるのが神様なのです。
女性解放のために来られたイエス様
このような観点から、今日、あらゆる宗教界や社会に悪影響を及ぼすものが何かといえば、為政者です。神様の救いの摂理に為政者達が協助するのではなく、反対してきたのです。何故でしょうか。サタン側に立っているためです。救いの摂理において、もちろん女性達が血を流してきましたが、男性の宗教責任者達を中心として、その背後の防壁になってきたのが女性達でした。何故そうしなければならなかったのでしょうか。女性は自ら犯した罪から脱しなければならないからです。これは運命的にそのようになっているのです。やらなければならないのです。
女性をどのように解放するかという問題は、女性達が考える前に神様が今まで考えてこられたということを知らなければなりません。女性の解放を、誰よりもやってあげたいと願われたのが神様であったということを知らなければなりません。女性解放の先頭に立ったのがキリスト教でした。キリスト教は新婦の宗教です。キリスト教は主のために準備した宗教ですから、新郎であるイエス様を中心としてみると、女性解放のために現れたと見ているのです。
男性を代表した人、女性を代表した人、そして氏族、民族、国家、世界、天宙を代表したその人の愛は、家庭においても根本となり、氏族、国家、世界、天宙においても根本となります。その人が持っている愛は、結局、地上にいるあらゆる人が好む愛であり、神様までも善しとされる愛であります。その代表的な男性が生まれて、家庭で育てられ、大きくなります。その人が代表的な男性になることを人々が知っていれば、その人は、神様が誰よりも愛する人であり、家庭でも、その母と父から誰よりも愛される人であり、隣り近所の人達からも愛を受けるべき人です。
ところで、その人に対して、神様も愛し、彼が生まれた家の父と母は愛するかもしれませんが氏族、民族、国家、世界は全てサタン側にそのまま留まっているのです。それ故に、このサタンの支配圏を突破して出て行かなければなりません。そのために、代表者をこの地上に送られました。それが救い主であります。
救い主の使命は愛の人格完成を男・女に賦与すること
救い主の使命は何でしょうか。お金をもうけて、豊かに住めるようにしてあげることが責任ではありません。権力を与えることではありません。知識を与えることでもありません。愛を与えることです。神様に一番必要なのは、お金でもなければ、知識でもなければ、権力でもありません。愛なのです。真の愛なのです。神様と一つになり、永遠に共に生きることのできる男性と女性が必要なのです。これは神様の息子・娘です。
神様の息子・娘は、愛を中心として生命と血統が一つになっているのです。この三つは三位一体と同じく互いに離れることができません。愛がなければ生命が出てこないのです。生命がなければ血統が生まれてきません。血統のあるところに父母の生命が繋がれて、父母の生命が繋がれるから父母の愛が宿るのです。
ですから、皆さん自身においては、父母の愛が植えられており、父母の生命が植えられており、父母の血統が繋がれているのです。故に、自分は、自分のものではありません。自分ということを主張することもできません。自分というときは、この三つを全て完成して、「神様、私をご覧になった時どうですか」と尋ねて、「汝は百パーセント合格だ」と言われた時、神様と並ぶことのできる立場から、愛をもって自分ということを主張することができます。それ以前は未完成な者です。歴史以来、この愛の基準を捜し求めてきました。
救い主は何故来られるのでしょうか。政治をなすために来られるのではありません。キリスト教では、主が来られる時に、皆空中に引き上げられて千年王国を享受すると言いますが、そういうことではありません。救い主は審判をなすために来られる方ではありません。その方は、神様の息子・娘であると同時に、人類の父母であります。父母の心を持って来られる方が、自分の息子・娘を地獄に入れることができるでしょうか。堕落世界の父母でさえ、自分の子供が悲惨な立場にあれば、どうしても救ってあげたいという気持ちが先立つのです。いわんや、本然の父母の心情を持って来られる救い主はいかばかりでしょうか。審判とは考えられないことです。どんなに悪い父母であっても、死刑宣告を受けた息子・娘を助けることのできる道があるとすれば、国の法律を無視してまでも、自分の命をかけて救ってあげたいというのが父母の心です。
救い主が来てなすべきことは、愛を中心とした人格完成を、男性や女性に賦与することです。個人から家庭、民族、国家、世界へと、そうしなければなりません。天国は個人が入るところです。その次に家庭が入ります。氏族も入ります。蘇生が個人であれば、長成は家庭であり、完成は氏族であるために三段階の編成になります。ですから、個人完成、家庭完成、氏族完成ということになります。
平和・幸福・統一は真の愛から
統一教会の祝福家庭が氏族的メシアというのは、個人、家庭、氏族完成ですが、その完成は何をもってなすのでしょうか。知識をもってなすのではありません。お金をもってやることでもありません。出世のためにやることでもありません。そのように考える人は落第なのです。生活が心配になって行けないというのは天法に違反します。「私は知らないから行くことができません。」これも天法違反なのです。「能力がないから、行って氏族を収拾することができません」と言うことも天法違反なのです。一番大事なことは、愛をどのように持つかということなのです。愛の潮水にならなければなりません。
この地上の堕落した愛の潮水が黒い水であれば、これから神様を中心とした復帰された愛の潮水は、白い水なのです。黒い水と白い水が今まで戦ってきました。先生一人をおいて戦ってきたのです。大韓民国も今、文総裁が問題になっています。神様の御旨の前に歴史を代表した男性として、残されたあらゆる責任を終えなければなりません。今まで社会に横的に展開された、悪と関係のあるあらゆることに責任を持って、蕩減して越えたという条件を立てなければ、サタンはこの地上に残るのです。
体の分野において世界的に大きくなってきたのが政治です。数多くの国が戦ってきました。人類は戦っては生きられない段階に入っています。心の分野においても、サタン側の宗教があって、戦ってきたのです。宗教の間で戦っては将来の希望がありません。戦えば滅びるのです。神様がいらっしゃるために、先生を立てて宗教世界のあらゆる戦いを和解して、「戦いを止めよう。平和な世界に行こう」と言うのです。
アフリカのどんなに小さな国の主権者であっても、「私がアフリカで一番である」と言うのです。皆が一番であると言うのです。しかし、皆が一番になることはできません。そのようにして今まで戦ってきてみると、宗教圏のみが残っているのです。キリスト教文化圏、回教文化圏、仏教、儒教文化圏が残っています。大韓民国を見ても、仏教、儒教、キリスト教が支配してきました。
救い主が来る使命は何かと言えば、正しい生命の立場を捜し求めることなのです。愛の本然の立場を捜し求めなければなりません。それは、統一された永遠なる愛、平和に包まれた永遠なる愛、幸福に包まれた永遠なる愛の世界です。平和と幸福と統一、この三つがあれば充分でしょう。これは何でしょうか。戦いのない世界にならなければなりません。このような世界が出来ていないために、これをなしていかなければなりません。
故に、儒教と仏教とキリスト教が一つにならなければなりません。どのようにして一つになることができるでしょうか。教派同士は一つになることができません。宗教同士も一つになることができません。宗派とか、宗教団体とかは、そのメンバーが男性と女性です。男性と女性はどのようにして一つになることができるでしょうか。男性と女性が一番好きなのは何でしょうか。お金、知識では一つになることはできません。権力をもっても一つになることはできません。愛のみが一つにすることができます。真の愛をもって一つになるのです。真の愛とは何でしょうか。神様が一番好む愛であり、メシアが一番好む愛です。
