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コレステロールは本当に悪者か? 和田秀樹医師が伝えたい、長生きするための正しい「健康常識」和田秀樹・和田秀樹こころと体のクリニック院長
2024年5月11日
さて、栄養学や免疫学など日本の医学に欠けていると私が考えているものを指摘してきたが、そんな中で、「紅麹コレステヘルプ」なる機能性表示食品の健康被害が問題にされている。
栄養学の話でも少し触れたが、コレステロールは人間に大切な栄養素で、それが高いほうが免疫機能が高まるとされているので、がんや感染症の予防になるし、また性ホルモンの材料なので、若々しさを保つためにも重要なものだ。
この機能性表示食品への混入物質による被害が問題にされているが、そもそもコレステロールを下げることは、少なくとも日本人には好ましくないというのが私の見解だ。
それがこの事件を契機に話題になるかと期待していたが、製造元の小林製薬はプベルル酸という青カビの代謝産物由来の抗菌作用が強い物質が検出されたと報告し、厚生労働省もほかにも複合化合物が見つかったとしていて、本来、混入しないはずの成分による健康被害ということで幕引きを図っている印象を受ける。これは残念なことだ。
コレステロール値低いと死亡率高い?
実は、百歳老人の調査で1970年代からコレステロールは高いほうがいいという説を発表し、76年から91年にかけて東京都の小金井市の70歳高齢者を追跡調査して、その実証を行った柴田博先生と対談する機会を最近得た。
確かにアメリカの場合は長らく死因のトップが心筋梗塞(こうそく)で、コレステロール値と心筋梗塞の死亡率は正の相関があるので、コレステロール値を下げたほうがいい。
これについては、アメリカの有名なフラミンガム研究という大規模調査でも明らかにされた。それが日本に移入されて、日本でもコレステロール撲滅運動が起こった。
このコレステヘルプが売れたのも、使用者の間でコレステロール値が下がるという話が広まったからと言われる。それだけコレステロール値を下げなければという意識が浸透しているのだろう。
ところが、日本の場合、急性心筋梗塞で死ぬ人は、がんで死ぬ人の12分の1しかいない。
そして、ハワイの研究では、コレステロール値が高い人ほどがんで死ぬ人が少ないことも明らかにされている。
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実はフラミンガム研究では、60歳以上ではコレステロール値が高いほうが総死亡率は低いことが93年に示されている。そして小金井調査でも、90年代の頭にはコレステロール値が高い人のほうが総死亡率が低いことも明らかになり、逆にコレステロール値が低い人の総死亡率が高いことも発見された。
ところが、これを日本の医学界はまったく無視して、89年に高コレステロール血症治療薬のメバロチンが発売されると爆発的に売れた。さらに2008年からメタボ検診が職場では実質義務化され、一定以上の腹囲の人でコレステロール値が高いとメタボリックシンドロームの可能性が高いということにされ、積極的支援の対象にされるようになった。
要するにコレステロール値を下げるように指導されたり、コレステロール値を下げる薬が処方されたりするようになったわけだ。
薬が嫌いな人は、この手のサプリに頼るのはもっともなことだ。
ある意味、今回の事件は、誤った医学常識、健康常識が招いた悲劇と言えるかもしれない。
コレステロールは男性ホルモンの材料
さて、我々、精神科医にとってコレステロールは重要な意味をもつ。
というのは、コレステロール値が高い人のほうがうつ病になりにくいのだ。
その機序はまだはっきりと証明されているわけでないが、コレステロールが脳に、セロトニンという神経伝達物質を運ぶ働きがあるのではないかと考えられている。前にもお話ししたがセロトニンは幸せホルモンとも呼ばれる神経伝達物質で、これが足りなくなるとうつ病になるとされている。
もう一つ、高齢者を専門にする立場から言うと、コレステロールは男性ホルモンの材料なので、これが足りなくなると男性ホルモンの不足が起こる。
男性ホルモンというと性欲のホルモンのように思われがちだが、男性が若々しく、かつ男性らしくいるためにはなくてはならないホルモンだ。
たとえば、男性ホルモンが多い人ほど筋肉がつきやすく、脂肪がつきにくくなる。同じだけ肉を食べても、年をとると筋肉が減り、脂肪が増えるのは男性ホルモンの分泌低下のためだ。これによって、ロコモティブシンドローム(運動器症候群)やサルコベニア(加齢性筋肉減少症)といった運動機能の低下につながりかねない。男性ホルモンが足りないと運動をしても、それほど筋肉は増えない。
男性ホルモンは知的機能にも影響する。
脳内のアセチルコリンという記憶をよくする神経伝達物質の分泌を促すからだと考えられている。
実際、男性更年期障害(今はLOH症候群=加齢男性腺機能低下症)と呼ばれている患者さんでは、物忘れがひどいと訴える人が多い。
年をとって記憶力や判断力が衰えるのは、年をとるほど男性ホルモンが減るからという説も有力なのだ。
あと、年をとると、若いころ(中高年のころ)と比べて、女性に興味関心をもつことも減ってくる。かつては、女性の新入社員が入ると気になって仕方がなかったのが、年をとるにつれ、あまり関心がなくなる人は少なくないだろう。
ただ、問題なのは、男性ホルモンが減ると、女性に関心がなくなるだけでなく、人間全体に関心がなくなる。男性の場合、年をとるほど、人づきあいがおっくうになるのは、男性ホルモン低下のためだと考えられている。
意欲にも影響
そして、我々、老年医療を行う者にとって決定的に困るのは、男性ホルモンが減ると意欲が低下することだ。これまで散々論じてきたように、年をとってからは、意欲が低下して、頭を使うことや体を使うことがおっくうになると、認知機能や身体機能がどんどん低下してしまう。
