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「メンダカリヒーガー」と呼ばれる湧き水。高濃度のPFOSやPFOAが検出されている=沖縄県宜野湾市で2020年10月8日午後0時6分、遠藤孝康撮影
さまざまな化学物質による地球規模での汚染の広がりによって、生態系がかく乱され人の健康が脅かされています。汚染は産業革命以降に増えはじめ、都市への過度な人口集中や、地域における種々の産業活動によって歯止めがかからなくなっています。その中で、(1)環境中に残留し続ける(2)体内に蓄積する(3)毒性が高い――といった条件にあてはまる有機化学物質は「残留性有機汚染物質」(Persistent Organic Pollutants;英語の頭文字からPOPs)と呼ばれ、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」のもとで規制を受けています。この条約の規制対象には、よく知られたポリ塩化ビフェニール(PCB)やダイオキシンなどがあります。そして、こちらは耳慣れない方が多そうな化学物質「ペルフルオロオクタン酸」(PFOA)と「ペルフルオロオクタンスルホン酸」(PFOS)も規制対象です。この二つには、化学構造が類似した仲間が5000種類近くもあり、それらはまとめて「PFAS」(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)と呼ばれます。PFASは便利に使われてきた物質ですが、ごく微量で人の健康に影響すると推定されているうえ、なかなか分解せず環境に長期間残り、無害化処理も難しい厄介ものです。この記事では、このPFASについて、最近の話題を記します。
「永遠の化学物質」
PFASは、フッ素(元素記号F)と炭素(同C)から構成されている化合物です。FとCが化学的に結びつく力は極めて強いため、PFASは自然界で分解されません。このため“永遠の化学物質(Forever Chemical)”とも呼ばれています。
一方、PFASと同じくフッ素と炭素からできている物質に、フッ素樹脂があります。これは、1938年に米国デュポン社が開発した物質で、耐熱性、水と油をはじく性質、低摩擦性、耐薬品性などの特長をもっています。身近なところでは、この樹脂をコーティングしたフライパンがあります。フッ素樹脂は、PFASとは違って、人体に吸収されないため毒性はありません。ただ欠点は、硬くて加工しにくいことです。そこで樹脂を軟らかくするPFOAが加工補助剤として使われました。国内の主要フッ素樹脂製造業者は2015年までに、PFOAの使用を中止しました。しかし、それまでに環境に放出されたPFOAは、分解されずに環境汚染を引き起こしています。
PFOAやPFOSは、水や汚れをはじく生地や靴、はっ水スプレー、さらにハンバーガーやフライドチキンなど油分の多い食品の包装紙などに使われてきました。また、可燃性が極めて高いジェット燃料による火災を消すための泡消火剤にもPFOSやPFOAなどPFAS化合物が含まれ、これらは米軍基地や自衛隊基地、民間空港に配備されてきました。
PFOSとPFOAは有用性が極めて高い物質でしたが、00年に大手の製造会社3Mが、どちらも製造中止を発表し、02年に実際に中止しました。また米環境保護局は06年に大手8社に対してPFOAなどの製造削減、全廃を求め、8社は15年までにPFOAの製造・使用を全廃しました。
米国の環境関連非営利組織(NPO)は「70年代までには3Mは、PFASが人の血液中に蓄積されることを知っており、社内の動物実験で毒性も確認していた。これは、ミネソタ州が同社を相手に提起した訴訟の資料となった、同社の内部文書で分かった事実だ」と指摘しています。
上述の製造会社の自主的対応には、「企業の社会的責任を遂行した」という賛辞がある一方、「米環境保護局と企業側との妥協の産物」との批判もあります。いずれにせよ、製造中止の背景には、PFASのもつ優れた特性とは裏腹に、環境と人に対する脅威があったのです。
PFOSとPFOAの健康影響については、どの程度の量なら体内に入れても大丈夫か、などについて各国で判断が分かれ、完全に一致した結論はありません。その詳細は後述します。それでも有害性は確実で、それゆえに国際条約で規制されているわけです。例えば19年に厚生労働省、環境省、経済産業省合同の審議会に提出された資料は、PFOAなどについて「難分解性、高蓄積性、かつ長期毒性を有し」と記し、問題として発がん性の疑いや、ワクチンの効果を下げるなど免疫への悪影響などを挙げています。
