|
劇症型溶血性連鎖球菌感染症の原因菌となるA群溶血性連鎖球菌=国立感染症研究所提供
最近連日のように新聞紙上やネットメディアで取り上げられているのが「人食いバクテリア」こと溶血性連鎖球菌(溶連菌)による「劇症型溶血性連鎖球菌感染症」(severe invasive streptococcal infection =streptococcal toxic shock syndrome、以下「STSS」)です。厚生労働省によると、STSSの2023年の発症者数は941人で過去最多です。この感染症の特徴は「発症すれば極めて短時間で死に至ることがある」「健常な成人にも起こり得る」「感染経路が不明なことが多い」であり、既存の知識と技術で防ぐのは極めて困難です。この疾患が我が国で急増しているため訪日外国人にも影響が及んでいます。今回は、STSSについて現時点で分かっていることをまとめ有効な対策について私見を交えて述べたいと思います。
ライオンズ・森コーチの死因にも
まず言葉の整理をしましょう。「人食いバクテリア」という表現はできるだけ避ける方がいいと思います。他にもこのような表現をとる疾患があるからです。それが以前「地球温暖化で感染増 『人食い感染症』の原因菌とは」で取り上げたビブリオ・バルニフィカスです。これらは共に「人食いバクテリア」と呼ばれるためにときに混乱が生じます。ここで二つを整理しておきましょう(表)。
表
STSSの特徴を繰り返すと、「極めて短時間で重症化」「誰にでも起こる」「感染源不明例も多い」です。
ここで最近当院に届いた1通のメールを紹介しましょう。70代の米国人の患者さんで、以前日本で働いていた時に当院をかかりつけ医にしていました。仕事を引退してからはタイのリゾート地で暮らしていて、ときどき来日し、そのついでに採血と薬の目的で当院までやってきます。届いたメールを要約すると「最近日本ではSTSSが急増していると聞いた。日本渡航を控えた方がいいか」というものでした。
STSSは「傷を負った皮膚から溶連菌が侵入し急速に全身に広がる」というのが典型例です。最重症例はごく短時間(早ければ受診から24時間以内)で死に至ります。これだけ速いスピードで進行するわけですから「絶対に侮ってはいけない疾患」で「疑ったら直ちに治療を開始すべき疾患」です。幸い、治療法はあります。原因菌は溶連菌というありふれた細菌です。早い段階で抗菌薬を点滴すれば助かる見込みはあります。
STSSは以前から存在した、緊急性が高い疾患ですが、治療は難しくないと考えられてきました。敗血症(血中に侵入した細菌が全身に及ぶ状態)が疑われ、感染源がはっきりしないときは皮膚の傷を探し、見つかればSTSSを強く疑います。そしてちゅうちょなくその部分の皮膚を切開し、大量の抗菌薬を使うのです。間に合わなければ救えないことがありますが、病態自体は理解しやすいと考えられてきました。
2017年に42歳の若さで他界した埼玉西武ライオンズの森慎二コーチの死因はSTSSだと言われています。亡くなる少し前「手がむくんでいた」との報道がありましたから、例えばグラウンドで負った微細な皮膚の傷から溶連菌が侵入したことが疑われます。「もしもあのとき……」という想像をしても意味がないのですが、それでも傷に気付いた時点で治療を開始していれば……、と考えてしまいます。「微細な傷にも注意が必要」が過去の事例から学べる教訓のひとつです。
急死した森慎二さんを悼む多くのファンが訪れた金沢市の記帳所=石川県立野球場で2017年7月1日午前11時52分、日向梓撮影実は多い感染経路不明例
STSSの中には感染源不明のものもあります。全身に溶連菌が侵入したのは間違いないものの、皮膚には一切の傷を認めず、どこが感染源かが分からない事例があるのです。
243例のSTSSを解析した厚労省研究班の報告によると、243例中、感染臓器不明例が54例もあり全体の23%にも相当します。皮膚や筋膜に炎症が生じた例(病名でいえば、蜂窩織炎<ほうかしきえん>、壊死<えし>性筋膜炎)は129例で全体の56%しかありません。さらに興味深いのは「侵入門戸」つまり「どこから感染したか」です。通常、皮膚の感染症は微細な傷などから起こることが多いのですが、中には「傷がないけれど皮膚の下が腫れている」という事例もあります。つまり皮膚の表面ではない別のところから細菌が侵入して結果的に筋膜や皮下に炎症を起こすケースです。この報告では全体の51%の侵入門戸が「不明」とされています。つまり、報告された事例の約半数は「皮膚の傷から溶連菌が侵入したわけではない」「従来典型例と考えられていたSTSSと合わない」のです。
STSSの原因となる溶連菌(溶血連鎖球菌)は、その特徴から主にA群溶血性連鎖球菌、B群溶血性連鎖球菌、C群溶血性連鎖球菌+G群溶血性連鎖球菌の3種類に分けられます。A群は健常者の咽頭や皮膚にも生息する菌です。B群は健常な女性の膣や肛門、直腸内に生息しています。C+G群は健常者の皮膚に生息しています。
