がんによくある誤解と迷信フォロー
あなたは無駄なオプションをつけていませんか 腫瘍マーカーによる検診勝俣範之・日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
2024年5月25日
治療によって腫瘍マーカーの値が急降下した様子を示すグラフを見つめる患者=河内敏康撮影
「人間ドックのオプション検査で腫瘍マーカー検査を受けたら、CEA、SLXの値が高く、がんの疑いがあると言われました。あわてて、病院で内視鏡検査、コンピューター断層撮影(CT)、陽電子放射断層撮影(PET)検査など精密検査をしたのですが、がんは見つかりませんでした。病院の担当医からは、様子をみるしかないと言われ、今後、どうしたらよいのか途方にくれています」
先日このような相談を50代の男性から受けました。腫瘍マーカー検査をがん検診のオプションとして提供している人間ドックや検診の業者はたくさんいます。また、住民検診に取り入れている地方自治体もあります。採血による腫瘍マーカー検査は実際にどれくらい有効なのでしょうか。(医師主導ウェブサイト「Lumedia(ルメディア)」のスーパーバイザー、勝俣範之・日本医科大武蔵小杉病院教授の原稿を北里大学医学部付属新世紀医療開発センターの佐々木治一郎教授がレビューした上で掲載します)
約40種類ある腫瘍マーカー
腫瘍マーカー検査とは、血液中に存在する腫瘍(がん)に関連した物質を測り、がんの診断や治療効果の判定に使う検査です。
患者から採取したがん組織(細胞)の中の物質を調べてがんを診断するのはバイオマーカー検査と呼ばれ、広義では腫瘍マーカー検査にあたりますが、ここでは血液中の腫瘍マーカーとそれを使った腫瘍マーカー検査についてお話したいと思います。
現在、検査に利用されている腫瘍マーカーはざっと40種類以上にも上ります。表に、医療現場でよく使われる主な腫瘍マーカーを示します。
腫瘍マーカーは採血で簡単に検査ができますが、あくまでも補助的にがんの診断に用いられるもの、とまず理解してください。つまり腫瘍マーカーの検査結果だけで、がんの有無は診断できません。
腫瘍マーカー検査の問題点に偽陽性、偽陰性があります。偽陽性とはがんでないのに、陽性(高値)が出て、がんと判定されてしまうこと、偽陰性は反対にがんなのに陰性(低値)が出てがんではないと判定されてしまうことを言います。
冒頭の男性が高値だった腫瘍マーカーの一つ、CEAはがん胎児性抗原(carcinoembryonic antigen)といって、消化器がんなどで陽性(高値)になることが多いのですが、胃炎、消化性潰瘍、憩室、肝疾患、慢性呼吸不全などのがん以外の病気や、喫煙の影響でも陽性になることが報告されています(注1)。またSLX(シアリルLex-i抗原)という腫瘍マーカーは、肺がんや大腸がんなどで陽性になることが知られていますが、肺線維症、気管支拡張症、重症の肺結核など呼吸器系の慢性疾患で陽性になることが知られています(注2、3)。
腫瘍マーカー検査には限界があり、検査の値が高いからといって、それだけでがんとすぐに診断できるものではありません。
がん検診に有用な腫瘍マーカーはない
では、がんの早期発見、早期治療のために一般市民が受けるがん検診で、推奨できる腫瘍マーカー検査はあるのでしょうか? 「不要ながん検診を知っていますか」でも解説しましたが、がん検診の目的は、検診を受けた対象(一般市民)のがんの死亡率の低下です。がん検診の有効性を示すためには、単に診断率(発見率)を向上させるだけではいけません。最終的に、検診を受けた人たちのがん死亡率を減少させられなければ、そのがん検診が有効であったとは言えないのです。
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人間ドックなどがオプション検査として、一般市民向けに提供している腫瘍マーカー検査で、実際にがん死亡率低下を示した科学的研究や文献は現時点で存在しません(注4、5)。「無駄な医療」を避けようと活動する、総合診療医の専門家が作成した無駄な医療(注6、7)の項目の中にも、「健康で無症状の人々に対して血清CEAなどの腫瘍マーカー検査によるがん検診を推奨しない」が示されています。
