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ワンちゃんと一緒にいると癒やされるのはなぜ? ストレスを減らし、認知症を防ぐ体のヒミツ米井嘉一・同志社大学教授
2024年5月18日
食うか食われるか、厳しい自然の中で生き抜く動物たちにとって、老化は死に直結します。老化による体力の衰えを乗り越えて、新たな生きる意義を見いだし、老後の暮らしを始めたのはヒトでした。
そして、めざましい医学・獣医学の進歩は、私たちにペットたちとの楽しい時間を、以前よりも長く提供してくれました。ペットたちの老後の暮らしが始まったのです。地球の歴史を見ても画期的な出来事です。
私は2006年に「愛犬を元気で長生きさせる育て方 ―ワンちゃんのためのアンチエイジング」(PHP研究所)という本を執筆しました。今回は趣向を変えて、「ワンちゃんとアンチエイジング」をテーマにしてみたいと思います。
私たちの健康にどのような効果が期待できるか考えてみましょう。
「幸せホルモン」が分泌
ワンちゃんとヒトとの良好な関係は、お互いの幸福感を高め、日々の生活を喜びに満ちたものにしてくれるのです。ストレスが軽くなり、癒やされた気分になるのは、多くの人が経験することです。
このこと自体は問題ないのですが、その仕組みを説明するのに「幸せホルモン」とか「愛情ホルモン」と呼ばれるオキシトシンを登場させて、誤解が生じることが問題です。
ワンちゃんと見つめ合い、ハグすると、脳内でオキシトシンが分泌するのは本当です。脳内のオキシトシンの分泌量を測定するのは大変な作業なので、代わりに唾液中のオキシトシン濃度を測定するのが一般的です。
私たちの研究室でも、心身のストレスが緩和した時に唾液中のオキシトシンがどのように変化するかを調べたことがあります。すると、唾液中のオキシトシン濃度は、体の水分量、測定時刻の影響を受け、個人差が大きいため、他人との比較は難しいことがわかりました。
こうした条件をできるだけそろえて、ストレスが強めの人の唾液中のオキシトシン濃度を調べてみたところ、癒やし効果によってストレスが緩和された場合、オキシトシン濃度が低下しました。オキトシンには「抗ストレス作用」があるため、慢性的にストレスがあると代償的に分泌を亢進(こうしん)し、体を守ろうとする働きがあります。ストレスがなくなれば、オキシトシンの役目が不要になり、分泌が低下するわけです。
さて、オキシトシンが本領を発揮するのはここからです。
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オキシトシンの分泌が刺激されるのは、「触刺激」「視覚刺激」「音刺激」「嗅覚刺激」です。赤ちゃんを例にとると、授乳時に乳首への触刺激、見つめ合いや笑顔をながめた時の視覚刺激、笑い声や泣き声による音刺激、乳児の甘いにおい刺激は、オキシトシンの分泌を強力に促します。
赤ちゃんをワンちゃんに代えてもオキシトシンの分泌は生じます。そうすれば、ワンちゃんも飼い主も、ともに愛情深くなってゆくことでしょう。
注意してほしいことは、ストレスを放置しないことです。慢性的なストレスの負荷がある状態では、すでに代償的なオキシトシン分泌が起きているので、良い刺激があってもオキシトシン分泌が得られないからです。
いっしょに歩こう!
