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誰しも、自分が亡くなるときには、苦しまず穏やかに、と思うでしょう。先日、スイスで安楽死を遂げた難病の患者さんの例がテレビで放送され反響を呼びました。放送を機に安楽死に関心を持たれた人も多いと思います。私の外来でも、抗がん剤治療を受けている患者さんが「できるだけ、最後は苦痛がなく、楽に亡くなりたい、テレビでやっていたように、スイスに行かないとだめなのでしょうか?」と聞いてきました。私は「日本にいても、緩和ケアで、ほとんどの苦痛をなくすことはできます。それでも難しい場合は、鎮静といって、眠らせることもできます」とお話をしました。そうしたら、「まったく知りませんでした。緩和ケアは何もしないところと思っていました。それなら緩和ケアを受けたい」と言われましたので、抗がん剤治療を続けながら、緩和ケアを並行してやってくれる施設を紹介することにしました。このように、緩和ケアが何をしているのか、まだ一般には知られていないのが現状だと思います。(医師主導ウェブサイト「Lumedia<ルメディア>」のスーパーバイザー、勝俣範之・日本医科大武蔵小杉病院教授の原稿を帝京大学医学部の渡辺清高教授<腫瘍内科>がレビューした上で掲載します)
がんと診断された時から始まるのが「緩和ケア」
世界保健機関(WHO)では緩和ケアを「生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOL(クオリティー・オブ・ライフ=生活の質)を痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見いだし的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである」(注1)と定義しています。
世界的には、緩和ケアは末期がん患者に対する終末期ケア(ホスピスケアとも呼びます)から始まり、現在では、終末期だけでなく、がんの診断時から必要ということで、より広い意味で「緩和ケア」の用語が使われるようになっています(注2)。
ホスピスケアは、欧米のキリスト教文化に起源があるとされています。近代のホスピス運動は、1967年に英国のシシリー・ソンダース医師が聖クリストファー病院にホスピス病棟を開設したのが発祥とされています(注3)。日本でも、81年に浜松市の聖隷三方原病院に初めて「ホスピス病棟」が開設されたのを皮切りに、現在では日本全国で463病棟(23年現在)まで増加しています(注4)。
日本で多い「病院死」 欧米ではホスピス死に移行
ただ、実際にがん患者さんの死亡場所の推移を見ると(図1)(注5)、病院死が60.1%と最も多く、緩和ケア病棟死は12.0%にすぎません(2021年)。19年には、13.4%だったので、少し減少しましたが、これは新型コロナ禍で在宅死が増加したためかもしれません。がんを含めたすべての全死因での日本人の死亡場所を見ると、病院死64.3%、在宅死17.2%、緩和ケア病棟死13.5%ですので、やはり、病院死が最多です(注5)。
図1
一方、欧米では、ホスピスケアの主体が入院から在宅へと移行しているのが現状です。例えば、米国のホスピスケアは、病棟、自宅、老人ホームなど、さまざまな場所で提供されています。米国立ホスピス緩和ケア機構(National Hospice and Palliative Care Organization=NHPCO)(注6)が公表したメディケア(米国における高齢者および障害者向け公的医療保険制度。原則として米国に5年以上居住している65歳以上が給付対象。がん終末期ケアは65歳未満でも対象)のデータによれば、米国で死亡する約47%の人が、ホスピスのケアを利用しています。これには病死以外の人も含まれているので、がんでホスピスを利用しているのは約47%よりも多いと考えられます。
その大きな理由の一つは、ホスピス数の多さです。米国では現在、6000以上のホスピスがあります(23年)(注7)。米国の大半のホスピスケアは在宅で行われています。17年のデータによれば、44.6%のホスピスケアは患者さんの自宅で提供され、32.8%が老人ホームで提供されました。ホスピス病棟で行われたのは14.6%のみです。このデータは、米国民の死亡場所を調べた17年の調査で、在宅死(30.7%)が病院死(29.8%)を超えたという報告からも裏付けられます(注8)。また、英国の在宅死は46.0%、カナダは59.9%であったと報告されています(注8)。
厚生労働省が行った終末期医療の調査では、「自宅で最後まで療養したい」と回答したのは10%前後でしたが、「自宅で療養して必要になれば、それまでの医療機関に入院したい」20~23%、「自宅で療養して必要になれば、緩和ケア病棟に入院したい」26~29%を含めると、約6割の国民が「自宅で療養したい」と回答しました(図2)。
国民の6割が終末期医療について「自宅で療養したい」と希望しているのに対して、実際に死亡場所が自宅となるケースはまだまだ少ないと言えます。一般国民が在宅死や緩和ケア病棟を望んでいるのに、実際の死亡場所になるケースが少ない理由として、在宅ケアを提供できる施設や緩和ケア病棟が少ない▽病院と在宅ケア・緩和ケア病棟の連携がうまくいっていない▽実際に病気になると患者さん自身の意向が変わってしまう(最後まで病院での積極治療を望む)――などいろいろな問題が考えられます。
図2緩和ケアで実際に提供される内容は
緩和ケアでは、実際に何が提供されるのでしょうか。緩和ケアでは、がんによる痛みやつらさ、食欲不振など、あらゆる身体的苦痛を和らげるよう対応します。体の痛み、苦痛だけでなく、精神的な落ち込みや悲しみなど(精神・心理的苦痛)にも対応します。また「社会から疎外された」「仕事ができなくなってしまった」といった社会的苦痛や、「なぜ、こんな病気になってしまったのか」「不治の病になり、生きていく意味があるのか」「家族や周りの人に迷惑をかけて申し訳ない」といったスピリチュアルペインと呼ばれる苦痛にも対応します。がん患者さんの苦痛は、このように、身体的要因、精神的要因、社会的要因、スピリチュアルな要因と多面的であり、これらの四つの要因が互いに関連し合っているものとして、トータルペイン(全人的苦痛)と捉えて対応すべきだと考えられています(注3、9)。このように、緩和ケアは、トータルペインの考え方によって、身体的症状の緩和だけではなく、精神科医や、ソーシャルワーカー、看護師や薬剤師など、チームで対応をしています。また、宗教家などのサポートを取り入れている施設もあります。
