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毎日新聞 2022/9/20 東京朝刊 有料記事 1026文字
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血なまぐさい事件が起きるたびに、特定の集団や民族が「罪」をかぶせられる。そんな歴史が繰り返されてきた。
81年前の1941年9月24日、ウクライナの首都キーウ(キエフ)で大爆発が起きた。占領者だった旧ソ連の秘密警察が、ナチス・ドイツに駆逐されて撤退する直前に仕掛けた爆弾だった。だがナチスは意図的にユダヤ人に「疑いの目」を向け、迫害の口実に使う。ユダヤ人は郊外の渓谷(通称、バビ・ヤール)に集められ、同月29日からの2日間で計3万3771人が虐殺された。
ソ連はその後ウクライナを奪還するが、渓谷の記念碑には「犠牲者はキーウ市民」と記しただけ。「ユダヤ人」とは書かなかった。反ユダヤ主義の影響だとされる。
その渓谷近くで育った気鋭の監督、セルゲイ・ロズニツァ氏による映画「バビ・ヤール」が24日から全国で順次公開予定だ。ロシアやドイツ、ウクライナの公文書館や個人宅で保管されていた映像をかき集めたドキュメンタリーだ。昨年のカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した。
作品を貫くのは静かなる怒り。大虐殺とその歴史の封印、そして同胞の罪。上映に先立ち監督は、多くのウクライナ市民がユダヤ人を排斥し、その金品さえ強奪したことが「最も恐ろしかった」と述べている。「普通の市民」が年老いたユダヤ人を家から引きずり出して殺害し金品を奪う。それは「人間の本性」でもあると語る。
昨年夏にカンヌで上映されるとウクライナメディアから「戦争犯罪協力者として描いている」と反発の声が上がった。だが監督はそうした拒否感に向き合うべきだと言う。「歴史の知識が衛生基準にならなくてはいけない、手を洗うのと同じように」
ユダヤ人に言われなき罪をかぶせる「血の中傷」は12世紀ごろから欧州各地で猛威をふるった。1255年には英国で男児の遺体が見つかり、宗教儀礼のために殺害したなどとしてユダヤ人19人が処刑された。最近も2016年の米大統領選で、ヒラリー・クリントン氏らが子供たちを性的奴隷として拘束しているという陰謀論が架空のユダヤ人名で拡散された。「血の中傷」の変異株ともいわれる。
過去に受け入れられた休眠中の物語は何度でも息を吹き返す。日本でも1923年9月の関東大震災直後、在日外国人がいわれなき「罪」を着せられた。同じような物語は最近も、新型コロナウイルスの感染拡大で亡霊のようによみがえった。拒否感と向き合い、歴史を「衛生基準」にしたい。(専門記者)