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毎日忙しくて睡眠不足、運動不足。ついつい便利な加工食品を利用しがちで、おなかの周りに脂肪がついて太り気味。さらにストレスがたまって、飲みすぎる……。そんな悪循環のライフスタイルに陥っていませんか? 最近、こうした状況が体に「慢性炎症」を引き起こし、さまざまな病気の原因になることが問題になっています。裏を返せば、「慢性炎症」が改善すると、さまざまな病気の予防や進行を抑えることが期待されています。
例えば、スウェーデンのカロリンスカ研究所のアビゲイル・ダブ博士らによる2024年8月の米医師会雑誌「JAMA Network Open」の報告によると、「抗炎症食」が2型糖尿病、心臓病、脳卒中などの心臓代謝疾患を患う高齢者の認知症リスクを軽減できるとのこと。
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/article-abstract/2822212
ところで「慢性炎症」「抗炎症食」とは何でしょう。
医学界で注目集まる「炎症」
実は最近、医学界で「炎症」についての研究がホットトピックです。米国立医学図書館が提供する医学関連分野の文献データベース「PubMed」で、「炎症」というキーワードで検索すると、1980年の論文は約3000本でしたが、その後年々数が増え続け、23年には6万7000もの論文報告が表示されました。
炎症は、主に急性と慢性の二つの種類があります。急性の炎症は、ケガや外敵(細菌、ウイルスや有毒化学物質など)に対する体の正常な免疫反応です。症状を改善して治癒を促し、私たちの生存に不可欠です。たとえば発熱は、病気のときに体の炎症システムが正常に機能していることを示すもの。状態にもよりますが、急性炎症は、数時間から数日間続きます。
ところが、炎症がうまく抑えられず必要以上に持続すると、慢性炎症が起こります。慢性炎症は体のあらゆる臓器や組織を害し、さまざまな慢性疾患を引き起こす恐れがあります。スタンフォード大学医学部の研究者らは、19年の「ネイチャー メディシン」に、「慢性炎症性疾患は、今日の世界で最も重大な死因」とし、「虚血性心疾患、脳卒中、がん、糖尿病、慢性腎臓病、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)、自己免疫疾患、神経変性疾患などの炎症性疾患が、全死亡の50%以上を占める」「慢性炎症の発症リスクは生まれた時にまでさかのぼり、その影響は生涯にわたって続き、成人期の健康や死亡リスクに影響を及ぼす」と指摘します。
慢性炎症の原因は現代人が抱える課題
それでは、どんなことが慢性炎症の原因になるのでしょうか?
米クリーブランドクリニックは、「慢性炎症のほとんどのケースでは、日常生活や毒素への暴露などの環境要因が原因となっています」と指摘し、以下のリストを示しています。
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1:運動不足
2:慢性的なストレス
3:BMIが30以上(肥満)、特に内臓脂肪が蓄積
4:腸内細菌のバランスの崩れ
5:トランス脂肪酸や塩分を多く含む食品など、炎症を引き起こす食品を常食している
6:睡眠や概日リズムの乱れ
7:大気汚染、有害廃棄物、工業化学物質などの毒素にさらされている
8:タバコの使用(喫煙)
9:アルコールの飲み過ぎ
https://my.clevelandclinic.org/health/symptoms/21660-inflammation
さらに、慢性炎症と老化による病気のリスクは深い関わりがあります。「炎症(inflammation)」+「老化(aging)」を合わせて、炎症性の老化(「Inflamm-aging」「inflammaging」)という言葉があります。米国立老化研究所によると、高齢者では、血液やその他の組織に高レベルの炎症誘発性マーカーが検出されることが多く、心血管疾患、虚弱、多疾患合併、身体機能や認知機能の低下のリスクが高まります。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6146930/
逆から言えば、慢性炎症を管理することで、老化に伴う病気の予防や進行を遅らせることができる。そこで、抗炎症食が注目されているのです。食事は良くも悪くも炎症に影響を与える可能性があるため、ダブ博士らは、炎症誘発性と抗炎症性の食事と、心臓代謝疾患を患う人の認知症リスクとの関連を調査しました。
それでは冒頭の報告に戻りましょう。
抗炎症食で認知症リスクが31%低下
研究者らは、英国バイオバンクから集めた60歳以上の成人8万4342人のデータを分析しました。参加者は、研究開始時点で認知症はなく、1万4079人(16.7%)は2型糖尿病、心臓病、脳卒中などの心臓代謝疾患少なくとも一つの診断を受けていました。追跡期間の中央値は12.4年で、この期間に1559人の参加者(1.9%)が認知症を発症しました。
参加者は食事に関する情報の提供を受け、8917人の参加者は核磁気共鳴画像化法(MRI)による脳スキャンも受けました。認知症の診断は入院記録、自己申告による病歴、死亡記録の情報に基づいて行われました。
研究者らは食事性炎症指数(DII)を使用して参加者を評価しました。DIIは、食事が炎症状態に与える影響を評価するためにサウスカロライナ大学の研究者らにより開発されました。ここでは、31種類の食品栄養素に基づいてDIIスコアを計算します。DIIスコアが高いほど、食事の炎症誘発性が高いことを示し、スコアが低いほど、食事の抗炎症性が高いことを示します。たとえば、繊維のスコアは-0.663ですが、飽和脂肪のスコアは0.373です。
すると、15年間の追跡調査の結果、抗炎症食を実践している人の認知症リスクは、炎症を誘発する食を実践している人に比べて31%低いことが示されました。また、抗炎症食を取っている人は、認知機能の指標である灰白質の容積が大きく、脳の血管のダメージが少なく抑えられていました。さらに抗炎症食を取っている人は、炎症促進食を取っている人より、平均で2年遅く認知症が発症しました。
つまり、日々、抗炎症食を実践していると認知症の予防になるのです。
抗炎症食ってどんな食事?
