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厚生労働省は何をしている 日本人の大半が不足しているビタミンD谷口恭・谷口医院院長
2024年5月20日
過去のコラム「『紅麹』小林製薬だけが悪いのか 本当に『罪』を問われるべき存在は」で述べたように、当院開院以来、サプリメントや健康食品に関する相談が少なくありません。興味深いことに、時代の流れとともに相談内容が変わってきています00年代に多かったプロポリス、アガリクスなどはいつの間にか聞かなくなり、最近では「抗老化」で注目されているサプリメント「ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)」に関する質問が急増しています。10年代半ばから相談を受ける機会がコンスタントに増え続けているのがビタミンDです。ビタミンDはコロナ禍でも注目され、最近ではビタミンD欠乏がワクチン後遺症のリスクになるのではないかといううわさがまことしやかに広がっています。ビタミンDが複雑な理由は、日本人の大半が摂取できておらず、それを調べる方法が確立していないこと、そして推奨される摂取方法が曖昧なことです。今回はこれらを明らかにし、あるべきビタミンDの摂取について述べます。
男性で8割、女性で9割が基準値下回る
まず最も重要な事実を述べましょう。現在の日本人の大半はビタミンDの摂取量が足りていません。自分はバランスよく食事を取っているから足りていないはずがない、と考える人がいれば一度調べてみてください。なぜここまで強く断言できるかというと、既に日本人の7~9割はビタミンDが不足しているというデータがあるからです。医学誌「Osteoporosis International」の13年に日本人を対象とした血中ビタミンD濃度を調査した研究が公開されています。この研究によると、日本人の男性の70~85%、女性では約90%がビタミンDの血中濃度が基準を下回っています。私自身もこの論文を初めて読んだときには驚き、当院の職員健診の際に(職員全員が希望することもあり)全員のビタミンD濃度を実施し、その後もほぼ毎年測定しています。その結果、私も含めて(ビタミンDのサプリメントを飲んでいない限り)全員が毎回基準値に足りていません。
日本人男女のビタミンD欠乏およびビタミンD不足の人の割合
編集部注:引用論文においては、国際骨粗鬆(そしょう)症財団の推奨に基づき、血清ビタミンD濃度 (血中濃度)10 ng/mL未満をビタミンD欠乏、10ng/mL以上30ng/mL未満をビタミンD不足と定義した(正常値は30 ng/mL以上)。なお現在、日本骨代謝学会では血中のビタミンD濃度20ng/mL未満を欠乏、20ng/mL以上30ng/mL未満を不足(30ng/mL以上を充足状態)としている。
日本人の大半が基準値を下回っているのですから、本来なら国や公衆衛生学者はビタミンD摂取の重要性を強調し、どのようにして不足分を補うべきなのかを説明すべきです。では、なぜそういった声をそれほど聞かないのでしょうか。その理由のひとつは、ビタミンDの摂取量が少ないことがはっきりしてきてからあまり月日がたっていないことにあります。
「国民健康・栄養調査」に記載されている「平均栄養所要量」を見ると、01年では必要なビタミンDの量が男性2.9μg/日、女性3.0μg/日となっています。05年以降は「日本人の食事摂取基準」が5年ごとに策定されるようになり、栄養素別に1日あたりの摂取の目安量が公表されています。05年版では男女ともに15歳以上は5.0μg/日、15年版では男女とも18歳以上は5.5μg/日と変更され、20年版では一気に男女とも18歳以上は8.5μg/日に引き上げられました。一方、実際の摂取量は19年の報告では男性7.4μg/日、女性6.4μg/日しかなく、特に女性では大きく不足していることがよく分かります。
約20年で食事からの摂取基準が男女とも倍近くに増えたわけですから、国民の大半が摂取不足に陥るのも無理はありません。こうなると、2000年代前半には血中濃度が十分保てていたのかどうかが気になるところですが、残念ながら(私の調べた範囲では)それらを検討したデータが見当たりませんでした。しかし、いずれにしても現在の日本人の血中濃度が不足しているのは事実ですから工夫して摂取するしかありません。
摂取についての態度がよくわからない厚労省
この点について厚労省はどのように考えているのでしょうか。同省のサイトにビタミンDに関する「海外の情報」のページがあり「充分にビタミンDは摂取できていますか?」というQ&Aがあります。「ビタミンDが欠乏しているアメリカ人はいますが、過多のアメリカ人はほとんどいません」と米国人のことが書かれているのですが、日本人については触れられておらず、また同省の他のサイトをみても日本人のビタミンD摂取についてはっきりと言及されている文書が見当たりません。「海外の情報」のページに「どんなビタミンDサプリメントが市販されていますか?」という設問が載せられていますが、サプリメント摂取の是非については書かれていません。日本人は摂取ができているのかどうか、できていないとすればサプリメントを用いるべきなのかなどにについて、厚労省が指標を示すべきだと私は思いますが、国に文句を言っても始まりません。「自分の身は自分で守る」は私が一貫して言い続けている原則です。
編集部注:厚労省に見解を取材した。同省によると、食事からのビタミンD摂取について日本人の必要量については十分な科学的根拠が集まっていないため、海外の知見などを参考にして「日本人の食事摂取基準」に「目安量」を記載している、という。令和元(2019)年の「国民健康・栄養報告」によると1日あたりのビタミンD 摂取量は中央値 3.4μg(総数)。15年版の「日本人の食事摂取基準」のビタミンDの目安量(男女とも18歳以上は5.5μg/日)に比べて少ない。同省の担当者に見解を尋ねたところ「数字は低いが、ビタミンD の必要量については十分な科学的根拠が集まっておらず、目安量より少なくても十分な可能性もある。不足とは言えない。厚労省ではバランスのとれた食事を呼び掛けるなど必要な施策をとっている」と説明した。