私の心身一体化が全てのことの統一の起源
神様と救い主はどういうお方でしょうか。我々の父と母なのです。父と母の愛をもって一つにしようというのです。神様と救い主が自分の父と母であることをはっきり知るようになれば、そして人類が息子・娘であるということが分かれば、多くの難しい問題が解決されます。
神様はどのような父母でしょうか。皆さんには心があるでしょう? ところで、心を見たことがありますか。その心は見たことがないけれども、心は主人なのです。自分の先生なのです。心に似て体が生まれたために、心は体の根源であるために、平面的に母と父の代わりなのです。父母の代わりが心であり、先生の代わりが心であり、主人の代わりが心であります。故に、自分にとって一番貴いものが心なのです。心に知らせずに何事でもやれる人は手を挙げてみなさい。その心が、誰よりも自分に近い真なる主人であり、先生であり、父母の代わりであるというとき、悪くなれと教える父母がどこにいるでしょうか。父母はその家が、その国が、その天と地が平和であるように教えるのです。愛を中心として自分が中心になりたいという心を持っていない男性も女性もいません。
心は、「愛の王子になれ」と言うのです。しかし、体は心に反発します。禍というのは何でしょうか。自分の心と体が一つになれないことです。統一の起源はどこでしょうか。自分の心と体が一つになるところにあります。幸福と平和と真の愛が安着することのできる基準は、家庭でも、氏族でも、民族でも、国家でも、世界でも、天と地でもありません。自分自身なのです。これを、統一教会の文先生が現れて、はっきり教えてあげるのです。
過去の聖人達が言ってきたことは、外的に、社会と国をどういうふうに善なるものにつくろうかという問題でした。自分自身が故障していることは知らなかったのです。どんなに外的に環境を良くしたとしても、自分の幸福、自分の平和、自分の統一とは何ら関係がないのです。幸福はどこから来るものでしょうか。自分から来るものです。自分と言えば、心と体です。心は最高を願っています。
皆さん、女性として生まれて、もしそのことが可能であれば、真の母の立場を奪い取りたいことでしょう? 神様が、もしその婦人を必要とすれば、女性として一度その候補者になりたいと思うでしょう? このように偉大なものが男性と女性なのです。男性においても、神様よりも一寸でも高くなれる立場があれば、その立場にまで行きたくないという男性がいるでしょうか。
真の愛と一つになれば、愛には相続権があります。愛する人には、あらゆる物をあげたいのです。嫁には何故行くのでしょうか。愛を受けに行きますね。愛を受けて何をしますか。自分の命までも投げ捨てて喜ぶことができるのです。愛を受けると同時に、命までも与えて、より与えたいという心を持った愛の道があれば行きますか。真なる愛が何か分かりましたね。
今まで十数年間、真の愛について語ってきました。それを勉強するのは大変なことですよ。真なる愛に対してテストをして、パスする人は右へ、パスできない人は追い出すのです。同じ土地から育った稲も秋になりますと、一等、二等、三等、等外品に分けられます。世の中の位置がそうなのです。皆一等品になることはできません。何故一等品がいいですか。それは種の稲になるためです。それは永遠の命に通じるのです。減るのではありません。増えて、更に増えて、永遠の命に通じるのです。神の国に入る時、神様が一番好むのは実のないもみがらでしょうか。一等品を好むのです。混じり物の入っていないのを好むのです。一等品は稲の種になりますが、それは種を受けるために永遠の命に通じるのです。皆さんは皆一等品になりたいでしょう? (「はい。」)そのような心を持っていない人は一人もいないのです。全て教えてあげました。教えてあげたにもかかわらず、教えた通りにやることができないのは自分の責任なのです。
種を蒔いた主人は、完全なる種になることを願って蒔いたのです。ですから、どんな人であっても、心で真の愛を願わない人はいないのです。天国に入るか否かは、神様が決定することではありません。自分自身が天国に入ることのできる資格者になっているか、否かが問題です。必ず二つの世界があるのです。責任を第三者に転嫁する者は悪魔の族です。
今、文総裁は南北統一の責任を背負おうとしています。ここで一番問題になるのは、大韓民国の中で闘っている与党とか野党ではありません。大統領が問題ではありません。ある政党の委員長が問題ではありません。ある学校の先生が問題ではありません。皆さんの夫や息子・娘が問題ではありません。皆さん自身の問題です。この問題をおいて、霊界から個人的に調べる必要があります。皆さんは何点になる者でしょうか。自ら百点になることができると思う人は手を挙げてみてください。一人もいませんね。
心は皆王様になりたいけれども、体がそこに従っていくことができません。誰がそのようにしたのでしょう。皆さん自身もそれは願っていません。歴史以来、そのようにしたのは体を引っ張っている他の勢力、基盤なのです。それが悪魔です。悪魔の舞台が体であるということを知らなければなりません。お金、知識、権力をもって自分を統一することはできません。
愛だけを追い求めていく統一教会
今回、還故郷の命令を下した時、「子供の教育や家事の切り盛りはどうしたらいいのですか」と言って心配したでしょう? 一家庭が全て天から落ちて地獄に入ると考えてみてください。今回還故郷の命令を下すことによって、現地に誰が何日に行ったかということを調べてみますと、どれ程御旨において真心を込めてきたかという家庭のデーターが出てくるのです。先生の言うことを聞き、統一教会の皆さんは動こうとしていますか、していませんか? (「動こうとしています。」)動きましたか、まだ動いていませんか? (「動きました。」)
女性が一番好きなものは何でしょうか。愛ではありませんか。男性が一番好きなものは何でしょうか。愛ではありませんか。女性と男性が行くべき終着点は別々にあるのではありません。愛の根拠地はどこでしょうか。鼻にありますか。手にありますか。お尻にありますか。女性の胸にありますか。心にあります。聖人中の聖人は誰でしょうか。それを鑑定してみなければなりません。知識も愛の知識が必要です。権力も愛の権力が必要なのです。お金も愛のお金が必要なのです。五つの感覚器官を統一している力は、お金、知識、権力ではありません。愛のみが可能にします。
お金、知識を求めていく女性達は皆地獄に行かざるを得ません。お嫁に行く時に、「大学はどこを出たの? お金はどのくらいあるの? 仕事は何なの?」と聞く女性達は、何か月も経たないうちに離婚して家に帰ってくることが、どんなに多いことでしょうか。愛を求めていかなければなりません。統一教会の人達は、その点において違うのです。
ここで、日本のメンバーは手を挙げてみなさい。先生の話が理解できますか。韓国に嫁に来ている人の中には、博士もいれば、医者もいるのです。そのような人達を中学しか卒業していない男性と結んであげました。そのように失礼なことが、どこにまたあるでしょうか。女性が大学まで出て、中学しか出ていない男性と結婚して、それも農村に行って住むと考えてみなさい。私が考えても体が縮まるような気持ちになるのです。
ところで、それが良いことでしょうか、悪いことでしょうか。一方においては良いことも、もう一方においては悪いことでしょう? そうだとすれば、もう終わりではありませんか。けれども互いに好き合っている場合に、より好きになるのは、どちらかと言えば、女性よりも男性側なのです。その好きになる心を持って、そこに愛を植えて互いに愛し合っている時、不幸な男女でしょうか。(「幸福な男女です。」)男女の間に差があればあるほど、それに比例して、更に愛する心が湧いてくるのです。