また腫瘍マーカー検査の感度は一般的に低い(すなわち見逃し<偽陰性>が多い)ので、陰性になったからといって、「がんがない」という安心材料につながるわけでもありません。また、偽陽性に関しては、前述したようにがんでないものもひっかかってしまうため、不要かつ過剰な検査をしてしまうというデメリットにもなります。不要な検査を受けると、体へのダメージになるだけでなく、余計な費用を払うことになります。
実際に腫瘍マーカー検査ががん検診として有効なのかどうかを調べた、海外の研究を以下に紹介しましょう。
一つは、卵巣がんの補助診断に使うCA125という腫瘍マーカーです。最も大規模な研究は、米国で行われたPLCOと呼ばれる研究です(注8)。
55~74歳の7万8216人の一般女性をランダムに二つのグループに分け、一方を年に1度、CA125の採血と経膣(けいちつ)超音波検査を行う検診群、もう一方を非検診群として、長期予後を比較しました。その結果、卵巣がんと診断された人数は検診群の方がやや多い212人、非検診群では176人でしたが、統計学的有意差はありませんでした(こういう研究では、一定の誤差が想定されるため、本当に一方が多いと言えるかどうか、統計学的に検証します)。
また卵巣がんによる死亡数は、検診群118人、非検診群100人と、検診群の方が逆にやや多い結果となりました(統計学的有意差はなし)。検診群では8.4%(3285人)に偽陽性がありました。
このように、CA125を使った一般市民のがん検診は早期発見の点に関しても、死亡率低下に関してもメリットを見いだせなかったのです。
男性であれば、前立腺がんを早期発見するための前立腺特異抗原(PSA)検診について一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。PSA検診について、医学界では長年議論が続いています。年に1度のPSA検診によって死亡率をさせた、という欧州の報告(注9)と、死亡率を減少させなかったという米国の報告(注10)という、相反する結果が出ていました。
前立腺がんはゆっくりと進行するものが多く、また、治療効果も表れやすいため、必ずしも早期発見、早期治療が長期的な死亡率の減少という結果と結びつかないのだと思います。72万1718人のデータを使用した五つのランダム化比較研究のメタアナリシス(統合解析)の結果(注11)は、PSAによる検診は、全死亡率に影響せず、前立腺がんによる死亡率をわずかに改善したという結果でした。「わずかに」とは、10年間PSA検診を受けると、1000人あたり前立腺がんによる死亡が1人減るということを示しています。一方で、PSA検診のデメリットとして、過剰な精密検査(前立腺の生検)のために1000人ごとに1人敗血症になるリスクが増加し、1000人ごとに3人尿失禁になるリスクが増加し、1000人ごとに25人に勃起不全のリスクが増える、と報告されています。
前立腺がんの中には放っておいても死に至らないものが存在することもわかっています。そのためPSA検診で前立腺がんを発見してしまったために、本来不必要な治療を受けてしまうという「過剰診断・過剰治療」も問題です。米国予防医療専門委員会(注12)は「PSA検診による過剰診断・過剰治療は実際に診断・治療を受けた人の20~50%程度存在する」と報告しています。
日本でも厚生労働省がん研究助成金「がん検診の適切な方法とその評価法の確立に関する研究」班は、PSA検診は推奨度I(証拠不十分)としています(注13)。
がん検診としての腫瘍マーカー検査には、使えるものがないことがわかったと思います。腫瘍マーカー検査単独でがんの確定診断にならないことを知っておいてください。がんの確定診断には、CTスキャンや磁気共鳴画像化装置(MRI)、PETなどの画像診断に加えて、病理組織診断が必要です。腫瘍マーカーはそれらの補助に使います。
がん診断や再発発見での使い道
ただし一部には単独で高い確率でがんの診断が得られる腫瘍マーカー検査もあります。AFP(α-フェトプロテイン)やhCG(ヒト絨毛<じゅうもう>性ゴナドトロピン)がそうです(注14)。AFPは本来妊娠期に胎児の肝、卵黄囊(のう)で産生される糖たんぱくですが、原発性肝がんの患者の95%の血液に含まれるため、肝がんの腫瘍マーカーとして用いられています。肝炎や肝硬変でも測定値が上昇します。がん診断の感度は40~60%、AFP値が100μg/Lを超えると、肝がんと診断可能(特異度99%)、AFP値が10000μg/Lを超えると、生殖器などにできる胚細胞腫瘍または肝がんと診断できます。AFPは感度が低く、見落としが多いので、一般の人が受けるがん検診には使えませんが、特異度は高い(偽陽性が低い)ため、既にがんの可能性がある場合に診断確定するためなら、使えます。肝がんは肝硬変からなることも多いため、肝硬変患者さんのAFPの定期的な測定は、肝臓がんの早期発見につながるとして、推奨されています(注15)。