では、ビタミンDはどのように摂取すればいいのでしょう。真っ先に検討すべきは食事ですが、多くの人は限界があります。実は私自身が初めて自分のビタミンD濃度を測るとき、まあまあ自信がありました。ビタミンDが豊富に含まれているとされる食品、例えばサーモンやキノコ類などを私は日ごろから積極的に取っていると思っていたからです。ところが採血結果は惨憺(さんたん)たるものでした。では、日光浴でビタミンDを生成する方法はどうでしょうか。残念ながらこれにも限界があります。そもそも中年期以降では日光からのビタミンD合成にはそう期待できませんし、紫外線暴露には有害性もあります。結局のところ、大勢の人にとって現実的な対処法はサプリメントということになります。
サプリメントで補うのにも難しい問題が
しかし、私の場合は不足していたとはいえ、ビタミンDが十分に取れている人がサプリメントを摂取すれば過剰摂取となり、腎機能障害や高カルシウム血症などのリスクが出てきます。ならば「摂取前に血中濃度を測定すればいい」と考えられますが、これが簡単ではありません。なぜなら、通常、市民健診や企業の健診ではビタミンDが項目に含まれていないからです。また、健康な人に保険診療でビタミンDの血中濃度を調べることはできません。自費でなら調べられますが、ビタミンDの検査費用は決して安くありません。その安くない費用で検査をして血中濃度が低いことが分かり、サプリメント摂取を始めたとしましょう。次にすべきはサプリメントで血中濃度が適正に保たれているかどうかを知ることですが、血液検査には再び費用がかかります。
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ところで、ビタミンDはサプリメント以外にも処方薬がないわけではありません。例えば骨粗しょう症がある人は保険診療でビタミンDを処方してもらえますし、処方前に保険診療で血中濃度を調べることもできます。しかし、ここにも落とし穴があります。保険診療で処方できるのは「活性型ビタミンD(1,25-(OH)2ビタミンD)」と呼ばれる薬剤で純粋なビタミンD(25OHビタミンD)とは異なります。そして、活性型ビタミンDを摂取しても血中ビタミンDの濃度は上昇しません(活性型ビタミンDは食事やサプリメントから摂取されたビタミンDが体内で水酸化されてつくられる物質です)。代わりに活性型ビタミンDの濃度が上がるのです。では、活性型ビタミンDを使用している人は保険診療で(ビタミンDではなく)活性型ビタミンDの濃度を計測すればいいかというとそうではありません。保険診療で活性型ビタミンDの測定ができるのは「慢性腎不全、特発性副甲状腺機能低下症、偽性副甲状腺機能低下症、ビタミンD依存症I型もしくは低リン血症性ビタミンD抵抗性くる病がある場合のみ」と定められていて、単なる骨粗しょう症の場合は保険診療で調べられないのです。少々値段が高くても自費診療で調べればいいではないかという要望を聞くことがありますが、これは「混合診療」となり禁止されています。
結局のところ、現行のルールでは、国民の7~9割が不足しているビタミンDをサプリメントや薬剤から摂取して適正血中濃度を調べようとすると次のようになってしまうのです。
〇健康な人:自費で血中ビタミンD濃度を測定し、必要ならサプリメントを摂取。適正量を維持できているかどうかを知る検査も自費
〇骨粗しょう症がある人:活性型ビタミンDの処方が保険診療で可能。内服開始前のビタミンD血中濃度の検査も保険診療でできる。しかし、内服開始後の活性型ビタミンDの血中濃度は保険診療で調べられない。自費で調べると「混合診療」になり、本来保険診療で受けられる診察代や薬代まで自費になってしまう
〇慢性腎不全、特発性副甲状腺機能低下症、偽性副甲状腺機能低下症、ビタミンD依存症I型もしくは低リン血症性ビタミンD抵抗性くる病のいずれかがある人:保険診療で活性型ビタミンDの処方、及び血中活性型ビタミンD濃度の測定が可能
コロナ予防になるかどうかは依然不明
ところで、コロナ禍以降にうわさされている「ビタミンDがコロナの予防になる」あるいは「ワクチン後遺症の予防になる」の真偽はどうなのでしょうか。24年3月の時点で、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(大阪府茨木市)は「ビタミンDが新型コロナウイルス感染症に対して効果があるようにうたう宣伝が見受けられますが、現時点ではそのような効果は確認されていません」と断言しています。しかし、米国立衛生研究所(NIH)は2023年12月の時点で「ビタミンDは自然免疫と獲得免疫の反応を調節する可能性があり、これらにより新型コロナウイルス感染を予防したり、重症度を軽減したりする可能性があると考えられています」という見解を発表しています(ワクチン後遺症に関する記述はありません)。
ビタミンDは丈夫な骨及び正常の免疫能を維持するのに必要であることは間違いなく、日本人の7~9割が不足しています。ならば、「検査の費用をどうするのだ」という問題は残りますが、サプリメントでの摂取を積極的に検討すべきではないでしょうか。新型コロナウイルス感染やワクチン後遺症の予防にも、国は否定しているようですが、期待するくらいはかまわないでしょう。摂取過剰には注意しなければなりませんが。
写真はゲッティ
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。