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三月二十四日 聖日礼拝の御言(No.1/3)
真のご父母様の御言
三月二十四日 聖日礼拝の御言
二〇〇二年三月二十四日、米国・ニューヨーク州ベルベディア
このみ言は、2002年3月24日、米国のベルベディア国際修練所で行われた聖日礼拝で、真のお父様が語られたみ言を翻訳、整理したものです。
編集の都合上、一部割愛しました。
今から、皆さんが祈祷するときに(心すべきこと)は、今は霊界の主流が一つになっているので、イエス様を中心として、旧約時代、新約時代、そして、すべての宗教を糾合しなければならないということです。
最初にすべきことは、イエス様を中心として、カトリックとプロテスタントが一つになり、その中のすべての教派が一つにならなければならないということです。イエス様の指揮下における"一つの教派”、“一つの信仰者”です。二つではなく、そこには教派もありません。
一つの完成したみ旨は、一人の人間と同様です。神様のみ旨を成し遂げて完成したみ旨は、一つです。 ですから、み旨を中心とした“み旨の道”も、方向が一つであり、目的も一つであり、出発も一つです。同じなのです。
ところが、イエス様が、”真の父母”として来られたというのですが、”真の父母”のみ旨を成し遂げることができなかったので、イエス様を中心として、霊界が二つに分かれてしまいました。
それを統一しなければならないのですが、真の父母を中心として、地上で一つにすることによって、地上に主流が生じ、それが霊界に移されていくのです。ですから、今、そのような考えを持って祈祷しなければ なりません。祈祷のやり方が変わったのです。
ですから、「イエス様。」と言えば、そのときは“統一された教団”です。教派は、必要ありません。 監理派(メソジスト)教会、聖潔派(ホーリネス)教会などと、教派は必要ありません。
イエス様の十二弟子は、イエス様の相対的存在なので、それは兄弟と同じです。そうして、イエス様の家庭を中心として一つの兄弟、一つの家庭を中心として一つの民族と、このようになるのです。 家庭は、民族に従っていく主流であり、民族は、国家に従っていき、国家は世界に、その世界は、地上、天上の統一の世界に従っていきます。その統一の世界は、原因の世界です。"「天一国」世界”です。"「天一 国」世界”は、「自主国」であり……。
"「天一国」世界”は、どのような世界なのかというと、“自主国勝利图解放時代”です。「天一国」は、どのようなものなのかというと、それは「自主国」です。 「自主国」という言葉は、括弧をして「主体国」と言ってもよいのです。
それは、本来、神様が創造された“主体国勝利圈解放時代”です。解放です。完全に解放され、それによって、”元一統一世界”に戻っていくのです。“元一”、 もともとの根本は、一つです。三段階を経て、越えていくのです。総整備しなければならない時なので、そのような内容を持って、祈祷しなければなりません。
もう、多くの教派は必要ないのです。多くの宗教も必要ありません。それは、偽りの父母によって生じたのですが、真の父母が現れるときには、必要ないのです。
堕落していなければ、一つの宗教、一つの国、一つのみ旨、一つの出発基地をも備え、方向も同じであり、目的も一つです。そこには、米国であるとか、先進国や後進国はありません。
それで、神様が第一代であられ、真の父母が二代目です。そのようになれば、アダムとエバの堕落がなくなったということです。元来、神様が一代となられ、アダムとエバの家庭が二代にならなければならないのですが、これが堕落したので、失ってしまったのです。
ですから、それを取り戻すために、復帰路程の家庭として戻ってきて、ここで家庭を取り戻し、そこで時計の方向と反対に回り、ここに来て、正しく回っていかなければなりません。他の世界になるのです。
世の中を整理、清算し、複雑なものをすべてなくして、一つの主流的神様をお迎えした、家庭理想拡大、兄弟主義時代に向かって、完全に越えていくのです。アーメン。そのような祈祷をしなければなりません。
イエス様に対しても、そのような祈祷をしなければ なりません。また、聖人たちに対しても、教派を完全に一つにしなければ、困るのです。聖人たちが、責任を追及する時が来ます。真の父母が、許諾しません。そのような祈祷をするので、皆さんも、それに従って祈祷しなければなりません。
そのようにすれば、真の父母が願い、神様が願われるみ旨の目的に向かって行かなければなりません。ですから、真の父母の三代圏の祝福を受けて、直接に地上で侍る皆さんは、中間にいるイエス様に対しても、 霊界に行ったすべての聖賢、賢哲や、先祖たちにまでも命令することができる、ということを知らなければなりません。分かりますか?
