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残薬をなくすために(前編)
医師から処方された薬を飲み残して発生した「残薬」。日本薬剤師会が75歳以上の在宅医療を受けている患者を対象に行った調査(2007年度)によると、「飲み忘れた」「飲みづらくて飲み残していた」などの理由で生じた残薬の粗推計金額は年間約500億円に上ると報告されています。
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私が勤務する薬局にも「薬が変更になっていらなくなった。処分しておいて」と手つかずの薬の束を持ってくる方や、薬を渡すときに「昼食後の飲み忘れで薬が100錠以上たまっている」と、飲み残しが大量にあることを訴える方が多くいます。ただ、これらは患者さん自身が自己申告してくれるほんの一部の例です。実際に患者さんが薬を飲みながら生活する現場の残薬の実態は、私たちが想像する以上に大変なことになっています。
棚一面に薬効ごとに薬がズラリ「まるで薬コレクター」
「薬をコレクションしているとでもいうのでしょうか。今すぐに飲むわけではないけれど風邪をひいたとき、頭痛のとき、下痢のとき、便秘のときなど、いざというとき必要になるかもしれない薬を用途別にきっちり分類し、“置き薬的”にズラリと並べてとっておく方がいます」
そう語るのは、ファーマケア訪問薬局(東京都目黒区)薬剤師の佐々木健さんです。「薬はだいたい1カ月分くらいずつストックされています。それが少しでも減ると、その患者さんは不安になってしまうようです。残薬があるのにすぐに受診して薬を処方してもらいます。それが積み重なっていったケースです」。佐々木さんは、まるでドラッグストアの陳列棚のように大量にストックされた薬の山に圧倒されたといいます。
私が勤める薬局にも「処方薬の置き薬」が習慣になっている患者さん(60代、女性)がいます。毎月A5サイズの処方箋4枚にわたり、20種類近い薬を処方されている方です。そのなかには解熱鎮痛剤、総合感冒剤など風邪の症状を抑える薬が毎回3種類含まれています。話を聞くと、毎月風邪をひいているわけではなく「前に風邪をひいたときに飲んだらよく効いた。だからいざというときのために手元にないと不安なので、出してもらっている」と言います。
なぜ残薬が発生するのか
では、そもそもなぜ残薬が発生するのでしょうか。厚生労働省の「薬局の機能に係る実態調査」によると、医薬品が余った経験がある患者は約6割に上ることが明らかになっています。理由については「外出時に持参するのを忘れたため」「種類や量が多く、飲む時間が複雑で飲み忘れた」といった“飲み忘れ”が6割を超え、他に「病気が治ったと自分で判断し飲むのをやめた」「処方された日数と医療機関への受診の間隔が合わなかったため」「症状の変化などで新たに別の医薬品が処方されたため」――が挙げられています。
佐々木さんによると、認知症などの病気のせいで薬を飲む必然性が分からなくなったり、複数の医療機関を受診しているため、飲み方が複雑になって正しい服用ができず、飲み残しが重なったりするケースは多くあるそうです。
また佐々木さんは、漢方薬などの粉薬や液体状の飲み薬は「飲みづらい」「味が苦手」という理由から自己判断で中止しているケースもよくみられると言います。ある日、患者さんの自宅を訪れた佐々木さんは「実は……」と切り出され、患者さんに収納棚にみっちり積まれた手つかずの液体状の飲み薬の飲み残しを見せられたそうです。
「先生がせっかく出してくれているから断るのが申し訳ないと思った、粒が大きくて飲めなかった、味が嫌で飲まなかった、などさまざまな理由から薬を飲めずにいることを言い出せない方がいますが、どうか遠慮なく相談してください。私たち薬剤師は、現在の状況やお気持ちなどを医師に相談してお薬を飲みやすくしたり、余ってしまうお薬を調整したりするお手伝いをします」(佐々木さん)
薬剤師は患者さんが薬を適正に使うことを通して、つらい症状や不調を取り除き、健やかな暮らしを続けるためのお手伝いをします。もし説明通りに薬を飲むことが難しいなど、薬について困ったことがあったら、いつでもお住まいの地域の薬剤師に相談してください。
高垣育
薬剤師ライター
たかがき・いく 1978年福岡県生まれ。2001年薬剤師免許を取得。調剤薬局、医療専門広告代理店などの勤務を経て、12年にフリーランスライターとして独立。毎週100人ほどの患者と対話する薬剤師とライターのパラレルキャリアを続けている。15年に愛犬のゴールデンレトリバーの介護体験をもとに書いた実用書「犬の介護に役立つ本」(山と渓谷社)を出版。人だけではなく動物の医療、介護、健康に関わる取材・ライティングも行い、さまざまな媒体に寄稿している。17年には国際中医専門員(国際中医師)の認定を受け、漢方への造詣も深い。