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「誰もが発症しうる身近なかびの感染症」として、前々回は「カンジダ」、前回は「マラセチア」を紹介しました。最終回となる今回は「水虫」を中心に紹介していきます。
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- <真菌マラセチア増殖が起こす「脂漏性皮膚炎」>
- <犬や猫から人に感染する皮膚炎とは?>
- <かゆみをともなう水ぶくれ「汗疱」は早めに対処を>
- <ブーツを履く人は要注意の「爪水虫」>
ご存じの方が多いでしょうが、水虫の原因は「白癬(はくせん)菌」です。「菌」という名ですが細菌ではなく、真菌、つまりかびの仲間です。そして「白癬菌」は実は1種類ではなく、数十種類ものかびの総称です。
気になる「重症化」と「他人への感染」
「水虫を治したくないんです……」
これは数年前、ある60代の男性の患者さん(X氏)から聞いた言葉です。家族に水虫を治すよう促されているものの「治したくない」と言います。その理由は「かくと気持ちいいから」。X氏によれば、リラックスした時空間で水虫のできた足をかくことが「至福のひととき」だそうです。X氏はもともと、生活習慣病などのために太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にかかっていて、この日の診察の終わりにこの”悩み”を打ち明けられたのです。
常日ごろから「どんなことでも相談してください」と言っている谷口医院でも、この悩みは異例です。X氏の「至福のひととき」を奪う権利は私にはないでしょう。ですが、家族の気持ちも理解できます。どうすべきか少し悩んだ後、まずは「水虫の診断が正しいかどうか」を確認し、そしてその重症度を判定することにしました。
両側の足の指の間の皮がめくれています。特に薬指と小指の間が顕著で、これは確かに典型的な水虫(足白癬)です。めくれた皮の一部をピンセットで取り、特殊な液を垂らし少し熱して顕微鏡で観察すると白癬菌が多数検出されました。診断は間違いありません。
幸いなことに、X氏の水虫は指の間に限られ、足底やかかと、爪には広がっていません。入浴回数が少ない、汗をかいたまま寝る、など不潔にしていると水虫はできやすいのですが、X氏のライフスタイルはそういうわけではないようです。本来はきれい好きだが「水虫との共存」だけは譲れないということなのでしょう。
どのように説明すべきか……。悩んだ私は(私の考える)「感染症で考えるべき二つのポイント」に従って話をすることにしました。二つとは「重症化」と「他人への感染」です。
重症化といっても、水虫で死ぬことは(まず)ありません。ですが、困る場合が二つあります。
一つは、かかとや爪への波及です。かかとに感染すると皮膚が肥厚してガサガサになり見栄えが悪くなります。爪に感染すれば白く濁ります。「見た目」の問題では説得力に欠けるかもしれませんが、かかとや爪に感染してもX氏の求めている「かゆみ」は得られません。指の間だけなら外用薬だけで治りますが、かかとや爪の場合は通常は内服薬が必要になることを説明しました(注1)。
もう一つは「細菌による2次感染」です。水虫で皮がめくれたところから細菌が侵入し、広がることがあるのです。
皮膚というのは極めて頑丈なバリアー機能(細菌などの侵入を防ぐ機能)を持っていますが、いったん皮下に侵入した細菌は一気に仲間を増やし、皮下の広範囲が腫れあがることがあります。この状態は「蜂窩織(ほうかしき)炎」または「蜂巣(ほうそう)炎」などと呼ばれ、抗菌薬の内服(及び点滴)が必要になります。
「他人への感染」については、X氏も家族にうつしたくないと考えていて、スリッパは自分専用のものを使っているそうです。ですがこれでは不十分で、風呂場や台所などのマットも替えなければなりませんし、裸足で床を歩くことも控えなければなりません。結局、X氏はしぶしぶではありますが、治療することに同意されました。
予防には「帰宅直後に足を洗う」
ここで水虫の「予防」「診断」についてポイントをまとめてみましょう。
「予防」については、まず家族内感染の可能性がないかを確認しましょう。次に温泉やサウナ、フィットネスクラブなどでの予防を考えなければなりません。こうした施設のマットには、ほぼ100%白癬菌がいると言われています。かといってマットを踏まないわけにはいきません。ではどうすべきか。自宅や部屋に戻ってからもう一度足を洗えばいいのです。洗うといってもせっけんを用いる必要はなく、軽く水をかけるか、ぬれタオルで拭くだけでOKです(その後靴下をはく場合は、十分に乾かしてからにしましょう)。
最近は減っていますが、歯科医院などでは入り口で靴を脱いで共用のスリッパに履き替えるところがあります。また居酒屋などでも座敷の場合は靴を脱ぎ、トイレに行くときは共用のスリッパを履かねばならない場合もあります。
