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4月に発売された内臓脂肪・腹囲減少薬「アライ」のパッケージ=2024年4月17日、清水健二撮影
大正製薬が「日本初」をうたう内臓脂肪・腹囲減少薬「アライ」(一般名オルリスタット)が注目されている。肥満症になるのを防ぎ、日本人の健康寿命延伸に寄与するというコンセプトの市販薬。開発責任者の藤田透グループマネージャー(44)は「国民のセルフメディケーションへの考え方を変え得る」と語る。発売から1カ月、描く未来像を聞いた。
最初からOTCでの販売を考えていた
――オルリスタットは、世界120カ国以上で肥満症治療のための医療用医薬品として使われていると聞きます。日本では、薬局で買える予防目的の一般用医薬品(OTC)として申請・承認されました。OTCに絞った理由は?
◆健康寿命の延伸、社会保障制度の維持という社会課題の解決に貢献したかったというのが、一番の理由です。内臓脂肪の過剰な蓄積は、さまざまな生活習慣病の発症と密接な関係があり、その先に待つ重篤な疾患の危険因子になります。オルリスタットは諸外国ではOTCとしても広く使われています。病気の発症前の段階から上手に使っていただくことで、人々の健康や社会に役に立てるのではないかと考えました。
――2013年に同じ機序の薬を大手製薬会社が開発して医療用医薬品としての承認を得ながら、公的保険適用に至らなかったという経緯がありました。これも教訓としてあったのですか?
◆いえ。私たちは08年に開発に着手した段階から既にOTCとして進める戦略で、臨床試験も11年から始めていました。別の製薬会社の件を認識した際は、私たちも医療用医薬品として開発を進めていたら同じ結末になった可能性が高いと考えました。肥満に対するアプローチの原則は、食事や運動といった生活習慣改善ですので、公的医療保険でカバーすることに審査を担当する中央社会保険医療協議会を納得させるには、相当のエビデンスが必要になるでしょう。
コンセプトが受け入れられるかの試金石
――アライは使用の対象者に「男性は腹囲85cm、女性90cm以上で、健康障害を合併していない。購入前から3カ月以上、生活習慣改善の取り組みをし、1カ月以上の体重・腹囲記録も必要」などの条件を付けています。こうしたルールは、どうやって作ったのですか?
◆日本肥満学会の専門家の先生方と議論を重ねました。医療用医薬品としての使用実績がないまま販売する一般用医薬品を「ダイレクトOTC」と言いますが、これを規制当局に認めてもらうにはメーカーが「意義がある」と主張するだけでは不十分で、専門の学会の医学的見解が重要だということは、経験上分かっていました。結果的に申請前の段階でOTC化に関する学会としての見解をまとめていただき、それが適正使用に関する条件設定の基になっています。
大正製薬から発売された「内臓脂肪・腹囲減少薬」の「アライ」=東京都江戸川区のウエルシア薬局江戸川一之江店で2024年4月8日午後0時26分、木許はるみ撮影
――「病気と診断された人は使えません。健康な人が服用する薬です」という点に新しさがあります。「自分の健康は自分でケアする」というセルフメディケーションのあり方を変えるでしょうか?
◆疾患や症状に対する治療薬でなく、生活習慣改善をサポートするというこれまでのOTCになかったコンセプトなので、ある意味で試金石になると思います。アライが社会に受け入れられれば、生活習慣病領域でのOTCの活用可能性が広がるかもしれません。大げさに言うと、セルフメディケーションを考え、実践していこうと生活者のマインドを醸成するきっかけとして幅広く機能することを期待してやみません。
米国ではスーパーで買える
――試金石という意味で懸念されるのが、便利な薬が出たことで、それに頼って健康的な生活自体をおろそかにしてしまう人が出ないかという点です。
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◆その懸念は、私たちにとっても開発上の課題でした。学会や行政側も重要な論点と捉え、この薬が社会問題を引き起こしてはあってはならないと留意しています。一方で、アクセス性があまりに悪いと、せっかく出した商品が活用されない。そのバランスをどう取るか、真剣に考え、学会や当局と何度も議論し、最終的にこのような条件下での発売に至りました。
――海外ではどうやって売られているのでしょう?
◆国によって薬剤師の役割や販売制度が違います。例えば米国では同じアライがスーパーで薬剤師の関与なく買える州がありますし、ネット販売OKという国もあります。
――学会策定のプログラムで研修を受けた薬剤師でないと販売できないことになっています。それだけ薬剤師の役割が重要ということですね。
◆公的医療保険の維持が厳しくなる中で、薬局や薬剤師の役割は広がっていると思います。市民の幅広い相談に応じる「健康サポート薬局」の認定制度が2016年度に始まり、ドラッグストアも店舗数が拡大基調です。健康な暮らしを支える重要なインフラとして、アライを通じて生活者、患者とコミュニケーションを取っていくことが、機能拡大の一助となればと考えています。
ただ売れば良いというわけではない
――長く販売されていく中で「緩み」が生じてしまう恐れは?
◆ダイレクトOTCは、再審査までの8年間の市販後調査が義務付けられています。またアライについては、収集したデータから不適切な販売事例などが見つかれば厚生労働省への報告や必要に応じて是正措置を講じることが課せられています。メーカーとしては、ただ売れれば良いということではなく、いかに適正販売を推進していけるかが重要だと心しています。
インタビューに応じる大正製薬の藤田透グループマネージャー=東京都新宿区で2024年4月11日午後4時5分、清水健二撮影
――アライが将来的に、国民の医療費を抑制する効果は期待できるのでしょうか?
◆年間40兆円を超える国民医療費の4分の1は、生活習慣病に関連するとされます。アライの寄与を定量的に答えるのは困難ですが、理屈上は、内臓脂肪に起因するさまざまな病気の発症や集積化、その先にある重篤な病気の発症リスクは下がる方向に働くと考えられるので、健康寿命の延伸にポジティブに働くのではないでしょうか。また、こうした薬が出たことで、自身の生活習慣に関心を持つ人、セルフメディケーションを考える人が増えれば、行動変容が起き、結果的に国民全体の生活の質(QOL)が向上する。そんな期待も持っています。
ふじた・とおる 埼玉県出身。2006年に大正製薬に入社し、セルフメディケーション臨床開発部に配属。リアップ、パブロンなどの医薬品や、食品・化粧品の開発に従事した。20年より現職。
アライ
消化管内にある「リバーゼ」という酵素の働きを阻害することで、脂肪の吸収を抑制する仕組みのカプセル剤。食事由来の脂肪のうち約25~30%を便として排出するとされる。臨床試験では、1年間の服用で内臓脂肪を約2割、腹囲を約5%減らす効果が確認できたという。便漏れ、油漏れ、下痢などの副作用が出る可能性がある。価格は30日分で8800円。
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清水健二
論説委員
1992年4月入社。青森支局、東京社会部、福岡報道部、北海道報道部長、くらし科学環境部長などを経て、2024年4月から論説委員。取材経験が長い分野は医療と司法。