PFOSは09年、PFOAは19年に、ストックホルム条約に基づき、締約各国が製造と輸入を禁止すべき物質となりました。同条約を受けて日本は10年に、POPsを規制する「化学物質審査規制法」(化審法)に基づいて、PFOSの製造、輸入、使用を規制しました。ただ、他に代わる物質がないとの理由で、特定用途に限っては使用を認めています。
一方、PFOAとその関連物質について、政府は今年4月、やはり化審法に基づき、新たな製造や輸入、使用を禁じる「第1種特定化学物質」に指定する政令を閣議決定しました。施行は10月22日です。
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PFOSとPFOAは規制されたのですが、環境、野生生物、人において、別のPFAS化合物による汚染の増加が報告されています。こうした中、大手ハンバーガーメーカーのマクドナルドは今年1月、25年までに全ての包装・容器からPFASを含むフッ素化合物を全廃すると宣言しました。なお、同社はPFASのうちPFOAとPFOSについては08年から、顧客に渡す食品包装での使用をやめており、25年までには他のフッ素化合物も使わなくするそうです。
日本の汚染実態
日本各地におけるPFASによる環境汚染については02~03年に、京都大学の小泉昭夫教授(現名誉教授)や原田浩二准教授の研究グループが全国97河川などで調査をしました。東京・多摩川の水から157ng/LのPFOSが、兵庫県の猪名川で456ng/LのPFOAが検出されるなど、各地で高濃度の汚染がありました(なお、ng/Lは「1Lあたり10億分の1g」という意味です。こんなわずかな量でも問題なのです)。
また、最近では19年に東京都が行った調査で、多摩川水系の東恋ケ窪浄水所(東京都国分寺市)と府中武蔵台浄水所(府中市)で、PFOAとPFOSの合計がそれぞれ101ng/Lと60ng/Lでした。それ以前の調査でも高い値が出ており、汚染が長期にわたって継続していることが確認されました。両浄水所が水道水の水源にしていた8本の井戸が、いずれもPFOAとPFOSで汚染されていたのです。都は19年にまず汚染の濃い井戸2本の使用をやめ、その後、8本すべてを使用中止にしました。それでも後述のように、周辺の地域住民の方々の体内には、これらの物質などが通常よりも高い濃度で存在することが報告されています。また都水道局によると、PFOSとPFOAの濃度が高いことを理由に水源としての使用を中止した井戸は、今年3月末現在で、上記の両浄水所以外に計20本あるそうです。さらにこれとは別に都福祉保健局は、立川市内にある個人所有の井戸から19年1月に合計1340ng/LのPFOAとPFOSを検出したそうです。
さらに、都水道局が20年に都内各地の給水栓(水道の蛇口)で調査したPFOSとPFOAの数値を、河川の図に重ねると、米軍横田基地近隣の福生武蔵野台浄水所から多摩川下流域の世田谷区にかけて、汚染地域が集積していることが歴然としています。汚染は地下水を介して広がり、汚染源は、PFASを含む消火剤を使用していた横田基地のほか、同じくPFASを使用していた他の事業所の可能性もあるようです。
東京都内各地の給水栓(蛇口)でのPFOAとPFOSの合計濃度。東京都が2020年に測定したデータを基に筆者が作成
汚染は東京だけではありません。先ほど紹介した京都大の研究グループは、大阪府などを流れる安威川で、03年に6万7000ng/Lと高濃度のPFOAを検出しました。発生源はフッ素樹脂製造工場と推定されています。
さらに日本各地の河川水、地下水、湧水のPFAS汚染が、環境省が19年に実施した調査でも明らかになりました。同省はPFOSまたはPFOAの排出源となり得る施設周辺など全国171地点で調査を行い、このうち下の表のように37地点で、PFOAとPFOSの濃度が合計50ng/Lを超えました。地下水と湧水は、人が直接飲むこともあるので要注意です。
汚染が深刻なのは、沖縄です。日本の中でも米軍基地の汚染実態は、戦後70有余年の今も、日米地位協定のもとで治外法権のため状況が不明でした。しかし、沖縄タイムス特約通信員ジョン・ミッチェル氏により実態の一部が明らかとなりました。氏は、米国の情報公開法に基づいて情報を入手したのです。ミッチェル氏らの著書「永遠の化学物質 水のPFAS汚染」(岩波書店)によると、米軍が14~17年に作成した報告書には、沖縄の嘉手納基地内のスプリンクラー周辺で、95億ng/Lを超える超高濃度に汚染されたサンプルが確認されていました。これは泡消火剤の原液だったと推定されています。
