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毎日新聞 2022/1/10 東京朝刊 有料記事 1364文字
絵・五十嵐晃
東日本大震災を超える大災害が2025年7月に起きる――。この予言を含む漫画「私が見た未来・完全版」(飛鳥新社、昨年10月刊)が43万部。書店(出版取り次ぎ計)でも、アマゾンでも昨年10月の「本総合」1位。今も売れている。
作者、たつき諒(りょう)は1999年に出た旧版「私が見た未来」(朝日ソノラマ)の表紙に「大災害は2011年3月」と書き込み、的中させている。新たに加筆された完全版に関心が集まるのは当然とはいえ、この売れ方は興味深い。
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昨年暮れ、内閣府が、北海道・東北の太平洋沖で東日本大震災並み(マグニチュード9級)の巨大地震が発生した場合の被害想定を発表した。最悪で東日本大震災(死者・不明者1・8万人)の10倍を超す19・9万人が死ぬという。
既に公表済みの南海トラフ、首都直下を含む相模トラフに加え、北日本の、日本海溝や千島海溝を震源域とする巨大地震への備えを促す試算だった。
新聞・テレビは「避難施設を整備し、早く避難すれば死者は8割減る」――という専門家のコメントを添えて大きく報じたが、専門家は「3・11から10年以上たち、緩みが出ている」現実も指摘。仮定に基づく計算値の大報道が人々をとらえ、行動まで変えるかといえば、おぼつかない。
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対照的なのが「私が見た未来」の反響である。
作者は20年前に引退した女性漫画家。東日本大震災後、かなりたって作中の予言が注目され、ネットで古本に40万円の値がついた例も。昨年6月の、テレビ東京「やりすぎ都市伝説」を皮切りに各局のバラエティー番組、<都市伝説系>ユーチューバーが競って取り上げると、おとなの井戸端会議から小中学校の教室まで反響が広がった。
この間、たつき諒の<なりすまし>が写真週刊誌やオカルト情報誌のインタビューに登場し、予言乱発という一幕も。飛鳥新社の編集者が本物を口説いて復刻改訂版(完全版)出版にこぎ着けたという。
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新刊のメッセージの核心は、若い頃から夢日記に書き留めていた映像のうちの三つである。(1)東日本大震災の3倍はある大津波(2)日本のはるか南の海底から何か噴き出す(3)2025年7月という日付……。
たつき諒に会ってみた。首都近郊に住む67歳。霊能や透視力があるという自覚はない。予言的中という評判も、新刊の出版も自ら言い出したことではない。老母と障害をもつ姉の世話で忙しく、世間に出るつもりなどない。だが――。
「何百年、何千年、何万年かに1度の大災害なんて自分の生きている間は来ないと誰でも思うけど、(自分の見た夢は)それがまもなく来るという意味かなと解釈しています」
元漫画家は、自宅周辺のハザードマップが小さくて読みづらい上、江戸中期の大津波を軽視しており、想定が甘過ぎると嘆いた。そうでなくとも、マップは災害の種類、水系ごとに複雑で頭に入りにくい。
「自分の住んでいる土地の地形の特徴、過去の災害事例を知っておくことが大事だと思いますよ」
生身の、たつき諒の防災意識は現実的だった。忍び寄る巨大災害への不安は広く共有されているが、具体的な対策、行動変容はなかなか進まない。「たつき諒現象」は、大震災11年目の油断、慢心への皮肉な警告になっている。(敬称略)=毎週月曜日に掲載