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診療所どう選ぶ?臨終前の症状とは? 今知っておきたい 在宅医療の基礎知識
西川敦子・フリーライター
2024年7月26日
一昔前は病院で死ぬのが当たり前でしたが、医療・介護制度の整備などを背景に在宅死を望む人が増えてきました。実際、家で亡くなる人の割合は、新型コロナの感染拡大期をきっかけに上昇しつつあります(注1)。ただ、急な症状の変化や家族の負担に対し、不安を抱く人も多いようです。今知っておきたい、もうひとつの最期の迎え方とは――。在宅医の中村明澄さんに聞きました。
医療や介護の専門職がチームで支える
――日本では病院で亡くなる人が多い印象がありますが、最近は在宅で最期を迎える人も増えているようです。
もちろん、万人に在宅医療が向いているわけではありません。「医師や看護師がすぐそばにいたほうが安心」「もしものときは心肺蘇生を行ってほしい」という人は入院していたほうがいい。他人を家に入れることに抵抗がある場合も同様です。ほかにも病気や認知症の状態、家族関係、お金の問題、ご本人の性格などから病院や施設が適しているケースもあります。
ただ、「望めば家で最期を迎えられる」ということは知っておいていただきたいです。家に帰れることを知らないまま、病院で亡くなる方がまだまだいらっしゃいます。
――そもそも在宅医療とはどんな医療なのでしょうか。
自宅や介護施設などで行われる医療を指します。医師、看護師のほか、理学療法士、ケアマネジャー、ヘルパーなど、さまざまな職種の専門職がチームを組み、療養生活を支えます。対象は年齢にかかわらず、通院が難しくなった人。がんの末期で緩和ケアが必要な人も含まれます。
地方厚生局から認可を受けた「在宅療養支援診療所」に依頼すれば、24時間連絡をとることができ、医師が必要と判断すれば緊急往診も可能とされます。
――医療の内容は病院で受ける医療とどう違うのでしょう。
手術はできませんし、コンピューター断層撮影装置(CT)や磁気共鳴画像化装置(MRI)は撮れません。とはいえ、血液検査や小型エコー(超音波診断装置)などは在宅医療でもできます。酸素吸入器のほか、人工呼吸器や痛み止めの注射薬を持続的に注入できる機器なども、引き続き使用できます。
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訪問医は月1~4回の定期訪問をし、病状を把握します。初診の診療時間は1時間~1時間半くらい。以後は症状が安定していれば15~30分程度でしょうか。
訪問看護は医療保険の場合、回数に上限があり、週3回までで1回30~90分。ただし、厚生労働省が定める病気や状態においては、週3回のしばりがなくなります。介護保険の場合、利用回数は制限なしで、1回ごとの時間は必要に応じて20分未満、30分未満、30分以上60分未満、60分以上90分未満の四つの区分から選びます。
――病院では、具合が悪くなればいつでもナースコールできますが、長時間、看護師さんを独り占めすることはできませんね。
そういう意味では、在宅医療のほうがきめ細かいケアを期待できるかもしれませんね。床ずれ防止の方法やおむつの当て方をはじめ、療養生活全般について訪問看護師さんに相談に乗ってもらえるので心強い、という声はよく聞きます。
病棟で過ごすより余命が長くなる可能性も
――体調が急変したときが心配ですが……。
緊急往診できるとはいっても移動時間がかかりますから、スピードの点では病院に軍配が上がるでしょう。また、心筋梗塞(こうそく)や大動脈解離など、病院での治療でしか助けられない、急を要する病気もたくさんあります。一方、ご年齢や終末期がんなどで人生の最終段階にいらっしゃる方の場合、必要な医療は自宅でも十分に受けることができます。
人によっては在宅医療のほうが余命が長くなる可能性もあります。筑波大学では2017年、緩和ケア病棟と在宅医療を提供する診療所を対象に、がん患者の観察研究を実施しています(注2)。その結果、両者の間で平均生存期間に違いがあることがわかりました。
余命が月単位で見込まれる人の場合、緩和ケア病棟群では平均生存期間が32日間でしたが、在宅群では65日間。在宅群が緩和ケア病棟群のほぼ倍となっています。数週間単位の人も、緩和ケア病棟群では22日間、在宅群は32日間と10日の差が見られました。
――要因は何でしょうか。
科学的根拠があるわけではないのですが、自宅の空気が生み出すリラックス効果が大きいのでは。家族がそばにいる安心感も功を奏しているかもしれません。
マイペースで自由に生活できることもストレスの軽減につながりそうです。ペットとも一緒にいられますし、食べたいものも自由に食べられます。また自宅ではバリアフリーの病院と違って余計に体を動かすことになります。ちょっとした日常生活動作がリハビリにつながり、身体機能を維持する助けになるのでしょう。
がん終末期の方は在宅医療のほうが長生きできると結論づけることはできませんが、少なくとも、「自宅で最期を過ごすと寿命が縮まるかもしれない」という心配はしなくてよさそうです。
「在宅医療を始める」イコール「家で死ぬ」ではありません。やってみて「難しいな」「不安だな」と感じたら、入院医療に切り替えればいいのではないでしょうか。
