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「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
ことし3月、立体的な地図の画像とともに、Xに投稿されたメッセージ。
未知の前方後円墳の発見ではないかと話題になり、1万以上の「いいね」を集めました。
SNS上ではいま、専門家ではない市民からの“遺跡”発見報告が相次ぎ、中には行政が実際に認定した事例も出てきています。
なぜ今、「遺跡大発見時代」なのか。

【配信はこちら】
サタデーウオッチ9「デジボリ」
姫野美南アナウンサーがプレゼン解説
配信期限:9月19日(土) 午後10:00
44の山城を見つけた“山城ハンター”

未発見の山城とみられる遺跡の発見報告を次々にSNSに投稿している岐阜県の森本勝巳さん。
歴史の専門家ではなく、愛知県の建設会社で働く山城好きのサラリーマンです。
発見できている秘密は、インターネット上に公開されている地図の存在です。
立体地図とは
国土地理院が公開している航空機からのレーザー光照射で測った詳細な標高データをもとに作られた立体的な地図で、色の濃淡や明暗で地表の細かなデコボコを直感的に読み取れるようになっています。
たとえ木に覆われて空から地表が見えずとも、レーザー光の一部は葉や枝の間をすり抜けて地表まで届き、地表面のデコボコを詳細に把握できることから、自治体の火山や津波の防災地図作りなどに生かされています。
森本さんら歴史の愛好家がこの地図を見ると、まったく別の姿が浮かび上がります。

たとえばこちらは、森で隠された前方後円墳とみられる地形がくっきり。
防災や道路整備、農林業などのための立体地図が、愛好家たちにとっては新たな山城を探すための“宝の地図”になるのです。
森本勝巳さん
「私の趣味にとってはかけがえのないものになっています。技術の進歩は本当にすばらしいです」
踏み込みづらかった領域に愛好家も
子どもが大きくなり持て余した休日の時間を埋めようと15年ほど前から「山城めぐり」をはじめた森本さん。
石垣作りの美麗な平城とは異なり、人の手で山を削り、土を盛って作られた武骨な土の壁に圧倒され、一目でその魅力にハマりました。
そこから10年で、岐阜県内で場所がわかっている750すべての山城を踏破。

そして6年前、愛好家仲間からの情報で立体地図に出会いました。
それまでは下から見あげることしかできなかった山城の全容を空から見られるという面白さから、通勤の電車内や昼休み、休日を使って山城めぐりを楽しんでいたところ、ふと、岐阜県飛騨市の山中に、歴史資料では見たことがない城の跡を見つけました。
いてもたってもいられず、さっそく現地に赴いた森本さん。
山を分け入ると、地図のとおり中世の形式の堀や土塁の痕跡が広がっていました。
森本さんは夢中で記録し教育委員会に報告すると、市から新たな城だと認められ「山田トコナベ城跡」として登録されました。
この経験がきっかけになり、森本さんはその後も山城とみられる痕跡を次々と発見。
44のうち41は専門家などの調査によって城の跡だと確認され、そのうち15は自治体の教育委員会も確認しました。

森本勝巳さん
「今まで新たな山城の発見は専門家の先生たちの領域で、なかなか私たち素人は踏み込めませんでした。この地図を手にできたことで、少しだけ専門的な領域に踏み込めたかもしれないと感じています。今後も新しいお城を発見できたらうれしいです」
にぎわうSNS“遺跡大発見時代”
こうした動きが大きく広がった背景について、デジタル技術を使った文化財保護を研究している奈良文化財研究所の高田祐一主任研究員は、立体地図に使用されているデータのより精密なものが去年、国土地理院によって広範囲に公開されたことを指摘します。
そして、民間の地図サイトがそのデータを立体地図にしてネット上に無料で公開したことで、森本さんのような歴史愛好家たちが遺跡探しを一斉に始めているのです。
(Xの投稿)
「関東某所 余裕で100メートルある前方後円墳。なんの情報もない」
「神奈川県三浦半島に前方後円墳見つけたんですがこれは?」
「淡路島に前方後円墳は無かった筈では?」
SNS上にはこうした投稿が相次ぎ、中には1万近くの「いいね」がつけられているものも複数あります。

奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「市民の中には歴史に関心を持っている人はたくさんいて、誰もが立体地図を見ることができるようになったことで、そういう人が積極的に遺跡探しに参加できるようになりました。遺跡大発見時代が来ているのだと思います」
歴史上の有力な発見も

こうした地図がきっかけになって、地域の歴史を探る上での重要な発見も出てきています。
新潟県の佐渡島で考古学の愛好家、石崎悠人さんが見つけた全長35メートル、幅11メートルの前方後円墳です。
佐渡島では初めての発見で、ことし市が古墳群だと確認しました。
前方後円墳は、日本で最初の統一国家とされるヤマト王権の権威の象徴でもあるとされています。

