楽しく下げる高血圧フォロー
薬を増やさず血圧を抑えるには? 大事なのは「いつ飲むか」時間療法のすすめ
渡辺尚彦・日本歯科大客員教授/高血圧専門医
2024年8月11日
高血圧の薬を処方しても、血圧がなかなか下がらないことがあります。こうした時、「効果がない」としてすぐにお薬を増やそうとするお医者さんが多いと思います。
しかし同じ薬でも、飲むタイミングによってまったく効果がなかったり、大きな効果が得られたりすることがあります。一人一人に合った服薬のタイミングを見極めることができれば、薬を増やさずに血圧をコントロールできるかもしれません。
時間を変えれば効果が変わる
薬を飲むタイミングによって、その効果が変わってくるのはどうしてなのでしょうか。
生き物には約24時間周期のリズム(サーカディアンリズム)があります。サーカディアンリズムを提唱したのは、ミネソタ大時間生物学研究所のフランツ・ハルバーグ教授(1919-2013)で、私の恩師でもあります。ハルバーグ先生は、1時間ごとにラットの血液を調べて白血球を数え、その数がおよそ24時間ごとに変動することを見いだしました。
血圧や心拍数も24時間周期のリズムがあります。サーカディアンリズムに合わせて、必要な時に必要な治療ができれば、効果をより大きく、副作用は小さくすることができると期待できます。これは「時間療法」と呼ばれる手法です。私は、患者さんが薬を飲んでも血圧が十分に下がらないとき、飲んでいる薬に別のお薬を追加するか、時間療法を試すかを選んでもらうようにしています。
私が薬を飲むタイミングの重要性に気が付いたのは、35年ほど前のことです。高血圧の50代の男性患者さんに、1日1回服用の降圧剤を処方し、効果が出ているかどうか確認するため24時間血圧計を2日間着けてもらいました。
当初、朝食後に薬を服用してもらいましたが、昼の時間帯の血圧は下がるものの、夕方から夜にかけては上の血圧(収縮期血圧)が140mmHgを超えてしまいました。
そこで「薬を増やしましょうか」と提案したのですが、患者さんは「ええっ!」と言って嫌がられ、やむなく服薬時刻を変えてみることにしました。
朝食後、昼食後、夕食後、就寝前の4通りの服薬時刻を2日間ずつ試してもらい、24時間血圧計を着けて効果を評価しました。すると、降圧効果が一番高かったのは就寝前に服薬したときで、上の血圧が140mmHgを超えることはほとんどありませんでした。
薬の量は変えていません。服薬時刻を変えることで薬の効果が大きく変わることに、私自身驚きました。
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ハルバーグ先生に励まされて
私はその後、サーカディアンリズムの提唱者であるハルバーグ先生に、東京でお会いする機会がありました。ちょうど、24時間血圧計を腕に着け始めて2年が過ぎたころでした。私がハルバーグ先生に「24時間血圧計を2年着け続けている」とお話しすると、先生は「2年間! ビューティフル!」と驚いた様子でした。そして「研究を続けなさい」と私を励ましてくださいました。
当時、診療時も外さずに腕に24時間血圧計を着けていた私は、周囲の医師から「クレージーだ」と陰口をたたかれていました。ハルバーグ先生の「ビューティフル!」という言葉は、私のそれまでの鬱積した気持ちを吹き飛ばしました。
1990年8月、米・ミネソタ大でフランツ・ハルバーグ教授(左)の研究室を訪れた筆者(右)=筆者提供
私は翌年、ハルバーグ先生を尋ねてアメリカを訪れました。驚いたことに、ハルバーグ先生をはじめスタッフ全員が腕に24時間血圧計を着けていました。先生も私から刺激を受けていたようです。
ハルバーグ先生は、がんの時間療法も研究されていました。口腔(こうくう)周囲腫瘍の温度を4時間ごとに24時間測定し、腫瘍温度が最高値の時刻に放射線治療をした場合が最も効果が高いことを明らかにしました。温度がピーク時に治療した場合は腫瘍の大きさが元の3割以下にまで小さくなったのに対し、ピークから8時間後の治療では6~7割程度にとどまりました。最適なタイミングで治療するのとそうでない時では、効果に大きな違いがあるのです。