関連記事
<急な嘔吐や下痢 ノロウイルスで起きる胃腸炎への対処と予防>
つまりどの溶連菌も、誰の身体にでもいます。それが突然「暴れ出す」わけです。通常、A群が暴れ出せば咽頭(いんとう)炎・扁桃(へんとう)炎、B群が新生児に感染すると重篤な肺炎や髄膜炎を起こします。またC+G群は皮膚の感染症を起こします。いずれも重症化すればSTSSへと移行します。上述の報告で243例の内訳は、A群93例、B群39例、C+G群108例、不明3例でした。3種の溶連菌が起こしたSTSSはどの臓器に症状があったのかをみてみましょう。
A群:壊死性筋膜炎(41%)、蜂窩織炎(25%)、感染臓器不明の菌血症(13%)
B群:感染臓器不明の菌血症(45%)、肺炎および肺化膿(かのう)症(16%)、蜂窩織炎(13%)、髄膜炎(8%)
C+G群:蜂窩織炎(43%)、壊死性筋膜炎(20%)、感染臓器不明の菌血症(25%)
厚労省は手指衛生やせきエチケットを呼び掛け
A群による咽頭炎・扁桃炎は小児のみならず成人にも起きますが、興味深いことに、咽頭炎・扁桃炎が重症化してSTSSを起こすわけではないようです。またB群は元々膣(ちつ)内や肛門内に生息しているので、それがなぜ肺炎を起こすのかは不明です。
侵入門戸は上述したように不明が51%ですが、判明事例ではやはり皮膚が最も多く、A、B、C+G群それぞれの「皮膚からの感染」は、34%、18%、34%とされています。
まとめると、やはりSTSSを起こす溶連菌は皮膚からの感染が多いが、そうでない場合もかなりある。しかし皮膚以外からどのように感染したのかは不明、となり依然、謎が残ります。特筆すべきは「風邪(咽頭炎)をこじらせてSTSSになった」と疑われる事例が見当たらないことです。
上述の米国人のメールを受けて、海外メディアがどのように報じているのかを調べてみました。英国紙「The Guardian」は「日本の厚労省は、新型コロナウイルスのパンデミック中に日常生活に広がったA群溶連菌に対しても、同様の基本的な衛生予防措置を講じることを推奨している」と書いています。また武見敬三厚労相は定例会見で「この溶連菌は飛沫(ひまつ)感染及び接触感染になりますので、手指衛生やせきエチケット等の基本的な感染対策が重要であるため、国民の皆様におかれましては、引き続き感染対策の徹底をお願いしたいと思います」と述べています。咽頭炎をこじらせてSTSSを発症した事例は今のところ見当たりませんが、厚労省はその可能性もあると考えているようです。
若い感染例もあるが、基礎疾患のある高齢者は高リスク
次に「誰にでも同じようにリスクがあるのか」を考えてみましょう。42歳の森慎二コーチが感染により他界したのですから「誰にでも起こり得る」は事実です。では起こりやすい傾向はないのでしょうか。
西武ライオンズ時代の森慎二投手。その後、大リーグにも挑戦した=大阪ドームで2002年11月12日、小関勉写す
疾患の中には「高齢者よりもむしろ中年や若年に起こりやすい」ものがあります。例えば自己免疫疾患の膠原(こうげん)病は中年女性に起こりやすいと言えます。当院の経験では新型コロナウイルスの後遺症も中年女性が最多です。激しい下痢で悩まされるクローン病は10~20代の男性に多いという特徴があります。
上述の報告で、243例は基礎疾患別では、がん59人(24%)、糖尿病50人(21%)、慢性心不全42人(17%)、慢性腎臓病28人(12%)とされています。免疫能に影響を与える基礎疾患を有している人はSTSSを発症するリスクが高いようです。したがって、STSSの発症年齢には若い人が発症しやすいという傾向はなく、高齢者の方がリスクが高いようです。つまりSTSSは「誰にでも起こるのは事実だが、免疫能が低下している高齢者はよりリスクが高い」と考えるべきです。
最後に、現時点で分かっているSTSSについてまとめてみましょう。
① STSSの起因菌は溶連菌。主に咽頭、皮膚、膣内などに生息している
② 溶連菌が血中に侵入し全身をめぐるとSTSSを発症しごく短時間で死に至ることもある。しかし早期発見・早期治療に努めれば救命できることも多い
③ 従来は皮膚の傷から溶連菌が侵入して発症すると考えられていたが、実際には侵入門戸が不明な事例が約半数
④ しかし、依然「皮膚からの感染」が最多なのは事実。皮膚に傷を負ったときはかかりつけ医に相談すべきだ。急激に進行するようであれば救急車要請も検討すべきだ
⑤ 「誰にでも起こり得る」が、免疫能が低下している高齢者は特にリスクが高い
関連記事
※投稿は利用規約に同意したものとみなします。
谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。