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前回の記事で解説したように、がんになる最大の原因は「加齢」――。その意味で、生きている以上、誰しも避けて通ることはできません。しかし「加齢」以外の原因を避け、できるだけがんにならないよう努めることは可能です。
では、具体的にどうすればよいのか。たとえば「生活習慣の乱れを正す」とか「紫外線を浴びない」といった方法を思いつく方もいるでしょう。そこはがんの発生メカニズムを正しく踏まえて考えることが必要です。今回は、がんの科学的な予防法を紹介します。
グレることを防ぐのが大事
がん細胞は正常な細胞がグレた末に発生する――というお話は、これまで繰り返しお伝えしてきました。
人間にたとえれば、真面目な青年であったジャック(正常細胞)が友人の裏切りにあうなどしたために悪い友達とつるむようになり、次第にグレて(遺伝子に傷がつく=遺伝子変異が入る)いきます。さらには暮らしている街の荒廃(加齢に伴う体の変化)に伴って警察(免疫細胞)が弱体化し、凶悪なギャング(がん細胞)になってしまうことと似ています。
こうしたメカニズムを踏まえれば、逆にがんをできるだけ発生させないようにすることも可能になります。真面目なジャックがギャングにならないよう、まずはグレることを防げばいいのです。
前回の記事で解説したように、がんが発生する最大の原因は「加齢」です。年を取る過程で、細胞には自然と遺伝子変異が生じてしまいます。人が生きている以上、仕方のないことで、現時点の医療でも、加齢に伴う遺伝子変異については防ぎようがありません。ですから、がんを防ぐには加齢以外の原因を減らすことが必要になります。
人がグレる時も「ある日突然」ではなく、周囲の環境が影響するといわれますよね。たとえば犯罪行為を繰り返す悪い友達に囲まれていたり、日々事件が起こる荒廃した街にいたりすると、どんなに真面目な子でも影響され、グレやすくなるかもしれません。がんについても同様で、体内の環境が悪化していると、正常細胞内の遺伝子変異を増加させてしまうことが分かっています。
遺伝子変異が入るのを加速させる要因として科学的に確認されているものには、喫煙、飲酒、ウイルス感染、肥満、運動不足、紫外線、過剰な塩分摂取、野菜摂取不足、熱い飲食物の摂取、化学物質(アスベストなど)への暴露などがあります。
加齢が内部の要因なら、こうしたものは外部の要因ということになります。言い換えれば、減らせるものや改善できることがほとんどです。ちょっとしたことでがんになる確率を下げられるのですから、知っておいた方がいいし、これらをよく理解することがとても大切になります。
人間関係や街の様子に注意を払って、子どもたちがグレてギャング(がん細胞)にならないよう、適切な環境を作ること――これが、がん予防の基本になります。
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では、具体的に、どのように防いでいったらよいのでしょう。日本人の発がんに関わる重要な原因を取り上げ、それぞれについて解説します。
70以上の発がん性物質を多数含む“最大の敵”
これについては多くの方がご存じかと思います。ズバリ、たばこのことです。たばこの煙には70以上の発がん性物質が含まれていることが分かっていて、それが体内に入るとさまざまな機序を介して、正常細胞の遺伝子に傷をつけてしまいます。
影響を与える部位は、煙が直接当たる口腔(こうくう)、喉、食道、肺などに限りません。一部の有害物質は体内に取り込まれて循環し、膵臓(すいぞう)、肝臓、子宮頸部(けいぶ)、膀胱(ぼうこう)などにも影響を与えます。そのため喫煙者は肺だけでなく、他の部位でも、がんの発生率が上がります。また、たばこの煙は周囲にいる人の肺がん発生率を上げることも確認されています。
たばこは甚大な影響を与えますので、禁煙を強くお勧めします。禁煙することで、がんリスクを大幅に軽減することができるからです。
一方で、長期に喫煙をしてきた方がやめるのは容易でないことも確かです。主に、たばこに含まれるニコチンの中毒性が原因となっているため、やめたくてもなかなかやめられないのです。そうした場合、専門医がいる禁煙外来の利用をお勧めします。ニコチン中毒の症状を和らげるためのニコチン代替療法を活用すると、比較的スムーズに禁煙をすることができます。ご自分やご家族のためにも、ぜひ頑張ってほしいものです。
一部の感染症は「放火魔」になる
また、がんには感染によって生じるものもあります。
一般的にウイルスや細菌が体内に入ると、感染した部位(臓器)で炎症といわれる騒動を起こします。感染が一時的なもので病原体がすぐに排除されれば、炎症騒動は短期で終わるので大問題にはなりません。しかし、一部の厄介なウイルスや細菌が体内に残り続けると慢性的に炎症を起こしている状態になり、最終的にがんを誘発することにつながります。
