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「先生、最近血圧が上がっちゃって……」。
ある夏のこと、80代の男性患者さんが血相を変えていらっしゃいました。
男性は高血圧の薬を服用しており、家庭で測定した血圧の記録を見ると、それまで上の血圧(収縮期血圧)が135mmHgを超えることはまれでした。
ところが、この1カ月は140mmHgを超える日が続くようになり、ついには170mmHg、180mmHgを記録するようになってしまったのでした。
実は私はこの患者さんに、高血圧のお薬に加えて、夏痩せや食欲不振などにいいとされる「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」という漢方薬を処方していました。男性に他に飲んでいる薬はないか尋ねたところ、「最近元気がでないから、この前薬局でいいと言われた漢方薬を買って飲んでます」とおっしゃいます。
私は「ああ、これだ!」と思いました。 私が処方した補中益気湯と、男性が薬局で購入した漢方薬、両方に含まれていたのが「甘草(かんぞう)」という生薬です。男性の血圧が上がり始めたのは、二つの漢方薬を重複して飲み始めて20日ほど過ぎたころからでした。
男性が二つの漢方薬をやめたところ、血圧は元通り安定するようになりました。甘草は漢方薬の約7割に使われていますが、甘草に含まれている「グリチルリチン」という成分の取り過ぎが続くと、血圧が上昇したり、血液中のカリウムが低下したりする「偽性アルドステロン症」になってしまうことがあります。「アルドステロン」というのは副腎が分泌するホルモンで、過剰に分泌されると血圧が上昇したり、低カリウム状態になったりする「原発性アルドステロン症」という病気になります。甘草を多く摂取しますと、中に含まれているグリチルリチンによって、アルドステロンの値は高くないのに原発性アルドステロン症と同じような症状を示すのが、偽性アルドステロン症です。
肩こり解消に……と思っていたが
カリウムといってもピンとこない方も多いかもしれません。血中のカリウムが不足すると、体内にナトリウムや水分がたまってむくみが生じたり、筋力が低下したりします。ひどい時には、筋肉が溶ける横紋筋融解症が起こることもあります。さらにカリウムは不足しても過剰でも、不整脈を引き起こすことがあります。引き起こされた不整脈は最悪の場合には、死につながることもあり、危険です。ですから、体内のカリウムのバランスは非常に重要なのです。
先日、「先生、最近両足がむくむんです……」と訴える90代の女性患者さんが、診察室を訪れました。血液検査をしてみると血液中のカリウムが3.3mEq/L(正常値3.5~5.5mEq/L)と少し低くなっていました。
アルドステロンが過剰に分泌されている可能性も考えましたが、値は正常でした。
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「(むくみ解消のために)足をよく動かしてくださいね」
「カリウムがたくさん入っているから、くだものを食べるようにしてください」などとお話ししながら、女性が飲んでいるお薬を確認しました。
すると、女性は高血圧と高脂血症の錠剤に加えて、漢方薬の葛根湯と六君子湯(りっくんしとう)を1年以上飲んでらっしゃることがわかりました。
葛根湯はかぜの引きはじめに服用される方が多いかと思いますが、肩こりにも効きます。女性は、肩がこるからと葛根湯を愛用されていました。六君子湯は胃腸が弱い人によいお薬で、漢方薬の中でも非常に効果があるお薬ですが、女性はこちらの薬も服用されていました。
1日に摂取する甘草が2.5グラムを超える場合は要注意で、血液中のカリウムなどを定期的に検査することが勧められています。女性は二つの漢方薬を同時に服用していたため、1日3グラムの甘草を摂取していました。
二つの漢方薬の服用をやめてもらったところ、1カ月後血液中のカリウムの値は3・9mEq/Lと正常に戻りました。足のむくみも解消されたといいます。女性は、ほっとした様子でした。
あちこちで使われている甘草
甘草は漢方薬だけでなく、市販薬に含まれていたり、甘味料として食品にも使われていたりもします。みそやキャンディー、歯磨き粉にも入っていることがあります。このため、偽性アルドステロン症は漢方薬以外でも起こることがあります。
もう30年以上前のことになります。手足に力が入らない、両足を動かせないと、40代の女性が外来を受診されました。歩くことができないので、車椅子で来られました。血圧を測定したところ上の血圧が210mmHgを超えていました。脳卒中の可能性もありましたので、即入院していただきました。その後の検査で、脳卒中ではないことがわかりました。
血液検査をして驚きました。血中のカリウムの値が異常に低かったのです。漢方薬を飲んでいないか尋ねても「飲んでいない」とおっしゃいます。しかしよくよく確認したところ、ご自身で購入されていた(漢方薬ではない)常用薬に「甘草」が含まれていました。この薬をやめてもらい、1カ月ほど入院すると血圧も安定し、カリウムの値も正常になりました。
