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近視の新しい治療の可能性【後編】
爆発的に増えている近視を抑制する方法はあるのか、研究が続けられています。後編では、つけたまま寝るハードコンタクトレンズ(オルソケラトロジー)、特殊なレンズを用いた眼鏡やコンタクトレンズ、栄養補助食品(サプリメント)による近視抑制効果について説明します。
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「つけたまま寝るハードコンタクトレンズ」の近視を抑える効果
まず「オルソケラトロジー」と呼ばれる近視の矯正法を紹介しましょう。これは、夜にハードコンタクトレンズをつけたまま寝ることで、角膜(黒目)のカーブを一時的に変化させ、日中は裸眼で過ごせるようにする方法です。近視は、網膜よりも手前に焦点が合ってしまう状態ですが、角膜のカーブが変わると、うまく網膜に焦点が合うようになるのです。
ハードコンタクトレンズを外した後に、角膜にこのような変化が起きることは、コンタクトレンズが開発された1940年代には報告されていました。その後、眼球への負担を少なくするため酸素透過率を高くし、同時に角膜の形を効果的に変化させる特別なデザインのレンズが開発され、2002年に米国で、近視矯正の治療方法の一つとして承認されました。
日本でも09年に、オルソケラトロジーを目的として、夜間につける専用のハードコンタクトレンズが承認されました。このように元々は、眼鏡や通常のコンタクトレンズと同様に、一時的な近視矯正法として登場したオルソケラトロジーですが、近年、この方法で近視進行そのものが抑えられることが報告され始めました。
05年に香港理工大学が、オルソケラトロジーのコンタクトレンズを装用した場合と、通常の眼鏡を装用した場合の近視の度数の変化を比べて、2年間で46%、近視の進行が抑制されることを報告しました。また、09年には米国オハイオ州立大学が、通常のソフトコンタクトレンズを装用した場合と比べて、2年間で56%の近視抑制効果があることを報告しました。さらに、筑波大学の研究グループは12年、通常の眼鏡を装用した場合と比べて、2年間で37%の近視抑制効果があったことを報告しました(図1)。
オルソケラトロジーによる近視進行抑制効果のメカニズムについては諸説ありますが、眼鏡やコンタクトレンズを外して日中裸眼で過ごすことで、後述の軸外収差理論や前編で説明した太陽光に豊富に含まれるバイオレットライト(紫色光)をより多く取り入れることが、要因と考えることができます。
「遠近両用レンズ」などで近視を抑えられるか?
さて、近視発症の原因として、「調節ラグ」と「軸外収差」という二つの現象を挙げる仮説が以前から提唱されています。
近視は、目の奥行きの長さが伸びることで進行します。「調節ラグ」は、近くを見る時に網膜にピントを合わせきれず、焦点が網膜の後ろになってしまう状態のことです。また、「軸外収差」とは、網膜の中心部ではピントが合っていても、網膜の周辺部では、焦点が網膜の後ろにある状態のことです。いずれも、網膜の後方にずれた焦点を網膜に合わせる、つまり網膜を後ろにずらそうとして目の構造自体が変化し、目の奥行きの長さが伸びていくという考え方です(図2)。
それならば、遠くを見る時だけでなく、近くを見る時も、なるべくピントが網膜にぴったり合う状態にしていれば、近視の進行は抑えられるのではないか。こういった仮説をもとにデザインされた、「二重焦点」や「累進多焦点」など、遠くも近くも見るのを助ける「遠近両用レンズ」を用いて、近視の進行を抑制する研究が進められています。従来、老眼で手元が見えづらくなった人が使うレンズを応用したものです。
眼鏡を使った研究では、岡山大学の研究グループが、08年に累進多焦点眼鏡を用いた場合と、単焦点眼鏡の場合の近視の度数の変化を比べて、3年間で18%の進行抑制効果があったことを報告。香港理工大学の研究グループが14年に、二重焦点眼鏡を用いた場合と、単焦点眼鏡の場合を比べて、3年間で51%の進行抑制効果があったことを報告しました。一方、軸外収差を軽減させるようにデザインされた眼鏡を用いた、国内7大学が参加した2年間の多施設共同研究では、近視進行抑制効果は得られなかったことが18年に発表されました。
ソフトコンタクトレンズを使った研究では、大阪大学の研究グループが、14年に軸外収差を軽減させる累進多焦点レンズを用いた場合と、単焦点レンズの場合を比べて、1年間で47%の進行抑制効果があったことを報告。16年には、米国カリフォルニア大学の研究グループが、二重焦点レンズを用いた場合と、単焦点レンズの場合を比べて、1年間で72%の進行抑制効果があったことを報告しました(図3)。
食べ物やサプリメントで近視を抑えられるようになる?
さらに最近では、食物由来成分から得られた栄養補助食品(サプリメント)による近視抑制効果についても研究が進んでいます。
私自身も含めた、慶応義塾大学の研究チームは、体内で近視の進行を抑える働きをしているとみられる遺伝子「EGR-1 (early growth response protein-1)」に着目しました(図4)。なお、前述したバイオレットライトを浴びた動物の目では、この遺伝子の働きが強まることが分かっています。
私たちは、200種類以上の食品素材を調べました。そして、クチナシの実やサフランに含まれる黄色い食物由来成分である「クロセチン」を培養細胞に加えると、細胞のEGR-1の働きが、最も活性化することを見つけました。さらに、近視のマウスにクロセチンを混ぜた餌を食べさせると、近視の進行が抑えられることを確認しました。クロセチンは、クリきんとんやパエリアなどの着色に利用されています。
この結果は、今月22日に総合科学ジャーナル「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました(慶応義塾大学とロート製薬のプレスリリース)。現在は、クロセチンの近視進行抑制効果が、人間に対してもあるのか、検証するための臨床試験を進めています。
近視進行抑制治療はいずれも研究段階
前編と後編を通して、近視進行を抑制する試みを、大きく分けて5種類紹介しました。環境を変える(屋外活動を増やす)▽点眼薬を使う(アトロピン)▽角膜を矯正する(オルソケラトロジー)▽調節ラグ・軸外収差理論を用いる(特殊眼鏡、コンタクトレンズ)▽クロセチン(栄養補助食品)――です。
いずれもまだ研究段階の方法で、現時点で少なくとも国内では、近視の進行を抑制する治療として、承認されたものはありません。実用化に向けた研究の進み具合や、その信ぴょう性、つまり科学的根拠の程度も、各国、各研究グループによってさまざまです。ただ、世界的な近視人口の増加に対抗すべく、世界中で多くの研究者がこの問題に取り組んでいることは確かです。近い将来、確かな治療法が確立され、近視の進行に悩む人に届くことを信じています。
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「開眼!ヘルシーアイ講座」は今回で終わります。
栗原俊英
慶應義塾大学特任准教授
くりはら・としひで 2001年に筑波大学医学専門学群卒業後、同年、慶應義塾大学医学部眼科学教室入局。09年、慶應義塾大学大学院医学研究科修了(医学博士)、09~13年米国スクリプス研究所研究員。帰国後、13年に慶應義塾大学医学部眼科学教室助教、15年に同教室特任講師を経て、17年から同教室特任准教授。網膜硝子体が専門。慶應義塾大学病院で網膜硝子体外科外来、メディカルレチナ外来を担当すると共に、医学部総合医科学研究センター光生物学研究室(栗原研究室)で低酸素環境における網膜の反応、光環境に対する生体反応を中心に研究を展開する。