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味覚・嗅覚障害、頭痛、倦怠(けんたい)感、せき、抑うつ感など新型コロナウイルス感染後に後遺症として生じる症状にはさまざまなものがあります。私が「新型コロナウイルスに感染すると後遺症が起こり得る」と確信したのは2020年4月で、本連載でそれについて初めて述べたのが同年5月12日の「新型コロナ 治療後に健康影響の懸念」でした。今後後遺症を訴える人が急増するに違いないと考えた私は、このコラムで述べたように「ポストコロナ症候群」という病名を付けてみたのですが、残念ながら当時はこの疾患の存在は医療者からも懐疑的でした。しかし、その後世界中で後遺症の報告が相次ぎ「long-Covid」「Post-COVID-19 syndrome」「Post-COVID Conditions」などと呼ばれるようになりました。日本では結局きちんとした病名が付けられず、今もたいていは単に「新型コロナ後遺症」と呼ばれています。今回はそんな後遺症のなかで頻度の多い、動悸(どうき)が主症状の「POTS」について取り上げます。
立ち上がると脈が速くなる病気
POTSは聞きなれない病名だと思いますが、それほど稀(まれ)ではなく新型コロナが流行する前から総合診療の現場ではお馴染(なじ)みの疾患でした。POTSの正式名は「Postural Orthostatic Tachycardia Syndrome=体位性起立性頻脈症候群」で、文字通り「立ち上がると脈が速くなる病気」です。よくあるのが「動悸を訴え一般内科、あるいは循環器内科を受診して、心電図や心エコーの検査をしたけれど異常が見つからず、医師から『心の問題(だから治療不要)』と言われて総合診療科を受診」、というケースです。なかには心の問題だからという理由で、抗不安薬や抗うつ薬を処方されたという人も少なくありません。男女比は圧倒的に女性が多いのが特徴です。新型コロナ感染者の2~14%がPOTSを発症するという報告があります。
POTSの原因ははっきりとは分かっておらず、自律神経のバランスの乱れが原因の一つであろうと言われています。不安神経症やパニック障害で動悸が生じるときには精神疾患で用いる薬が有効な場合があるために、POTSの場合もそういった精神疾患の薬を使うという選択が間違っているわけではないのですが、それではたいていは解決しません。また、抗不安薬など依存性のある薬を長期で使うのは避けなければなりません。
不安神経症などと鑑別する方法は
不安神経症やパニック障害で生じる動悸とPOTSの動悸には違いがあります。POTSの場合、「立ち上がったとき」に動悸が起こるのが特徴です。立ち上がる度に毎回起こるわけではありませんし、数週間起こらないこともあるのですが、原則として同じ姿勢をとっているときには発症しません。一方、不安神経症やパニック障害では立ち上がったときに動悸が起こるわけではありません。程度も異なります。不安神経症での動悸は患者さんが強い自覚症状を感じたとしても1分間の心拍数がせいぜい100回、あるいはそれ以下であることが多いのに対し、POTSの場合は(当院の経験で言えば)120回以上、ひどいときは150回を超えます。
動悸を訴えて受診する若い患者さんはその大半が不安神経症など精神的な疾患です。「動悸がします」と訴えられても実際には心拍数がさほど上がっていないこともしばしばあります。そのような場合、私がよく助言するのは「(アップルウオッチやフィットビットなどの)ウエアラブルデバイスを終日装着し、次回結果を見せてください」というものです。「脈が乱れているようです」と訴える人には、以前はホルター心電図(24時間装着するタイプの心電図検査)を勧めていましたが、最近は「心電図のとれるウエアラブルデバイス(現時点ではアップルウオッチだけだと思います)を試すことを考えてください」と助言しています。こういったデバイスを利用すれば24時間心拍数を測れますし、心電図を記録すれば重篤な不整脈が出現していたかどうかが(ある程度)分かります。
大阪府豊中市民対象の新型コロナウイルス感染症の後遺症について、調査結果を説明する忽那賢志・大阪大教授=豊中市役所で2022年12月14日午後、菅沼舞撮影
ただし、POTSの場合はウエアラブルデバイスでの測定が必ずしもうまくいきません。心拍数は計測できても、心電図については心拍数が早すぎるせいなのか「測定不能」と出てしまうことが多いのです。ウエアラブルデバイスは一昔前には考えられなかったような優れた機能が搭載されていて健康管理上非常に便利なツールなのですが、現時点では医療機器に置き換わるレベルにまでは届いていません。