これは天下の何者にも比べることができません。そのような心を持って妻を愛し、息子・娘を愛した時は、立派な子供達が生まれるのです。将来、アジアが統一されると、そのような後孫達からアジアの大統領が出ることでしょう。国籍が一つになれば天の国の王国時代に入るようになります。
愛は最高の特権
愛が嫌いな人は手を挙げてみてください。神様は生まれたのでしょうか、生まされたのでしょうか。(「生まれました。」)生まれたということは成長してきたということです。神様は生まれたのです。それでは、神様は何故生まれたのでしょうか。お金、知識、権力のためでしょうか。神様は縦的な愛を持った父なのです。心は神様に似たために縦的な自分なのです。心は縦的な父である神様の愛と生命と血統を受け継いで、縦的な自分として生まれるのです。
次に必要なものは横的なものです。横がなければ倒れてしまいます。建築する時も、縦と横の重点を良く定めなければなりません。縦横を合わせなければ立体の世界が出てこないのです。
それと同じく、人間の理想は球形的な理想なのです。円満を願っているのです。人間は何においても、その中に入って、全てに影響を及ぼしたいという心を持っているのです。家庭においても、社会においても、国、世界、霊界においても、自分を中心として競争生活をしたいと思うのです。自分を中心として前進的な発展をするための生活なのです。そこには闘いよりも、競争が必要なのです。競争は角度を無くします。工場で玉を削る時、最初に棒を切ってころがすと、互いにぶつかり合って丸くなります。円満になります。理想は何でしょうか。円満なのです。円満になるためには、前後、左右、上下の消耗を必要とします。
人間は神様に似て生まれたのです。神様は二性性相の主体ですから、性相と形状が内的に互いに愛しています。夏に、いが栗が大きいと思って取ってみると中身がないのです。秋になってあらゆる栄養を吸収して、中身がいっぱいになります。同じく神様の二性性相を中心として、授け受けて一つになれば、主体と対象を連結することのできる核が生まれるのです。その時から、神様が必要とするのは、このような核の実体を相対的に拡大していこうとするのです。
その拡大、展開された性相が男性であり、形状が女性ですから、これが再び授け受けて連結することで、天と地が連結され、前後、左右、上下、内外が一つになるのです。
こうして神様ご自身が成長してきたというのです。何を中心としてでしょうか。真の愛を中心に置いてきたのです。真の愛は宇宙の根本なのです。宇宙の根本が、運動の起源がここから始まるのです。全宇宙は、これを中心として運動すれば、球形をなすようになっています。その中で呼吸しているのです。地球も大きくなったり、小さくなったりすることが分かりますか。
子供が生まれる時、一番最初に目が出来るでしょう? 何故目が出来るのでしょうか。見るためですね。おなかの中で目は見えますか。おなかの中で目が出来ずに、外の世界に出る時に目が出来てもよいでしょう? それは何かというと、目というものは最初から見えるということです。
神の三段階は愛と生命と血統なのです。愛を願う女性、愛を捜し求めていく女性は、父と母の愛を代表して、愛の道を行くということを知らなければなりません。自分が愛の道を捜し求めて行けるのは、父と母の愛を受け継いだためです。自分一人で愛の道を捜し求めて行けるでしょうか。父と母の愛を植えてあげたために、私が発動して花を咲かせ、実を結ぶために探して行くのです。それを否定することはできません。
ですから、自分の愛ではないのです。父と母の愛を代表して、歴史的な先祖達の愛を代表したものとして登場するために、愛は最高の特権なのです。その最高の立場に自分が立っているから、最高のものとして現れるのです。最高のものとして現れようとするときに、与える時は絶対的に与えなければなりません。夫のために、命までも、愛までも、血までも注いであげようとしなければなりません。「最高」と言うのは、命と血と愛までも全て投入する時に使う言葉です。
最高の愛を捜し求めるのですか、適当な愛を捜し求めるのでしょうか? 絶対的な愛を捜し求めていく時、絶対的な愛を占めようとすれば、絶対的な愛を受けられる資格を持たなければなりません。その資格が何かと言えば、あらゆるものを投入して、投入して、また投入しようとすることです。
真の愛のみが一番
きょうここに集まった女性達。絶対的な愛の基準から見た時に、偽り者でしょうか、本物でしょうか。神様も愛のために生まれました。何故女性が生まれたのでしょうか。愛のためですね。男性が何故生まれたのでしょうか。愛のためです。神様が一番好むものは何でしょうか。万物を造る時に、愛の相対になることを願って造ったということは、理にかなっているのです。世界を分析してみる時に、鉱物世界もプラスとマイナスがあります。鉱物世界は磁石のような作用をしています。磁石は地球の引力より大きいから表に現れるのです。それ自体は全て引っ張る力があるのです。植物世界にも雄しべと雌しべがありますが、それは何故でしょうか。その世界においての愛のためです。動物世界には雄と雌がいるでしょう? 芝生には小さい虫がいます。小さい虫達ですが、どの虫にも鼻や耳や目が皆あるのです。犬は臭いをかぐことでは、人よりも優れています。走るのはどうでしょうか。人間は他の動物よりも劣ることが多いのです。
しかし、ただ一つ、人間が偉大であるといえるのは、愛という点においてです。愛においては王様なのです。人間は何故生まれたかということは哲学的な問題です。人間は男性と女性ですが、男性と女性は何故生まれたかという問題です。これを今まで説明することができませんでした。しかし、簡単な問題なのです。男性が生まれたのは女性のために、女性が生まれたのは男性のためにです。凹凸は何故出来たのでしょうか。お金、知識、権力に合わせようと、そうなっているのでしょうか。愛のためです。愛のために女性と男性が生まれましたが、女性と男性のためにのみ生まれたのではありません。
存続の起源は自分自身から出発したのではありません。愛のために生まれたと言うときは、あらゆることがオーケーなのです。先生は何故生まれたのでしょうか。(「愛のためです。」)統一教会の教祖になるために生まれたのでしょうか。愛がなければ教祖は何をしますか。何の意味があるでしょうか。あらゆる宗教を一つにする、その教祖が一番好むことも真の愛なのです。
真なる愛は何故必要でしょうか。真の愛を持てば、神様も、その中におられるのです。神様の理想も、その中にあるのです。この愛さえ持てば、王様の中の王様であり、女王様の中の女王様なのです。「アルファとオメガ」と言う時は、知識をもって言うことではありません。「始まりと終わり」とは、真の愛なくしては使えない言葉です。神様の始まりも真の愛から、神様の目的も真の愛を通してなされるのです。ですから愛のみが一番なのです。
真の愛の前には絶対服従する神様であります。今日、キリスト教の神学は、全知全能である神様があらゆるものをほしいままにしていると言っています。そのようにキリスト教は独裁的な内容が多いために血をたくさん流してきました。しかし、統一教会は血を流すようなことはしてきていません。先生が牢獄に行って血を流しながらも、その怨讐に対して、被害を与えようとしませんでした。自然屈伏することのできる道を選んだのです。理想的な基盤が既成教会にはありません。神様さえも、真の愛には絶対に服従するという論理を教えてあげる先生は、本物でしょうか、偽り者でしょうか。(「本物です。」)
進化に先立つ雌雄の概念
我々人間は神様の愛の相対です。絶対的な神様の愛の相対です。何故でしょうか。被造世界の全てがペアシステムになっています。ここで問題になるのは進化論で、進化という言葉です。進化というものは、愛が生まれる前に出来たのでしょうか。愛が存在した後に出来たのでしょうか。進化を通して出来たものが、愛したのでしょうか。愛から始まったものが、進化の形を備えたのでしょうか。