古代国家の形成に詳しく、ヤマト王権と地域との関係の研究を長年続けている新潟大学の橋本博文名誉教授によりますと、前方後円墳は、ヤマト王権の大王の墓にならって、地方の最有力の首長が同じ形の古墳を作ったもので、今回の発見で、佐渡島にも政治的なつながりが密接にあったことが裏付けられたということです。
佐渡島では、出土品などからヤマト王権との交流の可能性は指摘されていましたが、それを示す大きな証拠となりえる「前方後円墳」は見つかっていませんでした。
さらに、石崎さんが発見した加茂湖のほとりは、それまで有力な出土品などは見つかっておらず、専門家にとって盲点だったといいます。
新潟大学 橋本博文名誉教授
「はじめて聞いたときは果たして本当かと信じられませんでした。仲間と一緒に現地に見に行って確かめて、私が考えていた佐渡の古墳時代像を根底から覆されました」

教授によりますと、当時の加茂湖は海の入り江だったということで、ここを中心に東北地方などとの水上交通をつかさどった首長の存在が考えられ、ヤマト王権が東北地方に勢力を伸ばしていこうとするなかで、佐渡島は頻繁にあった水上交通の重要な中継基地の役割を担っていた可能性があるとしています。
橋本名誉教授
「船の活動領域は加茂湖の中で完結するものではなく、そこから外洋にこぎ出して、例えば能登半島とか、さらに西の畿内、そして東北地方とも連携していくような広い行動範囲があったのではないかと思います。ヤマト王権にとっては前線基地のような位置にあたり、勢力を東北地方にさらに進めていく中で、同じような祭しや前方後円墳を通してつながりを深めていったのではないでしょうか」
1人で未知の前方後円墳を大量発見!? AI活用も

立体地図をもとに、AIを駆使し、古墳を見つけるシステムを作った人も出てきています。
システムエンジニアの鈴木佑さんです。
古墳については、教科書で学んだことがある程度の知識しかなく、特に歴史に興味があったわけでもありませんでした。
きっかけは、ことし3月。
SNSで「立体地図で前方後円墳発見」という投稿を見かけたことでした。
自分でも立体地図のサイトにアクセスして、遺跡を探してみたところ、発見する面白さにハマり、もっと見つけやすくできるシステムを作れないかと考えました。

AIに繰り返し地形データを学習させることで、地図上で古墳をAIで自動検出するシステムを作りあげました。
当初は誤認識などの課題が多かったといいますが、最終的には620件あまりの画像を学習させることで精度を高め、1100基余りの前方後円墳に似た地形を自動で見つけることができるようになりました。

日本地図上にAIが検出した前方後円墳が点で表示されている図
全国の文化財の情報を集めたデータベースなどと照合すると、そのなかの60か所は、これまでに知られていなかった未発見の前方後円墳の可能性があることがわかりました。
そして、この中に注目すべき発見がありました。
秋田県北部の地点で見つかった痕跡です。
画像で見た限りでは、鍵の形のようにも見えますし、丸いでっぱりがあるようにも見えます。

鈴木さんが製作したAIで前方後円墳を検出するシステムより
ヤマト王権との関係を示す前方後円墳が見つかったのは岩手県南部が北限です。
この痕跡が、古墳なのかそれとも偶然できた地形なのか、実際に現地で専門家による調査が必要ですが、こうした立体地図による発見の中から、今後、前方後円墳と認められ、ヤマト王権の勢力図をさらに北へと押し上げ、歴史を塗り替える発見となる可能性もあると、橋本名誉教授は指摘します。

システムエンジニア 鈴木佑さん
「もともと前方後円墳を見つけたら、宝物がそこにあるかもしれないというぐらいのモチベーションで始めたのですが、歴史が変わる可能性があるとの結果が出るかもしれないということにわくわくしています。地道に活動されている人たちの役に立つことができればいいなと思っています」
地域の歴史を見つめ直して
多くの歴史愛好家たちが活用し“遺跡大発見時代”をもたらしている立体地図のデータ。
国土地理院によりますと、現在公開されている精密なデータは日本の国土の7割ほどで、今後も順次公開される予定です。
奈良文化財研究所の高田主任研究員は、新たな“遺跡”探しを楽しんでほしいとしつつ、合わせて住んでいる地域の歴史を見つめ直すきっかけにして欲しいと話しています。
奈良文化財研究所 高田祐一主任研究員
「文化財の担当者や研究者は数が限られてますから、一緒に見つけてもらえるのはとても大きな意味があります。特に、その地域の人に見つけてもらうことは、地域の人が自分の住んでいる土地の歴史を知ることになり、愛着にもつながります」
!注意!
もし、古墳や山城のような地形を発見した場合、各自治体が公開している遺跡地図を参照して未発見・未調査のものかどうかを確認し、地域の教育委員会や市町村の文化財保護の担当者に知らせるようにしてください。
専門家や自治体は、地権者の許可を得ずに立ち入ることや、発掘行為をしないように呼びかけています。
(機動展開プロジェクト 直井良介・藤原哲哉)
