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座る時間が長い人は心疾患や認知症のリスクが上昇し、寿命が短くなることが2010年代初頭より盛んに指摘されています。座りっぱなしは「新たな喫煙」または「第二の喫煙」とも呼ばれています。20年には世界保健機関(WHO)が正式に危険性を表明しました。WHOの主張を簡単にまとめると「小児から高齢者、妊娠中の女性、さらには障害を抱えた人も含めて、『座りっぱなし』は健康上のリスクであり適切な対策をとらねばならない」となります。しかし、私の印象では世界的には常識となったこの事実が日本ではそれほど浸透していません。そこで、今回は座りっぱなしのリスクをまとめてみたいと思います。
「座位行動」「座りすぎ」、定まらない正式表現
座りっぱなしのリスクがそれほど浸透していないことは、日本では座りっぱなしの正式な表現がはっきりしないことからも分かります(世界的には上述のWHOの発表にもあるようにsedentary behaviourが使われます)。厚生労働省は世界中の研究から座りっぱなしがさまざまな疾患のリスクであることを把握して日本人もその例外ではないと考えているとは思いますが、同省のサイトには座りっぱなしを分かりやすく解説したページが見当たりません。「座位行動」というタイトルのページはあるのですが、座位行動というこの表現が一般的に普及しているとは言えないでしょう。このページには「座りすぎ」という言葉も登場します。スポーツ庁のウェブサイトにもこの表現「座りすぎ」がでてきますがやはり普及しているとは言えません。厚労省の「アクティブガイド2023(イメージ)」という国民向けのガイドがあり、ここには「座りっぱなしをやめて」という表現が登場します。大切なのは表現ではなく内容ですから、「座位行動」でも「座りすぎ」でも「座りっぱなし」でも何でもかまわないのですが、ここからは当院で10年から使用している「座りっぱなし」で通すことにします。
編集部注:厚生労働省では24年1月、「健康日本21(第3次)」の取り組みの中で「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」を策定した。その中で、運動などの推奨に加え、「座位行動」についても「座りっぱなしの時間が長くなりすぎないように注意する」と示した。前記の「アクティブガイド2023」は「身体活動・運動ガイド2023」を受けて作成中のリーフレットで、完成形ではない。
中央値は集団のちょうど真ん中の人の座位時間、25%値は下から4分の1の位置にあたる人、75%値は上から4分の1の位置にあたる人の座位時間。日本人の座位時間が20カ国・地域の中で一番長い(https://www.mhlw.go.jp/content/000656521.pdfより)運動ではそのリスクが解消できない
座りっぱなしの生活をしている人が不健康なのは研究結果を待たなくても常識的に理解できます。では、なぜ座りっぱなしにそこまで注目しなければならないのか。「運動してもそのリスクは解消されない」からが大きな理由のひとつです。私自身が初めて座りっぱなしに興味を持った論文を紹介しましょう。医学誌「Circulation」10年1月11日号に掲載された「テレビを見る時間と死亡率(Television Viewing Time and Mortality)」です。研究の対象は豪州の25歳以上の健康な男女8800人で、結論は「1日にテレビを見る時間が1時間増えるごとに、心血管疾患による死亡リスクが18%増大する」です。長時間テレビを見る人はいかにも不健康そうですから、この結果だけであればそれほど驚きません。特筆すべきは「運動量とは無関係に長時間座ってテレビを見れば、早期死亡リスクが高まる」とされていることです。運動で座りっぱなしのリスクが解消されないのであれば座りっぱなしの時間を短くするしかありません。
次に私が気になった論文は医学誌「American Journal of Epidemiology」10年7月22日号に掲載された「米国成人における余暇の座りっぱなしの時間と総死亡率との関係のコホート研究(Leisure Time Spent Sitting in Relation to Total Mortality in a Prospective Cohort of US Adults )」です。対象は病歴のない米国の成人(男性5万3440人、女性6万9776人)で、1993年から06年にかけて14年間追跡調査が実施されました。調査期間中に、男性1万1307人、女性7923人が死亡しています。体格指数(BMI)や喫煙による影響を取り除き解析した結果、1日6時間座りっぱなしで過ごす人は、座る時間が3時間未満の人に比べて、死亡リスクが女性で34%、男性で17%高くなっていました。ここまでなら「そんなものかな……」で済みますが、やはり「座りっぱなしのリスクは身体活動レベルに関係なく独立して総死亡率と関連」、つまり「運動してもリスクは減らない」のです。
米国、欧州だけでなく日本や台湾でも
オフィスワークであれば座りっぱなしの時間が必然的に増えます。休日や引退後もテレビや映画鑑賞のみならず、読書、絵を描く、ピアノを弾く、裁縫・編み物、囲碁将棋・マージャンなど、座りっぱなしにならざるを得ないものが大半です。しかも運動してもそのリスクが解消されないというのですから、ライフスタイルそのものを抜本的に見直さねばなりません。10年のこの論文以降、私は世界中の座りっぱなしに関する論文に注目してきました。ここでは主な研究を紹介していきます。
