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2015年に公開された宮部みゆきさん原作の映画「ソロモンの偽証」は、ニキビが原因でいじめられる女子生徒がキーパーソンとなっています。もしもこの生徒がニキビをきちんと治していればイジメもなく、事件の様相は大きく変わっていたはずです。このドラマは「ニキビが招いた悲しいストーリー」と呼べるかもしれません。
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この映画の舞台は1990年代前半。現在のように有効なニキビ治療薬がなかった時代です。現在はいくつものすぐれた薬が簡単に入手できるようになり、もはやニキビが「青春のシンボル」と呼ばれることもなくなりました。それでもまだ、ニキビで苦労している方は多いようです。ひどい場合は外出できなくなったり、何もやる気が起きなかったり。就職活動に支障が出た、恋愛をあきらめた、という方もいました。
ニキビ治療はまず「ガイドライン」通りに
さて、ニキビの治療にはとても有用なガイドラインがあります。日本、欧州、米国のガイドラインを比較してみると、推奨されている薬にいくらかの差はありますが、おおまかな流れは共通しています。それは、「炎症が強ければ抗菌薬を用いて、よくなれば抗菌薬以外の外用薬でいい状態を維持する、または予防する」というものです(詳しくは後述します)。なお、「よくなれば」というのは「炎症がとれた状態」、つまり「赤いニキビが赤くなくなった」または「枯れた」状態のことです。
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんには、受診までの間「自己流」の治療をしていて、それがうまくいっていないケースが目立ちます。ですが、日本のガイドラインにしたがって治療を開始すれば、以前は「自己流」だった人も含めて、95%以上の人はいい状態を維持できています(残りの5%は欧州や米国のガイドラインを参照します)。ニキビに限らずガイドラインがすべてではありませんが、特別な理由がない限り、治療にはまずガイドラインを参照すべきです。
ガイドラインにそったニキビの正しい治療法を簡単に紹介します。重症化し炎症が強くなっている場合、最初の治療として抗菌薬の外用を用います。さらに、「重症」の程度が強くなっている患者さんや「最重症」の患者さんには、抗菌薬を内服していただきます。その後は「抗菌薬以外の外用薬」で治療します。
「飲む」抗菌薬は最小限に
ただ、抗菌薬内服は最小限にすべきです。日本のニキビ治療のガイドラインには「内服抗菌薬の投与は3カ月まで」とはっきり書かれています。海外のガイドラインにも「3カ月」の文字がでてきます。これらは「長くても」3カ月という意味で「3カ月内服しなさい」ではありません。日米欧のいずれのガイドラインにも「(長期間内服した場合は)薬剤耐性(菌の出現)が最重要懸念事項」と注意が述べられています。
谷口医院では、抗菌薬の内服は、「重症例」と「最重症例」の患者さんに限っています。そして内服薬の処方日数は、長くても7日間程度です。これで全員がうまく治るわけではなく、改善度に乏しかった方には別の抗菌薬に変更しますが、その場合でもトータルで2週間を超えることはまずありません。
こうした1~2週間の内服で、ほとんどの患者さんは、見た目が大きく変わります。赤いニキビが消え、褐色になったニキビや、まだ赤いニキビになっていない、白いニキビが大半になります。
ここで抗菌薬の適切な投与日数を考えてみましょう。細菌性扁桃(へんとう)炎や細菌性下痢症の重症では抗菌薬を用いますが、大半は4~5日程度の処方で治癒します。それ以上の投与は耐性菌を生むリスクになると言われています。
高熱や倦怠(けんたい)感が伴わないニキビが「軽い病気」とは言いませんし、見た目の問題はたしかに重要です。ですから最重症例については1~2週間の使用はやむを得ないと思います。しかし、3カ月となればどうでしょう。もしも3カ月もの処方が本当に必要なら、少なくともその危険性をきちんと理解してもらう必要があります。
「長く飲み過ぎ」で下痢や「カンジダ」も
日本のガイドラインには抗菌薬長期投与の危険性についてはあまり記述がないのですが、米国のものでは複数の弊害が記載されています。ここではそのうち二つを紹介します。
