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糖尿病だけじゃない 肝臓、腎臓、脳の病気にも期待できる肥満症治療薬谷口恭・谷口医院院長
2024年5月13日
糖尿病に対してのみならず、体重減少にも優れた効果を発揮するGLP-1受容体作動薬は他の疾患や症状も改善させることが期待されています。十分な医学的証拠があるとは言えませんが、過去の連載「『光』もあれば『闇』もある GLP-1ダイエット」で紹介したように、アルコール依存や買い物依存などの依存症を改善させた事例は当院でもあります。また、心不全や脂肪肝、パーキンソン病や、さらにはアルツハイマー病にも有効ではないかとする研究が増えてきています。今回は現時点で発表されている研究を振り返り、GLP-1受容体作動薬の広がる期待について考えてみたいと思います。
脂肪肝の一種に対する効果を示すマウス実験
糖尿病は血液中の糖が適正量を超えた状態です。膵臓(すいぞう)から分泌されるホルモン、インスリンには血糖値を下げる働きがありますが、そのほかにも体内には食物の摂取後、インスリン分泌を促すホルモンであるインクレチンがあります。GLP-1(グルカゴン様ペプチド−1)はインクレチンの一つで、膵臓にあるGLP-1受容体を活性化させることでインスリン分泌を促し、血糖値を上げるホルモンであるグルカゴンの分泌を抑制します。この働きを利用して、薬としてGLP-1受容体に作用して、血糖値を下げるのが、糖尿病治療薬であるGLP-1受容体作動薬です。
このGLP-1受容体作動薬が治療薬として期待できるのが、非アルコール性脂肪肝(Nonalcoholic fatty liver disease)という脂肪肝の一種です。これは文字通りアルコールが原因でない脂肪肝で、頭文字をとって「NAFLD(ナッフルディー)」と呼ばれます。マウスを使った動物実験で、GLP-1受容体作動薬がこのNAFLDに有効であることを示した研究があります。
マウスに脂肪肝を起こさせる食事を与えた後に、GLP-1受容体作動薬の一種であるリラグルチド(商品名ビクトーザ)を与えると、脂肪の一種の蓄積が減少し、炎症が予防され、線維化(脂肪肝が悪化すると線維化と呼ばれる変化が起こります)が抑制されました。GLP-1受容体作動薬で体重減少が進むと、当然脂肪肝は抑制されるでしょうから、結果だけをみると「そんなの当然でしょ」と思いたくなりますが、この研究のポイントは体重減少とは別のメカニズムで「炎症が抑制された」ことにあります。
マウスを使った別の研究でも、GLP-1受容体作動薬が脂肪の炎症を抑制することが示されています(この研究では「エクセンディン-4」と呼ばれるアメリカドクトカゲの睡液腺から単離された物質が使用されています。エクセンディン-4はGLP-1と同様の作用をします)。
規模は大きくないもののGLP-1受容体作動薬が脂肪肝に伴う炎症を抑制することを示したヒトを対象とした研究もあります。対象は日本人で、19人にリラグルチドが投与されました。96週間治療を継続した10人に対し、肝生検を繰り返し実施したところ、6人の被験者は組織学的に炎症が減少していたのです。
繰り返しますが、GLP-1受容体作動薬が脂肪肝における炎症を緩和したという事実は、単に糖尿病が改善した、あるいは体重が減少した結果の脂肪肝改善ではありません。組織学的に「炎症」が軽減したことに大きな意味があるのです。では、肝臓以外の臓器ではどうでしょうか。
腎機能の改善効果も期待
GLP-1受容体作動薬が2型糖尿病患者のアルブミン尿を減らす(=腎臓の機能を改善させる)ことは疫学研究のメタ分析で既に示されています。メタ分析とはこれまでに発表された研究の中から信頼性の高いものを選び出し、それらを総合的に分析した研究のことです。しかし、GLP-1受容体作動薬は糖尿病の薬なのですから、糖尿病が改善すれば糖尿病に伴う腎機能障害が緩和され、その結果アルブミン尿が減少するのは当然のように思われます。
しかし上述の脂肪肝と同様、GLP-1受容体作動薬が直接腎臓の炎症を改善することを示唆する研究が医学誌「The American Journal of Pathology」2020年2月号に発表されました。マウスを使った実験で、GLP-1受容体作動薬(リラグルチド)が組織学的に腎臓の炎症を軽減することが示されたのです。
心筋梗塞、脳卒中のリスク軽減の報告も
心疾患を対象としたメタ分析では、既にGLP-1受容体作動薬が、心血管疾患による死亡、心筋梗塞(こうそく)、脳卒中のリスクを軽減することが示されています。この事実だけなら、やはりGLP-1受容体作動薬が糖尿病を改善させたから、その結果として心血管疾患も減ったのではないかと予想できます。しかし、そうではなく、先に述べた肝臓、腎臓と同じように、GLP-1受容体作動薬(リラグルチド)が心臓の組織の炎症を軽減させることをマウス実験で示した研究があります。