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病院で亡くなった場合の療養生活の質は相対的に低い
では実際に、緩和ケアで療養を受けた患者さんがどれくらい苦痛を緩和できたのでしょうか。国立がん研究センターが22年に公表した調査結果があります。この調査は17、18年にがんで死亡された患者さんの遺族を対象に実施され、5万4167人が回答しました(注10)。この調査では、遺族からみた「死亡場所で受けた医療の構造・プロセス」「死亡前1カ月間の患者の療養生活の質」「最後の療養場所の希望や医療に関する話し合い」「家族の介護負担」について聞いています。
このうち、「死亡前1カ月間の療養生活の質」については「痛みが少なく過ごせた」「体の苦痛が少なく過ごせた」「穏やかな気持ちで過ごせた」「望んだ場所で過ごせた」「医師を信頼していた」「人として大切にされていた」の六つの観点から、遺族の受け止めを聞きました。その結果、「痛みが少なく過ごせた」の割合は全体で47.2%。療養場所別では、病院が43.4%、施設が55.0%、自宅が53.8%、緩和ケア病棟(PCU)が56.2%でした。緩和ケア病棟で亡くなった場合が最も痛みがなかったという結果になりました。
また「体の苦痛が少なく過ごせた」「穏やかな気持ちで過ごせた」「人として大切にされていた」についても、施設や自宅、緩和ケア病棟(PCU)で亡くなった場合が、病院で亡くなった場合を上回る結果になりました。「穏やかな気持ちで過ごせた」割合、「人として大切にされていた」割合は、自宅が最も高くそれぞれ、64.0%、89.9%でした。この傾向は、14年に公表された研究(注11)とほぼ同様の結果でした。緩和ケア病棟や在宅医療においては、緩和ケア専門医や在宅緩和ケアの専門家がチームでケアを担当するので、予想通りの結果であったと思います。
安楽死容認の議論よりも緩和ケア提供体制の充実を
これらの研究は、亡くなる際の質(クオリティー・オブ・デス)を調べた研究で、QODと呼ばれます。亡くなる際に、苦痛が緩和されたかどうかだけでなく、人として尊重されたか、望んだ場所で過ごせたかなど、その他の大切な要素も含んでいます。これらの結果から、亡くなる際の療養環境は、QODに大きく影響することがわかります。
QODについて、世界各国を比較したデータがあります。英国の経済誌「エコノミスト」のランキングでは日本は14位でした。学術誌に掲載されたFinkelsteinらの報告でも日本は24位で、欧米先進国に比べて低く評価されていました(12)。これは、日本では欧米諸国に比べて病院で亡くなる割合が多いことや、緩和ケアへの認知度が一般では低いことが関係している可能性があると思います。
人は誰しも、亡くなるときくらいは苦しまず穏やかに、と思うでしょう。マスコミで安楽死が報じられると大きな反響があるのも、その気持ちの表れだと思います。ただ日本では、まず緩和ケアを広めていくことが、より多くの人が穏やかな死を迎えられるようになるために最も必要だと思います。日本での緩和ケアの提供体制のありかたや、緩和ケアの認知度向上についての議論が、今後高まることを期待しています。
参考文献
1.日本緩和医療学会.緩和ケアとは「WHO(世界保健機関)による緩和ケアの定義(2002)」定訳.
2.がんと言われたときから始まる緩和ケア.がん情報サービス.
3.C. S. The symptomatic treatment of incurable malignant disease. Prescribers J. 1964;4:68-73.
4.緩和ケア病棟入院料の届出受理施設数・病床数(都道府県別). 日本ホスピス緩和ケア協会. 2023
5.菊池里美, 平山英幸, 升川研人, 余谷暢之, 宮下光令. データでみる日本の緩和ケアの現状 緩和ケア白書. 青海社. 2023:68-112.
6.NHPCO Facts and Figures. 2023
7.Services USDoHaH. For the First Time, HHS Is Making Ownership Data for All Medicare-Certified Hospice and Home Health Agencies Publicly Available. News. 2023
8.Cross SH, Warraich HJ. Changes in the Place of Death in the United States. N Engl J Med. 2019;381(24):2369-70.
9.日本緩和医療学会ガイドライン統括委員会. トータルペインの概念. がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き(2023年版). 2023:30.
10.国立がん研究センター. がん患者の人生の最終段階の療養生活の実態調査結果. 2022
11.Kinoshita H, Maeda I, Morita T, Miyashita M, Yamagishi A, Shirahige Y, et al. Place of death and the differences in patient quality of death and dying and caregiver burden. J Clin Oncol. 2015;33(4):357-63.
12.宮下光令.死の質 世界ランキング. エンドオブライフケア.7(1):71.
写真はゲッティ
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勝俣範之
日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
1963年生まれ。88年富山医科薬科大学医学部卒業。92年から国立がんセンター中央病院内科レジデント。2004年1月米ハーバード大生物統計学教室に短期留学。ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修後、国立がんセンター医長を経て、11年10月から現職。専門は内科腫瘍学、抗がん剤の支持療法、乳がん・婦人科がんの化学療法など。22年、医師主導ウェブメディア「Lumedia(ルメディア)」を設立、スーパーバイザーを務める。