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糖尿病と歯周病は、まったく違う病気と思われる方が多いかと思いますが、両者は「コインの裏表」と呼ばれるほど、密接に関係しています。なぜ、全身の病気である糖尿病と口の歯周病が、深く関わっているのでしょうか? その秘密は「炎症」というキーワードにあります。
炎症は専門用語ですが、わかりやすく例えれば「体の中で起きる火事」です。体の火事には、ボーボーと大きな火の手が上がる大火事と、火はないけれど煙がモクモクと上がるボヤがあります。
くすぶりつづける歯周病
大火事では、新型コロナウイルス感染症やインフルエンザのように、38~39度の高熱が出ますが、これらは数日もすればおさまります。これに対して、ボヤは高熱が出ることはないのですが、放っておくと1カ月どころか1年以上にわたりくすぶり続けます。その代表例が歯周病です。
歯周病は、歯のまわりでずっとボヤが続く病気です。歯周病が進行していくと、歯の根元あたりに痛さやかゆみを感じることがあります。いわゆる「歯が浮く」状態ですが、まさにこの時、歯ぐきのまわりでは、歯垢(しこう)としてこびり付いたばい菌と免疫軍団の静かな戦いが繰り広げられているのです。熱は出ないのですが、歯ぐきの奥底では戦いで傷つけられた血管から出血が続き、やがては歯を支えるあごの骨が破壊され、足場を失った歯は抜けていきます。
恐ろしいことに、歯周病はひとたび進行してしまうと、自然に治ることはありません。歯ぐきの奥底に石となってこびり付いたばい菌の塊は、歯医者さんに行かなければ、取り去ることができないからです。歯周病の炎症では熱が出ないため、私たちは軽視しがちなのですが、放っておくと1年、数年、10年とくすぶり続け、次から次へと歯が抜け落ちていきます。その点において、歯周病は新型コロナやインフルエンザよりも、はるかに怖い病気と言えるでしょう。
さて、糖尿病もまたボヤの病気です。運動不足や食べ過ぎが続き、体内にエネルギーがあり余るような状態になると、エネルギーは中性脂肪に変えられ、脂肪細胞の中にためられます。エネルギーをため込んだ脂肪細胞は、風船のようにパンパンに膨れ上がり、増えていきます。その結果として、おなかが出てくるのですが、免疫軍団は化け物のように巨大化した脂肪細胞を敵と勘違いして、戦争を仕掛けるのです。ここで歯周病と同じようなボヤが、内臓脂肪のまわりで繰り広げられます。
ここでボヤを思い出してみてください。火は消えても、煙がモクモクと湧き上がってきますよね。体の中でボヤが起きると、戦争の合間に悪玉ホルモンが作られます。そして、血液に乗って煙のように体中に広がっていくのです。
歯周病と糖尿病は「義兄弟」
血糖を下げる唯一のホルモンであるインスリンは、悪玉ホルモンが大の苦手で、煙が邪魔をすると仕事ができなくなり、血糖値が上昇してしまいます。特定健診で腹囲が厳しくチェックされる理由は、ここにあります。内臓脂肪がたまってくると、悪玉ホルモンが増え、血糖値が上がりやすい体となり、やがては糖尿病を発症してしまうからです。
不思議なことに、内臓脂肪と歯ぐきのまわりで起きるボヤから出てくる悪玉ホルモンは、とてもよく似ているので、歯周病もまた血糖値を上げてしまいます。歯周病と糖尿病は、炎症(ボヤ)を通してつながりあった、義兄弟とも言えるでしょう。
兄弟同士なので、悪さをする時が一緒であれば、良いことをする時も一緒です。例えば、歯周病と糖尿病がある患者さんが、歯医者さんに定期的に通い、毎日正しい歯みがきに励むようになると、歯ぐきからの出血は止まり、ぶよぶよに赤く腫れ上がっていた歯ぐきも、ピンクで締まった歯ぐきに戻っていきます。その裏では、ボヤがおさまり、悪玉ホルモンが消え去ることで、血糖値が下がりやすい体になっています。実際、歯周病を治療して数カ月後に内科で血液検査をすると、担当の先生も驚くほど血糖値が下がっていることが、よくあります。
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糖尿病と歯周病の関係については、これまで世界中でさまざまな研究が行われてきました。現在では「糖尿病の患者さんが歯周病の治療を受けると、血糖値の数値が改善する」ことが明らかになっています。このため、日本糖尿病学会は、2型糖尿病の患者さんに対して歯周病の治療を強く勧めているのです(糖尿病診療ガイドライン2019)。
糖尿病の飲み薬でも数値を低下させるのは、なかなか難しいことです。「歯周病の治療は、糖尿病の飲み薬に匹敵する」と言えるでしょう。
日本糖尿病対策推進会議は、2012年、一枚の歯周病啓発ポスターを公開しました。ポスターには、2匹の愛らしい糖尿病ハムスターが登場し、それぞれ食事療法チューと運動療法チューで頑張っています。その下には「食事に気をつけても、運動に励んでも、血糖値が下がらない。それ、悪いのはあなたではなく歯ぐきかもしれません」というメッセージが続いています。
糖尿病の患者さんが歯周病を放置すると、いくら食事や運動に注意して、お薬を使ったとしても糖尿病が良くならないことがあります。けれど、歯医者さんでの歯周病治療をきっかけとして、歯ぐきと一緒に体も元気になっていくのです。
ですから、私は市民向け講座では最後に「歯医者さんは神社なんですよ」と語りかけています。神社にお参りすると、なんだかスッキリした気持ちになりますよね。歯医者さんも同じことです。歯医者さんは神主さん、歯科衛生士さんは巫女(みこ)さん。巫女さんにお口のお清めをしてもらうと、けがれが払われ、お口だけでなく体全体が清らかになっていくのです。
糖尿病の患者さんだけでなく日本国民全員が、定期的に歯医者さんに通い、清らかな口と清らかな体を通して、健やかな日々を安心して過ごせることを願っています。
(西田亙・にしだわたる糖尿病内科院長)
写真はゲッティ