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毎日新聞 2021/3/28 16:00(最終更新 3/28 16:00) 有料記事 2063文字
ミズアブの成虫=大阪府立環境農林水産総合研究所提供
食料問題を解決する救世主として近年、世界的に注目を集める昆虫。栄養価に優れ、たんぱく質が豊富な食品として商品化が相次ぐ一方、養殖魚や家畜の飼料として活用する研究も進む。メリットと課題を探った。
養殖魚や家畜の餌に
昆虫が注目されるきっかけになったのが、2013年に国連食糧農業機関(FAO)が公表した報告書だ。地球温暖化に起因する干ばつや洪水の多発、人口増加により懸念される食糧危機への対策の一つとして、たんぱく質が豊富で少ない餌でも育つ昆虫を、食品や家畜の飼料に活用することを推奨。国内でもコオロギの粉末を練り込んだパンや菓子などの商品化が進んでいる。
大阪府立環境農林水産総合研究所(環農水研、羽曳野市)は13年から、アメリカミズアブ(ミズアブ)の幼虫を水産・畜産用の飼料にする研究に取り組む。
ハエの仲間のミズアブは北米原産。日本には戦後間もなく侵入したとされ、現在は北海道以外に広く分布する。成虫の体長は約2センチ。幅広い食性が特徴で、環農水研ではタマネギの皮やキャベツの芯といった野菜くず、豆腐かすなどを餌に飼育している。1キロ分の餌で約1000匹が育つという。
アメリカミズアブを飼料に加工する流れ
幼虫はふ化してから15~20日で体長1・5センチほどに成長する。これを乾燥させ粉末状に加工し、ビタミンや炭水化物などを配合して飼料にしている。
養殖魚の飼育試験では、マダイやキジハタの稚魚にミズアブが原料の飼料を与えて成長を記録。1カ月後の体重、体長はいずれも、従来の魚粉中心の飼料を与えた場合とほぼ変わらなかった。またミズアブの飼料で育てた鶏の卵は、味に影響はなかったという。
魚粉はイワシなど人間が食べる魚介類も材料に使われているが、世界的な魚介類需要の増加を背景に輸入価格は安定していない。環農水研の瀬山智博・主任研究員は「ミズアブを飼料にできれば、より持続可能な食料生産が実現できるのではないか」と期待する。
環境省によると、国内の食品製造工場や外食産業など事業者から出る食品廃棄物の推計は17年度で1767万トン。そのうち7割は飼料や肥料として再利用されるが、2割は焼却などで処分されている。環農水研は、豆腐かすなど食品の製造過程で発生する副産物を飼料用のミズアブが食べることで新たな動物性たんぱく源を生み出し、食品廃棄物削減にもつなげる「一石二鳥」を目指している。
においやコストが課題
ただ製品化には、幼虫を大量生産する技術開発、コスト削減などの課題も多い。生産は海外でも先行事例があるが、国土の狭い日本では、幼虫の入った容器周辺から発する独特のにおいが周辺に漏れないようにするほか、小規模でも採算が取れる方法の開発が求められる。
ミズアブの幼虫。1・5センチほどに育ったら粉末状に加工する=大阪府立環境農林水産総合研究所で2021年2月12日午後3時4分、宮川佐知子撮影
野生のミズアブは気温が高い夏に繁殖する。施設内で一年中安定して生産するには、最適な温度に調整できる環境を整備しなくてはならない。また数千匹の成虫を飼育している環農水研では、管理の大半を職員が手作業で行っている。今後は成虫が産んだ卵の回収や成長した幼虫の選別など作業の自動・機械化も目指し、民間企業と共同で研究開発を進める方針だ。
安全性の確保も欠かせない問題だ。飼料安全法では、飼料の製造や販売をする場合には、都道府県などへの届け出を求めているが、昆虫に特化した規制はない。野生のミズアブを巡っては病気の媒介や農作物への被害は把握されていないが、家畜や養殖魚の飼料として広く流通させるにはトレーサビリティー(生産流通履歴)が確認できる仕組みが必要という。
瀬山主任研究員は「幼虫が何を食べて育ったかをたどっていくことができれば、餌を使う人、ミズアブで育った魚や肉を食べる消費者もより安心できるのではないか」と話す。
実用化目指し官民連携
昆虫利用への機運は各地で高まっており、国も対策に向けて動き出した。農林水産省は、昆虫食や植物由来の原材料で作られた代替肉など次世代の食料産業について食品やベンチャーの企業、研究機関が話し合う「フードテック官民協議会」を20年10月に設立。昆虫に関する作業部会では、飼料についても意見が交わされ、安全性に関するルールやガイドラインを求める声が相次いだという。海外の基準を参考にしながらルール作りに向けた検討が進む。
同年8月には、環農水研が「昆虫ビジネス研究開発プラットフォーム」を発足させた。大学や企業など約50の機関が参加し、昆虫を使った飼料、食料について情報交換している。
プラットフォームに参加する愛媛大で、イエバエやカイコなど昆虫を用いた飼料の研究を10年以上続ける三浦猛・同大教授(水産養殖学)は「ここ数年で関心は高まっているが、昆虫へのイメージや採算の問題から製品化に踏み出そうとする企業はまだ多くない」と明かす。
ただ、これまでの研究でカイコやミズアブには魚類の免疫力を活性化する効果があることなどが分かってきたといい、「研究者として安全性や機能性を科学的に立証してデータを積み重ね、実用化に向けた環境を作っていきたい」としている。【宮川佐知子】