進化論は神様を否定する論理であり、共産主義が世界を制覇しようとするのは、この進化論の故です。これをきれいに整理しなければなりません。アメーバから発展して人にまでなったというならば、アメーバ以前にも細菌がいたでしょうか、いなかったでしょうか。アメーバ世界にも雄と雌がいるということを聞いたことがありますか。科学者の間では、細菌の世界においても夫婦がいるということを発表しています。これは進化論でいう、アメーバが出来る前からあったのでしょうか、出来た後に生まれたのでしょうか。細菌の世界の雄と雌は進化論によって生まれたのでしょうか。
雄と雌に関する概念は、進化論に先立って、愛のために生まれたのです。進化とは何ら関係がありません。男女が生まれたのは、進化によるものではありません。進化と言えば、男女の生殖器はどこから進化して、そのようになったのでしょうか。進化は後なのです。愛をなすのに第三者の介入を許さないのです。蟻であれ、雀であれ、蛙であれ、許さないのです。人間も同じなのです。絶対的であります。
神様は見えません。目に近い所にあるものはよく見えません。神様はあまりにも近い所におられるので見えないのです。ですから、神様が見えないのは当然なのです。神様が男性と女性の目に見えるならば、男女が愛する時、逃げるでしょう? 神様でも、その場を守ってあげるためには、見えてはいけないように存在しているのです。
アメーバから人に至るまで、何千段階の過程を通して存続することになります。すると一年過ぎずに皆壊れてしまうのです。愛という門を通して、連続的に系列的な存在が残るのです。その愛の門を第三者が介入する純粋ではないアメーバを願いますか。猿と人間が結婚して一千年ぐらい一緒に住んだとすれば、その子供が生まれてくるでしょうか。(「生まれてきません。」)千年万年たってもできないのです。
進化の干渉よりも愛の門を通さなければなりません。一瞬に天と地をひっくり返すことのできる力がどこにあるかと言えば、知識、権力、お金ではありません。愛にあるのです。ですから、神様も愛には絶対服従するということです。
神様は女性と男性を失ってしまいました。女性はありとあらゆる受難を甘受しながら、男性を再創造しなければなりません。男性も同じく女性を再創造しなければなりません。自分の心も、体も、愛も、自分のものではありません。相対のためにあるものです。それを受け入れることのできない妻であれば、妻を育てなければなりません。神様の場合も、人間の場合も同じなのです。
愛の相対が自分より劣ることを願う人は手を挙げてください。このように簡単に話していますが、これを捜し出すためには先生は一生を捧げてきたのです。先生は多くの苦労をしてきました。その苦労はこの地上の人々と比べられるものではありません。難しい蕩減復帰の中で、一人で闘ってきました。四千三百年の歴史を四十三年間に全て越えてきたのです。そうしてみると、世界的な怨讐国であるアメリカ、日本、中国、ソ連が今は怨讐ではなく、私を保護するようになりました。一九八七年にゴルバチョフと金日成が私を殺そうとしましたが、彼等を助けてあげるためにモスクワと平壌に一人で入りました。愛の相対が自分より優れていることを願うとすれば、どれぐらい優れていることを願うでしょうか。(「神様程にです。」)
「新しい国」の建国精神を打ち立てる時
我々は避難生活に出て行かなければなりません。そしてカナンの福地に入らなければなりません。ヨルダン川を渡らなければなりません。ヨルダン川を渡る時には、家財道具を全て捨てて、体をきれいに洗い、ぼろを着ても、そのまま入らなければなりません。それまでの荒野での家財道具を捨てて、ヨルダン川で十二支派が石を積んで天の前に誓ったように、カナンに上陸して、神殿を再建築して、どの教派よりも神様によく侍るようにしなければなりません。イスラエル民族は、奴隷の生活から解放されて帰って来て、神殿をつかんで泣いたでしょう? 今でもイスラエルには「嘆きの壁」というものがあります。
皆さんは今までの生活を全て捨てて、裸で入らなければなりません。入って何をするのでしょうか。荒野時代の苦難を忘れて、エジプト時代の苦役を忘れなければなりません。天の命令に従って、新しい国の建国精神を皆さんは立てなければなりません。今は建国精神がありません。統一教会には国がありません。これから建国はどこから始まるでしょうか。国から始まるのではありません。自分の故郷から立てるのです。自分の父と母が間違ったので、故郷に帰って、故郷の山と川を置いて、昔アダム・エバ一家庭が天倫を裏切って、天の国全ての所有権をサタンに売ってしまったことを蕩減復帰する道を行かなければなりません。そうするために、習慣性に縛られてはいけないのです。
十二支派に加入しなければなりません。先生の写真を掛ける運動を展開しているでしょう? 統一教会に加入させなければなりません。統一旗は真の父母の象徴なのです。それは真の父母の国を象徴します。それによって、真の国の国籍が生まれ、真の国の家系が生まれるのです。そのような所にはサタンが入り込むことはできません。善なる先祖達が来て家を守り、その一族を保護してくれる運動が起こるのです。その版図を早く広げていかなければなりません。
財産の中で一番貴いものは氏族的メシアの立場です。それ以上の福はありません。皆さんを真の父母と同じような、「長男の長男」の立場に立てて、統一教会に反対してきた、自分勝手に結婚した皆さんの父母達を、祖先の立場に立ててあげようとするのです。千年万年心を込めて祈っても、夢にも考えることができなかった福が自分の家系に訪れ、自分の一家に訪れたにもかかわらず、それに反対することができるでしょうか。その一族が、氏族的メシアを、おなかを空かせて追い出す時には、その一族がどうなるか見てみなさい。これから世界は一つの世界になります。
それで、皆さん夫婦がいつ還故郷して、いつ上陸したかということが問題なのです。上陸してからは、ヨルダン川や荒野に何回も行ったり来たりしても大丈夫です。記録に残ることでしょう。三十六家庭であれ、誰であれ、先生はこれからは知りません。一世と二世を完全に交替しました。そのように交替することは思いもしなかったでしょう。
この前、ある者は、「私はここで働いていたらどんなにいいことだろう」と言っていましたね。荒野で鷲の餌になるつもりでしょうか。その家系の族譜さえなくなるのです。荒野に族譜を定着させることができるでしょうか。誰を滅ぼそうとするつもりなのでしょうか。氏族的メシアの責任を果たし得なければ、霊界にいるその一族、その後孫が讒訴するのです。逃げることができると思いますか。
真の愛の基準は命の線以上
統一教会の原理は時代と共に過ぎ去って行くものでしょうか、永遠に永遠にこの世界を占領するでしょうか? (「永遠に占領します。」)どうしてでしょうか。真なる愛の原理であるからです。これを離れて生きようとする者は一人もいないために、世界は統一されていくのです。
愛は美しいものです。愛がなければ、どんなに美人であっても怨讐の顔になります。愛にはあらゆるものが占領されます。汚いものがありません。神様も愛の相対が必要なので、アダムとエバを造りました。
今や、南北統一をしなければなりません。これは金日成も誰もできません。文総裁でなければできないというのです。今はその可能性を越えました。これをやるためには、アメリカ政府を動員しなければならないし、中国とソ連を動員しなければならないし、日本まで動員しなければなりません。
皆さんは、自分の子供達が自分より優れることを願っているでしょう。妻として自分より優れた夫と会いたいでしょう? しかし、そのままではできないことです。そのような夫として、成長しなければなりません。成長するためには、成長することのできる動機を誰かが投入してあげなければなりません。投入して忘れるところから、百、千、万以上の価値的存在を追求することができるようになっています。自分の愛、命、あらゆるものを投入して、また、投入しようとする立場まで行ってこそ、真なる愛の相対として、驚くほど立派な存在が出てくるのです。そういう存在となるためには、自分以上のものを投入しなければならないのが原則なのです。
息子・娘のために誠を尽くして、一番貴いものを投入して忘れて、投入して忘れて、一生かけてそのように生きる父母を持つ息子・娘は幸福です。その息子・娘は、また親孝行をして、父母のために自分の命までも投入するようになるのです。父母が、自分達よりも立派になることを願うために、あらゆるものを投入して、より投入しようとする精神のもとでのみ、真の愛の理想圏、四位基台圏が可能であることを、理論的に否定することができません。
そうするために、真の愛の起源は命の線以上から始まるのです。真の愛の根源地がどこかと言うとき、自分の命を越えた愛、命を越えた命、命を越えた血統の立場です。真なる女性、真なる男性とはどういう者でしょうか。自分の命を投入して、また投入しようとする者達です。そこから天国は始まるのです。故に、イエス様は、「自分の命を救おうとする者は、それを失い、それを失う者は保つのである」(ルカ福音書十七章三十三節)と言いました。逆説的な論理を教えるこの原則によっては今まで解釈することができなかったのですが、これは逆説的な論理ではありません。これは、創造的理想基準において、本質的論理に通じる教訓であったということを、今まで堕落した、この世のキリスト教は知らなかったのです。それを、先生を通して明らかにしたのです。これは地上の福音中の福音であることを知らなければなりません。
絶対従順でなければならないでしょうか、適当に行ってもよいでしょうか? 絶対従順でなければなりません。真なる夫について分かりましたね。
女性解放の道を開拓してこられた先生
先生は一生をかけてお母様のために、お母様の解放のために今まで働いてきました。もちろん先生はあらゆる男性を代表しているために、先生の行く道に従えば、男性の解放も行われるけれども、お母様が行くべきあらゆる道を開いてきました。今までお母様の位置はかわいそうな立場だったでしょう? しかし、今は、先生と対等の位置にまで上って来ました。何故そのようにならなければならないでしょうか。帰って行く時になりますと、左にいたお母様が右に来て、右は左に行くようになります。いつもそうなるのではありません。峠を越えるまでそうなのです。七年、十四年、十六年なのです。この間は、世界的な女性運動が大盛況をなす時であるために、先生がそれを知って、「女性連合」を創設したのです。
女性は三大恨みを生み出しました。お兄さんの心情を迫害し、自分の夫を滅ぼし、父を滅ぼしたのです。三大滅亡の条件を天に及ぼしてきました。アダムお兄さんを滅ぼしてしまい、怨讐をつくりました。夫となるべきアダムを蹂躙しました。次には、天の父を蹂躙しました。三大心情を蹂躙したエバですから、このように再臨時代が来なければ、女性を解放する道がないのです。
先生が全て責任を持たなければなりません。アダムが過ちを犯して、主管性が逆になったので、その責任から脱するためには、死ぬほどの苦労をしなければならなかったのです。悔しい道であり、打たれ、嘲笑を受けました。何故でしょうか。女性のためなのです。先生が捜して行く女性は、そのような堕落した女性であるので、その堕落した女性の飾りものを外して、堕落しなかった王女の位置に立たせるということは、たやすいことでしょうか。何十回もお嫁に行ったり来たりした者を、神様の愛を中心として、お嫁に行かなかった乙女のような立場に立てて、天の国の王宮に迎えなければならないのです。
これが心情的に可能なことでしょうか。神様が、百、千、万倍の辛い涙を堪えて、忘れようとする心から捜し求めてきたということを知らなければなりません。そうしなければ生きる道がないし、生かす道がないために、悔しさを覚悟した上でやっているということを、女性達は忘れてはいけません。
統一教会は、長子権復帰、父母権復帰、王権復帰をするのです。アダムは「長男の長男」でしょう? 韓国の習慣では、「長男の長男」と言えば年が幼くても、おじ達が侍るでしょう?祭りの日になると、「長男の長男」を前に立てて、その周りにおじ達が立つようになります。韓国は天の国の伝統を受け継いだのです。そのような民族はありません。族譜を重要視していませんか? 自分の先祖を崇拝するということにおいては一番なのです。ですから、この民族は今まで神様が保護され、白衣民族の伝統が堂々と残されており、女性達においては自分の貞操を一番として守る、「東方の礼儀正しい国」としての標示を立てて余りある歴史を持ってきたということを、誇らしく思わなければなりません。今までは西洋の人と結婚した女性が多くありませんでした。
世界の統一は一つの言語を通して実現
これからは、サタン側の国際結婚ではなく、神側の国際結婚が続いてくるのです。これが統一教会の国際結婚なのです。世界に清い血統を早く広めて、汚されたものを蕩減するために国際結婚を促進させるのです。これから、先生はどんな人の先祖になるかと言えば、国際結婚した人の先祖になります。人種を超越して、国境を超越して、統一教会の文先生の前には歴史が克服されるのです。
文化の背景と言語を統一していくのです。日本のメンバーは手を挙げてみなさい。韓国語を語れないメンバーは手を降ろしなさい。一九九〇年度には通訳を立てずに語ると言ったでしょう? 先生を通して、韓国語が世界の言語になるということを今は信じていますか、信じていませんか? 成和大学に、今三十か国ほどの国の人達が来て、責任者達が昼夜分かたずに勉強しているのです。何故でしょうか。先生を正しく知るためです。韓国を正しく知るためなのです。
先生を正しく知るためには、先生が一生かけて投入して、真心を込めて語った御言を解読しなければなりません。先生の説教集が二百巻を越えます。これを原語で読まなければなりません。原語が英語ではなく、韓国語なのです。世界の学者達の中で、一言でも先に言語を知った者が、その同僚達の間で最高になります。
世界統一が一つの言語を通してなされていくということを知らなければなりません。韓国の人は「日本の人」、「アメリカの人」と言いません。「日本の奴」、「アメリカの奴」、「ソ連の奴」、「中国の奴」と言います。それほど、韓国の人はプライドという、何かを持っているのです。誰がそのようなものをつけてあげたのでしょうか。民族的伝統が歴史を通して、神様が啓示する内的な予告を通して、そうせざるを得ない立場に立っていたためです。
氏族メシアは天国の血族圏での長子
愛は楽な道でしょうか、苦しい道でしょうか? (「苦しい道です。」)苦しいけれども、横的に天下を平らにします。愛の道は苦しいけれども、その行く道は塞がりがありません。文総裁はたくさん苦労してきたけれども、日本でもどこでも通じるようになっています。共産世界においても通じるようになっているのです。一生を苦労しながら、愛をもって生きた人は、あの霊界においても数多くの塀が崩れて平地になるのです。天の国の王女が迎えるのです。天の国の王女も息子・娘、そして嫁などを連れて回りながら教育しなければならないのです。
神様の愛の対象として造られた、このように驚くべき価値を持っているのが人間であるために、本心は最高を願っているのです。人間は誰しも皆、堕落しなかったならば、完成するようになっていました。人類の第一番目の父母、第一番目の長男の長男になるべきでした。長子権、父母権、王権を失ってしまったのですが、悲しいとも思わない、裏切り者、敗北者、悪魔の後孫達の恨みを蹴飛ばして、本然の世界のルールに基づいて、永遠をかけて行かなければならない運命の道なのです。
この地上で行くことができなければ、億万年もの日々がかかるのです。あの世界には、教えてくれる人がいません。誰も教えてくれないのです。本来、愛の理想を完成することのできる、そのような環境であるために、それについて再び教えてあげることができません。それに足並みが合わない場合には、歴史を通して数多くの恨みの恨みを抱き、一歩一歩、千年万年をかけてあの世界を捜して行かなければなりません。