ですから、「祝福中心家庭」です。「祝福中心家庭」とは何かというと、神様が立てられた家庭であり、堕落しないで、真の父母が成就する家庭であり、その家庭は、国家の土台となり、国家の土台は、地上、天上天国の土台になるのです。
「祝福中心家庭」は、真の父母が種として植えられた、その家庭を中心として、だれかれなしに、その実を結んだ結実の家庭ということと同じです。
ですから、「祝福中心家庭」の種は、何千代を経たとしても、どのような所に植えたとしても、芽が出るのであり、(その木の品種が、)花が咲く木であるならば、 (親の木と)同じ花が咲く木となり、同じ実を結ぶのです。実の価値は、イコールです。分かりますね? (「はい。」)
今は、そのような時です。そのように祈祷しなければなりません。さまざまな教派でも何でも、すべて……。 教派は、すべて先生が懲らしめます。今は、そのような時が来たのです。
ですから、今回、十四万四千の聖職者たち、宗教指導者たちが祝福を受けるということは、とても重要なことです。イエス様が再臨する時、最初の復活に参席することができるのが、十四万四千人ではないですか?
その十四万四千人は、十四万四千家庭にならなければなりません。十四万四千家庭の中には、すべての世界が入り、一つの国を編成することができる時になったので、十四万四千家庭を祝福するのです。分かりますね?(「はい。」)
祝福聖職者たちを中心として、そのことを、よく知らなければなりません。聖職者たちは、祝福が終わった後に、四位基台にしなければなりません。四位基台の家庭は、父子関係、夫婦関係、子女関係の三段階なのですが、地上において、この三段階を中心として四位基台を成そうとすれば、四系列が生じます。
ですから、四代を中心として東西南北、このようになってこそ「祝福中心家庭」になるというのです。
男性側と女性側、この二つの世界に分かれています。 ふたりが一つになることによって、その男性の世界と女性の世界が一つになればよいのですが、それが分かれたまま、世界に連結しているのです。
男性側と女性側、(それぞれの)息子、娘を代表とし て、自分の一族と、地上でそれに合わせるために、統一教会では信仰の息子、娘がいるのです。その信仰の息子、娘と、自分を中心とする自分の一族が、アベルとカインの関係になります。
また、夫の兄弟、妻の兄弟を中心として、カインとアベルです。上下、左右、前後の関係において、これを合わせていかなければならないのです。それで、四位基台を中心として三対象目的を成せば、これが六数になります。上下、左右、前後です。
この家庭というものは、本来、アダムとエバから始まるのです。そのアダムとエバの兄妹が、成長して夫婦になり、夫婦が発展して父母になり、父母が発展しておじいさん、おばあさんになります。そうして先祖になり、先祖が発展して王になるのです。
本来の根本は、(親と) 上下に一つになることができる息子、娘にならなければならず、左右が完全に一つになることができる夫婦にならなければならず、前後が完全に一つになることができる兄妹 (兄弟)にならなければなりませんでした。そのような息子、娘にならなければならなかったのです。
それが何かというと、兄妹(兄弟)が、神様を中心として、上下、左右、前後、三段階をすべて結んでいかなければならないということです。そのような責任が、各自にあるのです。
ですから、皆さんは、父母の前に完全に学ばなければならず……。父母がいるでしょう?
夫婦は、父母に侍らなければなりません。上のおじいさんに侍るという、その伝統を受け継がなければならず、父母が夫婦で暮らす、その伝統を受け継がなければなりません。また、その父母は、兄妹(兄弟)として成長した伝統を、そっくりそのまま伝授してあげなければなりません。
そして、皆さん自体が、父母の代身です。父子関係を代身したものであり、夫婦の代身であり、兄妹(兄弟)を代身したものであり、それが、家庭を中心とし て成されなければならないのです。
これは、種と同じなので、この種は変わりません。それゆえに、だれであろうと、このような基盤を築かなければならないので、十四万四千の聖職者たちが、 祝福を受けた所には、四家庭ずつ……。分かりますか?
夫を代表として二家庭、妻を代表として二家庭で四家庭です。それで東西南北になります。ですから、必ず自分の一族を中心として、祝福家庭の編成が展開していくというのです。分かりますね? そのようにする時が来たのです。
あなたの姓は、何ですか?(「私は、韓国から来ました。」)ですから、姓は何ですか? 姓のことです。(「金です。」) 金ですか? 金なら金氏がいるではないですか? 金氏は、たくさんいるでしょう?
その金氏全体が、一本の木にならなければなりません。(氏族の人は、)枝のようにたくさんいるのですが、本来の種となる木というものは、一人の金氏の先祖から始まって、広がっていかなければならないのです。
これが逆さまになったので、反対に先の枝から入っていって、次に大きな枝に入っていき、最後には、幹を中心として、新しい芽が出るときの、その芽に戻っていくのです。
ですから、根が抜かれたので、反対に合わせて上がっていき、神様にまで戻っていかなければなりません。 金氏なら金氏、祝福家庭は、一から始まるでしょう? いくつもあるのではありません。一つにしなければなりません。
ですから、逆さまにして、先の枝から次の枝、そしてもっと大きな枝に入っていき、そのようにして、 東西南北の枝から幹に入っていくのです。そうして、芽の先に下りて、種の所に入っていって、神様と一つにならなければなりません。生命が、そうです。さっと一つになり、そして金氏の先祖が……。
神様の真なる愛と、真なる生命と、真なる血統がアダムとエバに受け継がれるのですが、無形と有形が、さっと集まり、神様によって第二創造主として創造されたのが、アダムとエバです。そして、アダムとエバは主体となり、相対世界において第三創造主をつくるのです。それが、アダムとエバの息子、娘なのです。
息子、娘を生んで、夫婦が興奮します。赤ん坊を身 ごもれば、夫も喜び、妻も喜びます。自分のおなかを通して、天下を治めることができる三代目が生まれるのです。それは、神様の孫を、自分が身ごもったという事実です。
それゆえに、妊娠したその赤ん坊には、腹中から神様が訪ねて来られ、守ってくださるのです。父親だけ が守ってくれるのではありません。神様と父親が、霊肉一体となり、妻を霊肉で保護してあげるのです。そうして、霊肉共に保護される夫婦が、赤ん坊を保護しなければなりません。
その赤ん坊は何かというと、第三次創造主です。神様は第一次創造主、アダムとエバは第二次創造主、アダムとエバの息子、娘たちは第三次創造主です。創造主というものは、同じなのです。それは、種と同じです。
一代も二代も、真の愛と、真の生命と、真の血統が一つになり、アダムの時代も、真の愛と、真の生命と、真の血統が一つになって孫が生まれ、孫の時代も、真の愛と、真の生命と、真の血統を中心として、永遠に継続するのです。
それゆえに、純潔を守らなければなりません。最近、離婚によって(世の中の状態が)複雑になったのは、悪魔がしたことですが、これを掃討してしまわなければなりません。
もし、あなたたちの一族に、そのような一族がいれば、整理してしまわなければなりません。今からは、そのままにしておいてはいけないのです。一族が、これを整備しなければなりません。
自分の家庭において、金氏なら金氏の一族が、総会を通して厳格な法を作り、それに違反するものは、完全に、その枝を整理してしまわなければなりません。 サタンの根まで切ってしまわなければならないというのです。
その根を、だれが切るのかというと、神様もお切りにならず、真のご父母様も切りません。自分の国を取り戻し、金氏の国を取り戻すためには、自分の一族が、それをしなければなりません。
ですから、中心と一つにならなければなりません。木を見れば、幹があります。幹が中心ですが、そこに、すべての枝と葉がつながっていなければなりません。 幹は、根に連結しています。根は見えません。しかし、 連結されているのです。
人間の世の中を見れば、天の世界と人間の世界が、逆さまになっています。木は、根を下にして、このように立っていますが、霊界を中心として見れば、逆さまになっているのと同じです。全人類は、歴史的に見て、大きな一本の木が逆さまに立っているのと同じです。
堕落したので、先端から枝に訪ねて行き、枝も大きな枝を訪ねて行って、一番の根の位置にある種の立場にまで行かなければなりません。そうして、種の立場にまで行って、そこで祝福を受けてこそ、相対ができ、相対ができてこそ、子供を生むことができる家庭ができるのです。そのようにして、新しく出発するのです。
そして、神様が、霊界の第一の理想的家庭を中心として、アダムとエバは地上の家庭を中心として、それからアダムとエバの息子、娘は、天上世界の家庭と地上世界の家庭を合わせた二つの先祖から愛を受けるのです。おじいさんの愛と、お父さんとお母さんの愛を受けるのが、孫です。
ですから、孫は、地上、天上天国、二つの世界の王子として生まれるのです。三代が、このように貴いということです。分かりますね?(「はい。」)
それゆえに、真の父母とはだれであるのかというと、 堕落せずに完成したアダムとエバです。ところが、堕落することによって血統が汚され、すべての枝をサタンが切ってしまいました。これでは、死んでしまうというのです。いくら生きようとしても、死にます。
それを真の父母が来て、切られてしまったものを再び接ぎ木して、“切られた木”ではなく、“切られていない完全な木”となり、永遠の愛の結実を枝ごとに収穫することによって、その種は、千年、万年の間、同じ価値を持つようになるのです。真の愛、真の生命、このようになるのです。すべてが、そうです。
真の愛を中心として、血統を残さなければなりません。真の愛と、真の生命を中心とした夫婦の愛というものは、一代です。分かりますか? 血統だけが永遠です。
それは、川の流れと同じです。川の主流と同じです。 水が、山の頂上から流れて出て小さな川になり、だんだんと大きな川になっていくのと同じように、この血統も、川の流れと同じように、大洋に向かって流れていきながら、だんだんと大きな川となって、やがて海に入っていくのです。
海は、五大洋を巻き込むようにして回ります。太平洋には黒潮というものがあり、その海流は、四千五百マイルを回っているのです。この回っているものを中心として、すべての水が、五大洋を中心に動いています。水が動いていなければ、腐ってしまいます。
それゆえに、遠洋漁業のようなものに行くときには、 船いっぱいに飲料水を載せていくのですが、一年以上置いておいても腐りません。なぜでしょうか? 動くからです。
あなたたちも、運動するでしょう? だれもが、三十六度から三十七度の体温を保っているのは、動くからであり、運動するので、そのような体温を持つことができるのです。
それと同様に、地球という星も動くのであり、動かない水は、すべてなくなるのです。消えるのです。分かりますね? ですから、心霊生活もそうです。心霊生活も、動かなければなりません。そのようにして、大きくならなければならないのです。
種を植えておいて、それが芽を出そうとすれば、変化が起きなければならないでしょう? 太陽の光と地面からの熱を受けて、太陽の熱と地熱という、二つの世界の熱を受けなければなりません。
男性と女性が愛することも、ふたりの熱を受けて生命が生まれることであり、それと同じであるというのです。ですから、性相は、形状との関係において授受作用をしてこそ、存在できるのです。
それゆえに、すべてのものが相対になっているのです。すべてが相対です。しかし、堕落によって、心と体が分かれました。一つになっていません。これが問題です。
それでは、男性と女性には、それぞれ生殖器が二つずつありますか? 男性は、男性の生殖器も持っていて、女性の生殖器も持っていますか? 相対になっていますか、相対になっていませんか? すべて相対になっているのです 。
ですから、心も体も一つにならなければならず、男性は男性の生殖器、女性は女性の生殖器に分かれているので、それが一つにならなければなりません。それが夫婦です。夫婦にならなければ、なくなってしまいます。いくら千年歴史の子孫であり、王孫であっても、 そこで終わるのです。
ですから、結婚が貴いというのです。分かりますか? 家庭が貴いのです。この二つに分かれたものは、家庭で分かれたので、二つに分かれたものを、再び一つにすることができるのが、祝福を受けた家庭なのです。
その家庭は、自分たちが分けることはできません。 分ければ、問題が起きます。大手術の傷あとができるのと同じように、あの世に行くときに、完成品になることができないのです。皆さん、その話を知っていますか?