ダブ博士らによると、例えば、赤身肉、高脂肪乳製品、卵、精製穀物、加工食品を特徴とする欧米型の食事パターンは、C反応性たんぱく(CRP)、インターロイキン6、腫瘍壊死因子α(TNF-α)などの炎症性バイオマーカーの高値と関連しています。C反応性たんぱくとは、炎症や外傷などで血中に増加するたんぱく質の一種です。インターロイキン-6、TNF-αは細胞から産生される生理活性物質(サイトカイン)の一種で、炎症反応の調節や腫瘍細胞の排除などで重要な役割を果たしますが、過剰に産生されると病気の発症に関わっていることがわかっています。逆に野菜、果物、全粒穀物、魚、豆類を多く摂取する食事のパターンは、これらのバイオマーカーの低下と関連しています。
ジョンズ・ホプキンズ大学医学部は、炎症を抑える方法として、地中海式ダイエットは最も効果的と推奨しています。地中海式ダイエットはスペイン、イタリア、ギリシャ、ポルトガルなどの地中海沿岸諸国の食習慣に由来する食事法で、野菜や魚、穀物などを中心とした食事を取り、肉や卵、加工食品などをなるべく控える内容です。地中海式ダイエットでは、EPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)で知られる不飽和脂肪酸のオメガ3脂肪酸やビタミンC、ポリフェノール、食物繊維が豊富な食品を多く含みます。これらの食品には炎症を抑える効果があることが知られています。
地中海式ダイエットに関して、これまでたくさんの研究で「健康によい」という利点が報告されてきました。ただし、食は文化と密接につながりがあるので、日本人みんなに向いているダイエットでないかもしれません。従来の日本食はまさに「野菜、果物、全粒穀物、魚、豆類を多く摂取する食事のパターン」です。和食には世界から注目が集まっていますが、抗炎症食の観点からも見直した方がいいかもしれません。
ところで、糖尿病治療薬の「GLP-1受容体作動薬」が肥満症患者の治療薬として日本でも使えるようになり、話題になりました。GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)は、消化管ホルモンの一種で、血糖値を下げる働きがあります。
本来、GLP-1は食事をして血糖値が上がると、小腸から分泌され、膵臓(すいぞう)のβ細胞にあるGLP-1受容体と結合します。これにより、食後に「脳の視床下部に働きかけて食欲を抑える」「胃腸の動きを鈍くし食べ物の消化を遅らせる」「インスリンの分泌を促す(血糖値を下げるのに役立つ)」「血糖を上げるホルモンであるグルカゴンの分泌を抑制する」など、さまざまな働きがあります。この生体内のGLP-1を模倣した物質を注射剤として使用したのがGLP-1受容体作動薬で、なじみのある方もいると思いますが、「2型糖尿病の治療薬」のオゼンピックとマンジャロ、「減量薬」としてのウゴービなどがGLP-1受容体作動薬に属します。このGLP-1について、近年、健康的な食事をとれば体内で自然に増やせることがわかってきました。そして、GLP-1の抗炎症作用にも注目が集まっています。
内因性のGLP-1を増やそう
先日の科学誌「ネイチャー」の話題は「肥満治療薬にはもう一つのスーパーパワーがある:炎症を抑える」「体重を減らす大ヒット薬は、脳などの臓器の炎症も軽減するため、パーキンソン病やアルツハイマー病の治療にも期待が高まっている」でした。
最近の研究で、2型糖尿病や肥満だけでなく、驚くほどたくさんのGLP-1受容体作動薬の効果が次々と報告されています。例えば、GLP-1受容体作動薬は2型糖尿病患者の10種の肥満関連がんのリスクを軽減する可能性が報告されました。
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2820833
この他、GLP-1受容体作動薬は、心臓発作のリスクを軽減、喫煙やアルコール依存症などの中毒行動を抑える、関節リウマチの再発軽減、パーキンソン病、アルツハイマー病、変形性関節症、非アルコール性脂肪肝疾患などへの効果も示唆されています。
実は、全粒穀物や野菜のような食物繊維の多い食品は、たんぱく質や健康的な脂肪を多く含む食品とともに、GLP-1の分泌を促進します。例えば、16年の報告によると、食物繊維の多い穀物(オーツ麦、大麦、全粒小麦など)、アボカド、アーモンド、ピスタチオ、ピーナッツなどはたんぱく質と健康的な脂肪が豊富にあり、GLP-1 の分泌に役割を果たす可能性があります。
https://nutritionandmetabolism.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12986-016-0153-3
今後、ますますGLP-1の抗炎症作用の研究が発展するでしょう。ぜひ、ヘルシーな食生活を心掛けて、慢性炎症を予防しましょう!
写真はゲッティ
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大西睦子
内科医
おおにし・むつこ 内科医師、米国ボストン在住、医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部付属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。08年4月から13年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度授与。現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員として、日米共同研究を進めている。著書に、「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側」(ダイヤモンド社)、「『カロリーゼロ』はかえって太る!」(講談社+α新書)、「健康でいたければ『それ』は食べるな」(朝日新聞出版)。