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毎日新聞 2022/9/25 06:00(最終更新 9/25 09:22) 有料記事 1598文字
15年前に厚生労働省が策定した「新医薬品産業ビジョン」。ドラッグ・ラグの解消がうたわれ、一定の効果を上げたが、今新たな問題に直面している=横田愛撮影
新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)では、各国における薬を開発する力、つまり「創薬力」が試されました。この分野に強かったはずの日本が後手に回ってしまい、多くの医薬品を輸入に頼ることになった経過を取材してきましたが、実は足元でさらに心配な事態が拡大しているようです。今回は、最先端の医薬品アクセスを巡る話です。【くらし医療部・横田愛】
日本にいたら、海外の画期的新薬がいつまでたっても使えない――。そんな事態が迫りつつある。
製薬業界や霞が関で今、注目されているデータがある。2020年末までの5年間に欧米で薬事承認された新薬246品目のうち、7割強の176品目が日本では未承認というものだ。16年末時点に比べて1・5倍に増えているという。
調べたのは、日本製薬工業協会のシンクタンク「医薬産業政策研究所」の総括研究員、飯田真一郎さんら。昨年、第1弾となるデータを公表したのに続き、この夏、背景を探ったリポートをまとめた。「必要な医薬品が日本人まで届かないという、新たな問題が起き始めている」と飯田さん。どういうことなのか。
海外に比べて日本で新薬の実用化が遅れる「ドラッグ・ラグ」は、10年以上前にも社会問題となった。「ラグ」とは「遅延」のことで、厚生労働省は07年にドラッグ・ラグの解消を目指して「新医薬品産業ビジョン」を策定。海外と日本で同時発売できるよう国際共同治験への参加を強化したり、薬事審査を担う審査員を増員したりと官民挙げてテコ入れを進め、ここ数年、「ラグ」は解消されつつある、と目されていた。
だが、飯田さんらの調査では、未承認薬の数は近年むしろ増加し、状況がより複雑で深刻になっている。
未承認の176品目の半分以上は、米食品医薬品局(FDA)が優先審査の対象に指定するなどした重要度の高い医薬品だった。つまり「治療法がなかった患者に効果がある」「革新性がある」といった、他に替えが利かない薬だ。
欧米で承認されても国内では未承認の新薬が増えている
いずれ日本に入ってくるなら、まだいい。しかし、これらの多くは日本での承認に必要な国内での臨床試験(治験)の動きがない。「日本人には手の届かない薬」となっていく可能性があるという。
ドラッグ「ラグ」ではなく「ロス(喪失)」――。そんな言葉もささやかれている。
最大の要因は、開発の担い手の変化にあると飯田さんらは見る。世界最大の新薬創出国・米国では近年、新興のバイオ医薬品企業が急速に台頭。米医薬コンサルティングIQVIAによると、21年に米国で実用化された新薬の実に半数が、新興バイオ企業によるという。メガファーマ(巨大製薬企業)と異なり、これらは母体が小さく、そもそも日本に拠点を持たない。
となると、いかにして日本に引っ張ってくるか課題となる。だが、残念ながら見えてくるのは、日本が「選ばれない国」となりつつある現実だ。
未承認薬のうち、がん治療薬は4分の1近い41品目を占めるが、アジアで見ると治験が始まっているのは韓国16品目、台湾11品目に対して、日本は6品目しかない。分析した飯田さんは「新興企業は、コストとスピードを重視して治験の実施先を選んでいるのではないか」と指摘する。
大規模な治験センターを持つ韓国など、アジア諸国の治験の質は向上し、「高コストで非効率」とされる日本にもはや優位性はない。さらに高齢化で社会保障費が膨らむ日本では、抑制の原資として薬価(薬の公定価格)の引き下げが続き、医薬品売り上げが主要国では唯一のマイナス成長だ。「事業価値の面からも、日本を入れる意味を感じていないことも考えられる」(飯田さん)という。
円安にあえぐ日本経済、細る人口……。「日本の地位低下」は、残念ながら医薬品開発に限った話ではない。だが、薬は人の命に直結する。「ロス」は、看過できない。
<※9月26日のコラムは東京経済部の赤間清広記者が執筆します>