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「終のすみか」としての施設とは? 自分らしく最後まで暮らすために、知っておきたいこと中澤まゆみ・ノンフィクションライター
2024年5月21日
コロナ禍以降、「自宅で最期を迎えたい」と願う人が増えています。しかし、家族の負担増、認知症の悪化、資金難などさまざまな理由で、それがかなわないことは少なくありません。単身世帯が増え、子どもも親も共に老いる「人生100年時代」では、人間らしい暮らしを最後まで支えてくれる施設は、ますます必要とされています。高齢者施設の認証・評価などを行う民間機関「公益財団法人Uビジョン研究所」の本間郁子理事長は、「終(つい)のすみか」として施設を考える人には、きちんと認知症ケアとみとるケアをして、「その人らしく、人間らしく、最期まで暮らせるところ」を選ぶ目を持ってほしい、といいます。
基本のチェックポイントは、
・運営理念
・情報公開のあり方
・施設の環境
・職員体制とその態度
・入居者の様子
などです。「認知症の人への支援体制」については、見学時にある程度、実際に見ることができますし、「みとり支援体制」については、ここ3年間、施設でみとった人が何人いたか、どのような支援をしたかを、施設長など管理者に聞いてみるといいでしょう。
本間郁子さん=筆者撮影
本間さんが「市民にもっと知ってほしい」と語るのが、特別養護老人ホーム(特養)の重要性です。
「特養は高齢期のセーフティーネットとしてつくられた、国民の税金で運営されている施設。『できる限り在宅復帰することを念頭にサービスを提供する』と定義されていますが、実際にはみとり対応をする“終のすみか”として利用されています。だからこそ、現状について知り、特養のあり方を考えてほしいのです」
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特養をもっと知ろう
特養に入居できるのは、原則的に65歳以上で要介護3以上の人です。例外は40~64歳で特定疾病が認められた要介護3以上の人と、特例で入居が認められた要介護1~2の人です。医療ケア(常時経管栄養、胃ろう、インスリン、バルーン装置、たんの吸引など)が必要な人は、施設によっては入居できないことがあり、3カ月以上入院した場合は、原則退去となります。ただ、調べてみると、実はそれ以上の要件はありません。
「特養の原資は、国民のお金。50%は税金、40%は40歳以上が払っている介護保険料、10%が利用者の負担(所得に応じた利用料)です。どんな人にとっても受け皿になりうる施設ですが、正しい情報が伝わっていません。たとえば、特養は身元保証人がいなくても入ることができますが、そのことをどれだけの市民が知っているでしょうか?」と、本間さんは指摘します。
単身の高齢者が医療や介護を受ける場合、大きな問題になるのは「身元保証人」です。厚生労働省は身元保証人がいないことを理由に入院や入所を拒むことがないよう、病院や介護施設などに求めていますが、実際には「身元保証」がない人は入退院や転院、施設入所が「制約されている」と答えている病院や施設が9割超あるとのデータ(https://www.tokyo-msw.com/pdf/yd/mimotohosho-hokokusho-202308.pdf)もあります。
「さらに特養では、どんな経済状態の人でも入居を拒まれることはありません。また、暴力などを理由に退去を要請されることもありますが、それらが施設の都合であってはいけません。これらは特養のメリットなので、知っておいてほしいと思います」
かつては待機者が多く入居が難しいといわれてきた特養ですが、15年度に入居条件が要介護3以上になったことで、待機事情も少しずつ変わってきました。本間さんによると、年によって多少の変動はありますが、特養では定員の25~30%が毎年退去しています。ということは100人定員の施設では3年間で100人が新規で入居できる、ということになります。
長く待たずに入居できる施設が増えてきたことに加え、複数に申し込みをしているケースや、待機者が他の施設にすでに入居している場合もあります。数字だけを見ずに直接、施設に様子を聞くのが最もいい方法だと、本間さんは助言します。資金の余裕のある人は、利用料の高い個室ユニット型を中心に探してみるのも、一つの方法かもしれません。
「家族の目」がない中で、虐待を防ぐには
前回のコラムでもご紹介しましたが、同研究所は22年9月から23年12月まで報道された特養での虐待事案(27件)を分析し、3月に報告書「認証・評価機関から見た特別養護老人ホームの虐待事案における発生要因の分析と対策・考察」を出しました。虐待の原因は、
①人材不足
②安全優先の考え方
③教育体制
④組織体制のあり方
⑤監査の実施体制が整っていない
ことの五つだといいます。