一つは過去の記事でもとりあげた薬剤耐性菌の「クロストリジウム・ディフィシル」に感染し、治りにくい下痢などを起こすリスクです。
過去の記事 「難敵耐性菌を制圧した英国の“王道”政策」
その記事でも取り上げたように、英国ではニューキノロン系の抗菌薬の使用を控えたことによりこの菌による感染症の8割を減らすことに成功しました。一方、日本のニキビのガイドラインではニューキノロン系抗菌薬も推奨されています。
米国のガイドラインが述べているもうひとつの弊害は「カンジダ膣炎(ちつえん)」の発症です。この病気にかかると、性器のかゆみや痛み、おりものが出るなどの症状が出ます。
「カンジダ」というのは、カビの仲間(真菌)の微生物の一種で、誰の膣内にも生息しています。膣内には日ごろ、カンジダ以外にもたくさんの微生物がいます。しかし抗菌薬を長期使用すると、カンジダ以外の常在菌が減少し、他に“ライバル ”のいなくなったカンジダが異常増殖して症状を起こすのです。
実は谷口医院でニキビ治療を受けている女性患者さんのいくらかは、最初の訴えはニキビではなく「外陰部のかゆみ」もしくは「帯下(たいげ=女性器からの分泌物)の異常」でした。こういった症状を若い女性が訴えたときは真っ先にカンジダを疑います。
そして、カンジダで最も多い原因のひとつが抗菌薬の(長期)使用です。カンジダは顕微鏡の検査で簡単に検出できます。抗菌薬を飲んでいないかを尋ねると「ニキビの治療で長期間飲んでいます」と答える人が少なくありません。
さらに、患者さんの中にはインターネットで「ニキビに効く」とされている抗菌薬を個人輸入して長期間飲んでいるという人がいます。「前のクリニックでは抗生物質を長期で処方されていた」と話す人も実は少なくありません。安易に前医を批判してはいけないのですが、その処方に首をかしげざるを得ないという場合もあります。
もしも何らかの事情で抗菌薬の長期処方が必要ならば、当然その危険性を患者さんに説明すべきですが、この説明がないのです。「抗生物質の注意点なんか聞いたことがない」と答える人が目立ちます。「前のクリニックでは2年間毎日飲むように指示されていました」と言う患者さんさえいて、驚いたことがあります。
遅れた日本のニキビ治療
さて、抗菌薬を使った後に何もしないでいると、再びニキビが悪化します。そこで「抗菌薬以外の外用薬」で治療を続けます。
そうした薬として、日本では二つの製品が推奨されています。一つはアダパレン(商品名「ディフェリンゲル」)、もう一つは過酸化ベンゾイル(商品名「ベピオゲル」、以下「BPO」とします)です。双方とも刺激感などを伴う場合がありますが、徐々にそういった副作用を軽減させる方法もありますから、たいていはいずれ使えるようになります。
二つのうち谷口医院で最初に推奨することが多いのはBPOです。なぜなら、BPOは海外ではもう何十年も前から使用されているもので医療機関を受診しなくても薬局で簡単に買えるものだからです。国によっては薬局のみならずスーパーの化粧品売り場で売られていることもあります。それだけ副作用のリスクが少ないということです。また、BPOは通常抗菌薬には分類されませんが、抗菌作用があることも分かっています。
日本人の肌は他国の人に比べて繊細だという意見がありますし(ただしこれを証明したエビデンス(医学的根拠)はありません)、何でも海外に倣う必要はありません。それでも、海外では60年代に認可され、ずいぶん前から誰もが簡単に買えるこのBPOが、日本でようやく認可されたのは2015年。しかも医療機関での処方薬の扱いです。さらに海外ではBPOにも、薬の濃度が5%、7.5%、10%などさまざまな種類がありますが、日本では濃度は2.5%だけです。
もう一つの治療薬「アダパレン」も、国際誕生(世界初の承認)は92年、日本での販売開始は08年です。どうも日本のニキビ治療は、世界に遅れてきたようです。
90年代前半、もしも「ソロモンの偽証」の女子生徒が医療機関を受診してBPOが処方されていれば、あるいは海外同様に薬局でBPOが購入できていたとすれば……。この映画や小説は誕生していなかったかもしれません。
参考:
<医療プレミア・トップページはこちら>【http://mainichi.jp/premier/health/】
谷口恭
太融寺町谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト