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「残念ながら、あなたのがんはステージIV、つまり根治が難しい段階にあります」
「もうできる治療はありません。緩和医療を考えた方が、人生が豊かに過ごせると思います」
突然、こんなふうにいわれてしまったら、私たちは仰天してしまい、きっと正常な判断ができなくなるのではないでしょうか。何とかならないかと怪しげな治療に頼ったり、病院を代えてみたりする方もいるかもしれません。多くの病院では、今日もこういった内容のことを医師から告げられている方たちがいらっしゃるのです。
全てのがんで亡くなる方たちのうち、半数は80歳以上です。ですから、ここでは80歳以上で、がんで死ぬということがどのような経過をたどるのか、みなさんがその時にどのような知識を持っていると望んだ最期を迎えられるのか、ということを、私なりにお伝えしたいと思います。
高齢者がたどる、がんで亡くなるプロセス
実は、人間が死ぬプロセスそのものはよく分かっていません。今まであった意識がなぜなくなるのか、そして、なぜ心臓が止まるのか――。もちろん、低酸素や電解質異常、エネルギー源の枯渇など、理由はさまざまあるのですが、例えば、人工呼吸器で酸素を与え続けてもやがて死が訪れるのですが、細胞レベルで何が起きて死が訪れるのか、はっきりとは分かっていないのです。
ただ、がんで死に向かっている高齢者に起きることは、経験上、よく分かっています。多くの方は、がんで死ぬのは「非常に苦しい」と誤解していますが、在宅医療を長年やってきた私からすれば、80歳を超えたら、がんで死ぬのが最も幸せではないかとすら思います。
がんで死ぬプロセスは、必ずしもがんが大暴れして、苦しみ抜いて死ぬわけではありません。多くの場合、思ったよりも苦しくはないのです。特に80歳以上の高齢者では、その傾向は顕著です。
また、がん患者さんの多くは、亡くなる1~2週間前まで歩けますし、亡くなる寸前、場合によっては亡くなる数分前まで会話ができます。
がんで亡くなるといっても、多臓器不全や感染症で亡くなる方が多いといわれています。いずれにしても、ご本人の症状としては、苦しさよりも、眠気が前面に立つことが多いです。
高齢者がきちんとした緩和医療を受けた場合、ご自宅でがんによって亡くなる直前の一般的なプロセスは以下の通りです。
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1.がんの治療が困難になり、体の中で腫瘍の量が徐々に増える
2.腫瘍が作った化学伝達物質が体の代謝機能に変化をもたらすと同時に、腫瘍そのものが特定の臓器の機能を低下させる
3.化学伝達物質によって食欲が減退し、体重が急激に減少する(「悪液質」といわれる現象)。同時に眠気が強くなり、日中でもウトウトする時間が長くなる
4.さらに食欲は減退し、食べることが苦痛になり、眠る時間が増え、声をかけてようやく目を覚ます、といった状態が続く。認知機能が変化し、時として幻覚を見たり、夜中に声を出したり(「せん妄状態」という意識障害)するようになる方もいる。このころには、トイレに行くことが難しくなる
5.4が起きてから10日前後で、眠っていると思っていた患者さんが、実は呼吸をしていないことに家族が気づく
私たちが在宅で見ている多くのがん患者さんの亡くなるプロセスは、以上のような経過をたどります。もちろん、きちんとした緩和医療を受けた場合、という条件付きではありますが、80歳以上のがんの患者さんで、最期まで苦しんで亡くなる方というのは非常にまれです。特に肝臓への転移が広範囲な場合には、本当に穏やかな最後になると保証してもいいくらいです。
もちろん、まるで違う経過をたどるがんもあります。特に、悪液質になりにくいがん、例えば、乳がんや前立腺がんのある種のものでは、腫瘍の量が増えても食欲が保たれる傾向にあり、痩せも進みません。その場合、未治療のままがんと共存しながら、最後の数年を過ごすことになりますから、一般的な経過とは異なる経過をとります。また、頭頸(とうけい)部がんもどちらかというと、がんのできる場所の症状が強いため、一般的な経過を取らない場合が多いと感じています。
効果的な治療がない どうしたら…
がんの治療に効果がなくなって、治療の選択肢がなくなってしまった場合には、冒頭のような言葉を医師から聞くことになります。
その後、みなさんの体のなかでは、前出の1.の状況が進行していきますが、多くの場合、動けなくなるということはなく、亡くなる1カ月ぐらい前まで普通に外出もできます。問題はその後です。
この動けない期間をどうしたら良いのかが、みなさんが考えなければならない最大のことなのです。
この時期にみなさんが行わなければならないことは、置かれた環境によって大きく異なります。特に、頼れる家族がいるのかいないのかが大きく状況を左右します。以下に、箇条書きしてみました。
1.緩和ケアにたけた医師とコンタクトを取る