アルバイト医師中心の診療所も……チェックしたい「地域の口コミ」
――どんな在宅療養支援診療所を選べばいいのでしょう。
がんでない人は「機能強化型在宅療養支援診療所」、いわゆる「機能強化型」を選ぶと安心でしょう。24時間365日つながる連絡体制があり、複数の医師による診療体制が敷かれているうえ、緊急往診やみとりの実績もあります。
末期がんの人には「在宅緩和ケア充実診療所」がおすすめです。緩和ケアやみとりの経験を積み、医療系麻薬の取り扱いに慣れた医師が診てくれます。
できれば、お住まいの地域の医療機関とつながりのある診療所を選ぶといいですね。通院先の主治医と連携があれば理想的です。主治医や病院の地域連携室などに事情を話し、よい診療所を教えてもらうといいかもしれません。
――インターネットで調べるだけでなく、地域の口コミも聞いたほうがいいのですね。
中には経験豊富とはいえないアルバイト医師が中心となっている診療所もあります。訪問看護師さんやケアマネジャーさんに評判を聞いてみるのも一策でしょう。
もう一つ、注意したいのは距離制限です。国では「医療機関と訪問先との距離は原則16km以内」としています。ただ、実際にはもっと近い距離でないと訪問が難しいため、「エリア外」ということで断られるケースもあるようです。
中村明澄医師亡くなる間際の体の変化も知っておく
――自宅で死ぬ人が多かった時代と違い、自分たちで家族をみとるのは初めての体験という人が少なくありません。どんな心構えが必要でしょうか。
一見つらそうに見える状態も、実は亡くなる前の自然な体の変化だったりします。ご家族はびっくりしてしまうと思いますが、ご本人はつらくないことも多いです。あらかじめ知っていれば、落ち着いて見守れるのではないでしょうか。
――たとえば、どんな変化が起きますか。
最期の時間が近づいてくると、眠っている時間が長くなってきます。食べる量が減り、のみ込む力も弱くなります。つじつまの合わないことを言ったり、手足を動かしたりして落ち着きがなくなることもあります。
――食が細ると、周囲は心配になりそうです。
食べないから亡くなるのでなく、亡くなる時期が近いから食べなくなります。食べたいものを楽しんで食べられればよいと思います。また、この時期の点滴はむくみや腹水や胸水の原因となることがあります。点滴の水分を体がうまく利用できないためです。体が脱水状態になる方が、楽に最期を迎えることができます。
余命数日という段階になると、目を覚ましている時間がさらに短くなります。呼吸のリズムも乱れがちに。下あごを動かして呼吸していると苦しそうに見えますが、これも自然な変化。穏やかな表情であれば、あまり苦しくない証拠です。
唾液がうまくのみ込めず、喉元でゴロゴロと音が聞こえることもあります。吸引すると苦痛の原因になりがちなので、表情が穏やかなら見守りましょう。不安であれば看護師や医師に相談してください。
目は閉じていても、聴覚は最後まで残ると言われています。いつも通り声をかけたり、好きな音楽を流したりして過ごしましょう。手を握ったり、足をさすったりしても大丈夫です。
残された時間がわずかであっても、その時間を幸せに過ごせる人がいます。半分水が入ったコップを「半分しか入っていない」と見るか、「半分も入っている」と考えるか。「幸せ感じ力」と私は呼んでいるのですが、同じ状況でも違う角度から捉えることで豊かな気持ちになれる。限られた人生、自分なりの幸せをいっぱい感じて生き抜きたいですね。
注1
厚生労働省:人生の最終段階における医療・介護 参考資料
筑波大学:コロナウイルス感染症流行期間中に在宅死の割合が増加
岡山大学:最期の時を過ごす場所を厚生労働省のデータから解析~コロナ禍で病院から在宅へ死亡場所がシフト~
注2
Comparison of survival times of advanced cancer patients with palliative care at home and in hospital.
PLoS One. 2023 Apr 13;18(4):e0284147. doi: 10.1371/journal.pone.0284147.
なかむら・あすみ 医療法人社団澄乃会理事長。緩和医療専門医、在宅医療専門医、家庭医療専門医、ケアマネジャー・介護予防主任運動指導員・健康運動指導士。2000年、東京女子医科大学卒業。筑波大学医学群講師を経て、11年より千葉市で在宅医療に従事。12年に承継し、医療法人社団澄乃会設立。17年、千葉県八千代市に向日葵クリニックとして移転。著書に「在宅医が伝えたい『幸せな最期』を過ごすために大切な21のこと」(講談社)など。
写真はゲッティ
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にしかわ・あつこ 1967年生まれ。鎌倉市出身。上智大学外国語学部卒業。編集プロダクションなどを経て、2001年から執筆活動。雑誌、ウエブ媒体などで、働き方や人事・組織の問題、経営学などをテーマに取材を続ける。著書に「ワーキングうつ」「みんなでひとり暮らし 大人のためのシェアハウス案内」(ダイヤモンド社)など。