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心疾患について言えば、最近、GLP-1受容体作動薬が2型糖尿病患者の心不全を改善させることを示した比較的大規模な研究結果が発表されました。医学誌「The New England Journal of Medicine」2024年3月28日号に掲載された論文「肥満関連心不全および2型糖尿病患者におけるセマグルチド(Semaglutide in Patients with Obesity-Related Heart Failure and Type 2 Diabetes)」です。対象者は、BMI30以上で2型糖尿病のある心不全患者616人で、一方にはGLP-1受容体作動薬(セマグルチド)が、もう一方には偽薬(プラセボ)が投与されました。結果、GLP-1受容体作動薬が投与されたグループでは心不全のスコアが有意差をもって改善したのです。
パーキンソン病など脳の病気に対しても
2型糖尿病を患うと、何割かは脂肪肝(NAFLD)を合併し、進行すると糖尿病性腎症を発症し、心筋梗塞や心不全を起こしえます。よって、GLP-1受容体作動薬が単に糖尿病を改善するだけでなく、これらの臓器における組織の炎症を抑制することでこれら臓器が保護されるのだとするとそれは非常に有益です。では、糖尿病とは直接関係のなさそうな脳についてはどうでしょうか。
「GLP-1受容体作動薬がパーキンソン病に伴う運動能力を改善させた」という研究が医学誌「The LANCET」に2017年に掲載されています。この研究の対象者は62人で、二つのグループに分けられ一方にはGLP-1受容体作動薬のエクセナチド(商品名は「バイエッタ」)、もう一方にはプラセボが投与されました。結果、GLP-1受容体作動薬投与グループでは運動能力が有意差を持って改善したのです。また、最近、医学誌「The New England Journal of Medicine」にも似たような研究結果が発表されました。こちらは対象者が合計156人で、一方にはGLP-1受容体作動薬のリキシセナチド(商品名リキスミア)、もう一方にはプラセボが投与されました。結果、やはりGLP-1受容体作動薬投与グループでは早期パーキンソン病の進行が抑制されたのです。
脳内のGLP-1受容体に働きかけている可能性も
ところで、GLP-1受容体作動薬を摂取すると食欲が低下するのはなぜなのでしょうか。GLP-1受容体作動薬は消化管に作用します。すると、血糖値を下げるインスリンや血糖値を上げるグルカゴンといった消化に関するホルモンの値が変動します。それが脳に作用して、食欲中枢や満腹中枢に作用すると考えられます。つまり、GLP-1受容体作動薬は直接脳に作用しなくても消化管ホルモンを介して食欲を抑制できるわけです。しかし、パーキンソン病を改善させるとなると、GLP-1受容体作動薬が脳に直接作用している可能性が出てきます。
科学誌「Nature」が興味深い考察をしています。まず、「GLP-1受容体」は脳内に豊富に存在していることが分かっています。GLP-1受容体作動薬はGLP-1受容体に結合することで。初めて“力”を発揮します。しかし、GLP-1受容体作動薬が脳内に入っていけなければ、脳内のGLP-1受容体が“待っていた”としても“思い”を届けられません。一般に、血液中の物質が脳内に侵入するにはガードの高い「血液脳関門」を通らなければなりません。
上記Natureによると、研究チームがマウスの脳内のGLP-1受容体をブロックしたところ、GLP-1受容体作動薬を投与しても各臓器の炎症を軽減できなくなることが分かりました。これは、GLP-1受容体作動薬の一部は脳に直接作用し、脳内のGLP-1受容体に結合できることを示しています。つまり、GLP-1受容体作動薬は単に血糖値を下げたり、消化管ホルモンを変動させたりするだけでなく、直接脳に作用して炎症を軽減する可能性が高いのです。実は、パーキンソン病の病態は、最近では「脳内の炎症」にあるのではないかという意見が強くなってきています。
アルツハイマー病に対する研究も
期待できることはまだあります。最近ではアルツハイマー病もパーキンソン病と同じように「脳内の炎症」に起因しているのではないかという考えが次第に有力視されてきています。それが正しければ、GLP-1受容体作動薬は認知症の予防や治療に使える可能性が出てきます。実際、それを検証する研究も始まっていると聞きます。また、先述したように過去の連載で述べた「依存症に有効」のメカニズムも明らかになるかもしれません。なぜなら依存症を患う一部の人はうつ病を合併していて、うつ病も脳の炎症が原因だという意見があるからです。
もちろん、「GLP-1受容体作動薬の投与→脳を含む各臓器の炎症がやわらぐ→いろんな病気の予防・治療になる」と決めつけるのは時期尚早ですし、今後GLP-1受容体作動薬の副作用にも十分な注意が必要です。それに、現時点ではGLP-1受容体作動薬の投与対象は2型糖尿病のみという点にも注意が必要です(ウゴービは肥満症に適応されますが最大で68週までに限定されます)。過剰な期待は禁物ですが、それでもGLP-1受容体作動薬は、非常に幅広く使えるかもしれない、現在最も世界で注目されている薬であるとは言えるでしょう。
写真はゲッティ
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。