これを一時で、地獄の倉庫から天上の世界まで、エレベーター、ケーブルカーで登ることのできる道を教えてあげるのが、文総裁の使命なのです。愛のエレベーターに乗りなさい。愛のケーブルカーに乗りなさい。(「アーメン。」拍手)そして、神様のみ前に現れても、「何故現れたの」と言わず、披露宴を開いてくれるでしょう。
先生は長生きした方が良いでしょうか、霊界に早く行った方が良いでしょうか。私は早く行った方が良いと思います。先生がなすべきことが霊界に行っても山程あります。地上では大体終わりました。長子権、父母権、王権復帰なのです。天の皇族的心情を中心として、家庭的に一つになって入る所が天国です。家庭ばかりでなく、氏族達が入ることを全て教えてあげました。氏族的メシアまで派遣したのでもう終わりました。
長子権について聞きましたね。皆さんは、天の国の血族圏内で長子であるという意識を持たなければなりません。先生は牢獄に行っても、六か月以内に囚人達が先生を好きになるようにしました。その父母が面会に来て差し入れた物を、先生に持って来て泣くのです。刑務所を出る時には、自分が一番大事にしている物を先生に持って来て、先生に預けて、他の囚人達に分けてあげてくださいと言うのです。監獄の中では信じられる人がいません。監獄でも彼等に行く道を教えてあげました。
地上世界から天上世界に至るまで、正しい道を教えてあげてこそ、統一がなされるのです。その正しい道は、何を中心としての道であるかと言えば、真の愛を中心とした道なのです。ですから、神様がその発生の原因なのです。神様は、理想的な愛、投入して忘れる愛で、人類始祖を造り、再創造歴史過程においても、投入して忘れながら、長い人類歴史をかけて、今まで一人の男性を捜し求めて来られたのです。一人の本然の男性を捜し求めて来られたのです。そのためにメシアを送りました。
男性だけではいけないのです。キリスト教が第二次世界大戦直後に先生を受け入れたならば、そしてその中で、代表的なお母さんを迎えることができたならば、氏族的メシアも必要ではないのです。私に反対した民主世界は滅んでいます。キリスト教を見てみなさい。村から追い出されて、一番コーナーに立たされて、共同墓地に行く日が訪れるのです。人のように扱われないのです。そのようなキリスト教の人達を救ってあげるべきでしょうか、救ってあげなくても良いでしょうか。救ってあげなければなりません。
氏族メシヤとは、氏族の王、真の父母であり、真の長子権を持つ人
それでは、話を整理してみましょう。神様は、「私」という者のために天地を創造されました。私のために愛が生まれたということです。愛のために天地が創造されました。自分よりも、もっと愛することのできる私をつくるために、天地と神様が動員されました。ですから、私のために、私達のために天地が生まれたのです。私達は、妻と夫、息子・娘、四位基台なのです。今まで救いの歴史は私のためにあったのです。どんなに苦労したか考えてみなさい。先生が苦労したのも、私のためであり、子女のためです。キリスト教がローマに入って四百年間苦役を受け、殉教の血を流したのも、私一人を捜すためであったというのです。
私が天の願いを成し遂げる相対圏になるためには、個性完成、つまり心と体が統一されなければなりません。邪悪な考え方を捨てなければなりません。アダムの伝統を受け継いで、家庭が一つになったならば、その氏族はアダムの伝統と一つになり、その氏族の長の言うことを絶対的に聞くようになっています。
しかし、逆になりました。統一教会の人達が故郷に帰って来て、王の立場に立たなければなりません。王の前には、その父と母も敬礼するように、王の権威をつけて皆さんを送るのです。氏族的メシアとは何でしょうか。氏族の王であると同時に、真の父母であり、真の長子権を持った人なのです。このようにしなければ、その氏族が長子権に属する道がないのです。父母権に属することのできる道がないのです。王権に属することができないために、天国に行きたくても行くことができないのです。
天国は本来長子権、父母権、王権のもとで一つになった一族が入る所です。皆さんが氏族的メシアの使命だけ全うすれば、先生は国家的、世界的メシア圏になります。それで、今回、「南北統一指導者総連合」をつくって、自ら立派だと思う人達を集めて、これを教えてあげました。
女性総動員時代の到来
女性の時代が訪れるのです。それで、「婦人達を動員しなさい」と言いました。国を中心として婦人達を動員しなければなりません。動員するに際しては、アダム国家の前に、エバ国家日本があるために、日本から始まるのです。外的女性、内的女性を完全に一つに結ばなければなりません。外的女性の連合組織と内的女性の組織、「世界基督教統一女性連合」の二つ共に作ったのです。
昨日私は済州島に行って、修練所を整えるように指示しました。日本で一県当りに百名ずつ女性を配置しました。女性連合を済州島に連れてきて教育をさせます。済州島は島ですね。日本は島国ですから島から始まるのです。韓国の島を通して陸地に上らなければなりません。そうするためには、お母さんが橋にならなければなりません。
日本統一教会の女性達を韓国の女性達は受け入れなければなりません。カイン女性とアベル女性が一つになって、女性基盤を作るためには、日本と韓国の女性達が一つにならなければなりません。先生が女性達に対する恨みを完全に晴らして、女性達に支えられて上って行かなければなりません。
これからは何が必要でしょうか。天の側の女性、サタン側の女性が世界的な戦いをなしてきました。神側の女性達をつくるのが文総裁です。文総裁は、アダム完成の一人の代表者です。王権を受け継いだ代表者です。長子権を復帰した代表者でもあります。男性の一人の代表者として、あらゆる面において悪魔と一大決戦をして、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界をかけて戦って勝利して、世界最高のチャンピオンになりました。これからは、先生の前に戦いの相手がなくなりました。アメリカもソ連も戦いの相手ではありません。
神様は縦的な立場に立った中心であり、先生は横的な立場に立った中心です。これが一つにならなければなりません。真の愛を中心として、神様と人間が定着する基地はどこでしょうか。家庭です。家庭のどこでしょうか。夫婦なのです。神様は、先生の心に入り、お母さんの心に入って、先生とお母さんの体を愛の器官として定め、一つとなり、内的外的統一心情を伝授させて、命を移植させて、愛の根を降ろさなければなりません。そのように現れる時に、本然の自分は二重的な父母の血肉を受けたために、良心は、縦的父の愛を中心として受け継いだ、愛と生命に根を下ろしているのです。
これから婦人達を動員しなければなりません。子供達は夫に任せて総動員です。そうすると、女性の恨みが一挙に晴らされるのではありませんか。今まで、女性が家を守るのが、どんなに難しかったことでしょう。そのようにして女性の解放をしようとするのです。
二五〇教会に教域長の代わりに日本食口を一人、韓国の婦人一人を配置するのです。ですから、女性達は、家庭の生活をするという考えを捨てなさい。何故でしょうか。日本の食口達は、日本に行って、日本の女性達に教えてあげなければなりません。日本の教会に教えてあげなければなりません。
韓国で訓練された伝統と思想を正しく立てなければなりません。日本の今までの統一教会の伝統は天と結びついていません。それで今、神山会長を立てて、伝統を立てるために熱心に働いています。韓国から教区長達が協助する中で、日本の女性は日本に帰って、伝統を立てるという責任を果たさなければなりません。
アダム国家統一・南北の統一の使命を担うエバ国家
女性達は何をなすべきでしょうか。金日成はサタン的天使長でしょう? 金日成がエバ達に引っ張られるべきでしょうか、エバ達が彼に引っ張られるべきでしょうか?
蕩減復帰の原則によって、女性達がこれから北韓の地に行って、北韓の国民を収拾するのに代表的役割を果たさなければなりません。ですから、雄弁になるように理論的訓練をしなければならないというのです。それが原理なのです。母子協助をしなければならないために、日本と韓国を連結するのです。そして二世達を教会の責任者として立てて、母子協助基盤を立てる段階に入っているのです。
母子協助をしなければ長子権復帰がなりません。この国民を救って、金日成を救って、この国と金日成の主権を一つにしなければ統一できないのです。長子権復帰をしなければなりません。これは歴史的なことです。宿命的なことです。行かざるを得ない道なのです。
宿命というのは勝手にすることができません。死と直結しているのです。親子関係を二つに分けることができるでしょうか。絶対できません。父母が裏切り者であるならば、その息子・娘はどんなに立派であっても、裏切り者の息子・娘となるのです。忠臣であれば、どんなにつまらない者であっても、忠臣の息子・娘になるのです。もし王族であれば、どんなに馬鹿な者であっても王族なのです。
これからは、女性達が、誤った政治を行っている政党に行って講演をしなければなりません。遊ぶような気持でやるのではありません。全世界を元に戻すための主体的な動機、起源を作らなければなりません。
韓国がやらなければならないために、韓国は復帰原理の原則によって体制を編成しなければならないのです。故に、二世達を前に立てました。還故郷してカナンの地に上陸しなければなりません。
イスラエル民族は、二世を立て違えたので滅びました。二世達がカナン七族と一つになって滅びてしまいました。母が間違いを犯して、親子の伝統を立て間違えて破綻が起こったのです。これを蕩減復帰しなければなりません。イスラエル民族は、二世達の摂理に失敗しました。先生は、時が来たので、これらの全てを教えるのです。一世達は国に責任を持ち、二世達は大学と、中、高等学校に責任を持てというのです。母子協助をしなければなりません。
それで、教区に行って、日本のエバと韓国のエバが一つになり、二世を育てなければなりません。国とアジア、全世界を代表する母の責任を果たさなければ復帰はできません。そのような厳粛な時代が訪れたために、女性を前に立たせるのです。子供を生むという考えも忘れるほどに三年間捜していけば全て終わります。母子協助です。女性達を立たせて、自分を立派だと誇る政党や、社会に悪影響を及ぼしている男性達を掃除しなければなりません。それをしますか、しませんか? (「します。」)
摂理的に、カイン・アベルの復帰、長子権復帰は、どんな時代においても同じなのです。蕩減復帰は公式です。家庭、氏族、民族、国家、世界へと闘って行かなければなりません。今日、世界的な時代において、世界のエバ国家とアダム国家の女性が、お母様を中心として、長女、二女になっていかなければなりません。父は、父を中心として息子の教育をしたけれども、女性を中心として、お母さんの教育をする時が訪れました。
日本はエバ国家であり、韓国はアダム国家ですから、これはヤコブ家庭においてのレアとラケルと同じなのです。この二人が一つにならなければなりません。ヤコブを中心として、闘ってはいけないのです。闘えば一家が滅びるのです。日本の女性達が、ここに来て苦労するのは、韓国を復帰するためなのです。どんなに難しくても、不平を言ってはいけないのです。日本の食口の皆様、韓国の自分の夫に対して、不平を言ったでしょう? 田舎に行ったら、トイレがどうのこうの等々言ったでしょう。「日本に比べたら、韓国はとんでもない」と言ったでしょう?
皆さんが還故郷するのは、捕囚から帰って来るのと同じことなのです。祖国の解放のために、アダム国家の南北統一を果たさなければならないエバなのです。皆さんの家を売っても、南北統一を果たさなければなりません。日本によって南北が分かれたのではありませんか。そうでしょう? 南北統一は、日本の統一教会の人達がしなければなりません。
苦労が多いことは先生もよく知っています。涙を流すなど、霊的に見たら、様々なことがありましたね。原理を知り、御旨の中に入って、自分の夫が立派であったらまだ良いかも知れませんが、死ぬこともできないし逃げることもできない。むしろ、原理を知らなければよかったと。どこに行っても原理を否定することができないので、死ぬような気持であったことでしょう。けれども、行かざるを得ないのです。
女性達が捕虜として売られて、強制的に怨讐と一つにされて息子・娘を生んで、その息子・娘が殺されないために、自分の生命を捧げた女性達がどんなに多かったことでしょうか。そんな歴史に比べたら、これは何でもないのです。分かりましたね、日本のメンバー達は。(「はい。」)
転換期における日本の使命
日本でも一大革命が起こっています。日本式統一教会を作ろうとする者は、皆追い出してしまいます。二世を中心として新しい風潮が起こっています。これから日本は良くなると思います。先生がやることは、プログラムに合わせてやるのです。皆さんは、そこでギアの歯にならなければなりません。日本の女性達は、自分の家族を連れて、韓国統一に力を入れなければなりません。御旨がそうなのです。
アダムを滅ぼした者がエバです。エバ国家はアダム国家を二つに分けてしまいました。復帰しなければなりません。日本の使命なのです。戦争が起こると、統一教会の女性達と若者達は一線に立って、北韓を屈伏させなければなりません。原理がそうなっているからです。これは、先生の話ではありません。長子権復帰、母子協助と同じなのです。エバは、息子・娘を収拾しなければなりません。長子権の息子・娘が、真の父母となれるように、王権を受け継ぐことのできる国の代表になるために行くべき道がアベルとしての道です。
日本の女性達は、世界一六〇か国、どこに行ってもいない所がありません。世界的に一ぺんに女性連合を作っておけば、男性達は、そこについて来るようになっています。日本の女性は、日本の国と韓国を一つにする使命があります。日本の食口は、男女を問わず、南北統一のために犠牲にならなければなりません。
日本の教会は、男性を中心としてやってきた全てが失敗しました。今完全に変わっています。昔は、日本の武士道的な命令一辺倒で、心情圏を後回しにして、組織体を重要視してきました。そのために、たくさんの優秀なメンバーが外に追い出されてしまいました。先生もそれを知っているのです。
カナン上陸時代になったために、過去の一切を消してしまわなければなりません。過去の因縁を残したまま上陸してはいけないのです。ヨルダン川を渡る時は、洋服が必要ではありません。裸にならなければなりません。全日本の上流社会の女性を一つにしなければなりません。全国四十七か所を一か所に百人ずつとすれば、四七〇〇名になります。そこにお母様がついて行きます。
これらの者が今韓国に入って来て教育を受けています。そして、韓国の婦人連盟と姉妹血縁を結びます。オリンピック・フェンシング競技場に一万二千名を集めて教育しなければなりません。これが四月十日の大会です。日本国家自体が、韓国の全てに責任を持たなければなりません。苦労が多くても、涙を流すとか、後ろを振り向いたりしてはいけないのです。更に苦労しながら成し遂げなければならない使命があるからです。
サタンの最後の戦略を打ち砕く先生の御言
「終わりの日」が訪れたので、終わりには、あらゆるものが実を結ぶようになっています。植えた通りに収めなければなりません。何故、終わりの日に、世界の青少年の問題が起こるのでしょうか。アダム・エバは青少年の時に問題を起こしました。エバが木の下で、自由の愛によって堕落しました。歴史的時代を経て、終わりの日になったので、収穫をして、堕落の実はきれいに掃除しなければなりません。
世の中は性の解放によって、今、青少年が駄目になっています。そのように植えたので、そのように収めなければなりません。それは、悪魔が神様の御旨を妨害するための、典型的な戦略なのです。最後の戦争です。サタンの最後の戦略なのです。フリーセックスで播いたので、フリーセックスで収めて、神様が中身のない実は取り除いて、混じり気のない穀類は倉庫に入れます。混じり気のない穀類とは何でしょうか。自由の愛によって、ティーンエイジャーで問題になったことを全て整理して、それと正反対になることができることを言います。これが統一教会の人達なのです。フリーセックスで、悪魔は神様の御旨を全て駄目にしてしまいました。 アメリカでは近親相姦が多いのです。父親がその娘と一つとなり、おじさんがお母さんと一つとなり、自分の母親と共に住んでいる人が多いのです。これは全く動物と同じなのです。このような状況で、神様の創造理想、愛の理想を立てることができるでしょうか。神様は一人ではできないのです。完成されたアダムが現れれば、神様と一つとなり、整理します。