また、hCGは、妊娠中に胎盤絨毛から産生される糖たんぱく質ホルモンです。妊娠期以外の女性でhCG上昇があった場合は絨毛性疾患(腫瘍)や胚細胞腫瘍を疑います。また、男性でhCG高値であれば、まれですが胚細胞腫瘍と診断できます。感度、特異度がともに100%と極めて高いので、若年者で多くの臓器に転移があるがんでは、hCG、AFPを検査すべきだとされています(注14)。
このほか、がんの手術後の経過をみるための定期診断で使われることがあります。乳がんの手術後の腫瘍マーカー(CEAやCA15-3)測定や、卵巣がんの手術後の腫瘍マーカー(CA125)などはよく使われる検査です。
大腸がん術後のCEAも有用性の高い腫瘍マーカーです。ステージ2または、3の大腸がんの手術後、3カ月ごとにCEAを測定したら再発の早期発見につながり、生存率も向上したというエビデンスがあり、国際的にも推奨されています(注16)。
治療効果の判定に使う場合も
腫瘍マーカーのもう一つの使い道は、抗がん剤などの治療効果の判定です。一般的に、抗がん剤の効果の判定は、CTなどを使った画像診断でがんの縮小を確認するのが原則です。しかし、腫瘍マーカー検査は簡便なので、抗がん剤治療中に測ったりします。表に挙げた腫瘍マーカーは、よく使われますが、画像診断の代わりに腫瘍マーカーのみで効果判定をしてもよいとされているのは▽胚細胞性腫瘍のAFP▽胚細胞性腫瘍、絨毛性腫瘍のhCG▽卵巣がんのCA125▽前立腺がんのPSA――の四つに限られます(注14)。
この四つ以外は腫瘍マーカー単独での効果判定はできません。腫瘍マーカーの高低のみで、効果はわからないのです。腫瘍マーカーが高くなったが画像診断ではがんが大きくなっていない(すなわち偽陽性)ということはよくあります。この四つ以外の腫瘍マーカーの検査結果はあくまでも効果判定の参考程度にして、画像診断でしっかりと確認をすることが大切です。
また四つの腫瘍マーカーに関して、どれくらい高くなったら効果あり、低くなったら効果なしと判定するかの基準は厳密に決められています。卵巣がんの治療効果判定に使用するCA125は、治療前の値の2倍以上高くならないと効果なしと判定せず、半分にならないと効果ありとは判定しません(注17)。具体的に、数字を挙げて考えてみましょう。卵巣がんで治療前に100だったCA125値が抗がん剤治療後120になったとします。患者さんは120になると、「20も値が増えた。どうしよう」などとつい考えてしまいますが、この値では効果ありともなしとも判定できないのです。
腫瘍マーカーで一喜一憂しない
このように腫瘍マーカー検査は患者さんにとってわかりやすい検査ですが、安直に数値だけで効果ありとかなしとか考えられるものではありません。また一般が受けるがん検診に使える腫瘍マーカーは存在しないことも知っておきましょう。
腫瘍マーカーは日常的によく使われますが、単独で有効な腫瘍マーカーは、多くはありません。もっと医学が進歩して、画像診断をしなくても、がんの診断ができるようになってほしいと思いますし、我々の夢でもあります。採血だけでがんを診断する研究は、現在でも進められていますが、まだ、実用段階に入ったものはありません。今後の研究に期待したいものです。腫瘍マーカー検査の数字にとらわれて一喜一憂しないことが大切だと思います。
参考文献
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1963年生まれ。88年富山医科薬科大学医学部卒業。92年から国立がんセンター中央病院内科レジデント。2004年1月米ハーバード大生物統計学教室に短期留学。ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修後、国立がんセンター医長を経て、11年10月から現職。専門は内科腫瘍学、抗がん剤の支持療法、乳がん・婦人科がんの化学療法など。22年、医師主導ウェブメディア「Lumedia(ルメディア)」を設立、スーパーバイザーを務める。