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男性患者さんが、ある日突然、こんなことを言いました。
「新聞に、血圧の薬を飲むと良くないと書いてあった。今日から薬をやめます」
私はびっくりして「やめないほうがいいよ」と言ったのですが、「そう書いてあったから」と聞きません。おそらく、男性が目にしたのは新聞記事ではなく、週刊誌の広告だったのではないかと思います。しかし、男性は薬を飲むのも、通院もやめてしまいました。
それから数カ月、男性は再び診察室に現れました。
「どうしたの?」と尋ねたところ「脳卒中になった。先生に言われたことを聞いておけばよかった」とおっしゃいます。男性は、薬による治療を再開しました。脳卒中といっても、命が助かり、歩ける状態であったのは、不幸中の幸いでした。
「薬は飲みたくない」。多くの方が思っていらっしゃるかと思います。それにつけこむように「薬は危ない」と思わせるような記事が、雑誌をにぎわせることがあります。
「降圧剤を飲むと緑内障リスクが上昇する」「服用を続けて大丈夫なのか――」
先月も、ある週刊誌がセンセーショナルな見出しで報じました。降圧剤のうち、カルシウム拮抗薬を服用していた人は、服用していない人に比べて、緑内障の罹患(りかん)割合が1・39倍高かったという、イギリスの研究論文を紹介した記事です。
私も取材をうけ、この論文に「因果関係は不明」と書かれているとコメントしたのですが、そこまで記事を読み進まれた方は少数ではないでしょうか。見出しだけで「なんとなく怖い」「やっぱり、薬は飲みたくない」という印象をもたれた方も、多いのではと感じています。
現時点では、ひとつの統計データでそういった結果が出たという状態です。原因はわかりません。ですから、私はいまカルシウム拮抗薬を飲まれている方が、そのまま飲み続けても問題ないと考えています。
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しかし、大事なのはご本人の気持ちです。本人が納得しないまま薬を処方しても、前述した男性のように飲むのをやめてしまいます。「こういった話もありますよ」と患者さんにお伝えし、ご本人が希望するならば、ほかの薬に切り替えようと考えています。
高血圧はそもそも、目にも悪影響を及ぼします。高血圧眼底、高血圧網膜症などで視力が落ちることもありますから、年に1回は眼科を受診し、眼圧や眼底を調べてもらうのがよいと思います。目に対する影響を心配される方には、特に眼科も受診するようおすすめします。
今回は、高血圧の薬の効果と副作用について、取り上げたいと思います。
抑えられるようになった、副作用「御三家」
今回、週刊誌にも取り上げられた「カルシウム拮抗薬」は、日本でもっとも処方されている降圧剤です。血管を広げる作用があり、非常に切れ味がいいです。降圧効果が確実なので、私も一番よく処方しています。
かつては、動悸(どうき)・ほてり・頭痛が、カルシウム拮抗薬の副作用「御三家」でした。血管が一気に広がるために、こうした副作用が起きていたのです。このころの薬は、服薬後2、3時間で血中濃度がピークとなっていました。現在、主流のお薬はそれが5、6時間後です。血管が徐々に開くため、こうした副作用は抑えられるようになりました。
30年ほど前の話になりますが、ひどい頭痛を訴えて受診された女性がいらっしゃいました。いつも、朝10時ごろと夜10時ごろに頭痛がするといいます。お話を聞いたところ、女性は半年前から高血圧の治療で1日2回、薬を飲んでいることがわかりました。彼女が服用していたのが、投薬後2、3時間で血中濃度がピークになるカルシウム拮抗薬でした。そこで私は、血中濃度がゆっくり上がる、1日1回服用のカルシウム拮抗薬に切り替えました。現在は広く使われていますが、当時はまだ出始めの薬でした。
すると、女性の頭痛はみごとにおさまりました。女性からは「先生、あの頭痛薬を飲んだら、すっかりよくなりました」と言われました。頭痛だけでなく、更年期のためかと思っていた、動悸やほてりといった症状もなくなったと言います。
複数の薬を少量ずつ
現在、カルシウム拮抗薬の副作用で問題となることが多いのは、脚のむくみです。歯肉が肥厚することもあります。場合によっては、他のタイプの薬を併用したり、切り替えたりします。また、脚のむくみは一日中座っていたり、立ち仕事をしていたりすると、ひどくなりますので、歩くことや、足のつま先をつけて脚を震わせる「健康ゆすり」(貧乏ゆすり)をおすすめしています。