2.動けなくなった期間をどこで過ごしたいのかを、家族を交えて考える
3.頼れる家族がいない場合には、後見人や保証人を立てることを考える
緩和ケアにたけた医師と連絡を
あなたの主治医が必ずしも、がんによる症状のコントロールや、動けなくなった時にどう過ごしたら良いのか、ということにたけているとは限りません。多くの場合、治療医はそういったことがそれほど得意ではないのです。
従って、治療がないといわれたら、その病院に緩和ケア科があればそこへの紹介を、もしその病院に緩和ケア科がないなら、地域の緩和医療にたけた医師を探す必要があります。このことが、みなさんが穏やかに最期を過ごせるかどうかの大きなポイントになります。
地域で緩和医療にたけた医師を探す際には、まず、病院の相談室に出向き、そういった医師がこの地域にいるかどうかを聞いてみることです。場合によっては、治療を担当している医師から相談室に行くように勧められるかもしれません。間違っても駅や道路にデカデカと看板を掲げているようなクリニックに行かないことです。きちんとした在宅医療を行っているクリニックは、看板など出さなくても紹介患者さんが来るので、多くの場合、駅に看板など出しません。
また、夜間対応をどのようにしているのかをそのクリニックに問い合わせるのも良いでしょう。自院の医師がきちんと対応しているなら安心です。
今、在宅医療のクリニックは、後ろに株式会社がついており、組織化され、利益優先で緩和医療の知識に乏しいクリニックの方が急増していますから、クリニックは慎重に選び、もし、おかしいなと感じたらすぐに解約し、他のクリニックを探すことをお勧めします。
動けない期間をどこで過ごすか
動けなくなる期間はがんによって異なりますが、亡くなる前には必ず訪れます。多くの場合、1カ月程度です。がんは、動けない期間が6カ月を超えることは極めてまれですし、肺がんや大腸がん、膵臓(すいぞう)がんなど死因の上位を占めるものであれば、ほぼ1カ月前後です。
もし、みなさんにご家族がいるなら、みなさんの本心をきちんとご家族にお伝えになられることをお勧めします。自宅で過ごしたいのか、それとも緩和ケア病棟などの病院の方が安心なのか、をです。
がんで最期まで過ごせる場所として、自宅、サービス付き高齢者住宅、緩和ケア病棟、療養型病院、といった選択肢が存在しています。それぞれにメリットとデメリットがあります。
【自宅】
がんの最後をご自宅で過ごすなら、訪問診療と訪問看護が必須になります。訪問診療医の質は千差万別で、よく選ぶ必要があります。また、訪問看護ステーションも都市部では飽和気味で、あまたあります。これもきちんと選ぶ必要があります。病院の相談室で、もしあなたの家族ならどこに頼むか、と相談員に聞いてみると良いでしょう。
きちんとした訪問医と、訪問看護師が関わってくれれば、ほとんどの場合、それほど苦しむことなく、自宅で最期を迎えることが可能です。
【緩和ケア病棟】
現在、全国の数百の病院に届け出済みの緩和ケア病棟があります。その地域にどのような緩和ケア病棟があるのかは、全国のがん拠点病院に設置されているがん相談支援センターか、みなさんが治療を受けている病院の相談室に問い合わせると良いでしょう。
がん相談支援センターの電話番号は、がん情報サービスの病院一覧(注)で調べることができます。
ほとんどの緩和ケア病棟が事前登録を求められます。登録したからといって必ずしも入院する必要はなく、登録することで、迅速に入院させてもらえるようになります。将来的に緩和ケア病棟への入院をお考えでしたら、治療がなくなった段階で、早めに登録されることをお勧めします。
緩和ケア病棟の最大の問題は、その多くで1カ月を超える入院が困難な点にあります。1カ月を超えると緩和ケア病棟の診療報酬が下げられてしまうため、病院側がそれを嫌って長期入院が不可となっているのです。
多くのがんは動けない期間が1カ月以内なのですが、それ以上にわたる場合も少なくないので、非常に使いにくいものとなっています。ですから、基本的には在宅医療の信頼できる医師の診療を受けながら、緩和ケア病棟の登録をしておくと、医師の判断で入院時期が決められるので、スムーズに移行ができます。
【療養型病床】
一般には「老人病院」といわれている医療機関の病床です。病院なので、看護師、医師が常駐しています。しかし、緩和医療にたけた医師がいる病院は多くありません。ですから、症状が強い場合には、がんの療養場所としては適していません。しかし、長期入院が可能なので、症状があまりなく、長期の療養が予想されるような場合には選択肢となり得ます。例えば、90歳を超えたがん患者さんなどが長期に過ごすには良いかもしれません。
【サービス付き高齢者住宅】
