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今回は脳の画像の「疾病診断用プログラム」(以下、プログラム)について述べます。アルツハイマー型認知症では、脳の一部分で記憶に関係している「海馬」が萎縮していることが多いのですが、脳の写真を見ても萎縮しているかどうかはっきり分からない場合があります。プログラムは脳の写真をコンピューターが解析し脳の萎縮を評価することによって、萎縮のあるなしを客観的に明確にするものです。一見すると便利なのですが、使い方を間違えると誤診の元となります。その誤診に基づく不適切な薬物治療が大きな副作用を出すこともあります。また、脳ドックでプログラムによる解析を受けても、全く意味はありません。「診断用プログラム」と名付けられてはいるものの、プログラムがやるのはあくまで「萎縮の程度の判定」であって「認知症かどうかの診断」でも「認知症になりそうかどうかの診断」でもないからです。病気の進行度合いや治療効果などを確認することもできません。以下、プログラムの正体について述べていきます。
患者と医師の個人差が影響
アルツハイマー型認知症では、脳をCT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像化装置)といった画像検査で調べると、こめかみの裏側にある「側頭葉」という部分の内側にある「海馬」が萎縮していることが分かります。ただし、場合によっては萎縮があるのに見落とされることがあります。脳の形は個人差が大きく、実際は萎縮があるのに、一見しただけでは萎縮が目立たない場合があるからです。特に病気の初期のうちは萎縮の程度が軽く目立たないので見落とされやすいです。加えて、脳の画像をみて診断する医師の診断能力の個人差もあります。すなわち、脳の画像を見慣れている医師とそうではない医師がいるので、同じ画像を見ても医師によっては海馬の萎縮に気付かない場合もあるわけです。CTやMRIで診断できない場合は「脳血流シンチ」という脳の血流を調べる精密検査で認知症の診断をするという選択肢もあります。CTやMRIで診断がはっきりしない場合でも脳血流シンチをすればはっきりするからです。しかし、脳血流シンチは少量ながらも放射線被ばくを生じさせますし、検査の費用が高額ですし、検査できる病院も限られます。ですから片っ端から脳血流シンチをするわけにはいきません。検査によって得られる利益の方が不利益よりも確実に大きい場合しか、脳血流シンチは利用できないのです。
萎縮度判定プログラムを製薬会社が製造
この課題を解決すべく登場したのがプログラムです。プログラムは、MRIで得られた脳画像情報をコンピューターで処理して計算し、海馬の萎縮の程度を数値化してくれます。詳しくいいますと、コンピューターが脳画像情報を加工することによって脳の形の個人差をなくしたうえで、海馬の萎縮の程度を自動的に計算し客観的な数字として出します。そうすることによって、医師が自分の目でMRI画像をみる時に生じる二つのばらつき、すなわち「脳の形の個人差」および「診断能力の個人差」をなくすことができるのです。なお、CTで得られた脳画像情報に関するプログラムは製造販売されていないので、現時点ではMRIを実施した時のみプログラムを使えます。
プログラムが広く使われると、医師が海馬の萎縮を見落とす割合が減り、早期にアルツハイマー型認知症と診断される患者数が増え、抗認知症薬の需要を喚起することが期待できます。プログラムを製造販売しているのは、抗認知症薬を製造販売している製薬会社です。製薬会社の株主向け説明資料において、プログラムは「MRI画像による早期アルツハイマー型認知症診断支援システム」だと紹介されています。
プログラムのわな
一見すると便利なプログラムなのですが、プログラムの出した数字のみがひとり歩きすると危険です。というのも、プログラムはあくまで海馬の萎縮の程度を数字にしているだけに過ぎず、この数字だけでアルツハイマー型認知症の診断をすることはできないからです。製薬会社がプログラムを「診断支援システム」と呼び、「診断システム」とは言っていないことに注目してください。
つまり、萎縮があっても認知症だとは限らないのです。この連載の2回目「見逃さないで『治るかもしれない認知症』」でも説明しましたが、認知症とは「知的能力の衰えが進行することによって」「忘れっぽい、言葉が出にくい、段取りしにくい等のさまざまな症状が表れ」「その影響で生活に支障が出る」状態のことです。萎縮があっても特に症状がない方は、認知症ではありません。また、断酒などで萎縮が回復する方もいます。さらに、仮に萎縮があって認知症でも、「アルツハイマー型」だとは限りません。
このように「診断できない」ことはプログラムの説明書にきちんと書かれているのですが、一部に説明書をよく読まずプログラムを使う医師がいるのが問題です。この連載の1回目「“念のため”の認知症治療薬で性格が激変した夫」で紹介した事例はまさにこれでした。すなわち、本当は「前頭側頭型認知症」だった人が脳のMRI検査を受けて、プログラムが計算した結果、海馬の萎縮の程度が大きいという数字が出て、アルツハイマー型認知症と誤診され、合わない薬を出されて重大な副作用が出た事例です。プログラムを誤用すると、何でもかんでも「アルツハイマー型認知症」と診断するようになってしまうのです。
これとは逆に、プログラムがアルツハイマー型認知症を見落とす場合もあります。65歳未満で発症するいわゆる若年性のアルツハイマー型認知症の場合、海馬の萎縮は目立たず「頭頂葉」という脳のてっぺんの部分の萎縮が目立つ、という特徴があるのですが、このプログラムは海馬の萎縮の程度だけを数値化しますので、本当は若年性のアルツハイマー型認知症なのに「異常なし」と認定してしまいかねないのです。
誤診をまぬがれる方法
「あなたは海馬の萎縮があるのでアルツハイマー型認知症です」という説明があったら医師がプログラムを誤用している可能性があるので要注意です。海馬の萎縮以外の診断の根拠を聞きましょう。認知症の診断は、本来、次のように行います。
まず本人や家族への問診により現状を把握し、次に神経の障害がないか診察を行い、「ミニメンタルステート検査」などの認知機能を調べる心理検査を行います。そして認知症を疑う症状があれば次にMRIやCTといった画像検査を行います。さらに血液検査で「他の病気がないか」を確認したうえで、最終的な診断をします。
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よって、正しい診断手順を踏んでいれば、アルツハイマー型認知症の診断の根拠が画像のみということはあり得ず、他の根拠も必ずあります。それを尋ねられて医師が答えた場合はプログラム誤用の可能性はなく安心できますが、答えなかった場合は誤用の可能性が捨てきれないので、別の医師の診察を受けてみた方がいいです。
認知症早期発見に脳ドックは役立たない
なお、一部の脳ドックではMRI検査を受けた際に「追加料金を払うと、このプログラムによる解析を受けられる」という選択肢が用意されているようです。しかし、萎縮と認知機能との関係は個人差が大きく、脳が萎縮していても認知機能が正常な高齢者もいますので、「萎縮あり」という解析結果報告書を渡されても気にする必要はありません。逆に、若年性アルツハイマー型認知症では海馬の萎縮は目立ちませんので、萎縮なしという解析結果報告書を渡されても65歳未満の人であれば安心材料にはなりません。
結果が良くても安心できず、結果が悪くても心配に及ばずということなので、そもそも解析に意味はありません。認知症の早期発見を目的として脳ドックを受けるのはやめておくのが賢い選択です。少なくともプログラムに追加料金を払うのは無意味です。プログラムによる解析を受けても認知症の予防にはつながりません。無駄な追加料金を払うよりも、確実な証拠がある予防法について知ることの方が重要です。
次回は認知症の予防について書きます。
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