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北極圏・グリーンランド 「宝の島」米中露覇権争い 資源、航路求め進出加速
「地政学的にはグリーンランドはデンマーク領ではなく、昔も今も米国の一部だ」。1万8000人が暮らすグリーンランド南西部の最大都市ヌーク。地元主要紙「セルミッテシアーク」のポール・クラルップ編集長が、かつての米領事館を背にそう語った。灰色がかった木造の建物。カラフルな周囲の家々とは異質の雰囲気を醸し出している。
1940年、米国はナチス・ドイツのデンマーク占領を機に安全保障上の戦略から領事館を開設。その後、グリーンランドを保護下に置き、各地に軍事基地を設けた。領事館は53年に閉鎖され、この建物は現在、地元行政機関の事務所となっている。
クラルップさんは、失敗に終わったトランプ米大統領のグリーンランド「買収」案は荒唐無稽(むけい)ではないと指摘。北極圏進出を加速させる中国とロシアへの警戒感が背景にあると言う。
ヌークは地理的にはデンマークの首都コペンハーゲンよりも米東海岸に近い。米国は1867年に一時、グリーンランド買収を検討。1946年には当時のトルーマン大統領が1億ドル相当の金で買おうとしたが、実現しなかった経緯がある。
とっぴにも映ったトランプ氏の提案だったが、伏線はあった。ポンペオ米国務長官は今年5月、北極圏に領土を持つ8カ国で組織する「北極評議会」で演説した。「北極圏は覇権争いと競争の場と化した。(同時に)チャンスと富の最前線にある」。こう述べたうえで、北極点を含む海域を経済水域とするロシアの主張を「違法」とけん制。さらに、北極圏の開発を進めようとする中国についても「北極圏と先住民の地域社会が債務漬けになってもいいのか。北極海を軍事的な緊張が続く新たな南シナ海にしたいのか」と批判した。
北極圏人口の半分を占めるロシアは、近隣国で最も活発に北極圏の開発を進めてきた。氷に閉ざされた海を航行する砕氷船の数も他国を大きくしのぐ。さらに積極的な動きを見せているのが、中国だ。北極海に面した国土は持たないものの、2018年1月に発表した北極政策に関する白書で自らを「近北極国家」と定義。気候変動で航行可能な期間が長くなっている北極海航路を「氷上のシルクロード」として活用する方針を打ち出した。
中国企業は10年ほど前からグリーンランドで鉱物資源開発への出資を進める。16年には香港に拠点を置く鉱業会社が南部グロンヌデールにある旧米海軍基地の買収に名乗りを上げたが、北大西洋条約機構(NATO)同盟国の米国への配慮からデンマーク政府が売却を中止した。
17年、米中のあつれきは鮮明化する。グリーンランド自治政府が、島内3カ所の空港の拡張・新設計画を巡り、中国の銀行や建設会社に協力を打診。これに対し米国は圧力をかけ、デンマーク政府が工事費用の一部を負担して自治政府と共同管轄権を得ることで合意させた。中国企業が入札を辞退し中国の排除につながったが、米国側にはグリーンランドが融資の返済に窮し、中国の影響が空港の管轄権に及ぶことへの懸念があったとみられる。
グリーンランドの沿岸にはデンマークがNATOや米軍に利用を認めた軍事施設がある。また東西冷戦中に設置された北部チューレの米空軍基地は、世界の米軍基地で最も北にあり戦略的重要性が高まっている。
元デンマーク海軍少将で北極圏の安全保障専門家のニールス・ワング氏は、英紙サンデー・タイムズに「トランプ氏のアプローチはばかげているようにみえるが、中露に対し、『グリーンランドに手を触れるな』という本気のメッセージを送った」と指摘。米国務省は、再び開設することになったヌーク領事館を「米国の国益を増すための有効な基盤」と位置付けている。
高まる独立論 温暖化、地元に「恩恵」
気候変動により、「宝の島」として注目されるようになったグリーンランド。地元住民からは、経済的自立とともに国家独立を期待する声が高まりつつある。
「温暖化がもたらす資源を黙って見過ごす理由はない。(独立を警戒する)デンマークの懸念はグリーンランドが自活できるようになることだ」。グリーンランド独立派政党「ネルラック」のピール・ボロベル議員(46)は語気を強めた。投資拡大をもたらす米中露などの大国の進出も現時点では「歓迎」する立場だ。
グリーンランドは人口の9割を先住民のイヌイット系が占める。1979年に自治権を得ると85年に欧州連合(EU)の前身の欧州共同体から脱退し、デンマークからの独立を求める声もくすぶり続けてきた。地元紙セルミッテシアークの2017年の世論調査では、67%が独立を支持する。今は予算の半分以上をデンマークからの交付金(年約37億デンマーククローネ=約600億円)に依存する。だが、産業基盤の弱さを克服できれば、デンマーク領からの脱却も現実味を帯びる。
自治政府のビットス・クヤゥキッチョック財務相は「(気候変動の影響で)人間の生活可能な地域は拡大し、海に目を向ければ漁獲量が増えた。われわれにとってはビジネスチャンス」と言い切る。海水温の上昇で近海では夏にはマグロが水揚げされ、サバの漁獲量は6年で12倍になった。漁業は輸出総額の95%を占める産業で、港湾のある都市部では失業率が10%を切った。
失われゆく氷も、地元には潤いをもたらしている。
融解が進む氷河を目当てに観光客が増加。世界遺産のフィヨルドがある西部の観光拠点イルリサットは23年に空港を拡張する。人口わずか約5000人の都市でホテルの建設ラッシュが続く。
また、自治政府は条件付きで氷の採取を許可。18年に設立されたデンマーク資本の企業は氷解水の販売を始めた。自治政府は中国やインドへの輸出も視野に入れている。
氷が解けた水を活用する水力発電所の新設計画もあり、島内の消費電力に占める水力の割合を現状の7割から30年には9割に引き上げる見通しだ。気候変動の影響で再生可能エネルギーの導入が加速する皮肉な状況だが、「温暖化には悪い側面もあるが良い側面もある」とクヤゥキッチョック氏は言う。
先住民イヌイット系の環境活動家、アカ・ニビアナさん(24)は「他方で苦しむ人や動植物がいる。気候変動の影響が目に見える小さなコミュニティーだからこそ、(地球温暖化を)阻止する必要があるのだと世界に発信を続けたい」と訴える。ただ、「寒さが厳しいこの地の人にとっては半袖で過ごした今夏は心地よく、批判しづらいこともある」とも漏らす。
北極圏の気温は今も上昇を続ける。そのペースは年平均で他の地域の2倍に及ぶ。地球全体の危機を伝えるシグナルは、しかし、地元の人々には「恩恵」とも映る。
世界中で「気候変動デモ」が一斉に開催された9月20日。各地で計約400万人の若者らが温暖化対策を訴えて街頭に繰り出したが、ヌークの街では見当たらなかった。【ヌークで賀有勇、ブリュッセル八田浩輔】