実際に、副作用で脚がむくんでパンパンになった患者さんがいらしたこともあります。別の医師から処方されていたのは、2種類のカルシウム拮抗薬でした。同じタイプの薬を増やすと、副作用が大きくなってしまいます。仕組みが異なる複数の薬を少量ずつ組み合わせると、副作用を抑えつつ、高い効果も期待できます。
カルシウム拮抗薬を飲まれている方は、グレープフルーツを控えるように言われているかと思います。これは、グレープフルーツの苦みの成分が、カルシウム拮抗薬の分解を抑えるためです。薬が効きすぎてしまうので、注意が必要です。
塩分とりすぎで、効きづらくなる薬も
カルシウム拮抗薬に次いでよく出すお薬が、「アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)」です。アンジオテンシンⅡというのは血圧を上げるホルモンです。アンジオテンシンⅡが受容体にくっつくと血圧が上がるのですが、ARBは受容体をふさいで、アンンジオテンシンⅡが働かないようにします。
塩分をとりすぎている患者さんには、効きづらいのが欠点です。単剤で効き目がいまひとつの時には、利尿薬を一緒に処方します。利尿薬は、水分やナトリウムの排出を促して、血圧を下げます。
この2種類の薬を1錠にした合剤もありますが、かなり効きます。ARBは利尿薬との合剤のほか、カルシウム拮抗薬との合剤もあります。複数のお薬を1錠にした合剤は、費用も抑えられるので、積極的に処方しています。
また、アンジオテンシンⅡの生成そのものを抑える「アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)」というお薬もあります。心不全にも効果があるお薬です。せきの副作用があるため敬遠されがちですが、逆に誤嚥(ごえん)性肺炎を防ぐ効果もあることが知られています。ARBと同様、塩分をとりすぎている患者さんには単剤ではあまり効きません。
利尿薬は水分やナトリウムの排出を促すとご説明しましたが、単独で降圧剤として使うこともあります。一時期は広く使われ、脳卒中の頻度を減らすのにたいへん役立ちました。しかし、尿酸値が上がる副作用があり、薬によっては、長期で使用しているとカリウムも排出されて、カリウム不足の不整脈を招くことがあるという欠点があります。いずれにせよ、定期的に血液検査を行い、様子を見ながら使っていくことが大切です。
このほか、交感神経の働きを抑えるβ遮断薬という薬もあります。年代が若く、脈が速いタイプの高血圧に特に効果があります。
努力すればやめられることも
私はよく、降圧療法を患者さんに説明する際、薬を「米軍」に、減塩や運動、減量などの取り組みを「自衛隊」に例えています。薬は、体の外から取り入れますが、降圧効果は抜群です。薬には頼りたくない方は、頑張って「自衛」を強めなければなりません。高血圧も初期であれば、薬に頼らず「自衛」だけで血圧をよい状態にコントロールできます。私の患者さんにも、「薬を飲みたくない」という一心で、真剣に減塩、運動などを続ける方が大勢いらっしゃいます。
「薬を飲み始めたら、一生飲み続けなければならない」と思っている方も多いでしょう。しかし、減塩や運動などに真剣に取り組んで、薬を減らした方も、薬をやめた方もいらっしゃいます。もちろん、すべての患者さんが「努力すればやめられる」というわけではありませんが、同じ薬を使うにしても、減塩した場合としなかった場合とでは、効き目が違ってくることがあります。
残念ながら、ただ降圧剤を処方しておしまいという医師も多いです。しかし、漫然と処方するのではなく、こうした生活指導が大事だと思っています。
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写真はゲッティ
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渡辺尚彦
日本歯科大客員教授/高血圧専門医
1952年千葉県生まれ。78年聖マリアンナ医科大学医学部卒業、84年同大学院博士課程修了。医学博士。米国・ミネソタ大学時間生物学研究所客員助教授、東京女子医大教授、早稲田大客員教授などを経て、現在、日本歯科大客員教授、聖光ケ丘病院顧問。高血圧専門医。循環器専門医。87年8月より携帯型自動血圧計を装着し、30分おきに血圧を測定し続けており「ミスター血圧」とも呼ばれている。「血圧が下がる人は「これ」だけやっている-高血圧治療の名医がすすめる正しい降圧法-」(アスコム)、「ズボラでもみるみる下がる 測るだけ血圧手帳」(同)、「科学的に血圧を下げる方法」(エクスナレッジ)、「自分で血圧を下げる!究極の降圧ワザ50-血圧の常識のウソ・ホント-」(洋泉社)など著書多数。