「今回、この報告書を出したのは、単身、つまり、家族の目がない高齢者や認知症の人が、これから特養でますます増えてくるからです」と、本間さん。
「厚労省が全国の自治体を通じて毎年調べている虐待調査では、年々虐待件数が増えていますが、20年度だけは減っています。これは新型コロナ下で家族の訪問が減り、家族からの虐待に対する相談や通報が減ったということです。つまり、外部からの目が減ると通報が減るので、虐待件数も減る。これはとても怖いことだと思いました」
コロナ下でなくとも、訪れる家族のいない入居者の認知症が重症化したり、みとりの時期が近づいてきたりすると、入居者は自分の置かれている状況や意思を伝えにくくなります。外から中が見えにくくなった状態で、誰がその質を担保するのか。単身者が増える介護施設では、そうした視点がさらに必要になると本間さんは指摘します。
施設は相談と検討ができる体制を
虐待の多くが起こるのは、他の職員の目のない夜間の時間帯で、最も多いのは身体的虐待です。
「虐待を起こした職員には、共通項があります。要求の強い利用者の対応に困っていたり、自分の対応が適切なのかという不安を持っていたり、やるべきことが多すぎてニーズに対応できなかったり、それらを相談できなかったりした人です。施設自体の問題も少なくありません。いつ、どんなところで、どんな問題が起こるかわからないのが介護です。入居者の心理も複雑で、その日の体調や気分で、職員がすべきケアの内容も変わっていきます。そのため、相談と検討が常にできる体制と、現場での学び、特に若い世代への教育が必要とされていますが、それがないところでは虐待は起こりやすいと言えます」
寝たきりの80代の義母が骨折したという男性が、義母の入所施設から受け取った事故報告書。骨折の原因は判明しなかった(画像の一部を加工しています)=さいたま市浦和区の毎日新聞さいたま支局で2020年3月18日午後11時24分、中川友希撮影
施設の行き過ぎた「安全優先」の考え方が職員を萎縮させ、その緊張が虐待につながることもあります。家族からの訴訟を恐れて苦情に過剰に反応し、入居者全員を全裸や下着姿にして毎晩写真を撮り、チェックしていた施設もありました。
「医療が中心となる病院と違って、日々の生活の場である高齢者施設では、利用者が自由に動けることが大切なので、ある程度の事故は起こりえます」と、本間さんはいいます。高齢者はちょっとぶつけただけでも内出血しやすく、特に血液をサラサラにする薬を飲んでいると、内出血が起こりやすくなります。
「歩行が不安定な人がちょっと目を離したすきにぶつかったり、転倒したりすることもあります。施設はそうしたことを前もって家族に説明して信頼関係を築き、事故が起こったときはその対処と誠意をもって説明することが、虐待防止にも役立ちます」
特養の意義
本間さんによると、特養には日常生活自立ランクⅡ(日常生活に支障をきたす症状や行動、意思疎通の問題が多少見られる)以上の認知症の人が75.3%、みとりを受けて退去する人が67.5%います。
「この数字を見ても、いま、特養に最も求められているサービスは、認知症ケアとみとりケアだということが明白です。そして、この二つのケアで大切なのが人手とスキルです。しかし、人材は慢性的に不足し、厳しい人員配置体制の中で職員は仕事に追われています。核家族で育った20代、30代の若い職員は、人が“老いる”ということもなかなか理解できません。虐待を防止するためにも、施設側は人材確保と人材育成を一体で考えることが必要ですが、それが実際には十分に行われていません」
本間さんは訴えます。
「特養は市民の社会資源だからこそ、内部から自浄作業すると同時に、外部による監査体制や評価体制を整えて“見える化”し、市民の願いに応えるよう、国や自治体に働きかけていく必要があります。今後、家族関係の希薄な単身世帯はますます増えてくるでしょう。人生最後の場所としての特養の存在意義も大きくなってきます。“知る”ことは市民の権利です。市民がそうした視点を持つことで、施設も良くなっていくのだと思います」
特記のない写真はゲッティ
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なかざわ・まゆみ 1949年長野県生まれ。雑誌編集者を経てライターに。人物インタビュー、ルポルタージュを書くかたわら、アジア、アフリカ、アメリカに取材。「ユリ―日系二世 NYハーレムに生きる」(文芸春秋)などを出版。その後、自らの介護体験を契機に医療・介護・福祉・高齢者問題にテーマを移す。全国で講演活動を続けるほか、東京都世田谷区でシンポジウムや講座を開催。住民を含めた多職種連携のケアコミュニティ「せたカフェ」主宰。近著に『おひとりさまでも最期まで在宅』『人生100年時代の医療・介護サバイバル』(いずれも築地書館)、共著『認知症に備える』(自由国民社)など。