また前述の京都大グループは20年、沖縄・普天間基地で起きた泡消火剤の流出事故後、周辺の河川や下流域の海域からPFASのうち「6.2FTS」という物質を高濃度で検出しました。
米軍普天間飛行場から近くを流れる宇地泊川に流出したPFOS含有の泡消火剤=2020年4月11日(沖縄県宜野湾市提供)人の汚染状況と健康影響
さて各国は、有害な化学物質の多くについて「その物質を一生にわたって体内に取り込んでも健康を損なわないとみなせる量」として「耐容(許容)摂取量」を定めています。手順にのっとってリスク評価(どの程度の量で、どんな害が出るかなどの評価)を行って決めるのです。リスク評価により、耐容摂取量の数値が定まると、食品や水道水、大気などについて規制のための基準値が設定されます。
日本の場合、食品などを介して体内に入る化学物質に関しては、厚労省が内閣府食品安全委員会にリスク評価を諮問して答申をもらうのが原則です。しかし、PFOSやPFOAに関しては、この諮問がまだなく、つまりリスク評価もされていないため、耐容摂取量は定められていません。そこで、米環境保護局と欧州食品安全機関が行ったリスク評価について簡単に説明します。
PFOSやPFOAのリスク評価を行う際、両機関は共に、血液中コレステロール値の上昇(成人)、ワクチン接種後の免疫応答の低下(幼児)、出生体重の低下といった指標に着目しました。PFOSやPFOAの製造業等の労働者や、これらを投与された実験動物では、肝臓障害、発達障害、内分泌異常、免疫異常などの病気が観察されます。米環境保護局と欧州食品安全機関は、コレステロールなどの値を、これらの病気が生じる前に変化が出る指標であるとみなしたのです。詳細は省略しますが、欧州食品安全機関は疫学データ(人間の健康状態を調べたデータ)をもとにして、米環境保護局は動物実験の結果で分かった化学物質の量と影響の関係をもとにして、それぞれ耐容摂取量などを設定しました。
そして米環境保護局は16年に、河川・地下水汚染が広がる米国では飲用水中のPFOSとPFOAの合計濃度を70ng/L以下に抑えるべきだとの見解を出し、それまでの「200ng/L以下に」という見解を改定しました。一方、米国の九つの州政府は20年5月、この改定値でも健康を守るには不十分だとして、それぞれの州が独自に、より低い値(PFOS:10~40ng/L、PFOA:8~35ng/L)に基準を設定しました。この9州と、さらに別の1州は、PFOSやPFOAに代わって増加している類似のPFAS化合物に対する指針値も定めました。
また欧州食品安全機関の専門委員会は20年に、2年前の18年に定めたばかりの「1週間当たりの耐容摂取量」を改定し、「PFNA」と「PFHxS」という、それぞれ別のPFAS化合物を加えた4物質の総量として、体重1㎏当たり4.4ng(1日換算で0.63ng)としました。この数値は、体重60kgの人で38ngにあたります。人が1日に飲む水の量は約2Lなので、水道水からだけPFASを取り込んでいるとすると、その濃度は19ng/Lに相当します。
日本では20年4月、厚労省がPFOSとPFOAを水道水の「水質管理目標設定項目」に加え、両者の合計濃度を50ng/L以下としました。ただし、この値に法的拘束力はなく、いわば、より質の高い水道水を供給するための指針値としての意味合いです。なお、この数値は、既に述べたように食品安全委員会への諮問がなされずに定められました。リスク評価に基づいて基準値を決めた米国や欧州に比べ、手続きが不十分と言わざるをえません。
PFASのリスク評価の仕方や、耐容摂取量等の数値が国によって異なる背景には、「疫学調査や実験動物を使った毒性試験の結果の取り扱いが一致してはいないこと」「毒性が表れるメカニズムが未解明であること」などの事情があります。その結果、PFASを製造する会社や、米ニュージャージー州化学工業協会、米国空軍本部などはPFASの規制基準緩和を求め、環境研究者や環境NPOとの間で、激しい議論を闘わせています。経済と環境・健康というそれぞれの価値に対する行政・政治の決断に対して、私たち国民の意思表明が求められています。
ところでPFASについては、製造工場の労働者の間で肝臓がんや肝硬変などによる死亡や、死因を問わない「総死亡」が増えたとの調査結果はあるものの、一般住民がPFASで汚染された飲料水や食品を摂取したことにより、何らかの臨床症状を患ったという事例は報告されていません。それでも、各国は国際条約で規制を行い、政府は指針値等を提示し、民間企業はPFASの使用を避ける努力をしています。この理由は(1)PFASは胎盤を通過して胎児に移行すること(2)母乳、水、魚介類や乳製品などからも体内に入ること(3)一生にわたり体内に蓄積すること(4)このため低濃度のPFASでも長期間にわたって体内に入ると悪影響が生じる恐れがあること――について、一定の合意があるからです。
