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毎日新聞 2022/12/17 東京朝刊 有料記事 1853文字
年末に際して今年の回顧と来年の展望を記す。
2022年がロシア軍のウクライナ侵攻の年として記憶されることはまちがいない。23年に終結するとの楽観的な展望は退けられている。ウクライナを支持する日本は、対露経済制裁などをとおしてこの軍事紛争に関与していながら、当事国意識を欠く。
国内政治に目を転じれば、7月8日の安倍晋三元首相の銃撃事件の情景が浮かび上がる。衝撃の波紋は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の政治問題化となり、安倍元首相の国葬の是非にまで及んだ。閣僚の相次ぐ辞任を招き岸田文雄内閣の支持率は低下した。
首相の政治指導力が疑問視されるなかで、安全保障政策は大きな方向転換に向かって進んでいる。11月22日の「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の報告書を経て、今月末までに安保関連3文書(「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」)が改定される。
7年前の安保法制の整備をめぐる激しい論争とは様変わりで、大きな反対もなく、「反撃能力」の保有をめざして、防衛力が整備されようとしている。
以上の三つの事象は、1930年代の歴史との類推を促す。
第一にウクライナ危機は31年の満州事変に重なる。ロシアは国連の非難決議を受けながらも、ウクライナ侵攻を続けている。日本は国際連盟を脱退することになっても、満州事変を拡大した。二つの軍事紛争に類似するのは国際政策の限界である。
第二に安倍元首相の銃撃事件は32年の5・15事件に重なる。どちらの事件も直後は、犠牲者(安倍元首相と当時の犬養毅首相)に同情が集まった。ところがその後、世論の風向きは変わる。同情よりも旧統一教会と政治家の関係に対する非難が強まる。5・15事件後も裁判が始まると、国民は被告たちに同情するようになり、減刑嘆願運動を展開する。
第三に安保関連3文書の改定は、33年秋の「五相会議」に重なる。インナーキャビネット(内閣内の関係閣僚による小内閣)と呼ぶべき「五相(首相・陸相・海相・外相・蔵相)会議」は、国際連盟脱退通告後の外交・安全保障の基本政策を打ち出す。
満州事変は、国際連盟脱退通告を経て、33年5月末の日中停戦協定に至る。ここに事変勃発以来の対外危機は沈静に向かう。対外関係修復に向けた摸索が始まる。世界恐慌に伴う経済危機(昭和恐慌)も、高橋(是清蔵相)財政が功を奏して、沈静に向かう。二つの危機の沈静化は政党内閣の復活への期待につながる。直接行動の首謀者たちへの国民の同情は失われる。
このような国内状況のなかで、「五相会議」が開かれる。このインナーキャビネットにおいて、対米関係の緊張緩和をめざす外相に、陸相が同意する。満州の新事態の安定には米国の黙認が求められたからである。対する海軍は仮想敵国が米国で、軍拡をめざしていた。そこで海軍と融和すべく陸相が陸軍予算のなかから1000万円を譲り、蔵相も500万円の赤字公債の発行による上乗せを認めた。その代わり海軍も対米関係の基本方針を受け入れた。
危機の沈静化のなかで、外相と蔵相のポジションは相対的に改善された。36年に2・26事件が起きても、国民は反乱軍に同情しなかった。国民は戦前最高水準の経済成長を享受していたからである。ここには戦争とは異なる別の選択があったことを示している。
以上の歴史が来年の日本に示唆するところは何か。
第一に日本は国際政策の限界の克服をめざして、主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)に臨むべきである。ウクライナ危機が続くなかで、先進民主主義国日本は、国際秩序に対する責任を果たさなければならない。
第二に財政政策の再構築が喫緊の課題である。軍事費の拡大と赤字公債の増発を抑制しながら、「大砲もバターも」両立させた高橋財政の手腕に見習うべきだろう。このことは次の点との関連でも重要度が高い。
第三に外交・安全保障の基本政策をめぐる議論をとおして、与野党間で合意が形成されるべきである。この点に関連して、さきの有識者会議に財政当局の関係者が入っていなかったことは、その後の防衛費の財源をめぐる議論(増税や赤字国債の発行の是非など)の混乱を招いたのではなかったか。それはともかく、ウクライナ危機、台湾有事のリスク、北朝鮮のミサイル実験などによる国際的な緊張が高まるなかで、政争に明け暮れている暇はない。
2023年はポストコロナの世界のなかで、日本の真価が問われる年になるだろう。(学習院大教授、第3土曜日掲載)