実は、東日本大震災の後の、住民調査によって、女性は閉経後、男性ホルモンが増えることがわかっている。これまでは女性ホルモンが減るから相対的に男性ホルモンが増えると思われていたのだが、そうではなく、男性ホルモンの絶対量が増えることがわかったのだ。
実際、女性の場合、閉経後、アクティブになる人が多い。また人付き合いが盛んになる人も多い。
私のみるところ、高齢者の団体旅行というと、まず女性のグループである。
ということで、男性も女性に負けないように、若さと意欲を保つには、男性ホルモンを減らさない、逆に増やしていくくらいの生活が必要だ。
男性ホルモンを維持したり、増やしたりすることができれば意欲が保たれるので、体を動かしたり、頭を使い続けることにつながり、老化を予防できる。それ以上に筋肉がつきやすくなるという効果のおかげで、フレイル(虚弱状態=正常と要介護の間くらいの状態)の予防にもなる。実際、三浦雄一郎さんが80歳を超えてエベレスト登頂に成功したのも男性ホルモン治療の影響も大きいとされている。
その男性ホルモンの材料となるのが、コレステロールなのだ。
実際、コレステロール値を下げるスタチン製剤を飲むとED(勃起障害)になる人が多いことは昔から問題にされていた。
ついでにいうと、コレステロールは女性ホルモンの材料にもなる。
閉経後、女性は女性ホルモンが激減するが、これは骨粗しょう症の原因になる。また、女性ホルモンが多い人のほうが肌も若々しい。
その減少を少しでも抑えるために、コレステロールは多く取ったほうがいい。
もともと、女性は心筋梗塞になりにくいので、コレステロール値が高い害はほとんど考えなくていいともされている。
ついでにいうと、これによって男性ホルモンも増えると余計にアクティブでいられる。
ということで、男性も女性もコレステロール値が高いほうが死亡率も低いし、若々しく元気でいられる。
「悪玉コレステロール」、体にとっては?
さて、そこでよく聞かれる質問だが、それは善玉コレステロールのことですよねというものがある。
一般にHDLコレステロールは善玉コレステロールと呼ばれ、LDLコレステロールは悪玉コレステロールと呼ばれる。
HDLコレステロールは増えすぎたコレステロールを回収し、さらに血管壁にたまったコレステロールを取り除いて、肝臓へもどす働きをするとされる。
ただ、今は動脈硬化が血管壁にコレステロールがたまって起こるという理論は否定的になっているので、それが高いと動脈硬化を抑制するのかも本当のところはわからない。
実は、免疫細胞の機能を高めるのも、男性ホルモンや女性ホルモンの材料になるのも、セロトニンを脳に運ぶのもすべてLDLコレステロールの働きと考えられている。
動脈硬化にとっては悪玉でも、体全体にとっては善玉だし、この悪玉とされるコレステロール値が高いほうが長生きできるというのは、統計調査からも明らかにされている。
紅麹コレステヘルプ=東京都千代田区で2024年4月8日、前田梨里子撮影
実は、この「紅麹コレステヘルプ」という機能性表示食品も、悪玉コレステロールを下げる、そしてLDL/HDL比を下げることを売りにしたものだった。
この機会に一度考えてもらいたいのだが、「体にいい」「体に悪い」という場合、臓器別診療が当たり前になっている現在、多くの場合「ある臓器にいい」「ある臓器に悪い」ということが多く、「ある臓器にいい」ものが別の臓器には悪いことは珍しくない。「体全体にいい」ものはそんなにはない。
また、高齢者は日本では、栄養不足のほうが問題になっているので、血糖値やコレステロール値を下げるというのが、下げ過ぎや健康被害につながりかねない。数値を下げるとかいうために機能性表示食品を飲むというのは、あまりお勧めできない。
サプリメントというのは、本来足りない栄養を補うためのものだ。
魚を食べるのが嫌いな人がドコサヘキサエン酸(DHA)を取ったり、野菜不足の人が食物繊維やビタミン剤などを飲むのが本来のあり方だ。肉類などが足りなければプロテインも同じことだ。実は、コレステロールを足すサプリがあってもいいと考えるくらいだ。
数値を気にしすぎるより、自分の食生活を見直してみて、足りないものをどう補うかを考えるのは悪いことではない。食品で取るに越したことはないが、足りないままにしておくよりサプリのほうがいいと私は考える。
ということで機能性表示食品という考え方は私は好きになれない。
特記のない写真はゲッティ
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わだ・ひでき 1960年大阪府大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒。同大学医学部付属病院精神神経科、老人科、神経内科で研修したと、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデントを経て、当時、日本に三つしかなかった高齢者専門の総合病院「浴風会病院」で精神科医として勤務した。東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、国際医療福祉大学大学院臨床心理学専攻教授を経て現職。一橋大学・東京医科歯科大学で20年以上にわたって医療経済学の非常勤講師も務めている。また、東日本大震災以降、原発の廃炉作業を行う職員のメンタルヘルスのボランティアと産業医を現在も続けている。主な著書に「70歳が老化の分かれ道」(詩想社新書)、「80歳の壁」「70歳の正解」(いずれも幻冬舎新書)、「『がまん』するから老化する」「老いの品格」(いずれもPHP新書)、「70代で死ぬ人、80代でも元気な人」(マガジンハウス新書)などがある。和田秀樹こころと体のクリニックウェブサイト、有料メルマガ<和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」>