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僕は診察中、できるだけ胎児に話しかけるようにしています。妊娠6カ月時点で、既に胎児の耳は聞こえているようですし、何よりおなかの中の情報をどうしても知りたいからです。これはすべての産科医が感じることです。
現代医学には胎児の情報を得る方法はいくつかあります。前回のコラムで書いた母体血を使った胎児DNA検査や胎盤が出す微量ホルモンを測定する胎児マーカー検査は、胎児の染色体異常の有無を類推することができます。ただしその精度は100%とはいきません。精度を上げようとすれば、羊水検査や絨毛(じゅうもう)検査など胎児の細胞を直接採取する検査がありますが、いずれも外科的な処置が必要になるので、流早産のリスクが高まります。
またよく知られているものに超音波検査があります。技術の発達で、かなりハッキリと赤ちゃんの臓器や血流、体表が見えるようになりました。「男の子です」「女の子です」と説明できるのも、この検査のおかげですが、超音波の反射を解析して画像に再構築しているだけなので、超音波検査でわかる病気は全体の4割くらいで、とても確実とは言えません。胎児では性器の見分けもつきにくいため、性別判定すらできないこともよくあります。性別の告知を禁止している学会もあるほどです。妊婦さんが知らされる胎児の推定体重だって15%ぐらいの誤差があります。推定体重が3000グラムであれば、2500グラムから3500グラムまでの可能性があるということですから、かなり幅は広いと言えます。
分娩(ぶんべん)が近づくと、お母さんのおなかに機械をつけて胎児の心拍数を計測しますが、これによって、胎児が元気だということはわかっても、どれほどのしんどさを感じているかは確実にはわからないといわれています。
考えてみてください。あなたは目の前にいる人に触ったりしゃべりかけたりせずに、この人は異常がないかどうかの判断ができますか?
おなかの中の胎児はしゃべりません。大人だったら、だるいとか痛いとかうるさいぐらい言う状況になっても何も言いません。僕ら産科医はその声を拾うために、持てる技の限りを尽くして赤ちゃんの情報を取ろうとしますが、限界があるのです。
河童の世界のように、赤ちゃんが外界と直接話ができたらいいのに、と思います。そして、もし僕らの声を聞いてくれるなら、この素晴らしい世界についていくらでも説明できるのに……。(次回は7月3日に掲載)
■人物略歴
おぎた・かずひで
1966年大阪市生まれ。香川医大(現香川大)卒。大阪府立母子保健総合医療センターなどを経て、2008年から現職。産科医を描いたマンガ「コウノドリ」の主人公のモデル。ドラマ版の取材協力も務める。