明石川下流付近にある「明石川取水場」。この川の水にはPFOAとPFOSが含まれる。兵庫県明石市は2025年から上水道用の取水をやめると発表している=神戸市西区で2020年6月20日午後3時42分、浜本年弘撮影
こういう悪影響を解明するための有力な研究方法は、多数の母子を対象として、妊娠期、出生期、幼児・小児期と追跡する「出生コホート」と呼ばれる疫学研究です。日本では環境省がエコチル調査(10年度開始)を行い、PFASを含むさまざまな化学物質などの体内蓄積と健康への影響を調べています。今後の研究結果が待たれるところです。
またエコチルとは別に、岸玲子北海道大学特別招聘(しょうへい)教授らにより「環境と子どもの健康に関する研究:北海道スタディー」が行われています。母親が妊娠中にPFOS、PFOAなどPFASの血漿(けっしょう)中の濃度を測定し、子どもの健康状態との関係を調べました。その結果、妊娠中の濃度が高いと、子どもの出生時体重が減少すること、子どもの免疫系がかく乱されて感染症の発症に影響する可能性があること――などが報告されています。しかし、PFASの種類や感染症の種類により、発症が増える場合や減る場合があり、一貫した傾向は認めにくいことから「さらなる研究が必要」とまとめられています。
ただ、この研究で重要なデータが示されています。母親1985人について血漿中のPFOSとPFOA濃度を調べたところ、その中央値はそれぞれ3.4ng/mLと2.0ng/mL、最大値は17.9ng/mLと24.9ng/mLでした。この最大値は、19年にドイツ環境省「人の生物モニタリング委員会」が、「個人のレベルで健康障害が生じるかもしれない濃度」として設定した数値(生殖年齢の女性でPFOSが10ng/mLおよびPFOAが5ng/mL、その他の成人でPFOSが20ng/mLおよびPFOAが10ng/mL)を超えているのです。一方で、同研究グループの別の研究において、PFOSとPFOAの血漿中濃度は減少傾向にあるが、代わりに使われている「PFNA」「PFDA」といった別のPFAS化合物の濃度が上昇傾向にあることも判明しています。
また20年8月、環境NPO「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」は、東恋ケ窪浄水所と府中武蔵台浄水所の周辺住民、それぞれ11人ずつ計22人について、血漿中のPFOS、PFOA、PFHxSの濃度を測定しました。PFHxSは、欧州食品安全機関が耐容摂取量を定めている物質です。両浄水所では先ほど説明したように、長年にわたりPFOS、PFOA汚染が続いていました。その結果、住民の血漿中のPFOS濃度は22人中5人で、PFOA濃度は同1人で、上述のドイツ環境省が定めた指針値(PFOSは20ng/mL、PFOAは10ng/mL)を超えていました。またPFHxS濃度の中央値と最大値も、それぞれ19.8ng/mLと81ng/mLと高い値でした。
清浄な水は、古今東西、生命を育み、楽しく豊かな食生活を送るために不可欠です。都市化にともなう水質の悪化を経験した東京都においては、水質モニタリングと高度な浄水化による水質改善がなされ、蛇口から出る水はペットボトル「東京水」として販売できる水質になっているとのことです。しかし、その一方、既に述べたように、東京の一部と日本各地で、飲用に供される水の汚染が進行しています。国や自治体がすぐにでも行うべきことは、高濃度汚染が報告されている水道水、地下水・湧水は、飲用されることがないようにすることです。つぎに、汚染された水を長期間にわたって飲用してきた住民については、PFAS化合物の体内蓄積をモニタリングし、極度に高い値を示す場合には健康調査を行う体制の整備が必要です。そして、環境汚染を食い止めるため、汚染源を明らかにして環境への排出を遮断することが求められています。
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遠山千春
東京大学名誉教授(環境保健医学)
とおやま・ちはる 1950年、東京都出身。東京大学医学部保健学科卒、ロチェスター大学大学院修了。医学博士、Ph.D。国立公害研究所(現・国立環境研究所)領域長、東京大学医学系研究科疾患生命工学センター教授を経て、2015年4月より「健康環境科学技術 国際コンサルティング(HESTIC)」主幹。中国医科大学客員教授。世界保健機関、内閣府食品安全委員会、環境省などの専門委員、日本衛生学会理事長、日本毒性学会理事、日本医学会連合理事などを歴任。