|
心臓のポンプとしての機能が衰え、命の危険すらある病気が「心不全」です。超高齢社会によってますます患者の数が増えていて、2030年には130万人にも達すると予想されています。ところで、心不全を引き起こす原因の一つに「塩分」がなぜ関係しているのか、正しく理解しているでしょうか? 今回は、塩分の過剰摂取が心不全発症のリスクとなりうる理由についてご紹介したいと思います。
漬物にしょうゆ、ラーメンのスープを飲み干す
日本では高齢化が進んでいることも重なって、心不全患者がとても多いです。20年の心不全患者は約120万人、年間約30万人が新たに心不全を発症しているとの試算もあり、「心不全パンデミック」とも呼ばれる状況にあります。入院が必要な非代償性の心不全患者のうち、75歳以上が半数以上、85歳以上が約20%を占めているとも報告されています。
日本の推定心不全患者数の推移=日本心臓財団のホームページより
今年3月まで勤めていた高槻赤十字病院(大阪府高槻市)は、高齢者の多い郊外のベッドタウンの中にあり、循環器病棟の入院患者は4割近くが心不全のときもありました。こんな患者さんを診た経験があります。
65歳の男性で、朝から呼吸が「ゼーゼー」して息苦しく、自由に歩けない。たんもよく出るとのことで、病院を受診されました。
男性は、若いころから漬物にしょうゆをかけ、みそ汁が大好きなうえ、ラーメンのスープを飲み干すなど、塩分を取り過ぎる習慣がありました。
診断の結果は「高血圧性の心不全」でした。降圧剤と心臓の負荷を軽くする薬で治療し、退院後も塩分と水分の摂取量を制限しています。
「漬物は、今は食べていません。昔はラーメンもよく食べていたのですが、こんな病気になったのでやめています。時々、食べたくなりますが、しんどい思いをするのも、繰り返すのも嫌ですし……。口にするものは気を付けるようにしています」
ここでのカギは「塩分」です。男性は、今ではどのくらい塩分が含まれているかなど、食について自ら調べ、妻と注意し合いながら食事をしているとのことでした。病気をきっかけに健康リテラシーが向上したのでしょう。再入院は防げています。
他にも、こんな患者さんがいました。70代後半の男性は自動車を運転中、急にハンドルを回せなくなり、自動車が道路脇の縁石に乗り上げてしまいました。男性は同乗者の妻から呼びかけられても答えられず、救急車で搬送。心不全と脳梗塞(こうそく)を併発していたと診断されました。男性は高血圧で治療中でした。
高齢者は、加齢による臓器の衰えが避けられません。筋肉量も落ちるので、しっかり食べることが推奨されています。ただし、それに伴い、注意をしないと塩分の摂取量が増え、血圧が高くなる可能性があります。人生100年時代。若いころから先をみすえ、体に負担の少ない塩分摂取をするよう意識改革が必要です。
関連記事
<読めますか? 健康診断の検査値 あなどると命を脅かすかも>
<体にいいはずが、命の危険も…… 気をつけたい果物の取り方>
<水分補給に解熱剤… 医師がコロナに感染し、いかに乗り切ったのか>
頑張りすぎる心臓
どうして塩分の取り過ぎは心臓にいけないのでしょうか?
そもそも人間には血液の濃度を一定に保とうとする仕組みがあります。塩分を取り過ぎると、血液の塩分濃度を下げようとして、血管は内部に水分を取り込みます。その結果、血管はパンパンに膨らんで血圧が高くなり、血管が破裂するリスクすら出てくるのです。心臓は全身に血液を送り出すポンプです。血圧が高くなると、これに対抗して血液を送りだそうとがんばるため、心臓の筋肉が肥大化します。
では、塩分は1日にどれぐらいまでなら取っていいのでしょうか。日本人の塩分摂取量は1日に平均12gと言われていますが、日本高血圧学会はその半分の6gまでに抑えるよう推奨しています。しかし、大切な課題ですが、ここまで抑えるのは今の日本人の平均的食習慣ではなかなか厳しいかもしれません。ただし、このことを知らなかったり、学会の推奨値を知りつつも、実際どれぐらい口にしているのか知らずに摂取したりしていたら、血圧はどんどん高くなり、肥大化した心臓はいよいよ疲れ果て、ポンプとして働かなくなってしまいます。その結果、全身に血液をうまく送り出せなくなり、肺や足の血管の外に水分がたまってむくみや体重が増えたり、階段や坂道で息切れしたりします。
一旦、心不全を起こすと、心臓は伸び切った風船と同じ状態となり、ポンプとしての働きができなくなります。また、軽い肺炎などを起こしても心不全を併発し、水分調節のため入院治療が必要となります。
最近の研究では、夜間の高血圧は心不全発症のリスクと報告されています。通常、寝た状態(臥位=がい)になると、静脈の血流量が増えます。さらに、組織間質液という血管の外にある水分が血管の内へと還流します。このため、夜間の睡眠中はポンプである心臓に流れ込む血流が増すため、心臓への負担が大きくなります。それに、夜間の高血圧が加わると、心臓にさらに負荷がかかります。日本では高血圧の患者は30%ほどしかきちんと血圧をコントロールしていないといわれています。
ネットなど活用しリテラシー向上を
心不全パンデミックは10年以上も前から予想され、減塩するようテレビでも盛んに啓発されたほか、18年には循環器病対策基本法が制定され、国も啓発や予防などにより力を入れるようになりました。
「心不全パンデミック」「減塩」「循環器病対策基本法」――。健康リテラシーがきちんと備わっていれば、ネットなどを活用して、これらのキーワードから「なぜこの法律ができたのか」を理解し、心不全を引き起こさないよう減塩を守り、健康寿命を延ばすことができるでしょう。
ただし、高齢者の方に、いきなり健康リテラシーの実践を求めるのはやや難しい面があります。健康情報にどうやって自らアクセスすればいいのか分からず、新聞やテレビ、口コミなど受け身のものが多いようにも感じます。また、その健康情報の理解や評価、そして適切な利用について、いずれも高齢者の方は自分にとって都合よく受け取りがちなので注意が必要です。若いころから健康リテラシーを身につけ、将来の自分の体を想像し、健康を勝ち取れるよう備えることが重要だと思います。
以上、塩分は取り過ぎると心不全の原因になることがお分かりいただけたと思います。心臓以外の血管にも負担をかけ、心臓が悪い時は脳の血管にも悪影響を与えたり、腎臓の機能が落ちやすくなったりします。また、その逆もありえます。臓器はみなつながっていて、影響し合うので、「万病のもと」となる塩分の取り過ぎはしないことを強くお勧めします。
写真はゲッティ
関連記事
※投稿は利用規約に同意したものとみなします。
金子至寿佳
日本赤十字社 和歌山医療センター 糖尿病・内分泌内科部長
かねこ・しずか 三重県出身。医学博士。糖尿病医療に長く携わる。日本糖尿病学会がまとめた「第4次 対糖尿病5カ年計画」の作成委員も務めた。日本内科学会認定医及び内科専門医・指導医、日本糖尿病学会認定糖尿病専門医・指導医、日本内分泌学会認定内分泌代謝科専門医・指導医、日本老年病学会認定老年病専門医・指導医。インスリンやインクレチン治療薬研究に関する論文を多数執筆。2010年ごろから、糖尿病診療のかたわら子どもへの健康教育の充実を目指す活動を始め、2015年からは小中学校で出前授業や大人向けの健康講座を展開している。