甘草に含まれる「グリチルリチン」には抗炎症作用や抗アレルギー作用、肝臓保護作用などがあり、肝炎や皮膚炎の治療にも使われています。ただし、長期間使用していると偽性アルドステロン症になる人もいるのです。「漢方薬には副作用がない」と思い込んでいる方も多いですが、「こうしたことが起こるかもしれない」ということを念頭に置いて、日ごろから血圧を測定し、定期的に血液検査を受けることが大事です。
私自身、甘草の入った漢方薬をしばしば処方していますが、「偽性アルドステロン症が起こるのではないか」「カリウムが下がるのではないか」ということは常に考え、長期服用される場合には定期的に血液を調べるようにしています。
ふつうの薬は効かない高血圧
ここまで「偽性アルドステロン症」についてご説明してきましたが、偽性ではない“本物”の「原発性アルドステロン症」についてもご紹介したいと思います。
アルドステロンは、血圧を上昇させ、カリウムを排出させるホルモンで、副腎から分泌されます。これが過剰に分泌されるのが「原発性アルドステロン症」です。高血圧の方のうち約1割はこの「原発性アルドステロン症」が原因とも言われています。高血圧の薬を3種類以上服用しても、血圧が十分にコントロールできない場合「治療抵抗性高血圧」と言いますが、その中で一番多いのがこの「原発性アルドステロン症」です。
原発性アルドステロン症の場合、一般的な高血圧の薬を飲んでも血圧は十分には下がりません。このため、アルドステロンを大量に分泌する腫瘍が片方の副腎にある場合はその副腎を摘出する手術をし、手術を希望しない場合や両方の副腎が大きくなっている場合には、アルドステロンの働きを抑える薬(抗アルドステロン薬のスピロノラクトンなど)を飲むことになります。
ですから一般的な高血圧の薬を処方する前に、アルドステロンなどのホルモンの値が高くないか確認することが大事なのです。それをせずに高血圧の薬を処方され、効果がないからと薬を追加され、それでも血圧が下がらずに、私のところにやってくる患者さんもいらっしゃいます。そうした患者さんの血液を調べたら「アルドステロンが高かった」ということは、これまでに何度もありました。
こうした場合は、アルドステロンの働きを抑える薬を飲んでいただきながら、それまで服用していたほかの薬を少しずつ減らすようにしています。それ以外の薬を一気にやめると、血圧が再上昇することや、患者さんが不安になってしまうことがあるからです。
アルドステロンの働きを抑える薬の中で代表的なのはスピロノラクトンですが、欠点がないわけではありません。このお薬を飲んでいらっしゃるある男性患者さんが「乳首のまわりが痛い」と訴えました。見ると、乳房がすこし膨らんでもいます。安価で効果も高いお薬なのですが、ときどきこうした男性でも乳房が肥大する副作用(女性化乳房)が起こることがあります。男性は以前からこのお薬を服用していたのですが、血中のカリウムが少し低く、「足がつる」「手足がしびれる」などのカリウム不足が原因とみられる症状もありました。そこで、お薬の量を増やしたところ、カリウムの値は正常になったのですが、数カ月後にこうした副作用が表れました。現在はスピロノラクトンから別の抗アルドステロン薬に切り替えて、様子を見ています。
「原発性アルドステロン症」や「偽性アルドステロン症」の患者さんの中には、必ずしもカリウムが低下しない人もいます。それでも、血圧は上がります。アルドステロンなどのホルモンの値は問題ないか調べ、漢方薬やグリチルリチン製剤を服用していないか、服用している場合はいつから飲み出したのか、患者さんからよく話を聞いて、血圧を上げる「犯人」を探していきます。
昔、コメディアンの萩本欽一さんのギャクで「なんでそうなるの?」というセリフがありましたが、患者さんの話をよく聞いて、「なんでそうなるの?」をしっかり見ていくことが大事だと思っています。
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渡辺尚彦
日本歯科大客員教授/高血圧専門医
1952年千葉県生まれ。78年聖マリアンナ医科大学医学部卒業、84年同大学院博士課程修了。医学博士。米国・ミネソタ大学時間生物学研究所客員助教授、東京女子医大教授、早稲田大客員教授などを経て、現在、日本歯科大客員教授、聖光ケ丘病院顧問。高血圧専門医。循環器専門医。87年8月より携帯型自動血圧計を装着し、30分おきに血圧を測定し続けており「ミスター血圧」とも呼ばれている。「血圧が下がる人は「これ」だけやっている-高血圧治療の名医がすすめる正しい降圧法-」(アスコム)、「ズボラでもみるみる下がる 測るだけ血圧手帳」(同)、「科学的に血圧を下げる方法」(エクスナレッジ)、「自分で血圧を下げる!究極の降圧ワザ50-血圧の常識のウソ・ホント-」(洋泉社)など著書多数。