地域によっては、がんと難病に特化したサービス付き高齢者住宅が数多く作られています。残念ながら、これらの質も千差万別です。あまりにも系列の施設が多い場合には、質は期待できないと考えた方が良いですし、私も経験上、そう確信しています。まず、入所にあたって、ケアマネジャーを選べるのかどうか、訪問医を選べるのかどうか、きちんと聞いてください。本来は住宅なので選べるはずなのですが、施設によっては全て自社系列としており、毎日マッサージが来るなど、貧困ビジネスならぬ、がん難病ビジネスとしかいいようのない、明らかに利益優先の施設も数多くあるのです。というか、数としてはそちらの方が多いぐらいです。
なかには、本当に心ある看護師さんがいて、まさしくホスピスケアといって良いようなケアを提供してくれる施設もあります。良い施設を探すコツは、系列の数が多い施設を避けることです。数が少ないということは、利益追求でなく、品質を重視している可能性が高いです。こと、介護や医療に関しては、スケールメリットは提供者側にのみあり、利用者が享受することはないと考えた方が良いです。むしろ、スケールデメリットを思う存分味わう羽目になりかねません。
後見人や保証人を立てることも
今の70代の方たちは、未婚率が10%を超えた明治以降、初めての世代です。
今の社会制度は多くの場合、家族を前提に設計されており、家族がいない人に対してあまり考慮されていません。従って、もしあなたに頼れる家族がおらず、そのままの状態で動けなくなってしまうと、いろんな不都合が起きてきます。
あなたが動けなくなると、介護サービスや医療にかかる費用の支払いや預貯金の引き出しなど、日常的な金銭管理をあなたに代わって担ってくれる人が必要になるでしょう。
また、万が一、あなたが亡くなった場合、身元の引き受け、あなた自身の葬儀や埋葬、そして、残った債務整理(最後の医療費の支払いなど)、相続など、実は亡くなったら終わりではなく、さまざまな社会的な調整が残されているのです。
生活保護であれば、市役所の生活保護課の支援員の方が家族の役割を果たしてくれるので問題はないのですが、生活保護になっていない場合には、だれか代理人(保証人)を立てる必要があります。
病院では多くの場合、それまで、あなたとはあまり関わりがなかったご親族に連絡を取らせていただいて、保証人になっていただいたり、支払いの手続きをしていただいたりするのですが、それも難しい場合には、支払いもできず、その上、家族がいないので、退院、転院すらできない、という状況に陥ることがあります。
そのため、病院でも、施設でも、在宅で最期まで1人で過ごすにしても、後見人や保証人の選定は必要です。逆に、それらが決まっていないと入院や入所はおろか、医療や介護サービスを受けられないという事態も起こりうるのです。これはがんに限った話ではなく、全ての病気の終末期に等しく起きてしまうことです。
ですから、もし、あなたがだれか保証人になってくださる方がいれば良いのですが、いらっしゃらない場合には、しかるべき対策を取っておくことが必要です。
今は、損保会社などが入院保証人サービスなどを有料で提供していますし、病院の相談員などに相談し、司法書士さんなどを紹介していただくことも良いでしょう。こういったサービスは多少高いとお考えになるかもしれませんが、人生最後の、みなさんの選択肢の自由度が大幅に変わってしまいますから、多少高いと思われても契約しておいた方が良いと思います。
以上、みなさんが、治療が難しいがんと診断された時に、知っておくとその後の療養に役に立つだろうことを書いてみました。
がんは、他の疾患よりもはるかに、というレベルでサポート体制が手厚くなっています。きちんと選んでサービスを利用しさえすれば、みなさんが望むような最期をほぼ確実に迎えることができる、といっても良いほどです。
この文章が、みなさんの何かの助けになれば幸いです。
注:がん情報サービス 病院一覧(全国)
https://hospdb.ganjoho.jp/kyoten/kyotenlist?cf_pmp_list=&cf_feature_care=1&cf_name=
写真はゲッティ
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小野沢滋
みその生活支援クリニック院長
おのざわ・しげる 1963年相模原市生まれ。90年東京慈恵会医科大学医学部卒業。在宅医療をライフワークにしようと、同年から亀田総合病院(千葉県鴨川市)に在籍し、99年同病院の地域医療支援部長に就任。22年間、同病院で在宅医療を中心に緩和医療や高齢者医療に携わってきた。2012年に北里大学病院患者支援センター部副部長を経て、13年に同トータルサポートセンター長に就任。同病院の入院患者に対して、退院から在宅医療へスムーズに移行できるよう支援してきた。16年相模原市内で在宅医療専門の「みその生活支援クリニック」を開設。亀田総合病院在宅医療部顧問。日本在宅医学会認定専門医。プライマリケア連合学会認定医、日本緩和医療学会暫定指導医。日本在宅医学会前理事。日本医療社会福祉協会理事。一般法人社団エンドライフケア協会理事。相模原町田医療介護圏インフラ整備コンソーシアム代表。