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体の冷え、むくみ、便秘などが続いていたら、内科系の病気のほか、甲状腺ホルモンの異常が考えられます。特に橋本病は、成人女性の約10%と、高い頻度で発症し、好発年齢は30~40代といわれています。今までなじみがなくても、病気の概要や対処法を知っておくと安心です。伊藤病院内科医長・渡邊奈津子先生にお話をうかがいました。
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小さいが重要な「甲状腺」の炎症で起こる病気
--耳にしたことはありますが、どのような病気なのでしょう?
渡邊 橋本病とは、のどぼとけの下にある小さな器官である甲状腺が慢性的に炎症を起こすために引き起こされる病気です。病名の由来は、この病気を発見した日本人の橋本策(はかる)先生の名前で、世界中で病名として使用されているのです。慢性甲状腺炎とも呼ばれます。
--甲状腺はどんな器官なのですか?
渡邊 甲状腺は、臓器や細胞が活発に活動するために欠かせない甲状腺ホルモンを生成し、分泌する役割を担っています。小さいけれど、大事な働きをする器官です。
--そもそも、 なぜ甲状腺に炎症が起こるのですか。そのしくみを教えてください
渡邊 何らかの異常で甲状腺を攻撃する自己抗体ができ、リンパ球が増えてしまうことで、炎症が起こります。すると、甲状腺が硬くなり(線維化)、ホルモンをつくる働きが低下します。この状態を、甲状腺機能低下症と呼びます。
また、炎症が進むと、全体が腫れて肥大し、はたから見てもわかるようになります。
冷えやむくみなど、ありふれた症状が多い
--具体的にはどのような症状があるのでしょうか?
渡邊 冷えやむくみ、便秘や、疲れやすくなるなど、どちらかというとありふれた症状を訴える人が多いようです。また、比較的女性にみられやすいものが多く、この症状があったら必ず橋本病、といえる特異的な症状はないのです。内科など、いろいろな診療科を受診してもよくならずに困っていたり、いつもの不調と感じ病気が原因だと気づかないケースも多いようです。

橋本病のおもな症状
冷え/むくみ/便秘/疲れやすい/体重増加/無気力、物忘れ/食欲低下/筋力低下、肩こり/ など
--女性がなりやすいと聞いたのですが……
渡邊 はい、1対20くらいの比率で女性に起こりやすい病気です。好発年齢は30~40代です。若い世代では思春期のころから増えてきて、20代の人もみられます。また高齢者にも発症はみられます。
--発症しやすい体質などの傾向はあるのでしょうか?
渡邊 はっきりわかっていることはあまりありません。家族の中に橋本病の人がいる場合、そうでない場合よりも発症の可能性は高いといえます。
◇血液中の抗体値で診断 ほとんどのケースは経過観察に
--症状からの判断は難しそうですね。では、 診断の基準はありますか?
渡邊 目に見えるところでは、甲状腺の腫大(腫れて大きくなる)がみられることです。これに加えて、血液検査で橋本病の抗体の値が高いことが、重要な所見になります。腫れが目立たないという人も多くみられます。その場合は症状から疑い、なおかつ血液検査をしなければ判別できないケースも多いのです。
--患者数は多いのですか?
渡邊 橋本病は、とても頻度の高い病気です。一般の検診で成人女性の約10%に、慢性甲状腺炎の抗体が陽性との反応が出たといわれています。
--橋本病と診断された場合、 次のステップはどうなりますか?
渡邊 橋本病と診断された場合も、ホルモン値が正常なら、特に治療はせず、定期的に検診を行うなどで経過をみることが主体となります。一方、治療の対象となるのは、甲状腺機能低下症と診断された場合です。橋本病と診断されるとショックを受ける人が多いのですが、治療が必要なケースは、受診者の約1割です。
治療はホルモン剤で
--治療はどのようなものになるのでしょうか?
渡邊 甲状腺ホルモンを補充する薬物療法が中心です。治療薬は、合成甲状腺ホルモン剤(商品名:チラーヂンS)になります。
--治療期間は、 どのくらいですか?
渡邊 一時的な投薬ですむ場合もあります。残念ながら、根本的な治療法がないため、永続的な甲状腺機能低下症になると、継続的な治療が必要となります。

ヨウ素を含む食品の大量摂取に注意
--治療中は、 日常生活で気をつけることはありますか?
渡邊 ヨウ素の摂取には、気をつけていただくとよいでしょう。ヨウ素は、甲状腺ホルモンが合成される際に必要な成分です。しかし、多すぎても少なすぎても、甲状腺にはよくないのです。たとえば、昆布にはヨウ素が多く含まれます。ダイエット目的で昆布を含む食品などを大量にとると、甲状腺機能低下症を引き起こすことがあります。だしなどから少量とるには問題ないものの、毎日、大量に摂取することは避けましょう。すべての海藻の摂取を中止する必要はなく、わかめや、のりなど、昆布に比べるとヨウ素の含有量が少ないものは問題ありません。また、ヨウ素は、うがい薬にも多量に含まれます。使用の際は注意が必要です。
妊娠・出産希望者は特に甲状腺の機能を良好に保つ
--好発年齢の女性は、妊娠・出産の機会も多いですが、注意すべき点はありますか?
渡邊 橋本病は、妊娠・出産と深いかかわりがあります。というのも、甲状腺機能低下症の人は、不妊や流産のリスクが高まる可能性があります。そして甲状腺ホルモンは、赤ちゃんの発育にも重要なものです。妊娠・出産を考えている人は、甲状腺の機能を良好に保つ必要があります。
--実際に受診するケースが多いのでしょうか?
渡邊 はい。昨今、不妊治療をする人が増えており、その治療中に甲状腺の異常に気づき、甲状腺の専門科にかかるケースも少なくありません。甲状腺の専門医として、安心して妊娠・出産を迎えられるよう、サポートしていきたいと考えています。
渡邊奈津子(わたなべ・なつこ) 伊藤病院内科医長。医学博士。1997年東邦大学医学部を卒業後、内分泌・糖尿病学を専攻。なかでも女性に多い甲状腺の病気に興味をもち、甲状腺疾患専門の伊藤病院に勤務。代表的な病気である橋本病やバセドウ病のほか、甲状腺疾患診療の全般に携わる。2016年より現職。
「笑顔」2019年1月号より (C)保健同人社