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まだまだある「死に至る感染症」 海外渡航時に注意すべきこととは
谷口恭・谷口医院院長
2024年8月19日
エボラ出血熱の疑いのある患者を移送車から感染症病棟に運び入れる訓練をする職員ら=香川県立中央病院で2024年1月26日午後2時16分、佐々木雅彦撮影
本コラムを執筆している7月末の時点で、新型コロナウイルスが依然流行し、入院を強いられる重症例もありますが、全体としては新型コロナは軽症化しており、感染しても自主隔離をする人は少数です。当院を風邪症状や発熱で受診する外国人はほぼ全員が新型コロナの検査を希望せず、世界ではマスクを着用する人が激減しています。つまり新型コロナはすでにただの風邪に格下げされているのです。他方、前回取り上げた鳥インフルエンザはネズミなどでの流行をきっかけにパンデミックに発展する可能性はありますが、目下ヒトからヒトへの感染報告はありません。
では、世界は感染症の恐怖から解放されたのかというと、そういうわけではありません。マラリアは今も死に至る病ですし、デング熱による死亡者は増加の一途をたどっています。デング熱は罹患(りかん)しても大半は軽症ですが、若くして死亡することもあります。先日当院を受診したデング熱に罹患したスペイン人女性は初診時には軽症でしたが数日後に重症化し緊急入院を要しました。
死に至ることがある、侮ってはいけない感染症は他にいくつもあります。今回は現在注目が集まっているそんな感染症三つに焦点をあててみたいと思います。
フルーツに注意
最初に紹介したいのは2018年のコラム「致死率7割!? ニパウイルスの恐怖」でも取り上げた「ニパウイルス」です。このウイルスはマット・デイモン主演の11年の映画「コンテイジョン」のモデルになったことでも有名です。
24年7月21日、インド南部のケララ州で14歳の少年がニパウイルスで死亡しました。少年にニパウイルスの診断がついたのが7月20日、その翌日に心停止で死亡したのです。22日の報道によると、南部ケララ州の当局は、少年と接触した約350人を追跡しており、そのうち101人がハイリスクの接触者で、6人が何らかの症状を示しているそうです。
ニパウイルスは致死率が最大75%とされ、生き残ったとしても約2割は性格の変化や発作性疾患などの長期的な神経疾患を抱えることになります。
上述のコラムで述べたように、ニパウイルスはナツメヤシの樹液(raw date palm sap)から感染します。では、今回死亡した少年もナツメヤシを口にしていたのかというと、そういうわけではなく、自宅近くの畑で採れたhog plum fruit(黄色い卵形の熱帯性果物)を食べた後に発症したようです。
ケララ州では初めてニパウイルスが報告された18年に17人が死亡しました。それ以降この地域では散発的に発生しており、23年9月にも2人が死亡しています。
基本的には現地の食べ物からの感染ですから現地のフルーツを食すときには注意が必要でしょう。なお、ニパウイルスにはワクチンも特効薬もありません。
子供の命を奪う感染症
次に紹介したい感染症は「チャンディプラウイルス」で、こちらも致死率は7割以上、現在流行しているのもインドです。報道によると、24年6月初旬以降、インド西部のグジャラート州で100人以上が感染し、少なくとも38人が死亡しました。ほとんどは子供と10代の若者だといいます。
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チャンディプラウイルスは主にサシチョウバエ(蚊のように血を吸う昆虫。体長約2~3mm)によってヒトに感染することが分かっていますが、蚊やダニもこのウイルスを媒介することが知られています。感染後すぐに発熱や頭痛などを起こし、その後、脳炎に進行し、けいれん、発作、昏睡(こんすい)、そして死に至ることもあります。英紙「テレグラフ」によると、致死率は76%と推定されていますが、感染しても無症状で気付かれないことも多く、実際の死亡率はこれほど高くないであろうと考えられています。
このウイルスは1960年代半ばにインド西部のマハラシュトラ州チャンディプラ村で初めて確認されたことからその名前が付けられました。その後、約80年の間、インド国内で散発的な流行が起こっていました。03年、マハラシュトラ州と南東部のアンドラプラデシュ州では329人の子供がウイルス検査で陽性となり、このうち183人が死亡しました。
今回流行が起きている西部グジャラート州では10年にも流行し、17人が死亡しています。
特に小児にとって「死に至る病」となりうるこの疾患にはワクチンも特効薬もありません。しかし、DEET(ディート)やイカリジンなど蚊を防ぐときに用いる虫よけ剤がある程度は有効であろうと考えられています。
胎児の小頭症を引き起こす病
最後に紹介したいのは現在ブラジルで流行している「オロプーシェウイルス」です。これはデング熱に似たようなウイルス感染症で、感染しても致死率は高くないものの、妊娠中の女性が感染すると胎児が死亡することがあります。最近のブラジル保健省の発表によると、オロプーシェウイルスに感染した母親から生まれた新生児4例で小頭症が生じ、死亡例が1例報告されています。
https://www.science.org/content/article/virus-spreading-in-latin-america-may-cause-stillbirths-and-birth-defects
致死率は高くないとされていますが、最近、同国バイーア州で女性2人がオロプーシェウイルスに感染し死亡しました。ブラジル保健省によると、24年の症例はすでに7236件を記録しています。
https://www.telegraph.co.uk/world-news/2024/07/26/brazil-records-worlds-first-oropouche-virus-deaths/
ブラジルでのオロプーシェウイルスの流行を受け、汎米保健機構(PAHO)は7月24日、南米5カ国のオロプーシェに対し注意勧告を発令しました。
「新生児の小頭症」と聞くとジカ熱を思い出します(参照;ジカ熱拡大【後編】感染防止のカギと合併症)。15~16年にかけてブラジルでジカ熱が流行し150万人が感染し、3500件以上の乳児小頭症が発生しました。
https://www.telegraph.co.uk/global-health/science-and-disease/oropouche-virus-brazil-stillbirths-microcephaly-zika-virus/
ジカ熱やデング熱のウイルスを運ぶヒトスジシマカ=国立感染症研究所提供
ジカ熱を媒介するのは蚊ですが、オロプーシェウイルスはヌカカ(蚊のように血を吸う昆虫。体長約1~2mm)です。
今のところ日本国内でオロプーシェウイルスに感染したという報告はありませんが、ヌカカは日本にも生息しています。厄介なことに、蚊よりも小さいために蚊帳は役に立ちません。おそらく虫よけ剤のDEETやイカリジンは有効だと思われますので、中南米に渡航する人は常にこれらを携帯し、蚊だけでなくヌカカ対策もすべきです。
海外旅行では必須の「蚊」対策
もっとも、現在南米で最も気を付けなければならないのがオロプーシェというわけではありません。ブラジルでは、今年は5月の時点でデング熱の感染者が510万人を超え、これは過去最高のペースです。
https://www.brasildefato.com.br/2024/05/21/brazil-surpasses-5-million-cases-of-dengue
ブラジルといえば、サシガメ(カメムシの一種)に刺されて感染するシャーガス病も警戒が必要です。こちらは、虫よけ剤のDEETやイカリジンは期待できず、宿泊する施設によっては蚊帳を使用しなければなりません。
ブラジルは南半球に位置していますから現在は冬で、デング熱もシャーガス病も感染者は減少していますが、それでもゼロではありません。そして、夏(12月から3月ごろ)には再びリスクが上昇します。ブラジルに限らず、中南米全域で、さらにアジア、中東、アフリカでも蚊対策は必須となります。
マラリア対策で、屋内の壁に蚊よけのスプレーを散布する担当者=ルワンダ東部ヌゴマ郡で2022年9月6日午後0時10分、五十嵐朋子撮影
最近は、海外旅行を控えている患者さんに「海外で蚊に刺されると死に至ることもありますよ」と言わなければなりません。あまり患者さんを怖がらせたくはないのですが、蚊対策を怠ったために取り返しのつかない事態になることは実際にあり得ます。
冒頭で紹介した当院を受診したスぺイン人女性は、バリ島で蚊に刺されてデング熱を発症しました。最初は元気だったものの、最終的には緊急入院し集中治療を受けなくてはなりませんでした。
しかし感染症を過剰に恐れる必要はありません。正しい「知識」を”武器”にすれば海外渡航時も安心して現地の文化や生活を楽しむことができるのです。
◇ ◇ ◇ ◇
谷口恭医師の一日講座が29日19時から、毎日文化センター大阪で開かれます。テーマは「記事には書けない 新型コロナの“真実”」。オンライン受講もできます。受講料2000円。申し込みはこちらから。
特記のない写真はゲッティ
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 月額110円メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。