これは放火魔が街に隠れていて、頻繁に火をつける状態と似ています。そこら中で繰り返し火事が起これば街は荒廃するし、住んでいる人も不安になって、落ち着いた暮らしを送れなくなってしまいます。
がんの原因となる厄介なウイルスや細菌としては、子宮頸がんや口腔がんを引き起こすヒトパピローマウイルス(HPV)、胃がんを引き起こすヘリコバクターピロリ菌、肝細胞がんを引き起こすB型・C型肝炎ウイルスなどがあります。これらのウイルスと細菌は入り込みやすい臓器に住み着き、そこで慢性的な炎症を起こして、グレた細胞を増加させることにつながります。
ワクチンで予防可能な子宮頸がん
このHPVウイルスには、すでに有効なワクチンが開発されていて、子宮頸がんを劇的に予防できることが分かっています。ワクチンを打つことで、「放火魔」を取り締まる警察(免疫細胞)を体内に作ることができるのです。
ワクチンの接種は世界中で採用されており、近い将来、子宮頸がんが根絶されるのではと期待されています。日本では導入時に、副反応に関するさまざまな誤解が生じて不安が広がったため、現時点でも著しく接種率の低い状況が続いてしまっています。結果として、ワクチン接種のみで簡単に予防できるがんが多くの若い日本人女性の命を奪ってしまうという、とても悲しい現実に直面しています。詳細については厚生労働省のページをご覧いただき、接種を検討してほしいと思っています。
ピロリ菌が関与する胃がん
また、日本人に多い胃がんの発生にも、ヘリコバクターピロリ菌という細菌の関与が指摘されています。主に幼少期にこの菌に感染し、胃の中で持続的な炎症が起こることで胃がんを誘発します。
ピロリ菌に感染しているかどうかは呼気検査や採血で簡単に調べることができます。若い方で10~20%ほど、高齢者では半分以上の方が陽性となります。調べたことがない方には一度、検査をお勧めします。感染していて、かつ医師が除菌適応と判断した場合には抗生剤を服用し、除菌をすることが推奨されます。詳細な情報については日本ヘリコバクター学会のページをご覧ください。
肝炎ウイルスで肝臓がんに
B型・C型肝炎ウイルスは、感染者の血液に接触することでうつるウイルスで、肝臓に持続的な炎症を起こします。肝臓で騒ぎを起こし続けると、最終的に肝臓の機能不全やがんを誘発することが分かっています。
厄介なのは感染後もしばらくは目立った症状が出ないことで、気がついたら進行していることもあります。検診などの際、血液検査で調べることが可能な上、B型肝炎ウイルスについてはワクチンの予防接種で感染を防ぐことができます。感染した場合には適切な治療を受ける必要があるので、詳細についてはこちらをご覧ください。
飲酒で顔が赤くなる人は要注意
かつては「百薬の長」などと言われてきたお酒ですが、残念ながら発がん要因になることが明らかになっています。摂取したアルコールは肝臓でアセトアルデヒドという成分に分解されるのですが、このアセトアルデヒドが厄介者。体内でさまざまな悪事を起こして、遺伝子に損傷を与えるからです。特にアルコール摂取量が過度な場合は肝細胞がん、食道がん、大腸がんの深刻な原因となります。
1日の飲酒量の目安はアルコール換算で約23g程度(日本酒1合、ビール大瓶1本、ワインならグラス2杯程度)に抑えましょう。週に2日以上の休肝日を設けたり、ノンアルコール飲料を活用したりすることをお勧めします。
特に、お酒を飲むと顔がすぐ真っ赤になる人は体内にたまったアセトアルデヒドの分解が苦手な体質になるので、アルコールの影響を受けやすく、より一層の減酒が求められます。
いかがでしょうか。
いずれも知識としては難しいことではなく、実行に移すことも不可能ではないものばかりです。ちょっとした工夫で、がんになる確率を減らすことはできますから、ぜひ日常生活の中に取り入れていただけると幸いです。
次回は、発がんに影響を及ぼす食事や肥満、運動などについて触れていきます。
<参考文献>
写真はゲッティ
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大須賀覚
がん研究者/アラバマ大学バーミンハム校助教授
筑波大学医学専門学群卒。卒業後は脳神経外科医として、主に悪性脳腫瘍の治療に従事。患者と向き合う日々の中で、現行治療の限界に直面し、患者を救える新薬開発をしたいとがん研究者に転向。現在は米国で研究を続ける。近年、日本で不正確ながん情報が広がっている現状を危惧して、がんを正しく理解してもらおうと、情報発信活動も積極的に行っている。著書に「世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療」(ダイヤモンド社、勝俣範之氏・津川友介氏と共著)。Twitterアカウントは @SatoruO (フォロワー4万5千人)。