・英国在住の35歳以上の男女4512人(うち男性は1945人)を対象とした研究で、画面を見る時間が4時間以上のグループは、2時間未満のグループに比べて全死亡で1.48倍、心血管疾患は2.25倍に上昇していた(「Journal of the American College of Cardiology」11年1月18日号)
・豪州の25歳以上の男女約1万1000人を対象とした研究で、1日に6時間以上テレビを見る人は、まったくテレビを見ない人に比べ4.8年寿命が短縮されることが分かった。テレビを見る時間が1時間増えるごとに寿命は21.8分ずつ短くなる(「British Journal of Sports Medicine」12年12月1日号)
米国の研究。0~1時間の人に比べて、40時間を超える視聴時間の人は1.7倍2型糖尿病になりやすい(https://www.mhlw.go.jp/content/000656521.pdfより)
・豪州ニューサウスウェールズ州に在住する45~65歳の男性6万3048人を対象とした研究で、座っている時間が1日4時間以下の人は、毎日4時間以上座って過ごす人に比べ、がん、糖尿病、心疾患、高血圧などの慢性疾患を有する率が大幅に低い。座りっぱなしの時間が6時間を超えれば糖尿病のリスクが大きく上昇する(「International Journal of Behavioral Nutrition and Physical Activity」13年2月8日号)
・米国の閉経後の女性9万2334人(調査開始時点で50~79歳)を対象とした研究で、1日11時間以上座っている女性は、4時間以下の女性に比べ、脳血管疾患、心疾患、がんによる死亡率がそれぞれ13%、27%、21%高かった(「American Journal of Preventive Medicine」14年2月号)
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・オランダ在住の成人男女約2497人(平均60歳)を対象とした研究で、座りっぱなしの時間が1時間増えるごとに、2型糖尿病、メタボリックシンドロームの発症リスクがそれぞれ22%、39%上昇していた(「Diabetologia」16年2月2日号)
・日本人の2型糖尿病の男性患者430人(平均年齢60.5歳)を対象とした研究で、9時間以上座りっぱなしのグループでは「重症のED」となるリスクが1.84に上昇していた(医学誌「Journal of Diabetes and its Complications」16年10月18日号)
・米国の認知機能が正常な45~75歳の男女35人を対象とした研究で、「座りっぱなしの時間」と「運動量」が調べられ、脳のMRIで内側側頭葉(MTL)の厚さ(薄いほど認知症のリスクが高い)を計測した。その結果、座りっぱなしの時間が長ければ長いほどMTLが薄くなっていた。なおMTLの菲薄(ひはく)化は運動で解消されなかった(「PLOS ONE」18年4月12日号)
・英国の4万9841人の高齢者 (平均年齢67.19歳、54.7%が女性)を対象とした研究(平均追跡調査期間6.72年)では期間中に414人が認知症を発症した。1日に10時間座っていた場合、座る時間が10時間未満の場合に比べて認知症を発症するリスクが8%上昇していた。座りっぱなしの時間は長ければ長いほどそのリスクが高くなり、12時間椅子に座ったまま過ごした人の認知症リスクは63%、15時間では321%も増加していた。なお運動をしてもリスクは軽減していなかった(「JAMA」23年9月12日号)
明治安田厚生事業団では「座りっぱなし」を防ぐため、1時間ごとにサイコロを振り、出た目による運動を実施している。80回の「腕を振ろう」運動の様子=同事業団提供
・台湾の健康プログラムに参加した合計48万1688人の男女(平均年齢39.3歳、女性53.2%)を対象とした調査(96~17年に実施。平均追跡期間12.85年、追跡期間中に2万6257人が死亡)で、「仕事中にほとんど座っている人」は「仕事中にほとんど座らない人」に比べ、全死因の死亡率が16%高く、心血管疾患による死亡率が34%高かった(「JAMA」24年1月19日号)
各自が医師と相談を
これまで世界中で発表された論文で私が注目したもののいくつかを紹介しました。興味深いのは「座りっぱなしのリスクは運動で解消されない」です。中には「運動がそのリスクを低減する」とした研究もあるのですが、「解消されない」とするものが目立ちます。運動が健康に寄与するのは事実ですから、運動は続けるしかないのですが(「運動せずに健康でいられることはない」と考えるべきです)、運動の重要性と同じかそれ以上に座りっぱなしのリスクを重要視しなければなりません。
では、どのような日常生活を送ればいいのでしょうか。オフィスワークの人はどうすればいいのか、引退後の楽しみにしている座りっぱなしでおこなう趣味はどうすべきなのか、座りっぱなしでない余暇にはどのようなものがあるのか、などについては各自かかりつけ医と共に考えていく必要がありそうです。
特記のない写真はゲッティ
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。