炎熱の地球を生き延びる知恵~その4・カレー、サラミ、アイスも危険?~
谷口恭・谷口医院院長
2024年8月5日
3週間前の本連載で、近年の気温上昇が進行している環境では従来の対策では食中毒を防げないことを示し、弁当やランチボックスはできるだけ避けるべきことや、生野菜(特にレタス)に注意が必要であることを述べました。具体的な病原体として、サルモネラ菌や大腸菌などの高温多湿下で被害が起こりやすい細菌の事例を紹介しました。では、弁当や生野菜のみに注意していれば十分かというとそういうわけでもなく、家庭のカレーやシチュー、さらには冷蔵しているサラミやアイスクリームでも被害が起こることがあります。今回はこういった特に夏に注意が必要な「意外な食中毒」を紹介していきます。
残ったカレーをそのままコンロに置いていてはいけない理由
夏に食べたくなる料理としてカレーを挙げる人は少なくないのではないでしょうか。家族と暮らしていても1人暮らしであっても、家庭でカレーをつくる場合、多めに作ることがあるでしょう。そして、出来上がったカレーをすぐに食べたとしても、残りをすぐに冷蔵庫に入れる人はどれくらいいるでしょう。数時間室温で置いておいたり、あるいは翌朝までそのままコンロに置いていたりする人もいるのではないでしょうか。
そういった行為はウエルシュ菌による食中毒のリスクとなります。
カレーのように十分に熱を通した食品で食中毒が起きるのは、意外に思われるかもしれません。確かに、加熱すれば多くの細菌やウイルスは死滅します。しかし、ウエルシュ菌は加熱しても、熱に強い殻をもった「芽胞」という細胞を作って生き残ります。100℃で1時間以上加熱しても死滅しません。
加熱をやめてカレーを常温で保存していると、ウエルシュ菌の芽胞はもとの姿に戻り、急速に増殖します。ウエルシュ菌は12~50℃で増え、酸素の少ない環境では特に増殖しやすいのです。
カレーが余ったら、シンクに大きめのフライパンを置いて水を張り、そこに鍋ごと入れて冷やすのも一案だ=鈴木敬子撮影
国立感染症研究所によると、ウエルシュ菌による食中毒の件数は年間20〜40件(平均28件)程度で、それほど多くありません。けれども、1事件あたりの平均患者数が83.7人と、他の細菌性食中毒に比べて突出しています。理由は、発生場所が大量の食事を取り扱う給食施設や仕出し弁当屋、旅館、飲食店等だからです。同研究所によると、カレー・シチュー以外の原因食品として、スープ、肉団子、チャーシュー、(肉の入った)野菜の煮物などがあります。
下痢や腹痛が主な症状ですが、治療は重症化していれば補液をしたり、プロバイオティクス(腸内で有用な働きをする乳酸菌やビフィズス菌などの微生物)を飲んでもらったりする程度で、根治薬はありません。よって予防が非常に大切になります。カレー・シチュー、その他煮物などを自宅でつくるとき、残った分は速やかに冷蔵庫に入れることが大切です。
冷蔵庫でも増殖する細菌
料理とは呼べませんが、「夏に食べたくなるものは?」と問われて、真っ先に答えたくなるのがアイスクリームという人も少なくないのではないでしょうか。そのアイスクリームも食中毒の危険をはらんでいることをご存じでしょうか。
2024年6月24日、米食品医薬品局(FDA)は、複数のブランドのアイスクリーム製品がリコールされたことを発表しました。リステリア菌による汚染の可能性が発覚したからです。
リステリア菌は加熱すると死滅しますが、低温でも増殖し、塩分にも強いのが特徴です。日本ではリステリア菌の被害をあまり聞かず、死亡例の報告も見当たらないのですが、世界的には食中毒の代表ともいえる細菌です。例えば、米国では食中毒での死亡ランキングの第3位がリステリア菌です。ちなみに、1位がサルモネラ、2位はトキソプラズマ、4位ノロウイルス、5位カンピロバクターです。
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食品安全委員会の評価書によると、国内のリステリア感染症の推定患者数は年間200人(平成23年)とされています。そのうち、どの程度が重症化したのか、あるいは死亡したのかについてはよく分かりません。日本ではたいてい食中毒で死亡すれば報道されますが、そういう記事は見当たりません。リステリア菌の潜伏期間はバラバラで、24時間以内に発症することもあれば、1カ月以上過ぎてから発症することもあると言います。原因の特定が難しく、食中毒とみなされていないケースもあるのかもしれません。