ティルトテーブルテストとは
POTSを正確に診断するにはティルトテーブルテストが有効だと言われています。テーブルの上に横になり、体を固定するためにストラップを巻き付けます。30分間横になった後に血圧と心拍数を測定し、その後テーブルをすばやく傾けて体を起こし、心拍数と血圧を測定します。(日本にはガイドラインがないために)米国のメイヨークリニックのサイトを参照すると、POTSがあれば体を起こしたときに1分間の心拍数が30回以上増加します(10歳代の場合は40回以上)。しかし血圧はほとんど変化しません。つまり、寝ている状態から起き上がったときに、血圧には変化がないけれど心拍数が大きく増加するのがPOTSの病態です。
ティルトテーブルテストはPOTSを疑った場合には実施すべきなのですが、当院も含めてたいていの医療機関はこのような装置を置いていません。よって、実際には横になりリラックスしている状態から、素早く立ち上がったときに心拍数が上昇するかどうかを確認します。しかしいつも上昇するわけではありませんから、1回の実施で確定診断がつけられるわけではありません。
動悸以外にも症状が
私の経験上、POTSには他にも特徴があります。単に心拍数が上昇するだけではなく、頭痛、嘔気(おうき)、目のかすみ、震え、倦怠感など他の症状も併発することが多いのです。最も特筆すべきは「ブレインフォグ」と呼ばれる脳内にかすみがかかったような状態です。ブレインフォグはコロナ後遺症特有の症状のように語られることがありますが、実は新型コロナが登場する前からPOTSの合併症として有名でした。2013年のPOTSに関する論文にも登場しています。
POTSの診断がつけば(あるいは強く疑われれば)治療を行います。まず、激しい動悸が生じたときの対処をしなければなりません。不安神経症の動悸では(ベンゾジアゼピンなどの)安定剤を頓用してもらうことが多いのに対し、POTSの場合は(私の場合は)原則として安定剤は使わずに、βブロッカーと呼ばれる心拍数を抑える薬を使います。βブロッカーにも長時間作用型、短時間作用型など様々なタイプがあり、患者さんごとに使い分けています。
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積極的な運動が効果
薬以外の治療法として私は「運動」を勧めています。コロナ後遺症では運動を勧めてはいけないと言われることが多く、実際、「前の病院ではコロナ後遺症に運動は禁止と言われました」と患者さんから聞くことがしばしばあります。たしかに、以前紹介した、同じくコロナ後遺症として発症する「ME/CFS(=慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄<せきずい>炎)」の場合は、運動をするとかえって倦怠感が増悪する「運動後倦怠感=PEM(Post-exertional malaise)」が生じることがあります。一方、POTSの場合はむしろ積極的な運動が有効です。なお、私の経験でいえば、ME/CFSについても軽症の場合は運動が効果的な場合もあります。POTSとME/CFSは似ている点が多いのでまとめてみましょう。
既に述べたように、POTSもME/CFSもコロナ後遺症に特有のものではなく、新型コロナが登場する以前から総合診療の現場では珍しくなかった疾患です。私が「(かかりつけ医を持っていない人が)ポストコロナ症候群を疑えば総合診療医を受診しましょう」と言い続けているのはそういう理由からです。
POTSは重症化すれば日常生活が妨げられ、仕事を辞めざるを得ない人もいます。ですが、規則正しい生活を心がけ、少しずつ運動療法を強化していくことで完全に治癒する人も少なくありません。諦めないで治療を続けることが大切です。
注1:COVID-19 における体位性起立性頻脈症候群: メカニズム、臨床経過、管理に関する最新レビュー
注3:コロナ後遺症としてのME/CFSにブレインフォグが伴うとする指摘は多いが、新型コロナが流行する以前に、「ME/CFSにブレインフォグが生じる」と記した文献は見当たらなかった
特記のない写真はゲッティ
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 月額110円メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。