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肝臓や肺などのがんに重粒子線を照射できる「回転ガントリー」=山形市の山形大学医学部で
がんの治療では、「標準治療」を受けることが何より大切です。「標準」というネーミングは誤解を与え、「普通の治療」、「並の治療」のように聞こえるかもしれません。しかし、現時点での「最善・最良の治療」のことです。つまり、標準治療を受けることがベストな選択なのです。
「高額療養費制度」で負担軽減
さて、がんの治療費は高いというイメージもあるようです。確かに100万円を超える手術や抗がん剤は珍しくありません。しかし、受けるべき標準治療のほとんどで、健康保険が使えますから、自己負担は1〜3割になります。
また、保険が適用される治療では、自己負担の上限を定める「高額療養費制度」が使えます。たとえば、年収が約370万~770万円の場合、負担額は「8万100円+(総医療費-26万7000円)×1%」になります。医療費が100万円かかったとしても、8万7430円で済む計算です。
さらに高額療養費として払い戻しを受けた月数が過去1年間で3カ月以上あれば、4カ月目からの限度額は4万4400円に抑えられます。最善・最良の治療を安価に受けることができるわけです。
このようにすばらしい国民皆保険制度をいつまで続けられるかは我が国の財政事情次第かと思います。医療格差は国民全体の短命化につながりますから、なんとか維持してほしいと願います。
さて、これも誤解されやすいのですが、最新の治療が最も優れた治療だとは限りません。新しい治療は、その効果や副作用などを調べる「臨床試験」で評価され、現時点での標準治療と比べて同等以上の効果が証明されれば、標準治療に組み込まれます。
厚生労働省が定める先進医療制度は、新しい医療技術について、保険給付の対象とすべきかどうかについて評価を行うものです。
7月1日時点で78件の医療技術が先進医療になっています。評価の結果、公的医療保険の対象となったり外れたりすることがありますから、先進医療のリストは常に変動します。
先進医療は保険医療に昇格できるかどうかの評価段階のものですから、保険が利かず、自費での支払いとなります。
放射線治療の分野では、水素の原子核を加速させて照射する陽子線治療や炭素原子核を使う重粒子線治療(粒子線治療と総称)の一部が先進医療として行われています。
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先進医療以外の自由治療は……
費用はおよそ300万円と高額で、誰でも受けられる治療ではありません。ただし、自己負担が高額となるのは、優れた治療だからではなく、公的保険の適用に値すると国が評価していないためです。
もともと、粒子線治療はすべて先進治療として行われていました。しかし、2016年に初めて、小児がんに対する陽子線治療、骨軟部腫瘍に対する重粒子線治療が保険に組み込まれました。
18年には前立腺がんへの粒子線治療も保険適用となり、今年6月には早期の肺がんについても認められました。
食道がんや腎臓がんなどへの粒子線治療は保険で認められていませんから先進医療のままです。しかし、今や、多くの臓器のがんで保険が利くようになっており、先進医療の対応となるがんは少数派になっています。
たとえば、前立腺がんの粒子線治療が先進医療から保険に移行すると、高額療養費制度の対象となるため、約300万円の自己負担額は10万円程度へと、大きく減ることになります。同じ粒子線治療でも1年違えば費用が全く異なることがあるのです。
先進医療は国が保険給付を検討している医療技術ですから、一定の実績を持っています。しかし、先進医療以外の自由診療は国も評価の対象としていないものですから、原則、近づいてはいけません。エセ医療、“詐欺医療”的な治療も多く、費用も医療機関側の言い値になりますから、莫大(ばくだい)な金額となることも珍しくありません。
先進医療は、健康保険法で位置付けられていますが、自由診療を取り締まる法律は事実上存在しないことも問題です。
我が国では、実績のある医療は検査でも治療でも公金が投入されるため、安価になります。「安かろう悪かろう」ではなく、「良いから安くなる」ということです。
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中川 恵一
東大大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授
1985年東京大医学部卒。スイス Paul Sherrer Instituteへ客員研究員として留学後、同大医学部付属病院放射線科助手などを経て、2021年4月から同大大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。同病院放射線治療部門長も兼任している。がん対策推進協議会の委員や、厚生労働省の委託事業「がん対策推進企業アクション」議長、がん教育検討委員会の委員などを務めた。著書に「ドクター中川の〝がんを知る〟」(毎日新聞出版)、「がん専門医が、がんになって分かった大切なこと」(海竜社)、「知っておきたい『がん講座』 リスクを減らす行動学」(日本経済新聞出版社)などがある。