日本産科婦人科学会の調査では、2017年に不妊治療の体外受精で誕生した子は5万6617人で、過去最高を記録した。この年に生まれた子どものおよそ16人に1人にあたる。世界初の体外受精児が英国で誕生したのは1978年。日本では、その5年後の83年に東北大で国内1例目の体外受精児が誕生し、いまや体外受精などの生殖補助医療で生まれる子は珍しくなくなった。どのような状態を不妊といい、どのような原因があるのだろうか。『生殖医療の衝撃』(講談社現代新書)などの著書がある埼玉医科大学産婦人科教授の石原理さんが解説する。
性行為があり1年妊娠しなければ可能性あり
東京都内に住む主婦のミドリさん(仮名)は、36歳のときに結婚した。自然に任せたい気持ちがあってためらっていたが、38歳で不妊治療をスタートし、41歳で女児を出産した。
「不妊治療を始めたらすぐに妊娠できるのかと思っていたら、なかなか子どもができなくてつらかったです。35歳を過ぎると卵巣機能が低下して妊娠しにくくなるなんて、不妊治療を始めてから知りました。結婚してすぐに始めるべきだったのかもしれません。私は運よく出産まで漕ぎつけましたが、45歳まで不妊治療を頑張ってあきらめた友人もいます」と語る。
「世界保健機関(WHO)でも日本産科婦人科学会でも、通常の性生活のある状況で1年間、妊娠しなければ不妊症であると定義しています。『通常の性生活』がどの程度かは国際的にも定義されていないのですが、週2〜3回程度と思われます。ただ、女性の年齢によってその状況は個別に考えるべきです。20代なら実際には半年以内くらいに妊娠するはずですし、37~38歳以降の女性は、半年から1年単位で妊娠のしやすさが急激に低下するからです。国によっては、不妊治療の対象を37~38歳までに制限しているところもあるくらいです。30代半ば以降の人は1年も待たずに、数カ月から半年くらいで妊娠しなければ、検査や治療を始めたほうがいいと言えます」。石原さんは指摘する。
女性側の原因は排卵障害や卵管の詰まりなど
妊娠が成立するためには、まず、女性の卵巣から卵子が排卵され、性行為によって卵子と精子が卵管内で出合って受精する必要がある。受精卵は卵管の中で細胞分裂を繰り返し成長しながら子宮に移動し、ベッドの役割を果たす子宮内膜に着床し、妊娠が開始する。
不妊の原因は、①女性側にある場合、②男性側にある場合、③男女両方にある場合――の3通りある。女性側の原因は、主に、排卵障害のほか、卵管、頸(けい)管、子宮、免疫のそれぞれに起因するものを合わせた五つだ。日本受精着床学会が03年に不妊治療患者を対象に行った調査では、男性因子が33%、女性側の問題では排卵障害(卵巣因子)が21%、卵管因子が20%、子宮因子が18%、免疫因子が5%、その他が4%だった。
排卵障害とは、生殖年齢の女性なら月に1回程度起きる排卵がないこと。ダイエットによる過激な減量、出産後に乳汁を分泌させるプロラクチンというホルモンが過剰に分泌される高プロラクチン血症、排卵を起こすホルモンのリズムが失われる多嚢胞(のうほう)性卵巣症候群などが原因になる。
28日周期の人なら、月経が始まった日から2週間前後で排卵がある。ただし排卵日は、ずれることもあり、また、毎月、月経があったとしても排卵しているとは限らない。45歳を過ぎると、月経があっても排卵がない人が増加する。2カ月程度の期間、朝目覚めてすぐの安静時に基礎体温を測ってみて、低温期と高温期が無くほぼ一定だったり、逆に変動が激しかったり、2相に分かれなかったりするときには排卵障害の可能性がある。
卵管は精子が卵子に向かう通り道で、受精卵を子宮に運ぶ管だ。クラミジア感染症などによる卵管炎や骨盤腹膜炎などによって卵管が詰まっていると、妊娠が成立しない。子宮内膜症によって卵管の癒着が起こり、不妊の原因になることもある。また、子宮頸管は、子宮の出口の筒のような部分で、排卵が近づくと内部の粘液(おりもの)を分泌して精子が通りやすいようにする。ところが、粘液の分泌が少ないなどの理由で精子が貫通しにくい状態になると妊娠しにくくなる。
妊娠の成立には、子宮の状態も影響する。子宮筋腫があったり、過去の手術や炎症、先天的に子宮の形に異常があったりすると、子宮内膜の血流が悪くなり、子宮内に到達した受精卵が着床しにくい。免疫因子というのは、ウイルスや細菌などの外敵と同じように、精子を攻撃して動かなくしてしまうことだ。精子を攻撃する抗体ができてしまうと、子宮頸管や卵管に精子が入ってきても卵子に到達できず妊娠が起こらない。