歩くことはヒトにとっても、ワンちゃんにとっても、健康を維持するための基本運動です。運動が不足すると「外に出して!」「私をお散歩に連れて行って!」とワンちゃんは懸命にアピールします。それは本能と言っても良いでしょう。一方、ヒトはというと運動不足になっても運動欲は表れません。だんだんと怠け者になって、体力は衰え、出無精になっていきます。まるで本能が失われてしまったかのようです。
私たちの研究室では、きっかけがないと歩かない人たちを対象に、なるべく歩いてもらえるような活動を行っています。それが京都市下京区有隣地区で行っている活動です。08年から「歩歩塾(ぽっぽじゅく)」として始まり、14年に「健法塾」に改名し、現在も続いています(記事「ウオーキングで驚くほど改善『糖化ストレス』」参照)。
私たちの課題は、どうすれば皆さんに歩行運動を長い期間続けてもらえるかです。参加者には歩数計を渡して、学生たちが蓄積データを毎月もらいに行きました。参加者は高齢者が多かったので、自分たちの孫のような年齢の学生たちの訪問には大変好意的だったようです。学生たちに「良いところ」を見せようと皆さん張り切っていました。「ひとりではありませんよ」「私たちがちゃんと見ていますよ」と、学生たちが良い意味のプレッシャーをかけたのだと思います。これが活動を促す大きな刺激になり、15年以上も長続きすることにつながったのだと推測しています。
孫のような学生がなくても、ワンちゃんがいます。ぜひともお散歩に連れていってあげてください。ワンちゃんがノビをしていたら、一緒にストレッチ運動をしましょう。
健法塾の参加者たちは本当に元気ですよ。1日当たりの歩数平均は同世代の約2倍です。新型コロナウイルス感染症が流行し始めても歩行運動を続け、最初の1年は一人もコロナ発症しませんでした。今年度は、病気に対して公的医療費がいくらかかったか調べています。半数以上から回答をもらいましたが、医療費の支出は同年代の半分程度の方が多いです。
たばこのにおいは「苦手」
たばこが健康に悪いのはワンちゃんもヒトも同じです。飼い主の副流煙はワンちゃんに大きく影響します。たばこの煙に含まれるニコチンやタールはフリーラジカル(細胞や遺伝子を損傷させる分子)の原因になるばかりでなく、血管を収縮させ、動脈硬化を促進し、結局皮膚の血流を低下させてしまいます。さらに、たばこの煙にはホルムアルデヒドをはじめとするアルデヒド類が多く含まれており、遺伝子を損傷し、老化を早める「糖化ストレス」の原因となります(記事「老化を早める『糖化ストレス』防ぐポイントは?」参照)。その結果、がんのリスクが増えてしまうのです。
嗅覚が発達したワンちゃんの場合、たばこの煙は嗅覚に大きなダメージを与えます。ワンちゃんは鼻が命です。嗅覚の衰えたワンちゃんは生きるための武器を失い、自信を失い、プライドも相当傷ついてしまいます。自分の縄張りも分からず、ライバルや恋人のにおいも識別できなくなると、生きる意欲にも影響します。
ワンちゃんの気持ちを察して、禁煙してみませんか。
集中力が向上、睡眠も改善
動物介在療法は、ワンちゃんをはじめ伴侶となる動物の力を借りてヒトの精神的、あるいは肉体的な健康状態を向上させるために実施される補完医療の一種です。英語名称はAnimal-assisted therapy(AAT)なので「アニマルセラピー」とも呼ばれています。病院や老健施設、養護施設、学校で、医師、理学療法士、作業療法士、臨床心理士、看護師、スポーツトレーナーなどの専門家の助言と協力のもとに実施されています。
動物介在療法をめぐっては、認知症に対する有用性が注目されています。岡山大学医学部保健学科の沖中由美准教授らが日本での成績を分析した結果、「感情表現の豊かさ」「情緒の安定性」「集中力の向上」「睡眠・覚醒状態の改善」「活動性の向上」「社会的交流の増加」「興味や関心の増加」「認知機能への影響」といっ項目に改善傾向が見られ、動物介在療法が認知症に対して良い影響を与えるのではないかと報告しています(*)。
ワンちゃんを飼っている老健施設でも、利用者さんから好評のようです。ワンちゃんとのふれあいが新たな生きがいになっているのだと思います。
ワンちゃんたちはもう離れられない家族の一員ですね。ずっとずっと一緒に、楽しく暮らしたいものです。
参考文献
*:認知症高齢者に対する動物介在療法の有用性に関する検討 ホスピスケアと在宅ケア31(1):3-16,2023
写真はゲッティ
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よねい・よしかず 1958年東京生まれ。慶応義塾大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科内科学専攻博士課程修了後、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校留学。89年に帰国し、日本鋼管病院(川崎市)内科、人間ドック脳ドック室部長などを歴任。2005年、日本初の抗加齢医学の研究講座、同志社大学アンチエイジングリサーチセンター教授に就任。08年から同大学大学院生命医科学研究科教授を兼任。日本抗加齢医学会理事、日本人間ドック学会評議員。医師として患者さんに「歳ですから仕方がないですね」という言葉を口にしたくない、という思いから、老化のメカニズムとその診断・治療法の研究を始める。現在は抗加齢医学研究の第一人者として、研究活動に従事しながら、研究成果を世界に発信している。最近の研究テーマは老化の危険因子と糖化ストレス。