最適なタイミングは人それぞれ
一方で、高血圧の時間療法で難しいのは、服薬に最適なタイミングは一律ではないということです。30人の高血圧患者さんに24時間血圧計を7日間着けてもらいながら、起床時、起床3時間後、6時間後、9時間後、12時間後、15時間後の6通りの時刻で、同じ薬を服薬してもらい、それぞれの効果を調べたのですが、8人は起床時の服用が、別の8人は起床12時間後の服用が一番効果的でした。起床15時間後が効果的な人も5人いました。
最適な服薬タイミングは人それぞれなのです。それがどうしてなのかは研究中ですが、高血圧の原因や背景が一人一人違うからかもしれません。
このため、患者さんが時間療法を希望した場合には、上記のように起床時刻を基準にし、3時間後、6時間後、9時間後、12時間後、15時間後、18時間後(およそ就寝時)と服薬時刻を順に変更して、24時間血圧計で効果を検証しながら、一番良い服薬時刻を探しています。
ある患者さんは、就寝前に服薬した時がもっとも効果がありました。もともと平均159mmHgだった上の血圧が、就寝前の服薬で111mmHgにまで下がりました。逆に、起床3時間後に服薬したときの上の血圧は平均125mmHgで、あまり効果がありませんでした。
別の患者さんは、起床12時間後に服薬したときの上の血圧の平均が150mmHgだったのに対し、起床6時間後の服薬では120mmHgでした。服薬時刻を変えるだけで、30mmHgの差が出ました。同じ薬でも服薬時刻を変えただけで、薬を飲む前と後ぐらい効果の違いが出ることがあるのです。
起床時と比較して、就寝時の服薬の効果が高かった事例。最適な服薬のタイミングは人それぞれだ
「高血圧に効果がある」とされる食品についても、患者さんに協力してもらい、効果を検証しました。例えば「お酢」です。お酢を飲むとアデノシンという物質が血中に増えてきます。アデノシンには血管を広げて血圧を下げる働きがあります。こうした食品も、食べる時間によって効果が変わってくるようです。
ある患者さんに毎日酢を15ml飲んでもらいました。飲む時刻は先ほどの薬と同じように、7通り試してもらいました。もっとも効果があったのは、就寝時に飲用した場合で、飲用前は139mmHgだった上の血圧の平均が、124mmHgになりました。一方、起床時に飲んだ時には137mmHgで飲用前と大きな差はありませんでした。
残念ながら、高血圧治療で時間療法に取り組んでいる医師はほとんどいません。24時間血圧計を着けることは保険が適用されるのですが、一人一人に適した服薬時刻を探すのに、時間や手間がかかるからなのかもしれません。
ハルバーグ先生は「時間を考慮しない治療は医原性の死をもたらしているかもしれない」とおっしゃっていました。時間療法が、もっと広がってほしいと願っています。
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1952年千葉県生まれ。78年聖マリアンナ医科大学医学部卒業、84年同大学院博士課程修了。医学博士。米国・ミネソタ大学時間生物学研究所客員助教授、東京女子医大教授、早稲田大客員教授などを経て、現在、日本歯科大客員教授、聖光ケ丘病院顧問。高血圧専門医。循環器専門医。87年8月より携帯型自動血圧計を装着し、30分おきに血圧を測定し続けており「ミスター血圧」とも呼ばれている。「血圧が下がる人は「これ」だけやっている-高血圧治療の名医がすすめる正しい降圧法-」(アスコム)、「ズボラでもみるみる下がる 測るだけ血圧手帳」(同)、「科学的に血圧を下げる方法」(エクスナレッジ)、「自分で血圧を下げる!究極の降圧ワザ50-血圧の常識のウソ・ホント-」(洋泉社)など著書多数。