フリーセックスの次はホモセックスです。これは、結婚せずに一人で生きるということです。男性は男性同士、女性は女性同士結婚するのです。すると、一世紀が過ぎれば、人類は完全に滅亡することでしょう。これは悪魔の最後の戦略なのです。アメリカの三〇パーセント以上が亡国の民なのです。キリスト教文化圏がこのようになったのはどういうことでしょうか。サタンの全盛時代を神様がしばらく許しただけです。
しかし、主人が来て鉄の杖で攻撃するのです。先生の御言さえ聞けば、あらゆるものが壊されていくのです。先生の権威、神様の権威を、この地上に立てなければなりません。神様の愛の伝統をこの地上に確立して、天の国の長子権、父母権、王権を中心として天国に入ることのできる皇族の愛にパスして、家庭が入ることのできる本然の故郷を訪ねて行こうということです。このことは、言葉だけでなく、実践して、世の中が防害できないようにしなければなりません。
お母様を中心とした韓・日の女性達の使命
日本がどんなに統一教会に反対し、アメリカがどんなに先生に反対してきたことでしょうか。しかし、今は誰も先生に反対することができません。全世界が文総裁の思想について行かなければならないのです。文総裁がいなければ希望がないのです。サタンは迫害の業をしますが、神様は建設の業を成すのです。どちらが勝つでしょうか。先生に対して、世の中の悪い言葉全てを動員して、悪魔の頭、テロ団のおやじと言われましたが、私はそれに対して不平を一言も言わずに、全て受け入れました。私は一度も攻撃したことはありません。私が攻撃する日には、その国が倒れ、世界が飛んで行くようになっています。これから攻撃する時になったので、誰を前に立てるかと言えば、エバを立てます。
エバによって、神様のあらゆる財産と所有権とお金と、息子・娘をサタン世界に奪われてしまったでしょう? エバ国家日本を中心として、日本は一九七八年から十二年間、世界基準に上ると先生が言いました。日本のお金と、国家の方向は、韓国と一致しなければなりません。日本の統一教会の指導者は、先生に対して言うことがありません。そのお金は日本のお金ではありません。アジアのために使わなければなりません。先生が日本をエバ国家として選んであげたのです。世界のお金は、エバ国家を通して捜し求めなければならないので、エバ国家日本に対して、二人の息子であるアメリカとドイツまでも援助しなければならなかったのです。
堕落することにより、全て怨讐になりました。息子・娘、夫婦同士も怨讐になりました。怨讐同士が一つになり、天の愛を中心として結ばなければなりません。韓国、日本、アメリカ、ドイツが怨讐の関係だったでしょう。この四大国家の怨讐が一つにならなければなりません。その国の愛国者以上の伝統を立てて、怨讐の国、アメリカを再びアベルの立場に立てて、先生が再び蕩減復帰してあげなければなりません。
本来は失敗すれば捨てなければなりません。しかし、捨てると、ユダヤ教とキリスト教の根っ子がなくなってしまいます。完成基準に立つ統一教会は、蘇生、長成がなければ、完成基準が崩れるので、仕方なくアメリカを再び立てて、韓国と日本とドイツを合わせて、アメリカを滅びる立場から免れるようにして、ソ連までも屈伏させて、長子権復帰をして帰ってくるところです。帰って来る時は、あらゆる経済力を、エバ国家日本を通して、アジアへ持ってこなければなりません。日本がエバ国家であり、アベル国家はアメリカ、カイン国家はドイツなのです。この三大国家は、世界の経済力をすべて持っています。ドイツが十年間先生に反対してきました。そして日本の共産党を通して、「韓国情報部のスパイだ。四十四年間の植民地時代の恨みを晴らすために、二世達を悪い思想に武装させて、日本を滅ぼそうとするのが統一教会の思想である」と言いながら反対してきたでしょう?
還故郷する時になったために、エバが母の立場に立たなければなりません。アダム国家のエバの代表は誰でしょうか。お母様でしょう? 日本がエバ国家であるなら、日本のエバ達を連結しなければなりません。今からは、日本において女性達が幹部としてたくさん立てられるようになるでしょう。
男性達が失敗したので、韓国においても、教区長あたりに、韓国の女性と日本の女性を配置します。韓国の女性は北韓に行く時に、金日成を教育しなければなりません。北韓の男性達を収拾しなければなりません。日本の女性達は、日本の政治家達を収拾しなければなりません。韓国において、教区長を中心として、日本の女性食口も責任者として立てます。韓国の女性食口は、祝福を受けた家庭を中心として配置します。今の教区長も祝福を受けていません。ですから、仕方なく、祝福を受けたおばさん達を配置して、基盤を整えるのです。女性達が一つになって、韓国を滅ぼそうとしている者達を、正しい道へと導かなければなりません。
堕落することで二人の夫が生まれました。サタン側の夫と悪魔側の夫なのです。北の金日成は悪魔の夫を代表し、南はサタン的夫を代表しているので復帰しなければなりません。南北統一のためには、この二人の指導者を教化させて自然屈伏させなければならないというのです。
女性解放運動の先頭に立たれるお母様
氏族的メシアとは、長子権、父母権、王権復帰を一度に認定して送る立場です。皆さんの行く道には、先生が行く道のような迫害はないし、牢獄の道がないというのです。再び故郷を捜して行く道なのです。怨讐の村を訪ね、怨讐の家庭を訪ねなければなりませんでした。サタン側は、盗人の中でも大盗人なのです。先生がある村に入るようになれば、皆、夜眠ることができません。問題が起こるのです。牛と犬が死ぬことさえ起こるのです。不思議なことです。サタンが前もって知っているのです。そのようにして村から追い出され、氏族からも追い出され、国から追い出され、世界から追い出され、天と地から追い出されました。そこから歓迎されるためには、国家を越え、世界を越えてこそ可能なのです。
歓迎を受けられる代表の立場に皆さんを立てて還故郷する時に、先生の代わりにもてなされるようにしたのです。先生は未だに故郷に帰る地がありません。金日成を屈伏させなければなりません。先生は故郷に帰ることはできないけれども、皆さんは帰ることができるではありませんか。還故郷時代に皆さんを先に送るのです。南の土地を自分の福地として定め、北韓の地に橋を架ける闘いをしなければなりません。そのために「女性連合」を作らなければなりませんし、「南北統一指導者総連合」を作りました。各界の中心人物五万名近くの人達を、訪米研修団を設けて教育しました。
今や、文先生の勢力基盤を誰も無視することができません。政党も無視することができない基盤を立てておきました。今や先生がいなくとも、ハワイの島に行って住んでも、この国、この民族がどこに行くべきかということが分かります。北の人達もどこに行くべきかということが分かるのです。ソ連もアメリカも同じなのです。世の中は、神様と先生が願う方向へと、一つの世界に向かって行く時になったために、先生は今、ハワイに行って静かに住んでも、そのような世界に向かって行くのです。その期間が長いか短いかということは、皆さん自体によるのです。氏族メシアの使命を、どれ程早い期間内に全うするかにかかっています。一年かかるか、十年かかるか、いずれにしても、先生の願う通りに行くのです。
教会は女性達を中心としなければなりません。男性は盗人達なのです。既成教会もそうでしょう? これからは、先生は、男性達は使いません。外交部隊に実力ある女性達を動員するつもりです。
日本から百名、アメリカから百名、各国から百名ずつ、数千名動員の女性外交団を動員するのです。そのような人達が現れると、首相も会わないわけにはいきません。総理も会わないわけにはいきません。そのような強大な力の基盤を持って、女性解放運動の第一ラッパを文総裁が吹くのです。
堕落によって、アダム・エバが恨みの歴史を残したのを、女性解放を通して初めて、「勝利する家庭を誉め讃えよう、天国の門を開けよう」と言って、闘いに出る命令と共に、堂々と天の正門を通して直行するのです。そのようになれば宗教の門はなくなります。
今や時が近付いたために、お母様の時代になりました。お母様が女性の解放をするのです。それを理解して、四月十日の大会をよくやってくれるようにお願いします。
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