こう考えると、日本では今も、さまざまな場所で水虫感染のリスクがあります。「家に帰れば直ちに足を洗う」を習慣にするのがよさそうです。
自己診断は「外れ」の心配も
「診断」については、結論から言えば顕微鏡の検査が一番です。指の間はもちろん、爪でもかかとでも「白癬菌が検出されて初めて治療を開始する」のが原則です。
ですが、薬局に行っても検査は受けられません(注2)。一方、医療機関受診となると、待たされるし、日ごろは仕事で行けないし、(場合によっては)医師の態度が横柄だし……といった理由で敷居が高いかもしれません。薬局やインターネットでは簡単に薬が買えるわけですから「自己判断」で診断をして治療を開始する、というケースが実際には多いのが現状でしょう。
ただしその診断が間違っているケースは、ものすごくたくさんあります。(少なくとも患者さんには)水虫に見えるが実際は水虫でない、という疾患は「汗疱(かんぽう)」「掌蹠膿疱(しょうせきのうほう)症」「尋常性乾癬」「接触皮膚炎」など多数あります。これらの病気の詳しい説明はしませんが、水虫でない病気に水虫の薬を使っても、当たり前ですが効きません。
やはり一番いいのは「治療前に正確な診断をつける」ことです。「どうも治らない」と医療機関を受診しても、水虫の薬を診断前に塗ってしまっていると、そのせいで正確な診断がつかなくなってしまうのです。つまり、顕微鏡で検査をして白癬菌が検出できなかった場合に「水虫ではない」のか「本当は水虫だが、中途半端に薬が効いているので菌が検出できない」のかの区別が難しいということです。
また、指の間や爪の水虫を疑い顕微鏡で調べると「水虫ではなくカンジダだった」ということがあります。そして、(これは私の印象ですが)本来は水虫にもカンジダにも効くはずの抗真菌薬が、最近はどちらか片方にしか効かない場合が出ています。同じ「かび」でも、水虫なのかカンジダなのかをしっかりと見極めた上で薬を選択すべきだ、というのが私の考えです。
格闘技選手に多い水虫、犬や猫からうつる水虫
水虫は足(かかと、爪)以外にも発症し、部位によって「股部白癬」「体部白癬」「頭部白癬」などと呼ばれます。
2000年代初頭あたりから注目されているのが格闘技をおこなう人に発症する「トリコフィトン・トンスランス」と呼ばれるかび(白癬菌の一種です)で、頭皮や顔面に発症します。畳やマットへの接触で感染し、集団感染の報告もあります。
ペットから感染するかびもじわじわと増えています。多いのはミクロスポルム・カニスと呼ばれるイヌやネコに感染しているかび(これも白癬菌の一種です)が、人の手に感染するというケースです。
手に湿疹らしき皮疹があれば、治療前にかびの有無を確認するというのがルールではありますが、手の水虫は極めてまれということもあり、医療機関を受診しても「手湿疹」など別の病気と誤診されて、その治療のためのステロイド外用薬が(ときに長期に!)使用されていることもあります。
そして、このケースがやっかいなのは、かびがみつかったからといって、抗真菌薬だけで治療を開始するとたいていは悪化するからです。この場合、ステロイドを一気にやめるのではなく少しずつ量と強度を弱めていき、同時に抗真菌薬を使用します。
最後に「グリーンネイル」に触れておきましょう。ネイルアートなどをきっかけに爪が緑色に変色するグリーンネイルは、細菌の一種の「緑膿菌」が原因なのですが、緑膿菌に効く抗菌薬を使っても通常は改善しません。全例ではありませんが、グリーンネイルが生じている爪の下からカビ(カンジダが多い)が検出されることがあり、この場合はかびの治療(内服薬を使います)を行うと、グリーンネイルが治ることがあります。
計3回にわたってお届けした「身近なかび」。関連するキーワードとして、「ステロイドなど他の薬」「HIV(エイズウイルス)やがんなど他の病気」「ストレス」「睡眠不足」「過重労働」「月経」「性交渉」「汗とシャワー」「ペット」「温泉」「格闘技」「ネイルアート」などを取り上げました。気になることがあれば、ライフスタイルも合わせてかかりつけ医に相談するのがいいでしょう。
注1:2019年2月現在、健康保険が適用される爪白癬用の内服薬は3種ありますが、他の薬との相互作用や副作用に注意しなければならず、気軽に飲めるものではありません。爪白癬用の塗り薬も2種ありますが、薬価が高いうえ、治癒率は高いとはいえません。かかとの場合も、外用では治癒せず通常は内服薬が必要となります。
注2:水虫の簡易診断キットの開発が進められていますが、現時点ではまだ研究段階のようです。これが実用化されて薬局で使えるようになると、少なくとも軽症の水虫であれば医療機関を受診する必要がなくなるでしょう。薬局で診断がつき、その場で薬が買えるからです。ただし、薬局で販売されている水虫の薬は、医療機関のものと比べるとかぶれやすい傾向があります。
谷口恭
太融寺町谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト