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毎日新聞 2022/11/2 東京朝刊 有料記事 4446文字
秋田県の能代港と秋田港で12月、大型の洋上風力発電所としては国内初となる商業運転が始まる予定だ。政府は洋上風力を再生可能エネルギー拡大の「切り札」と位置づけて推進し、地元では雇用創出や地域経済活性化への期待も大きい。一方で、漁業などへの影響を懸念する声もある。洋上風力の可能性と課題を考える。
成長産業への人材育成急げ 飯田誠・東京大先端科学技術研究センター特任准教授
東京大学先端科学技術センターの飯田誠特任准教授=猪森万里夏撮影
洋上風力発電は国内に適地が偏在する再生可能エネルギーだが、主要な電源になりうる。騒音や安全の問題が生じにくいため、陸上風力発電よりも住宅との距離などの制約が少なく、風車を大きくしたり、速く回したりすることで、より効率的に発電できる。
地方にとっては、雇用や産業の裾野を広げる契機になる。陸上風車でも1基の建設に6億~8億円かかると言われ、洋上風力であれば総事業費は少なくとも数百億円に上る。そのお金が電力の消費地である都市部や、メーカーの本拠地がある海外にばかり行くのはもったいない。地元に雇用を生み、利益が還元される「循環モデル」が必要だ。そのためには地場の企業がうまく事業に関わるべきだ。
例えば、陸上風力では総建設費のうち建設工事費と風力発電機本体の割合は4対6だが、洋上風力では6対4になる。海上という不安定な立地に風車を建てるために地盤を安定させたり、海底送電線を敷設したりする作業が必要だからだ。洋上風力では関連産業の裾野がさらに幅広く、地元で担える比率は高まる可能性がある。
風車1基の部品点数は約1万~2万点で、自動車に迫る。日本は洋上風力を政策で推進するまでに欧州に比べ時間がかかり、産業界も市場や国内での産業形成に時間を要してきた。この間に三菱重工業や日立製作所などが風車メーカーとしての生産から撤退した。しかし、まだ遅くはない。風力発電分野自体に技術開発や成長の余地がある。特に風力発電の運転期間は20年に及び、保守管理や故障予測といった分野は成長しうる。
そこで重要なのが人材育成だ。国内市場の拡大に伴い建設工事などで桁違いの人員が必要になり、風車の数が増えると保守管理にもさらに人手が要る。保守管理の人員は陸上風車で3基当たり1人と言われるが、現在は国内の陸上風車約2000基で必要な人数の確保さえままならないのが実情だ。
近年、米国では雇用の伸び率が最も高いのが風力発電の技術者だという統計もある。このままでは人材も海外依存に陥りかねない。国内の雇用につなげるためにも、人材の育成・確保は急務だ。
持続可能な社会を作るため、反対運動との折り合いの付け方も重要だ。例えば、鳥が風車にぶつかる「バードストライク」を問題視する声がある。鳥は空を飛ぶ際、餌を探していると感知できる範囲が狭くなり、音や光に気づかない。そのため画像認識で鳥を検知して風車の回転速度を落とすといった研究や対策も進んでいる。
洋上風力では、風車の設置後に魚が減る懸念もあるが、海中設備の周りに藻場再生技術などを導入することでしだいに海藻が生え、魚が集まる「魚礁(ぎょしょう)」の効果を生むとも言われる。海外では、風車の設置直後に減った魚が3~4年で戻ってくるとの調査がある。もちろん漁業者にとって3年間も漁獲量が減るのは死活問題だ。風力発電事業者などと互いに譲れない部分を整理して議論し、より良い姿を目指す努力が欠かせない。【聞き手・猪森万里夏】
雇用増を若者定着の契機に 猿田和三・秋田県副知事
秋田県の猿田和三副知事=猪森万里夏撮影
秋田県では今年末、秋田港と能代港に建設されている洋上風力発電所が、いよいよ商業運転を開始する予定だ。港湾以外の四つの一般海域でも計画が進んでいる。
この事業への期待は、産業振興や雇用創出などいろいろあるが、突き詰めると「若者の定着」だ。県は、働く場の確保や賃金上昇などの人口減少対策に取り組んできたが、結果を残せていない。洋上風力という新しい産業に挑戦し、若者の定着を図っていくことに懸けている。強い風が安定して吹く地の利を、人口減少の歯止めになんとかつなげていきたい。
秋田・能代港では、建設費約700億円のうち県内受注額は100億円程度と聞く。まだ国内で知見が乏しい工事でもあり、県内企業がやれる範囲は、これが精いっぱいだったのではないか。ただ、今後20年に及ぶ運転期間中は保守管理が必要になる。こうした分野でどれだけ参入できるかが課題で、人材育成もその一つである。
また、県内には電子部品の関連産業が集積する。四つの一般海域のうち、2028年以降に運転開始予定の「能代市・三種町・男鹿市沖」と「由利本荘市沖」では、この強みを生かして、風車の羽根を回す基幹設備「ナセル」の部品製造分野への参入を後押ししたい。ナセルには多くの部品が使われる。県内企業も入り込める可能性があり、メーカーとのマッチングの機会を作る。いったん参画できれば相当長い期間、仕事を得られる。秋田は今が頑張りどころだ。
県内への波及効果を高めるため、発電した電気を地産地消できるような制度を国に求めている。県は秋田港近くの土地約40ヘクタールを、二酸化炭素(CO2)を排出せず発電した電力を使うCO2フリーの工業団地として整備する予定だ。秋田沖で発電した電気を一定量でも県内で使用できるようにすることで、再生可能エネルギーを使いたい工場やサービス業を誘致していく。誘致が進めば、部品調達などのサプライチェーン(供給網)が県内にでき、経済活動が活性化する。企業の希望に応じて、すぐに場所を提供できるよう準備している。
一方、事業を進める上で、県民の理解も不可欠だ。特に影響を受けやすい漁業を巡っては、洋上風力の事業者が「秋田の漁業の応援団」になることで、漁業振興に協力してほしい。既に秋田・能代港の工事では、作業員などの宿泊もありコロナ禍でもホテルの稼働率が高いなど波及効果が表れている。これから本格化する一般海域の工事では、さらに多くの人が秋田に集まる。にぎわうことで経済は回る。だんだんと県民にも理解が広まっていくと期待している。
洋上風力の導入は他国が先行している。関連産業を国産化できなければ海外依存が一段と強まる。秋田は先頭に立って成功例を示し、県民の理解を得つつ、産業振興を進めていく。同時に日本のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)に貢献できるよう、秋田の経験を全国と共有していきたい。【聞き手・猪森万里夏】
推進へ漁業者懸念共有を 坂本雅信・全国漁業協同組合連合会会長
全漁連の坂本雅信会長=全漁連提供
漁業者は、日ごろから海に接する中で、地球温暖化による影響をじかに受けており、再生可能エネルギーの必要性を十分に理解している。温暖化を抑制し、カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)を推進することは、将来にわたり漁業を存続させていく上で重要だ。これまでも社会の一員として、洋上風力は「日本にとって必要な沿岸域での事業」だと理解し、導入に協力してきた。
一方で、漁業者にとって風車は実体の分からない巨大建造物でもある。陸上で考えると、畑の中や、田んぼに水を引く川の上流に建築物ができるのと同じくらい重大なことだ。海には多くの魚が回遊している。たとえ風車が設置されるのが遠くの海域だとしても、それが魚の回遊経路であれば魚の通り道が変わり、自分の漁場に魚が来なくなるのではないかという懸念がある。このような巨大建造物が、生業の場である漁場に建造されると言われたときの漁業者の動揺は、理解いただけると思う。
洋上風力は、魚への影響に関する国内の知見がいまだ十分ではなく不明なことが多い。そのため、漁業者と事業者、行政の間の合意形成は「結論ありき」ではなく、まずは勉強会などで互いを知ることから始めてほしい。事業者側の思いと漁業者側の疑問点を共有し、柔軟に検討しながら、相互の信頼感を培っていくことが望ましい。
漁業者はさまざまな疑問や不安を解消しなければならず、相互の信頼醸成にはどうしても時間がかかってしまう。ただ、互いを理解するために必要な時間だと前向きに捉えていただきたい。事業者や行政には、洋上風力が魚に及ぼす影響についての調査や研究を充実させるとともに、得られた知見を現場へ還元し、丁寧かつ柔軟な説明や協議をお願いしたい。
また、風車は、海底にくいを打ち込んで固定する近海向きの「着床式」に加え、沖合では海に浮かべる「浮体式」の導入が検討されている。地元の小規模な漁業者が中心の近海と異なり、沖合は多様な漁業者が利用する。また、操業海域が広い底引き網やまき網などの大規模な漁業が多い。そのため浮体式の導入に当たっては関係者が広く全国にわたる可能性がある。漁業への影響は未知の部分が多く、影響が生じたときの対応も考えておかなければならない。利害関係者間の十分な調整も必要だ。
一方で、洋上風力に期待できる面もある。海外では、着床式の土台部分に設置した魚礁に魚が多く集まっている事例もあるようだ。幼魚や稚魚の育成場を創出できるのではないか。洋上風力の魚礁に集まった魚を地域の旅館や店舗で提供するよう観光業と連携すれば、新たな産業の構築や観光客の誘致といった地域経済への波及効果が見込める。
漁港では市場や冷凍・冷蔵施設などの電気を必要とする場所が多い。洋上風力で発電した電気を、漁業者や漁協、さらに観光施設が利用するという電気の「地産地消」を進めることも可能だろう。【聞き手・小川祐希】
出遅れ目立つ日本
国内の洋上風力の導入量は2021年末時点で計26基、5万1600キロワット。中国や欧州は既に数千万キロワット規模で導入しており、日本の出遅れが目立つ。政府は30年までに1000万キロワット(原発10基分)、40年までに3000万~4500万キロワット(同30~45基分)の導入目標を掲げ、設置海域拡大の検討も進めている。一方、漁業者などとの調整や人材の育成、コストの低減など課題も多い。
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■人物略歴
飯田誠(いいだ・まこと)氏
1974年生まれ。東京大大学院工学系研究科修了。2010年から現職。日本風力エネルギー学会理事、秋田県洋上風力人材育成プロジェクトリーダー。国の洋上風力促進WG委員。
■人物略歴
猿田和三(さるた・かずみ)氏
1963年生まれ。秋田市出身。慶応大法学部卒。88年に秋田県庁入庁。県総務部財政課長、産業労働部長などを経て2021年4月から現職。経済・産業分野を担当。
■人物略歴
坂本雅信(さかもと・まさのぶ)氏
1959年生まれ。81年慶応大卒。2009年6月銚子市漁業協同組合代表理事組合長、12年6月千葉県漁業協同組合連合会代表理事会長。22年6月から現職。