ですから、イエス様を中心として、聖霊が必要です。それは、相対理想です。それで、ペア・システムになっているのです。それゆえに、男性と女性が異なるのは、性が異なるのです。一つは、受けるためのものであり、一つは、与えるためのものです。そうでしょう? それが一つにならなければなりません。
受け皿となる、それを自分勝手に用いる女性は、天下を滅ぼしてしまう女性であり、それを自分勝手に用いる男性は、天下を滅ぼしてしまう男性です。相対になっているすべてのものを打ってしまうのです。それ以上に恐ろしい存在は、ありません。アダムとエバが堕落することによって、天下がすべて壊れていったというのです。分かりますね?
それゆえに、キリスト教を中心として、イエス様を中心として、カトリックとプロテスタントとは、何なのでしょうか? それらは、なぜ、一つになれなかったのでしょうか? それは、神様のみ旨が分からなかっ たからです。
キリスト教も、個人救援ではいけません。堕落することによって、神様は、個人だけを失ってしまわれた のでしょうか? 個人を失ってしまい、家庭を失ってしまい、国をすべて失ってしまわれました。そのような概念があります。
わたしたち統一教会は、個人完成とともに、家庭完成を中心として、一度に家庭祝福をして、国を一度に取り戻すことができます。米国の人口は、二億八千万人くらいですか?(「はい。」)二億四千万人ほどであると思っていたのですが、約二億八千万人ですね。
二億八千万人の米国国民も、ある決められた日に”全国民が祝福を受ける。”というようにすれば、一日でひっくり返ります。何のことか、分かりますね?
それゆえに、金氏一族の中で、祝福を受けた家庭が連合して、種と同じような立場である先祖が、金氏を中心としてひっくり返す日には、金氏が、一日ですべて祝福を受けて、天国に入っていくことができるというのです。
ですから、今後、世界がいつ、み旨の世界に変わるか分かりません。米国と国連が、先生と一つになる日には、四十日以内に、天地が引っ繰り返ります。分かりますね?(「はい。」)
ですから、大変遷……。今は、大発展時代であると同時に、大変遷、転換時代です。歴史は発展していくのです。蕩減法によって発展するところは、必ず変遷していかなければなりません。発展しなければなりません。変遷しなければならず、それから転換しなければなりません。
一段階、家庭時代から氏族、民族時代になれば、大変換して、引っ繰り返るのです。一回り、ぐるっと回らなければなりません。それを説明する時間がありませんね。
ですから、「祝福中心家庭」は、真の父母の代身家庭であるので、神様の御前に先生がしたのと同じように、今からは、霊界にいるすべての聖人、聖子も、地上の皆さんの言葉を聞かなければなりません。分かりますか?
それは、なぜでしょうか? 地上で、真の父母とともに祝福を受け、侍って暮らした人は皆さんなので、 皆さんが主人なのです。分かりますね? それを知ら なければなりません。間違いなく、そのように考えなければなりません。そのような自信を持ち、そのような内容になっているということを理解して……。
霊界に行ってみれば、霊界が、すべてそのようになっているので、入っていくや否や、さあっと忘れてしまい、さっさっさっさっと、上がっていくことができるのです。そのようなはしごが、そこにはすべてあるというのです。
皆さんの個人完成も、心と体が一つにならなければなりません。それは、ブラスとマイナスです。心と体です。その二つが、今、闘っているので、心と体が一つになっていないので、皆さんの生活は、世界を巡りながら、一生の間、闘って大変です。そこには、定着する中心がありません。
何を中心として、心と体が一つになるのでしょうか? 真の愛です。分かりますか? (「はい。」)真の愛とは、何でしょうか? 神様を中心として、愛の関係を一体化させた生活をする舞台が、真の愛です。
真の愛は、ために生きる愛から、ために生きるところから真の愛が連結されるのであって、自分を中心として、ために生きられようとし、"自分のために生きなさい。”と、ほかの人に対して求めるところには、真の愛が永遠になくなるのです。これが大きな問題です。 第一の問題は、何でしょうか? だれにあるのかというと、世界が悪いのではありません。自分自身が闘っているということが、問題なのです。分かりますか? 心と体が闘っているでしょう? 闘っていますか、闘っ ていませんか?
ここで、祝福を受けた祝福家庭は、手を挙げてみてください。祝福家庭が、なぜ争うのでしょうか? な ぜ争うのですか? これが問題です。なぜ争うのか というのです。争うのは、サタン世界が残っているからです。
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