感染した場合、妊娠中の女性、高齢者や免疫機能が低下している人は、敗血症や髄膜炎などの重篤な状態になることがあります。特に妊娠中に感染すると流産のリスクが上昇することは知っておくべきです。11年に発表された論文「妊娠中のリステリア感染:系統的レビュー(Listeriosis in Human Pregnancy: a systematic review)」によると、リステリア感染すると母体は軽症であっても、母子感染での新生児死亡率は20~30%にもなります。また、妊娠中のリステリア感染は妊娠していない場合に比べ18倍も多く、リステリア感染症全体の16~27%が妊娠中の女性に発生しています。
ということは、日本でも見逃されているだけで、流産や死産のいくらかはリステリア感染が原因であった可能性がでてきます。母体が軽症であれば詳しく検査されないからです。
なお、この論文ではリステリア感染に特に注意すべき食べ物として殺菌していない生乳が挙げられています。先述したようにアイスクリームがリステリア菌に汚染されていたのは、無殺菌の生乳が使用されていたからだと推測されます。(ただし、日本では無殺菌の生乳はアイスクリーム製造に使用できないことになっています)
米疾病対策センター(CDC)によると、生乳以外でリステリア菌食中毒のリスクがある食べ物として、無殺菌のチーズ、デリカテッセンで販売されるホットドッグや生ハム、サラミやチョリソなどの発酵肉や薫製肉、自家栽培のスプラウト、メロンなどがあります。メロンによるリステリア菌食中毒といえば、11年に米国コロラド州産のカンタループ(メロンの一種)での集団感染が有名です。少なくとも147人が確定診断を受け、死亡者は33人にも及びました。なぜカンタループがリステリアに汚染されていたのかは不明ですが、CDCは、メロンは酸度が低く、冷蔵庫で長期間保存できるという二つの条件がそろっていることが原因であるとしています。
リステリア菌は冷蔵庫でもゆっくりですが増殖することができるため、長期間保存すれば、結果的に食中毒を引き起こすほどに菌が増えてしまう可能性があるのです。
ところで、発酵肉や薫製肉は妊娠中には避けるべきだということは過去にも紹介したことがあります。18年のコラム「妊婦に非加熱肉はNG~トキソプラズマのリスク」で、「トキソプラズマの場合、生ハム、薫製肉、乾燥肉、塩漬け肉など加熱していないあらゆる肉から感染する」、「滅菌が十分でないミルクも危険」と述べました。
当院をかかりつけ医としている患者さんが妊娠したときに感染症の予防の説明をすると、トキソプラズマについては「猫からの感染」は知っている人が多いのですが、「食べ物、特に生ハム、サラミ、薫製肉、生乳などからの感染」は意外なほど知られていません。トキソプラズマは感染しても軽症で済むのですが(全人類の3分の1が感染していると言われています)、妊娠中には絶対に避けなければなりません。もちろん、リステリア菌やトキソプラズマだけではなく、生肉やタタキから感染するカンピロバクターを代表とする細菌や、生野菜から感染するサルモネラ、大腸菌などにも十分な注意が必要です。夏に限らず食中毒のリスクが最も高いグループのひとつが妊娠中の女性であることを再度強調しておきたいと思います。
しかし過度に恐れる必要はありません。正しい知識を持っていれば食中毒を避けて食事を楽しむことができるからです。感染症に対する最も信頼できて強力な“武器”は「知識」なのです。
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特記のない写真はゲッティ
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 月額110円メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。